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少年ボディガードと妖精姫   作者: てぃえむ
海外特待生編 【地下研究所突撃ミッション】
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再会


 リュウの肩に寄りかかっていたソフィーは、仲間たちのやりとりを静かに観察していた。微風に翻る細やかな羽根をぱたぱたと羽ばたかせ、彼女は空中を舞い、ダイスケの方へ向かった。着地すると、すぐに彼の髪が気に入ったらしく、その豊かな髪を巧みに操り始めた。


「いてて、なんだ!?」


 ダイスケは、髪が突然引き抜かれるような痛みに驚き、思わず足を止めた。


「ソフィー、ダイスケにいたずらしちゃ駄目だ」


 リュウの呼びかけにソフィーは微笑みながら、再びその小さな羽をはばたかせ、リュウの肩へと舞い戻った。


「ソフィー?」


 ダイスケとナオキにソフィーの姿は見えていないようだった。


「うーん、どう説明したらいいかな」


 リュウは、自身の髪で遊び始めたソフィーを半目で見ながら、言葉を探した。その時、彼が抱きしめていたアヤカがゆっくりと意識を取り戻し始めた



「きゃあああああっ」



 リュウの顔を見るなり真っ赤になったアヤカは大声を上げ、驚いたリュウが彼女を見ると、驚きと戸惑いが入り混じった表情のまま硬直している。


「あ、えっと…さっきはごめん」


 リュウは苦笑しながらアヤカを優しく地面に降ろし、謝罪の言葉をつぶやくと彼女は黙って視線をそらした。


 アヤカの感情に反応し、周囲の気温が上がっていく。

 目の前で繰り広げられる、青春の苦い甘さを胸に刻み込む様なやり取りを見て、ナオキは炎が発生しないか心配しつつ、内心で「やれやれ」とため息をついた。






 【一般研究エリア】と彫刻された大きな扉の前に辿り着くと、ナオキが一挙動を見せ、再度パソコンを取り出し、鍵の解除を行うと短く機械的な音が響き、扉がゆっくりと開いた。


 部屋の内部は広大で、壊れた研究器具やガラスの破片が無秩序に散乱していた。僅かに点滅する電気が周囲を静かな青色に照らし出し、火花が時折スパークする音がうっすらと部屋に響き渡っている。


「この施設は、少なくとも3年前までは普通に稼働していたのでしょうね」


 ナオキが確認するようにつぶやいた直後。

 奥の方から何かが這う音が聞こえた。



 ひた…ひた…



 リュウとダイスケは即座にアヤカとナオキを後方に守るように立ち、4人は足音の方へ視線を向ける。少し小柄な"それ"が部屋の微かな光に照らされると、その姿に4人は息を呑んだ。


「………!!!」


 今まで遭遇した非適合者とは異なり、"それ"はリュウたちより背が低い。全身が痛々しく爛れており、ぼろきれのような服身にまとい、口元は大きく裂け、歯茎が露出していた。


「これが人間だったというのか…」


 ナオキが少し震えた声でつぶやく。目の前にいる「それ」は、その風貌から、かつては人間の子供であったことが想像できた。

 子供はしばらくリュウ達の様子を伺うように、じっとした後、首をかしげるようにぐるりと首を回転させた。そして、その瞳が再びリュウ達に向けられた時――



 一気にこちらに向かってくる。


 風にあたる裂けた口が痛々しく広がり、ぎょろりとむき出しになったその瞳は何かを訴えるような悲痛な想いが滲み出ているように見える。まるで声にならない叫びを訴えているようだった。

 一瞬その姿に圧倒された4人だったが、すぐに戦闘態勢に戻り互いに戦いの準備に入る。



 ダイスケが左肩を狙いトリガーを引いた。銃弾は狙い通り左肩に命中したが、子供はそのまま動きを止めず宙に飛び上がった。

 異常な跳躍力で天井に飛んだその子供は、手を振り上げそのままダイスケに襲い掛かってくる。


 すかさずリュウが前に出て相手の下に滑り込んだ。エネルギーを込めた強烈なフックを子供の左の脇腹に打ち込むと、肉の切れる音を響かせその部分に穴が開いた。

 怯んだところにダイスケが再度左肩を狙い銃弾を打つ。再度命中したが、相手は少し仰け反った後すぐこちらに向き直し、その大きな目を再び2人に向けた。


「どういう事だ?手ごたえがねぇぞ」


 ダイスケつぶやきながら前に出て、右からのハイキックを顔面に叩きつけると子供は大きく仰け反りながら後ろに飛ばされた。距離を取ったところで再び2人は構えるが、不規則な動きを繰り返すその存在は2人の目にとても痛々しく映り、リュウとダイスケは相手を攻撃することに深い罪悪感すら感じ始めていた。


「ダイスケ、石の場所は割り出せそうか?」


 立ち上がった子供は、まるでダメージを負っていない様子だった。

 弱点の「黒い石」を、非適合者達は本能的に庇う傾向がある。その特徴にいち早く気付いたのはダイスケだ。彼の観察力を頼りに尋ねるが、ダイスケは首を振った。


 ふと、敵の動きが不自然に痙攣しだした。2人は警戒を強めるが、相手はそのまま高く飛び上がり天井に張り付くと、じっとリュウ達を観察しだした。






 ――その時、奥から数名の足音が聞こえた。


 目の前に現れた壮年の男性は、高級そうなスーツに身を包み、革靴の音を鳴らしながら暗闇からこちらへ向かってくる。

 その方向に目を向けると、アヤカは目を見開き、小さく声を絞り出した。


「………お父さん…」

「久しぶりだね…アヤカ」


 澤谷は一瞬穏やかな笑みを浮かべたが、すぐに表情は一変し。鋭い眼光で4人を睨みつけた。

 彼が腕をゆっくりと上げると、後方の暗闇から次々と現れる子どもの非適合者。彼らは沈黙の中でリュウたちをじっと見つめ、周囲を囲んでいく。


「アヤカ…今からでも遅くない。こちらへ来なさい…」


 穏やかに、しかし目はリュウとアヤカに冷たい視線を送ったまま、澤谷は淡々と語りかけてくる。


「澤谷さん…アヤカは渡せません」


 背中で僅かに震えるアヤカの顔色が悪い。彼女の代わりに力強く拒むリュウの言葉に澤谷は口角をつり上げ、左手を上げて非適合者たちに合図する。


「リュウ君…君をボディガードに選んだのは失敗だったよ」





 もう一つ、足音が響く。

 長い黒髪を揺らしながら、彼女の靴が乾いた音を鳴らしこちらへ近づいてきた。


「カレン…」

「やっぱりあなたも来たのね…」


 腕を組み、冷たい視線を送る彼女にダイスケは少し考えた後一人、前に出た。


「ダイスケ…」


 リュウが声をかけるが構わず歩いていく。




 ダイスケの頭の中には、あの日カレンと話した美術室の出来事が浮かんでいた。


「君はきっと強いんだろうな」


 そう伝えた時の彼女は、一瞬絵筆がぴたりと止まった。

 その時ダイスケは、カレンが本当は自分を強いとは思っていないのではないかと考え、得意のちょっかいを出した。うまい具合に彼女の意表を突けたようで、ダイスケの考えはその時憶測から確信へ変わっていった。


 ゆっくりと銃をカレンに向け、その緑色の瞳にまっすぐ視線を向けた。


「勝負しろよ、カレン…そして俺が勝ったら、俺の質問に正直に答えろ」


 彼女はシオンの仲間…だが、悪い人間ではない。ダイスケの中でそれは変わらなかった。だからこそ徹底的に突き放そうとするその行動の理由をどうしても知りたいと思った。

 カレンは瞳を一瞬だけ開いたが、すぐいつもの表情に戻り前へ出た。


「ご指名なのね…いいわ。でも、私が勝ったら…」


 カレンが左手を前にかざすと、彼女のエネルギーが光となり左手に集まり始め、銃の形に変わりダイスケに向けた。


「その甘えた口を二度ときかないでちょうだい」




 ダイスケとカレンの間に緊張した空気が張り詰めた。

 子供の非適合者たちに見守られるように、カレンは自身のエネルギーで作りだした銃の引き金を引く指に力を込める。


 広い一般研究エリア室内に、銃声が鳴り響いた。



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