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少年ボディガードと妖精姫   作者: てぃえむ
海外特待生編 【地下研究所突撃ミッション】
56/77

4人の力が1つになった弾丸

 地下研究所の深淵は、溶け込むような闇と4つの声が支配していた。


 ナオキの策はまさに巧妙で、レーザーセンサーを掻い潜るための破壊力ある弾丸を作ることだった。

 その方法とはアヤカの感情に呼応し、精霊たちが起こす稲妻や炎のエネルギーを銃弾に込める事。しかし、その感情を操作する術を見つけることが彼らの課題だった。


 終わりなき思案の中で、最初に言葉を切り出したのはリュウだった。


「よし」


 リュウは意を決してアヤカの前に出た。


「アヤカ…実は俺…」

「は、はいっ…」


 彼の真剣な視線に緊張が走り、アヤカは答えた。彼女の緊張に精霊が反応し、周囲の気温が微かに上昇する。ダイスケとナオキは微妙な期待感を抱きながら、リュウの次の言葉を待った。


「ハンバーグは、本当はチーズ入りが好きなんだ」


 この一言に、場の空気が一瞬で凍りつく。


「黙っててごめん…」


 4人の間に長い沈黙が流れた。アヤカはしばらく茫然として、やがて静寂を切り裂くように彼女の声が地下研究所に響く。


「ぷっ…あはははは、なんだ、言ってくれれば作るのに…」


 大笑いをされ、リュウは自身の顔を赤くしながら叫んだ。


「いや、アヤカ笑わせたいんじゃなくて…!!」

「リュウ、お前が照れてどうするんだよ」


 ダイスケのからかいにリュウが彼らの方を向くと、ダイスケとナオキは口元を押さえ、笑いを堪えていた。


「次はダイスケの番だぞ!」


 リュウが顔を真っ赤にして叫ぶと、ダイスケは笑いの涙を拭いながらアヤカの前へと進み出た。





「えーっと、そうだな…」


 リュウの失敗に大笑いしていたダイスケも、アヤカを怒らせるのはどういう方法が良いのかと思い悩んでいた。


「…アヤカ…」


 何かを模索するように頭を掻きながら、ダイスケは天井を見上げた。


「…うん」


 アヤカはちょっとした緊張感を抱きながらダイスケの次の言葉を待った。


「ケチャップとマヨネーズはどっちの方が美味しいと思う?」

「え?」


 アヤカが一瞬動きを止める。


「ケチャップとマヨネーズだよ!それぞれの個性があるだろ!フライドポテト頼んだ時どっちにするか悩まないか?」


 ダイスケが身振り手振りを加えながら渾身のアピールをするが、アヤカは困惑した。

 とりあえずダイスケが自分を怒らせるために一生懸命考えてくれた案と理解し、アヤカは必死にその質問の意図を模索し始めた。


「…ケチャップも、マヨネーズも、どっちも個性があっていいよね!だってオムライスにケチャップかけたら最高に美味しいし、ポテトサラダにマヨネーズは必須だもの」


 アヤカの返事にダイスケは一瞬硬直した。彼はしょうもない話題でアヤカとのささやかな対立を試みたのだが、どこまでも純粋な彼女は対立ではなく、ダイスケに寄り添うという選択をしたようだった。

 ダイスケは気を取り直したかのように、言葉を続けた。


「そ、そうなんだよ、ケチャップとマヨネーズ…どっちも個性があって美味いんだ。合わせるとオーロラソースになるだろ?肉料理にもぴったりなんだよな!」


 ダイスケの言葉にアヤカは小さく笑うと、


「そうだね、じゃあ今度のお弁当はオーロラソース使ってみようかな」


 お弁当…その言葉にダイスケの表情は焦りから期待と興奮が宿った笑顔に変わる。


「わかってるな!アヤカ楽しみにしてるからな」

「はいはい」


 ダイスケとアヤカは笑いあうと、意気投合したように互いに手を上げハイタッチをした。

 しかし、その瞬間、後方から浸透する不穏な空気に気付く。


「…ダイスケ、意気投合するのはいいけど、今何をするんだったっけ?」


 リュウの冷ややかな声にダイスケは一瞬硬直し、そのまま苦笑いを浮かべ顔を引き攣らせた。





「怒らせるって、なかなか大変だな」

「相対性理論の理解より難題だね」


 リュウの横で、珍しくダイスケも。2人揃って真剣な顔で悩んでいた。


「しかし、2人ともアヤカさんに優しいですね」


 感心したような言葉を述べるナオキを見て、リュウとダイスケは揃って不服そうな視線を送った。


「な、何ですか?」


 ナオキが少々汗ばみながら訊ねると、2人は声を揃えて叫んだ。



「「次はナオキの番だ」」


「………」



 ナオキはアヤカの前に立った。


「アヤカさん、ではコーヒーのメカニズムについて解説しましょう。」


 ナオキは軽く咳ばらいをし、語りだした。



「コーヒー豆の粒度分布は、粉砕プロセスの最終段階で最も重要な要素の一つです。細かく粉砕された粒子は、適切な抽出のためには溶解性の微粒子を、一方、粗大な粒子は非溶解性の微粒子を生成します。つまり、この微粒子の比率がコーヒーの味に影響を及ぼすのです。

 僕が今回特に注目するのは水温についてですが、理想的な抽出温度は90℃から96℃です。この範囲であれば、コーヒーの風味を最大限に引き出すことが可能です。今朝のコーヒーはおよそ100度ほどであり、よって抽出時間が長くなり苦味やえぐみが強くなった可能性がある為、これを次回以降の提案とします」



(訳:コーヒーの風味は粉の粒の大きさとお湯の温度によって大きく変わります。豆を細かくすればコーヒーの味が良く出ますし、逆に粗くすれば出にくい傾向があります。これが味を左右します。90℃から96℃の間が最適な抽出温度で、この範囲であれば美味しいコーヒーが作れますが、今朝アヤカさんが煎れてくれたコーヒーは若干温度が高く、それにより苦みやえぐみがいつもより強かった可能性があるので、次回からはもう少しお湯の温度を下げて頂けませんか?)



 アヤカは驚愕の表情でナオキを見つめた。



「それ…全然わからない…お湯を冷ました方がいいってこと?」


 アヤカはポケットからメモを取り出し、書き込み始めた。


「ナオキ、授業してどうするんだよ」


 ダイスケの突っ込みに、ナオキは笑顔のまま冷汗を流した。





 3人揃ってアヤカを怒らせることに失敗し、神妙な顔つきで悩むのを見てアヤカは申し訳ない気持ちになっていた。


「ご、ごめんなさい…」


 小さな声でアヤカが謝ると、リュウが口を開いた。


「いや、アヤカが悪いんじゃないよ」

「そうそう、いきなり怒れって言われてもな」


 ダイスケも同意するように頷いた。


「アヤカさんは僕の提案したマインドフルネスにより、感情の安定が通常の人間より長けています。それにより簡単に心を動かす事がないのでしょう…言い換えれば」

「ナオキ、それ自画自賛なのか問題提起なのかわからないよ」


 ナオキの分析のような呟きに、突っ込みを入れるリュウ。

 その時、ダイスケがふと思いついたように瞬間の静寂を破った。


「恥…恥…そうか」


 声が上がり、皆が彼に目を向けた。ダイスケはニヤリと笑いながらリュウを場の隅へと誘導した。




 リュウの耳元でダイスケが囁く。


「リュウ、お前アヤカにキスしろ。」

「は!?」


 リュウの動揺した声が部屋に響き渡り、アヤカとナオキが驚いた表情で彼に視線を注いだ。


「は…?なんで??」


 耳まで真っ赤になったリュウが反論すると、ダイスケは彼に向けて指を立て、僅かな怒りを帯びた目で言った。


「ここを抜けないとミッションが進まないだろ、これも仕事のうちだ」


 仕事という言葉に反論できず、リュウは言葉を失い、深くため息をついた。


「いや、でもダイスケ………」

「お前じゃないとだめなんだよ!ほら、行け」


 背中を押されてアヤカの前に立たされたリュウが頭を上げると、困惑に満ちたアヤカの目と合い、脳内が真っ白になった。


「…えーっと…」


 目を泳がせながら後ろを振り返ると、ダイスケとナオキが勇気づけるようにガッツポーズをしていた。


 リュウの脳内では様々な感情が混沌と交錯し、彼の混乱は頂点に達していた。仕事への献身心と、彼の性格上の真面目さ、そして仕事という建前に対する人前での行為というのは果たして適切なのか。その全てが一瞬のうちに彼の頭を支配した。


「リュウ、顔が赤いよ…どうしたの」


 覗き込まれ、彼女の澄んだライトブルーの瞳と目が合う。その瞬間リュウの中で何かが弾け、彼は意を決したようにアヤカの肩に手を伸ばす。


「アヤカ、ごめんっ」


 彼女の肩を引き寄せ、その頬に触れるだけのキスをした。


「………え」


 アヤカは一瞬固まった。ゆっくり手を上げ、リュウの唇が触れたところに自身の手を当てた。


 真っ赤になり視線を逸らしたリュウを見ながら、アヤカはゆっくりと思考が戻っていき…何をされたか理解した時には自身の顔が激しく熱を持っていた。



「えええええええーーーーっ!!!!」



 その叫びは彼女の心が爆発するようで、その恋心に火の精霊が反応し、彼女の周りに巨大な炎を発生させた。

 すかさずリュウは彼女の体を包むように力の調和を発生させ、炎を手のひらに集中させた。


「いやお前、そこは口にしろよ!」


 ダイスケが狙撃銃を構えながら叫ぶ。


「う、う、うるさいっ…!!」


 アヤカは血が頭に上って眩暈を感じながらも、リュウと共にダイスケの狙撃銃に炎の力を注ぎ込んだ。


「よし、いいぞダイスケ」


 ダイスケが標準を合わせ、狙撃銃を軽く撫でるとトリガーを引いた。




「行け!」




 4人の声が長い廊下に響き渡り、炎を帯びた銃弾が巨大なエネルギーを放つと共に、レーザーセンサーを突き破り、漆黒の闇へと急速に飛び込んでいった。

 音を立ててスイッチに直撃した銃弾。それが触れるや否や、レーザーセンサーはまるで電源が切れたかのように消え去った。


「よしっ!!うまくいったな」


 ダイスケから勝利の叫びが上がり、彼の肩口から躍り出た拳が頭上で力強く握られる。その瞬間、彼の視線はリュウに向けられ、二人はハイタッチでその成功を共有した。


「さすがダイスケ君。お見事です」

「だから、誰だと思ってんだよ」


 ナオキの賞賛にダイスケは笑顔で返した。

 頭に血が上りすぎたアヤカが脱力し、言葉を発することなく目の前にいるダイスケの方へ倒れ込む。小さな体はダイスケの腕に簡単に収まった。


「アヤカも、おつかれな」


 ダイスケは彼女の静かな寝息に微笑む。

 反応のないアヤカの顔を覗き込んで目を回して意識を失った彼女に苦笑すると、そのまま抱きかかえてリュウの方へ歩み寄った。


「ほら。ちゃんと守れよ」


 リュウに彼女を預け、ダイスケは狙撃銃をケースにしまうと再びハンドガンを手にした。


「次、行くぞ」


 ダイスケの声に皆が頷き、4人は再び一丸となって闇に向かって進み出した。それは目の前の闇を切り裂くような、果てしなく続く戦いの続きへと繋がる道だった。

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