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少年ボディガードと妖精姫   作者: てぃえむ
海外特待生編 【3人の絆】
53/77

喧嘩するほど仲がいい

 不穏な空気が、リュウとダイスケを囲んでいた。


 悲しみや怒り、孤独感などの混ざり合った感情が2人をゆっくりと侵食し、今まで見た事のない空気にアヤカは息を呑んだ。


「ダイスケ、何かあったのか?」


 リュウが問い掛けるが、ダイスケは視線をそらしその場から立ち去ろうとした。その一瞬、アヤカの心が緊張に震える。


 彼を行かせてはいけない、その直感が彼女を突き動かした。


「ダイスケ!」


 アヤカの小さな手が彼の手を掴み、そのまま引き止めようとしたが、ダイスケの体が大きく震えてアヤカの手を強く振り払った。

 その瞬間、彼の深い闇を宿した黒い瞳と目が合い、アヤカはその深淵に飲まれるように呆然とした。


 ダイスケの強い力により、アヤカの小柄な体は後ろに突き飛ばされた。


 駄目…

 声に出ず口だけがそう呟き、彼女の手は何かを掴もうと動くが、それは空を切りダイスケから離れていった。


 その瞬間、ダイスケは初めて我に返り、目の前には怒りに満ちたリュウが彼女を受け止め、彼を睨みつけていた。


「ダイスケ、お前…」


 リュウの声は怒りに振るわせていた。

 アヤカはしばらく放心した後、自分がリュウの腕の中にいることに気付き、その腕が怒りに震えているのを感じた。


 …彼の顔を見上げたその瞬間、ソフィーの姿が映る。

 リュウの肩に座った彼女の瞳は、彼と同じように怒りをあらわにした鋭い光を宿している。



「ダメ!」



 2人の間に入り、リュウとダイスケの顔を交互に見て、大きな瞳を悲しみで揺らしながら訴えるように視線を向けた。


「喧嘩はだめ…」


 顔を伏せ、声を詰まらせながら訴え続けた。自分にできる精一杯をしようと思った。


「リュウも、ダイスケも、何があったの?2人とも、最近ちょっと変だよ」


 アヤカの問い詰めにリュウもダイスケも視線を逸らし、少しの間沈黙が続く。


「…ごめん、ちょっと頭冷やしてくる」


 彼の声は希望と疑念に裂かれているようで、アヤカの心はその痛みを捉えて握りしめた。

 いつも明るく微笑む彼女の青い瞳が悲しみに揺らいでいるのを目の当たりにし、ダイスケは迷った表情を向けて言った。


「悪かった…心配するなって」


 ダイスケの後ろ姿が視界から消えると、アヤカは慎重に視線をリュウに移し、彼とソフィーの表情を探った。

 ソフィーの瞳はいつもの愛らしい輝きを取り戻している。


(…気のせい、かな)


 視線をリュウに戻すと、彼はその遣る瀬無い気持ちを表すかのように、拳を強く握りしめていた。






 その夜。


 ダイスケは深く、冷たい部屋の中で独り精密な作業に没頭していた。彼の手には、光沢のある狙撃銃が握られており、銃を取り囲む汚れや指紋を丁寧に拭き取り、その状態を完璧に保つための手入れに余念がなかった。


 トリガーが滑らかに動くのを確認すると、彼はほっとしたように息をつく。


「ダイスケ、入るよ」


 アヤカの声がドア越しに響き、一瞬彼の動きが止まる。しかしそれは一瞬のことで、すぐに気を取り直し、再び銃を手に取った。


「ああ、どうぞ」


 …しかし開けた瞬間ダイスケは固まった。


「どうしたんだよ、2人で」


 そこには3つ丼がのったお盆を持ったアヤカと、ケーキを持ったリュウが少し気まずそうに立っていた。


「…さっき、飯食わなかったっけ?」


 アヤカの持つ丼には、生姜焼きとハンバーグが良い香りを漂わせている。


「こういう時は、好きなものを共有するのがいいって、ナオキが言ってたの!」


 少しむくれた表情で見上げてくる彼女を見て、ダイスケは少し頭を掻いて、天井を見上げた。


「…それで、3人の好物を集めたって事か…」




 三人は言葉を交わすことなく、自分たちの前に広がる食事に集中していた。

 時折視線が交差すると、瞬間的に緊張感が飛び交い、それぞれが一瞥を忍び込ませていた。


「なあ、リュウ…」


 ダイスケの声が不意に空間を満たした。


「カレンって、知り合いなのか?」


 ダイスケの質問に、彼の言葉に耳を傾けていたリュウの手元が一瞬で凍りついた。手に持った箸は止まり、そのままテーブルに丼を下ろすと、考え込むように視線を少し逸らした。


「昔所属してた組織で…一緒だった。カレンは組織の幹部の娘で、俺より3カ月早く訓練を独り立ちしたんだ…」

「訓練って、リュウが5歳から受けてたっていう…」


 アヤカの質問にリュウは頷くと、視線はテーブルに固定したまま、昔の事を思い出しながら言葉を続けた。


「初めて会ったのは、最初の訓練の日だった…その時カレンは既にいろんな技術を習得していて…彼女に聞きながら、戦闘技術を覚えた気がする」


 リュウの言葉にダイスケは苦笑した


「気がする、ってお前」

「いや、5歳の時の事だし…あんまりよく覚えてないよ」


 いつもより弱弱しい口調で、しかし幼い頃の記憶を辿りながら、リュウは当時のカレンを思い出した。


「カレンは絶対泣かなかったな」

「戦闘訓練は厳しかった。筋肉を鍛えるトレーニング、柔軟性と防御力の強化、敵の動きを注意深く観察し、その弱点を見定める力…そして隠密行動に必要な気配りや洞察力…それら全てを鍛える過酷な訓練だった」


 背中に重しを乗せての筋力トレーニング。

 相手の行動に反応する為の数時間に及ぶ組手。

 疲れて動けなくなると、鍵のかかった部屋で戦闘のノウハウを理論で叩き込まれた。


 ぽつり、ぽつりと 呟くようにリュウは話していく


「失敗すると手加減なしに厳しく叱られ、体には常に痣ができていた…それはカレンも一緒だったよ」


 そこまで話して、彼の声が少し震えてきた。その様子にダイスケとアヤカも気づき、再び沈黙が流れた。



 ダイスケは初めて会った時のリュウを思い出した。

 ナオキに紹介された自分と同い年の少年の第一印象は「暗い奴」だった。

 それをそのまま口に出して伝えた時、何も言い返さずただ俯いていただけだったリュウだったが、そんな彼にダイスケは得意のいたずらやちょっかいを出すうち、少しずつ本音で話し合える仲になっていった…


(リュウは絶対にあきらめない奴だ。舐めていると、気が付いたら手の届かない所にいる)


 一番近くにいるダイスケは、それを一番理解していた。地道にコツコツと、ただただ努力を重ねる人間…正直、それを恐ろしいとすら思った事もあった。そして…


(リュウは、アヤカを守る為ならどんなことでもする。…本当に、何でもやる)


 それが少しだけ危険に、ダイスケは感じていた。



 アヤカのなかなか進まない丼からダイスケがハンバーグを取り上げた。


「あっ!」


 驚いた声を上げて自分に目を向けるアヤカを無視してダイスケは一口噛みつき、リュウの方を見た。


「お前、子供みたいなのが好きだよな」


 ダイスケの言葉にリュウは少しむっとした表情を見せて、アヤカの丼から生姜焼きを取り口に運んだ。


「ダイスケは、もう少し野菜も食べた方がいいと思うよ」


 それを見てアヤカはご飯だけになった丼を握りしめ、二人の顔を交互に見た。



 リュウもまた、初めて会った時のダイスケを思い出した。

 ユメがいなくなったあの日、自分を保護してくれたナオキに紹介された少年は、リュウが教えた護身術を初見でみるみる吸収してしまう、いわゆる本当の天才と言う奴だった。


(天性の感覚っていうのかな…あんな奴見たのは初めてだった)


 強いプラス思考を持つ彼に感化され、ペースを乱される事が多々あった。人を許し、受け入れ、気が付いたら彼の周りに人が集まっている…そんなカリスマ性を持っている…それがダイスケだ。


(ダイスケの明るさと寛容さは、皆を引き付ける…俺には絶対真似できない)


 一方で、幼い頃殺された両親の仇討ち…それを語る時だけは、いつも明るい彼が、唯一影を落とす。それが少しだけリュウは気にかかっていた。




 やがて2人は自分の丼を片付け、同時にケーキを手に取り食べ始めた。


「甘い…」


 ダイスケが2口食べて顔をしかめ、手に持ったフォークが止まった。


「相変わらず、甘いものが苦手なんだね」


 ケーキを平らげたリュウが少し得意げに言うと、ダイスケは少しむっとして、ケーキを力強く口に運んだ。

 空になったお皿をテーブルに置き、リュウとダイスケは満腹になり同時に天井を見上げ、一息ついた。


「アヤカ、昼間はごめんな」

「え?」


 突然の謝罪に驚くアヤカ。彼女がダイスケの顔を見ると、そこには少し笑顔が戻っていた。


「でもな、リュウ…お前には謝らないからな」


 話を振られ、リュウは少し微笑んだ。


「俺も、謝らないよ」


 お互いに顔を合わせ、少しだけ笑みを浮かべる。少しの沈黙の後、今度はリュウがそれを破った。




「明日のミッション、頼んだよ…ダイスケ」


 それを聞き、ダイスケは頷いた。


「頼んだぞ、リュウ」


 アヤカは2人を交互に見つめていたが、やがて関係が修復した事を感じ、少しだけほっとしたように胸を撫でおろす。リュウとダイスケはお互い満足そうな顔をしながら、次の戦いへの決意を新たにした。

7日に間に合いませんでした…次回は今日の21時から24時更新予定です。

そろそろ小学生編の修正もアップしていくと思います

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