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少年ボディガードと妖精姫   作者: てぃえむ
海外特待生編 【3人の絆】
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【番外編開幕】 数学のリュウと語学のダイスケ。アヤカとのデートを賭けた知恵比べ ②


 なんでこうなったんだっけ…?



 ダイスケと共に壇上に上がったリュウは少し困惑していた。

 彼の方にちらりと目を向けると、手をひらひらとさせながらいつもの笑みを浮かべている。



 …完全に、してやられた。



 リュウはそう思いながらダイスケに非難の視線を送るが、彼は涼しい顔でリュウから視線をずらした。


 

 確かに数学を学ぶのは好きだし、アヤカの気持ちは嬉しい。でも、彼女を守ると決めてからリュウにとっての最優先は常にそれだった。



 そういえば3年前、今回と似たようなことがあった。


 警護中に怪我をした自分を手当てしてくれた時、一緒に学校生活を楽しみたいと涙を流した小学生の頃のアヤカ。あの時は、彼女の言葉に隠された気持ちを理解せず、怒らせてしまった。


 当時仲直りの為プレゼントしたブレスレットを、彼女は今でも大切にしてくれている。



「…なるように、なれだ」



 リュウは意を決して、ポインターを手に取り一歩前に出た。






「俺はアヤカの魅力の一つとして、今朝アヤカが寝起きの時に跳ねていた寝ぐせについての議論を提案する!」


 リュウは黒板に、ある数式を書きだした。


「ええっ 寝ぐせ!?なんで」


 アヤカは思わず頭を押さえた。


「ほう、寝ぐせ。興味深いわね」


 興味深そうに黒板を眺めるカレンの横で、アヤカは少しだけショックを受けていた。


「リュウにとっての私の魅力って、寝ぐせなの…?」




「今朝のアヤカの寝ぐせは1、1,2,3,5…というパターンをで弧を描いており、これは数学的美しさ…いわゆるフィボナッチ数列に該当するんだ」


 リュウの後ろにある黒板には1,1,2,3,5、…と続く数列と、アヤカの寝ぐせのイラストが書かれている。


「リュウ、イラストは消そうよ!」

 

 アヤカが真っ赤になりながら講義するが、リュウの脳内は自らが書き出した数列とアヤカの寝癖の共通点に関する説明文で頭がいっぱいのようだ。

 アヤカは恥ずかしい気持ちと、リュウがここまで真剣に取り組む数学への情熱を感じたこと。2つの感情が混じって非常に複雑な心境だった。


 そんな彼女の気持ちとは裏腹に、リュウは数式を黒板に記載していく。


「これを美の形として表現した例として、パラテノン神殿の黄金比率やピラミッドの形状などがあげられる。この跳ね具合は、重力と髪の弾力性、そしてアヤカの寝姿勢が生み出す完璧なバランス…」


 黒板をポインターで強く叩きながら、リュウは反対の手を腰に当て、ダイスケに向かって陣取った。



「これこそが数学的な美しさ、自然の調和そのものだよ!」



 リュウの言葉が会場に鳴り響き、場は一瞬しんと静まり返った…。





 やがて冷や汗を流したダイスケが長めの前髪から覗かせる黒い瞳を微かに揺らし、沈黙を破った。



「…おまえ、寝ぐせフェチだったのかよ」


「…わ、話題を逸らすな。戦いの放棄とみなすぞ」



 わずかに顔を赤くしたリュウが抗議すると、ダイスケは目を閉じてふう、と息を吐き愛用のレザーバッグから分厚い辞書を取り出した。



「美しさってのは、数学的な要素だけで決まるものじゃない。アヤカの寝ぐせが美しいと感じるのは、それがアヤカらしさを表現しているから。そうじゃないか?リュウ」


「…どういう事だ?」



 ダイスケはその辞書軽く撫でると、ぱらぱらとめくりながら言葉を続けた。


「例えばロミオとジュリエットの名台詞のように、言葉とはそれを通じて個性や自然さを感じ取ることが出来る。それが言語の力、表現の美しさってやつだ。それをたった一つの数列に例えて定義づけるなんてこじつけでありナンセンスだ」



 ダイスケは辞書に書かれた「寝ぐせ」の項目のページをリュウの前に突き出した。



「英語で "bed hair"、フランス語で "cheveux en bataille"、日本語では「寝ぐせ」と言うだろ。それぞれの言葉がもつニュアンスや文化的な背景により、寝ぐせに対する解釈は変わる。つまりアヤカの美しさに対する解釈も多様に変わるべきじゃないのか?」



 ダイスケの愛読書

【世界の言語の力辞典第13改訂版(※実在しません)】

には世界中の「寝ぐせ」の言葉がその発音・表現と共に記されていた。



「フィボナッチ数列は自然界のさまざまなところに出現する。それは崇高なる自然の法則を表しているんだ。それをただの一数式と言い捨てるのは理解できないな。それこそナンセンスといえるんじゃないか?」



 見事な反論にダイスケは辞書を手にしたまま彼の瞳をまっすぐ見つめ、その口元に笑みを浮かべた。



「言うな。面白くなってきたじゃないか」


「ダイスケも、やるね」



 2人の視線がぶつかり、激しい火花が散る中、無者奮いのように体を揺らしたカレンが口を開いた。




「なるほど、これは面白い議論だわ!」



 眼鏡をかけなおすように左手を上げ、好奇心に満ちた瞳でリュウとダイスケを見つめる。2人の議論は彼女の知的好奇心を激しく揺さぶり、その心を鷲掴みにしていた。



「ふたりとも、それぞれの視点から素晴らしい意見を出してくれた事に敬意を表するわ。リュウは物理的な美しさ、ダイスケは表現の美しさを見つけてくれたわね。これらは決して相反するものではなく、むしろ相補的だと思うわ」



 生き生きと語るカレンの横で、アヤカは唖然と彼女を見つめていた。ナオキのほうを見ると、左手を顎に当て、感心したように深く頷いている。



「うん、実に健全で甲乙つけ互いすばらしい議論だよ」



 ナオキとカレンの反応に激しい違和感を感じつつ、再びリュウとダイスケの方へ視線を向けると2人の表情はいつになく生き生きとしている。



「…でもこれ、寝ぐせの話題でしょ?」



 アヤカは一人、目の前に繰り広げられる議論に頭を抱えた。






(それにしても、上手くひっかかってくれたな)



 真剣に議論に挑むリュウを見ながら、ダイスケは心の中で苦笑した。


 こういう事は絶対に手を出さない真面目なリュウだが、アヤカに関する事だけは時折異常な執着心を見せる。


 そこをつついてみたら、案の定だった。


 血は繋がってこそいないが、5年間兄弟みたいに育ってきた。彼の事は誰よりも知っているつもりだ。




 ちらりとアヤカの方を見ると、困惑した表情でこちらを見ている。その表情がまた可愛らしくダイスケのいたずら心を刺激した。



(でも、好きな子が一緒になるとは思いもしなかったな)



 性格は正反対。でもどこか似ている部分はあるのだろうか…


 そんな事を考えながら少し髪を掻き上げると、ダイスケは一歩前に足を踏み入れた。





「じゃあ次は俺が行くぞ!俺はアヤカの魅力の一つとして、今朝弁当のおかずをつまみ食いした時のアヤカのどなり声の議論を提案する!」



 今度はダイスケが黒板に何やら書きだした。


「2人とも、魅力について語る気ある!?」


 涙目になり声を上げるアヤカの突っ込みが講義室に響き渡る。




「…ダイスケ、弁当をつまみ食いしたのか?」


 冷たい視線を送るリュウに、わずかに顔を赤くしたダイスケが反論する。


「美味そうな生姜焼きだったんだ。仕方ないだろ!」



 気を取り直してダイスケは黒板の前に立ち、大きく深呼吸をした。


「さて、俺が提案した、アヤカのどなり声についてだが…」


 彼は軽く手を振りながら語り始めた。



「重要なのは、その音の持つ力だよ。特に、今朝のアヤカの声の大きさはおそらく50デシベルくらいだった。人間の平均的な会話の音量が60デシベルくらいなのを考えると、それは予想外に優しく聞こえる数値だ」



 ダイスケは一息つき、しっかりとリュウを見つめた。



「そして、その声の周波数はおそらく300~400Hzだ。この範囲は人間の耳にとって心地よく聞こえる範囲だ。今朝のアヤカのどなり声はその音量と周波数の絶妙なバランスを保ち、また魅力的に響くものとなっていた。これは一つの芸術といってもいい」



 リュウはそれを聞き冷や汗を流し、若干引いたような視線でダイスケに問いただす。



「計ったのか…?アヤカのどなり声のデシベルと周波数を」


 ダイスケは口元に笑みを浮かべながら答える。


「俺は耳がいいんだ。忘れたか?」


 ダイスケが自分の耳をトントンと叩きながら笑みを浮かべると、リュウは視線を外し、黒板に向かって歩き出した。




「その見解は一理ある。ただ、そのアヤカらしさも、その声の振動パターンとして数学的に表現できるとしたら…」


 リュウが黒板に向かって歩き出すと、黒板には複雑な数式…フーリエ級数が書かれていった。


「アヤカの心の中の混沌と秩序、即ちその感情の波動を表していると思う。その感情の波動は実際には非常に複雑なものだが、それを一定のパターン…例えばフーリエ級数として表現することができる」


 再びポインターを取り出し黒板に突きつけ、視線をダイスケに突きつけた。


「これはむしろ数学的に美しいと言える。違うか?」




 リュウの反論にダイスケは ふっ と笑いながら、再び愛読書【世界の言語の力辞典第13改訂版】を開き、ぱらぱらとめくりだす。


「アヤカのどなり声ってさ、それがまさにアヤカそのものだろ?いつも元気で、はっきりと自分の意見を伝える。それがアヤカの魅力だよ。」



 ダイスケは【どなる】のページをリュウに突き出した。



「英語で "scolding", フランス語で "gronder", 日本語では「どなる」って言うんだ。音とともに繰り出される言葉の力。それがアヤカのどなり声の美しさってやつじゃないのか!?」






 ダイスケの決め台詞が響く中、再びカレンは生き生きとした表情で、その拳を握りしめ、叫んだ。



「素晴らしいわ!これこそが私たちが見つけようとしていた答えね!」



 火花を散らす2人に贈るように拳を掲げ、目を閉じて敬意を表するような笑みを浮かべた彼女の体は微かに揺れていた。



「アヤカの魅力が科学的にも言語学的にも、そして数学的にも解析されるなんて。数値や理論で説明されると、さらに深みが出てくるわね。これぞ学問!これぞ学びの神髄よ!!」



 クールな彼女がこれほどまでに興奮する事にアヤカは驚いていたが、それ以前に議題が自分のどなり声である事に深い疑問しか生まれなかった。

 

「そんなにどなってたかなあ…」


 深く考え込むアヤカを見て、ナオキは視線を2人に向けたまま、感心したような言葉を述べた。




「2人とも、アヤカさんの事をよく見ていますね」





「………頭いい人の考える事って、よくわからないよ…」



 目の前の天才たちの会話を聞きながら、アヤカは軽く眩暈がするのを感じた。


続きます

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