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少年ボディガードと妖精姫   作者: てぃえむ
海外特待生編 【3人の絆】
50/77

【番外編】 数学のリュウと語学のダイスケ。アヤカとのデートを賭けた知恵比べ ①

本編とちょっとかみ合わない部分があるので出すか悩みましたが、本編がかわいそうな展開が続いた為自分を慰めるように書きました。


 美術の教授、ウィリアム・マレーンからの呼び出しに応えるため、アヤカは彼のオフィスへと足を運んでいた。


 美術の特待生としてこのハーモニア大学に入学した彼女の色彩豊かで繊細な絵画は教授からも高く評価され、この日は賞賛の言葉を受け彼女は喜びに溢れていた。


「そういえば、一緒にいる彼…リュウだったか? 彼の描いた絵も、なかなか興味深いものだったね」


 その言葉にアヤカはリュウの絵画を思い出した。

 以前リュウにその絵の模様の意味を問いただしたことがあったが、リュウはうまくはぐらかして答えてくれなかった。


「あの模様はなんて模様か、教授は知っていますか?」


 ウィリアムは笑顔を浮かべて答える。


「ああ、あれはね…フラクタルっていう数学アートの一種だよ」


「数学…」


 アヤカがつぶやくと、ウィリアムは頷いて笑った。


 講義室を出るとリュウが待っていてくれている。彼はアヤカのボディガードとして、大学の授業の大半を彼女の美術の授業を共にしていた。


 (リュウってば、やっぱり数学が好きなんだな)


 彼の横顔を横目で見てそんなことを考えながら、アヤカはリュウと次の講義に出かけた。






 翌朝


 4人が暮らすシェアハウスはハーモニア大学の学生寮の一角。

 

 アヤカの部屋は白い壁に薄緑色の家具、植物がたくさん飾られたシンプルな空間。その中で彼女の寝巻だけが一際華やかに映えていた。白と淡いオレンジのふわふわな生地にボーダー模様のパーカーとショートパンツの寝巻きは、彼女のお気に入りだった。


 5時30分、目覚まし時計の旋律が静寂を裂いてアヤカを現実へと引き戻した。

 今日はなぜか頭が少しもやもやとしており、寝覚めは今一つだった。

 リュウが自身の講義を放棄し、彼女の美術の授業に同席している事は知っていた。しかし、昨日ウィリアム教授から受けた言葉により、リュウの絵画に織り込まれた彼の心情を知り、一抹の落ち着かなさが彼女の胸を捉えていた。


「…でも、リュウはそんな事言ってもはぐらかすんだろうなぁ…」


 彼女はまだ温もりを残すベッドの中で、そんなことを考えていた。そしてふと、時計を見ると15分も程経過している事に気付く。


「うわっ、大変!朝食の準備しなきゃ!」




 その一言で、彼女の日々のルーティンが始まった。他の3人が起きる前に起きて、その日の準備を整えるのがアヤカの役割だった。


 部屋の電気をつけると彼女の金髪が光を浴びてキラキラと輝きだした。

 まだ寝間着姿の彼女が冷蔵庫からレモンを取り出し、それを絞って蜂蜜と混ぜ、冷水で割ったレモンウォーターを作る。時計を見るとまだ5時50分。時間通りだった。


「よかった、間に合った…」



 昨夜はリュウの絵画について思いを馳せていて、時間を忘れてしまった。少し眠気を感じながらあくびをしたその瞬間、リュウが部屋から現れた。

 彼はその青色の瞳を一瞬だけ大きく開き、いつものような微笑を浮かべる。


「おはよう…今日は寝坊でもした?」


「い、今の見てた!?」


 思い切りあくびを見られた。アヤカの恥ずかしい気持ちに火の精霊が反応して、周囲の温度が少しだけ上がっていく。


「アヤカ、気温が上がってる」


 リュウに困ったように指摘され、我に返ったアヤカは、深呼吸して緊張を落とした。


「レモン水ありがとう。行ってくる」


 リュウはアヤカが作ったレモンウォーターを飲み干して、朝のランニングのために家を出て行った。



 リュウの絵画の奥深くに隠された想いに触れた昨日から、それはアヤカの心に根ざして離れることがなかった。心の中では彼の作品が描く模様と色彩がまるで繰り返し再生される映像のように流れていた。


 頭の中で考えながら朝の洗顔と着替えが終わると、すぐにキッチンへと向かった。


 リュウより少し遅く起きてくるダイスケはトレーニング前に朝食を食べる。

 出汁と味噌が織りなす優しい香りに包まれたキッチンで、アヤカは彼ら全員の好きなワカメ入りのお味噌汁を作り始めた。それと同時に、豚肉を使ってダイスケの大好きなポークピカタとお弁当用の生姜焼きを準備した。キッチンの中はすぐに肉料理の香ばしい匂いで満たされた。


 小麦粉をまぶした豚肉は、ダイスケの好み通りカリッと焼かれ、香ばしい醤油の香りが弾けた。

 残りの豚肉に粉チーズと卵をまぶし、今度はピカタを焼き上げる。出来上がったお肉に野菜を添えたところでダイスケが起きてきた。



「うまいなー。この生姜焼き」



 ダイスケは感嘆の声を上げながら、早速お弁当用の生姜焼きを手に取り口に運んだ。


「ダイスケ!それはお弁当用だよ、朝ごはんちゃんとあるから」


 アヤカは彼をたしなめるが、ダイスケは子供のような無邪気な笑顔を向け、差し出された朝食を食べて早朝のトレーニングに向かった。



「さて、次はリュウとナオキの朝ごはんとお弁当」



 次に、アヤカはリュウとナオキの朝食とお弁当を準備した。


 リュウはハンバーグやエビフライ、カレーのような子供の心をくすぐる料理を好む一方、ナオキは全く逆に、身体への効用を考慮した野菜を中心としたメニューを好む。それぞれの好みに合わせたお弁当の準備に取り掛かる。


 時計を見るとすでに6時45分。

 この時間になるとアヤカはコーヒーを淹れ始める。ハンドドリップコーヒーを淹れ終わったところでナオキが起きてきた。



「おはようございます、アヤカさん。コーヒーありがとうございます」



 ナオキはいつものようにアヤカからコーヒーを受け取り、朝の日課である最新の論文チェックに向かった。

 それを見送った後、アヤカは7時半に朝食を食べるナオキとリュウのために再びキッチンへ立った。


 彼女の朝は忙しく、しかし充実したものであり、その一日がそうして始まった。





 一方、その日の美術の講義は予定よりも早めに終わった。


 アヤカはその機会を利用し、リュウを数学の講義に誘おうと決めていた。最初ははぐらかしていたリュウだが、アヤカの一生懸命さに心打たれたのか、少し諦めの入った表情を見せた。



「アヤカ、気を使ってる?」


 言い当てられ、少し悔しく思ったがアヤカは正直に言うことにした。


「気は、遣うよ。守ってもらえて嬉しいけど…リュウにも好きな講義受けてほしいもの」


 アヤカの言葉に少し困ったような彼は、しばらく考えた。

 確かに今日の美術の実技は終了した。別の講義を受けに行っても問題はない…。


「じゃあ、今回はそうさせてもらうよ」


 そう言ってアヤカと共に数学の講義へ向かった。




 講義室のホワイトボードには微分方程式の一部が華麗に描かれており、全ての生徒の目がそこに向けられていた。教師であるナオキは数学の教授ベン・スミスの背後に立ち、教授が壇上から彼らを見つめている。チョークが指先で転がされ、静寂の中、一つの問いが投げかけられる。


「この微分方程式を解ける者は?」


 教授が方程式の回答を求めたが、あたりはしんと静まり返っていた。



dx/dt = x^2 + t^2



「リュウ君、わかるかね?」



 教授の問いに、リュウは息をつかせる。

 この難解な問題を解くために名指しされたのだ。彼がお気に入りの教授は、誰も答えない問題があると決まって指名してくる。



「This differential equation states that the derivative of the variable x with respect to t is equal to the sum of x squared and the square of t.」

(この微分方程式は、変数tに関して微分されたxと、xとtの二乗の和とが等しいことを示しています)


 リュウが静かに解説する。


 教授は「正解!」と満足げに言った。リュウが安堵の息をついて席に戻ろうとすると、教授が再び問いかけた。


「Can you provide an explanation for that?」

(では、その説明もできるかね?)


 リュウは少し頭をかかえて考えた後、壇上に戻り、淡々と説明を始めた。



「To solve this differential equation essentially means to find a function x(t). This function should satisfy a condition where its derivative with respect to time t equals the sum of the square of the function's value x at time t and the square of time t itself. In other words, the function x(t) we are looking for is a function whose derivative dx/dt equals x^2 + t^2」


(この微分方程式を解く為には、実質的に、ある関数 x(t) を見つける必要があります。この関数は、それを時間 t で微分したものが、その時点 t での関数の値 x を二乗したものと、時間 t を二乗したものの和と等しくなる、という性質を満たすものです。つまり、求めるべき関数 x(t) は、その微分 dx/dt が x^2 + t^2 となるような関数です)



「Great, thank you」

(すばらしい!ありがとう)


 教授が満足そうにリュウを賞賛した。

 リュウは淡々と感謝の言葉を返すと、自身の席に戻ると、隣に座るダイスケがリュウをちらりと見つつ、口を開いた。



「なあリュウ、今の…


In other words, the function x(t) we are looking for is a function whose derivative dx/dt equals x^2 + t^2

(求めるべき関数 x(t) は、その微分 dx/dt が x^2 + t^2 となるような関数です)


だけどさ、あれだとちょっとわかりにくいな」



 ダイスケは少し考えて、言葉を整理した。



「In other words, the function x(t) we are seeking is such a function that when it's differentiated with respect to time t, it equals the sum of the square of its own value at that time t and the square of t itself.

(求めている関数x(t)とは、時間tに対して微分した際に、その時間tにおける関数自体の値の二乗と、時間t自体の二乗の和に等しくなるような関数、ということです)


こっちのほうが関数の値x(t)の二乗と時間t自体の二乗の和が、関数を時間tで微分したものに等しいってより明確に伝わるんじゃないか?」



「ああ、確かにそうだね。ありがとう」



 リュウはさっと頷き、それをノートに書き加えていった。


 一緒にいる二人の授業の様子を始めて目の当たりにしたアヤカは、深い関心を抱き、改めて彼らの優秀さに驚いた。





「リュウ、もっと数学の講義受けた方がいいんじゃない?」


 アヤカの声は真剣だった。講義が終わるなりの彼女の質問に、リュウは苦笑いを浮かべた。


「アヤカ、俺たちはミッションで来てるんだ」


 正論を言われ、ぐうの音も出ないアヤカはダイスケに話を振る。



「ね、ダイスケもそう思うよね」


 彼女がダイスケに話を振ると、彼もまた困った顔で視線をずらした。


「リュウの言うことは正しいって。俺たちいい成績とるのが目的じゃ…」


 言いかけたところでアヤカの若干潤んだ瞳が目に入り、その先が言えなかった。ダイスケは少し考えながら天井を仰ぎ少し考え、口を開いた。


「まあ、でもリュウ…お前、数学好きだよな」


 思いがけない言葉にリュウはダイスケを二度見した。


「ダイスケまで、何言ってるんだ?」


 困惑するリュウを横目で見ながらダイスケは面白い事を思いついたように口を開いた。


「そうだ、リュウ俺と知恵比べしないか?」


「は?」


 突然の申し出に間抜けな声で反応するリュウ。


「俺は語学。お前は数学が得意だろ?どっちが素晴らしい学問かの議論をするんだ。それだったらいいだろ」


「ダイスケ俺たちは…」


 呆れたように言うリュウの言葉を制すようにダイスケは言う


「勝った方がアヤカとデートするってのは、どうだ?」




「えっ!?」


 突然名前を出されアヤカは固まったが、ダイスケと目が合い、示すように口元に笑みを浮かべたのを見て、彼が自分に話を合わせてくれたのを察する。


「アヤカの意志も関係なく勝手に…」


 リュウが口を開こうとした瞬間、アヤカが声を挙げた。


「い、いいよ!」


 意外な言葉にリュウは言葉を失った。



「勝った方とデート!いいよ。リュウがどれくらい数学が好きなのか、知りたいの」


「アヤカ、ちょっと待って…」


「リュウは私とデートするの、嫌?」


 その潤んだ瞳から発せられる疑問に、リュウは再び言葉を失った。そこへダイスケの追い打ちが入る。


「不戦敗か?リュウ…俺がアヤカとデートしてもいいのか?」





 講義の終わり支度をしていたナオキが3人の様子がおかしい事に気付き近寄ってきた。


「どうしましたか?3人とも」


 ナオキが語り掛けるとリュウとダイスケの間に火花が散っているのを感じた。




「何事ですか…?」


 若干冷汗をかきながら問いただすと、アヤカの隣に立つ黒髪の少女が答える。


「リュウとダイスケが、アヤカとのデートを賭けて、数学と語学…どっちが素晴らしい学問かの知恵比べをするみたいですよ、ナオキ先生」


 そう言って少女は少し頭に手を添えながら、眉間にしわを寄せて小さく息を吐いた。


「カレンちゃんは議論の解説をしてくれるんだって」


 アヤカが言うと、カレンは肩を落とした。

 たまたまこの講義を受けていただけだったが、帰り際にダイスケの目に留まってしまったことがきっかけで巻き込まれる形になった。諦めたような顔で少し天を仰ぎながら話す。


「2人の知恵比べには純粋に興味があるわ…今回は特別よ」


 ナオキは ふむ… と二人を見つめた後前へ出る。




「では議題を与えましょう。報酬がアヤカさんとのデートだそうですので、アヤカさんの魅力を議題にするのはいかがでしょうか?」


 ナオキが提案した議題に、2人は頷いた。


「わ、私の魅力??それ語学や数学と関係あるの?」


「ただ言い合うだけではつまらないですからね」


 そう言ってアヤカににっこりと微笑むと、2人にくぎを刺すように伝える。


「ただし!ここは崇高なる大学です。学生らしく健全な内容でお願いします」


 ナオキが二人に宣言するように右手を掲げた。





 こうしてリュウとダイスケの学力バトルはスタートした。

 アヤカとのデートを賭けた勝負はどんな結末を向かるのか。


 勝負は後半へつづく。


次から知恵比べスタートです。

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