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少年ボディガードと妖精姫   作者: てぃえむ
小学生編【人魚姫と不思議な鳥】
5/77

純粋な想い

 その日の夜。


 食事が終わった後、リュウはペンを片手にアヤカにもらったコピーの台本を眺めながら、眉間にしわを寄せていた。


「リュウ、何してんの?」


 急に後ろから話しかけられ、リュウは心臓が飛び出そうになり振り向くと、親友のダイスケがリュウの持つ台本を興味深そうに見ている。


「びっくりした…ダイスケか」


 ため息をつくように項垂れる様子を見て、ダイスケはリュウの持つ台本をひょいと取り上げた。


「あ!こら」

「えー…なになに、”人魚であろうと人間であろうと、君は君自身。そして僕は君が好きなんだ”」


 勝手に読み上げられ、リュウは慌てて台本を取り上げた。


「…何だよ、その恥ずかしいセリフ」


 リュウより長いダークブラウンの髪を揺らしながら、ダイスケは大きく口を開けて笑った。


「学芸会の出し物だよ!…アヤカに練習相手になってほしいって頼まれたんだ」


 ふうん、と言いながらキッチンに歩いていくダイスケ。リュウとは正反対で、思った事を口にし、よく笑う少年だ。彼の後姿に少し目を向けた後、リュウは台本のセリフを再び凝視した。


(うーん…?)


 わからない事は試行と失敗を何度も繰り返し、完成に辿り着く。それがリュウのやり方だった。小声でセリフを読み上げながら、気になった点を書き込む。それをひたすら繰り返す。


 キッチンからダイスケが肩を震わせながら笑いを堪えている姿が目に付いたが、気にせず練習に集中した。

 


 



 翌朝。


 リュウとダイスケは各々の訓練を済ませた後、仕上げに二人で組手をするのが日課だった。

 この日も2人は自主練を終え、組手の終盤。ダイスケの足がリュウの足首に僅かに当たり、彼の体は地面に落ちた。

 

「お前、昨日何時まで練習してたんだよ」


 ダイスケに近接戦闘を教えたのはリュウであり、組手で彼が負ける事は珍しかった。ダイスケが自身の汗を拭いながら手を差し出し、立ち上がったリュウは疲れた様子で天を仰ぐ。


「ありがとう。体調管理も仕事のうち、だよね」

「あー、うーん、それもそうなんだけどさぁ」


 頭を掻き、悩むように目を閉じるダイスケ。首をかしげるリュウに何か言いたそうに口を開いたが、やがてため息をつくと家の中に戻っていく。


「腹へった!飯の支度するぞ」


 ダイスケが何か言いたげにしている時は、大抵相手を想っての発言をしようとしている時だ。言わなかったのは、リュウの行動を尊重したからだろう。

 2年前から一緒に暮らし始め、彼とは兄弟のように育ってきた。そして、自身の行動に問題がなかったか、昨晩の事を思い返した。



 昨夜は学芸会の台本を読みながら、書き込んでの作業をひたすら繰り返していた。


 リュウは、心の表現が苦手だった。

 2年前、妹によく絵本を読んであげていた時。ユメは感動し、その瞳に涙を浮かべていた。いつも疑問に感じていたのは、自分の心が妹のように感動や悲しみを感じない事だった。


 その答えを追求する為に、リュウはとにかく王子のセリフの部分に句点と感情の変化、その時彼がどう思っているか等、細かく記載し、そして読み上げる作業をひたすら繰り返した。


(僕は、何かおかしいのかな)


 ダイスケは、昨夜この台本のセリフを見て「恥ずかしいセリフだ」と言って大笑いした。一方でリュウはこのセリフが王子の愛の告白のセリフである事は理解し、笑われたことで若干の照れくささは感じた。しかし、それに対しダイスケやユメのように強く心が動く事はなかったのだ。


 そんな事を考えながら台本を眺めていると、保護者のナオキにいい加減に寝なさいと施され、ようやく床についたのだった。




 シャワーで軽く汗を流した後、ナオキの起床時間に合わせて2人で朝食の準備を始める。キッチンにはリュウの作る目玉焼きが香ばしい香りを漂わせていた。


「アヤカって、どんな子なんだ?」

「なんで?」


 急な問いかけにダイスケの方を見ると、いつもの笑顔とは違う…少し諦めが入ったような表情で口元を緩ませていた。

 アヤカはどんな子か。初めて会った日から今日までの学校生活を思い返しながら口を開く。


「アヤカは…金色の髪に淡い青の瞳をしていて…すごく可愛いんだ」

「へー」


 あからさまに興味なさげな返事をしながら、ダイスケは自身の顔に軽く手を当てた。顔に手を当てる時、大抵彼は気持ちと反対の事を口にする。アヤカに興味がある事を察したリュウは、言葉を続けた。


「話すと、普通の子だよ。お嬢様っていうより、素直で好奇心旺盛で…」


 そこまで話すと、目玉焼きが乗ったお皿を手渡した。


「運んでくれる?」

「お前が女の子をかわいいって言うの、初めて聞いたな」


 急な発言に動きを止めたリュウに、ダイスケは笑顔を浮かべた。


「俺も、そのアヤカって子に興味湧いたぞ。実はさ…昨日ナオキから依頼の話があったんだ」

「狙撃の?」

「ああ、プライベートスクールの屋上から、ターゲットの狙撃だってさ」


 ダイスケの本業は「狙撃手」。子供ながらプロとして働く、世界でも珍しい存在だった。しかし、この国は武器の使用が厳しく制限されている上、プライベートスクールという子供たちが出入りする場所での使用は特に慎重にならなければならない。


「その依頼、大丈夫なの?」


 怪しい依頼なのではないだろうか?そんな心配がリュウの心によぎる。


「依頼人がナオキの知り合いらしいから、話くらいは聞いてやってもいいんじゃないか?」


 ダイスケの表情は、好奇心といたずら心が混じっているようだった。そんな彼に若干の不安を感じつつ、リュウは小さく頷いた。






 登校前。

 リュウはアヤカのお気に入りの中庭で、書き込みすぎて、もはや本人にしか読めないような台本を見ながら音読した。


 結局、演技というまではいかないが、人魚姫というリュウにとってあまり免疫のない物語のセリフを読み上げる事が出来るようになっただけでも、彼の中では大きな一歩だった。

 

 一方、アヤカはリュウがスラスラと台本を読む姿に深く関心し、尊敬の念を抱いていた。

 几帳面で勉強も出来、仕事に対して真面目で…彼女にとってリュウは出来ない事や、わからない事等存在しないような、頼もしい存在に映っていた。


「リュウ…ここのセリフなんだけど」


 アヤカがリュウの台本を覗き込もうとすると、リュウは慌ててそれを隠した。


「ご、ごめん。何…?」


 自分の台本は、とても人に見せられたものではない。一瞬呆気にとられた様子でリュウの顔を見つめていたアヤカは、少しだけ考え込んだ後、自分の台本を見せながら、セリフのひとつを指さす。


”人魚であろうと人間であろうと、君は君自身。そして僕は君が好きなんだ”


 昨夜ダイスケがリュウをからかったこのセリフは、物語の一番盛り上がる所で王子が人魚姫に告白し、真実のキスをするシーン。


 学芸会の人魚姫の台本は生徒用に少しアレンジされていた。

 人間になった人魚姫と王子は恋に落ちるが、王子は魔女の呪いで他の人間の姫と結婚式を挙げる。直前で記憶を取り戻すが間に合わず人魚姫は泡になるという筋書きだ。


 このビタースイートなストーリーにアヤカは深く感激しており、主役を演じる事に強い責任感を感じていた。


「人魚姫ってどんな恋をしてたのかなぁ…」


 うっとりと、セリフを眺めるアヤカ。その様子を見て、絵本を読んであげた妹の表情を思い返す。記憶の中の妹・ユメは、今のアヤカのように、人魚姫の行動や感情に共感していたように思った。


(そっか、女の子は人魚姫に憧れるものなんだな)


「どうだろうね。王子様が大切だったのかもしれないね」


 当時の妹に語り掛けるように返事を返すと、アヤカは嬉しそうに微笑んだ。 


「ね、リュウ…恋ってしたことある?」


 突然の質問に、リュウは苦笑いを浮かべた。


「いや…ないよ」


 幼いころから戦闘訓練や、日々のトレーニングと勉強に人生を費やしてきたリュウにとって、色恋は演劇以上に専門外だった。


「恋ってどんなかんじなんだろう…きっと素敵な気持ちなんだろうな」


 恋に憧れるアヤカは、夢見る少女の眼差しをしており、その話に触れる瞳はまるで星のような輝きを放っていた。




 

 


 セキュリティゲートを潜り抜けると、朝の静寂を裂くような、活力に満ちた声が空に響いていた。一瞥すれば、野球部の生徒たちが朝の清々しさの中で練習に励んでいる様子が目に飛び込んでくる。


「部活、楽しそうだね」


 バットを振る少年たちを眩しそうに見つめるアヤカ。


(本当は、クラブ活動にも参加したいだろうな)


 アヤカは活発で、運動神経が良い。しかし、澤谷に門限を厳しく決められていた為、クラブ活動とはほぼ無縁だった。


 突如、一人の少年が彼女の視線に意識を逸らしてしまった。彼の打ったボールは軌道を大きくはずれ、アヤカの方へと向かってきた。


「危ない!」


 少年が叫ぶ。アヤカが目を閉じた瞬間リュウが彼女の前に立ちはだかり、鋭く叩きつける音と共にボールを素手で掴んで受け止めた。


「ごめん!大丈夫?」


 少年が、顧問の教師と共に慌てて駆け寄ってきた。


「はい、大丈夫です」


 リュウがボールを少年に返すと、顧問の教師は驚きと共に賞賛の言葉を述べた。


「すごいな、君。野球部入らないか?」

「いや、僕は…クラブはちょっと」


 教師の突然の申し出を丁寧に断るリュウと、熱を帯びた説得を続ける教師。


(参ったな)


 どう逃れようか考えていると、アヤカがリュウの手を取った。


「アヤカ…?」

「リュウ、ここ怪我してる。保健室行こう?」


 アヤカが指さすところを見ると、自分の手のひらに少し擦りむいた傷があった。

 ボールを受け止めた時に切ったのだろう。アヤカは教師に軽く頭を下げると、リュウの手を引いて保健室へと向かっていった。




 保健室に到着すると、アヤカが絆創膏を貼ってくれた。


「ありがとう、助かったよ」


 微笑むリュウに対し、アヤカもいつものふわりとした笑顔を浮かべた。しかし、その笑顔は少しだけ寂しそうだった。


「うん。でも…野球をするリュウは、ちょっと見たかったな」

「アヤカ…」

「わかってる。リュウは私のボディガードなんだもの」


 微笑んだまま、アヤカがそう言った直後。

 ひやりと冷たいものがリュウの頬をそっと撫でた。その感覚に思わず指で触れるが、何もない。


(窓、空いてないよな)


 室内で起きた不思議な現象に一瞬気を取られた後、アヤカがリュウの肩に触れ、我に返った。

 澄んだライトブルーの瞳が目の前に映る。


「?えっと…」


 アヤカに初めて会った日、彼女は「綺麗!」そう言ってリュウの瞳をじっと見ていた。その時と同じようにリュウの瞳を見つめている。


「綺麗だな」

「……」


 じっとしていたが、だんだんと気まずくなり、視線を逸らす。心臓の音が先程よりも早く打ち、若干の冷汗が滲んできた。すると今度はアヤカがリュウの髪に触れてきた。


(だめだ、限界だ!)


 耐えられなくなり、思わずリュウはアヤカの肩を掴み、自身との距離を取った。


「アヤカ……どう、したの?」


 軽く息切れをしながら彼女の行動の意味を考えたが、さっぱり理解が出来なかった。

 アヤカは天真爛漫で純粋な少女だ。しかし転校初日もそうだったが、たまに不思議な行動を取る事があり、驚かされる。


「えっと…ごめんなさい」

「いいんだよ、でもちょっと驚いたかな」


 申し訳なさそうに頭を下げるアヤカに微笑むと、彼女はほっとしたように表情を緩ませた。


「この子は、ずっとリュウの肩にいるんだね」

「この子?」


 アヤカが指さすリュウの左肩。目を向けるがなにもない。何が?と聞こうとしたところでホームルームの開始を伝えるチャイムが鳴った。




 保健室を後にし、2人で並んで廊下を歩く。

 

「私ね、リュウと仲良くなりたいなって、ずっと思ってるの」


 アヤカの方へ視線を向けると少しだけ寂しそうだった。


「朝起きて、迎えに来てくれて、学校で一緒に過ごして…いつも一緒にいてくれて、頼もしいけど…」


 アヤカはリュウの前に立って、背比べをするように自身の額の前に手を添える。その視線はリュウの頭の先を見ているようだった。


「身長も同じくらいなのにね」


 そこまで言われて、リュウはようやく彼女が何を言いたいかわかった気がした。自分が一切学校生活を楽しもうとしない事を気にかけているようだ。


(こういう時、どう言ったらいいんだろう)


 アヤカの護衛は、リュウが今までこなしてきた任務とは少し違っていた。

 見張りや、パーティ会場への依頼人の同行。子供ならではの仕事を振られることが多かったが、アヤカのように強く自分を気に掛ける依頼人は初めてだったからだ。


 2人の間にしばらく沈黙が流れた。

 

「そうだ、今日の給食…リュウが好きなハンバーグだよ」


 言葉に詰まるリュウに気付いたのか、アヤカが話題を変えてきた。


(気を遣わせちゃったな)


 自分はアヤカのボディガード。彼女もそれは理解しているようで、リュウのとる行動に深く追求してくることはなかった。


 そしてアヤカは、毎日決まって給食の話題を出した。

 みんなで食べる給食は、彼女にとって学校での楽しい時間のひとつであり、リュウとアヤカが共に学校生活を満喫する貴重な瞬間の一つでもあった。


「あとはブロッコリーのサラダと…」


 そこまで聞いて、リュウは一瞬思考が止まった。ブロッコリー…そう、それはリュウが唯一苦手とする食材だった。


「リュウ、ブロッコリー食べられないの?」

「………」

「そんなことないよ」


 返事が遅れたリュウ。沈黙したまま顔を逸らすと、アヤカは微笑みかけ、リュウの顔を覗き込んだ。


「私が食べてあげようか?」

「い、いや、いいよ!自分で食べるから」


 若干慌てたリュウの声が響く中、アヤカが廊下を歩き出す。


「そうだ、あのね、私実はお魚が嫌いなんだ。お父さんには内緒にしてね」


 そう言って先を歩くアヤカの足取りは軽く、先程より元気になった様子を見ながら、ほっと胸を撫でおろした。


(でも、なんで元気になったんだろう)


 リュウは彼女の後を追いながら、彼女の元気の理由がさっぱりわからず首を傾げた。







 放課後

 同級生たちのセリフを読む声…演劇の為の音楽…それぞれが響く体育館。



「人魚であろうと人間であろうと、君は君自身だ。そして僕は君が好きだ」


 ショウのセリフが終わったところでカットが入る。


「残念だな、この後人魚姫にキスをするんだろう?」


 ショウがサツキに向けて不満げな声を上げると、サツキは彼を静めた。


「練習の度にアヤカちゃんにキスするつもり!?」


 クラスメイトの間では気遣いが上手で物腰柔らかなイメージのショウだが、サツキの前でだけは、たびたび子供らしい笑顔を見せる。

 2人は幼馴染であり、言い合う様子は喧嘩しているようで、とても仲睦まじくも見える。


 ショウが演技をし終わるとクラスメイトや見学に来ていた女子からは賞賛の声が上がった。その中でも特に黄色い声援を送る女の子・ユミとフウカは、他の女子生徒を押しのけ真っ先に彼のもとへ駆け寄っていた。


「あの二人は、中本君が本当に好きなんだね」


 学級委員の立花サツキと共に裏方を務めるリュウ。指示された仕事をこなしながら話しかけると、サツキがため息をついた。


「ユミとフウカ。ショウが好きなのはいいんだけど…ちょっと周りが見えてないのよね。アヤカちゃんが心配だわ」


 苦笑するサツキの話を聞きながら、リュウは2人の方をじっと見た。ユミとフウカは転校初日もアヤカに毒気のある言葉を吐き、周りの空気を一瞬凍り付かせた。あの時アヤカの言葉に耳を貸していなかったら、リュウが出て2人を黙らせていただろう。


「でも、それをアヤカちゃんに言ったら何て言ったと思う?」

「何て言ってたの?」

「恋する2人はキラキラしててかわいいなぁ…だって。びっくりしちゃった」


 少々強引に見えるユミとフウカだが、アヤカは2人の恋心に共感するように、喜び微笑んだそうだ。


「アヤカらしいな」


 転校初日の事を思い返しながら、ぽつりと呟く。

 あの日からアヤカとサツキは意気投合し、すっかり仲良しになっていた。何かと気にかけてくれるサツキにアヤカは素直に感謝し、サツキはアヤカの純真で素直な性格に率直に好感を持っているようだった。


 サツキは教師に代わりクラスを仕切り、裏方というより監督に近い仕事を次々とこなしていく優秀な生徒だ。アヤカの交友関係もしっかり見守るようにと澤谷に伝えられていたリュウは、クラスで彼女に最も信頼を置いていた。


「ね、羽瀬田くん…アヤカちゃんって、すごく可愛いのに…男の子からの恋心にはすごく鈍感なのよね」

「うん…それがどうしたの?」


 意味深げに自分の方を見られたが、リュウはその視線の意味が分からず問いかけた。サツキは少し考え込んだようにリュウとアヤカを交互に見た。そして、「私の勘違いか」と呟いた後舞台の方へ歩いていく。


(何だったんだ)


 


 学芸会の練習が始まってから一カ月ほど経っていた。


 本番が近づくたび、クラスの想いは徐々にひとつになっていった。それは裏方に回るリュウも一緒で、役に回るクラスメイト達へのサポートをするうちに次第と会話も深まる。


 アヤカは頻繁に王子役のショウと打ち合わせをし、ここはこうしたほうがいい、ああしたほうがいい等互いに言い合うような仲になっていた。


 王子役のショウの懐の深さと、頼もしさにアヤカは心から信頼を寄せ

 初めての経験ながらも一生懸命取り組むアヤカにショウもまた、信頼を寄せるようになっていった。


 人魚姫の舞台で主役を務めるショウとアヤカは、練習を重ねながら、徐々にその絆を深めていった。





 練習が終わり、その日もみんなで片づけに入る。そんな中アヤカがリュウと共に帰り支度をしていると、ショウがアヤカを呼び止めた。


「澤谷さん、ちょっと話があるんだけど…」


 いつもの穏やかな表情に若干の緊張を忍ばせた様子のショウ。アヤカと2人で話したいと言うので見送ったが、リュウは気付かれないように後を追った。




 


「好きなんだ、澤谷さん」


 舞台の練習をしていた体育館の壁側の出口を出てしばらく歩いたところで、ショウの唐突な告白が聞こえた。アヤカを見ると、きょとんとした表情のまま凍り付いている。


「え!?」


 大分遅れて、思い出したかのようにアヤカの顔は真っ赤になった。


 2人の会話はよく聞き取れなかったが、ボディガードとしてアヤカを見守らなければいけない立場のリュウは、今の状況に冷汗を流した。


「さすがに…これはまずかったかな」


 そう小さく呟きながら若干の罪悪感が彼の心を襲った。

 アヤカに申し訳ない気持ちと、生まれて初めて人の告白を目の当たりにした事。いろんな意味で緊張と困惑が彼を支配していたが、職務上仕方ないと自身を言い聞かせながら軽く息を吐く。


「俺、澤谷さんに振り向いてもらえるようにがんばるよ」


 やがてショウはそう言うと、こちらに向かってきた。

 身を隠して彼の後姿を見送ると、アヤカのもとへ歩いていく。彼女はしゃがみこみ、地面とにらめっこするように項垂れていて、いつもよりだいぶ元気がないように見えた。


「…リュウ、聞いてた…?」

「………」


 完全に想定外の事態に、リュウの脳内はどう対応するのが適切かという模索で埋め尽くされ、その返答を口に出すまで随分と時間がかかってしまった。


「聞いてないよ」

「聞いてたんだ」


 真面目なリュウの精いっぱいの嘘はアヤカに完全に見破られ、彼は冷汗を流し視線を逸らした。


「…どうしよう」


 困惑するアヤカと、どう声をかけて良いかわからないリュウ。

 ただただ微妙な空気が流れ、2人はしばらくその場から動く事が出来なかった。


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― 新着の感想 ―
[良い点] 難しい人間関係。 これも成長につながると思います。 しかし子どもが感情を抑えられるかというと、それは違う事でしょう。 キラキラした恋よりも、不穏な空気が漂い始めてきました。
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