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少年ボディガードと妖精姫   作者: てぃえむ
海外特待生編 【3人の絆】
47/77

”何か”に浸食されていく心

 静かな部屋の中。

 電流が身体を這い上がる感覚にリュウは、はっと目を覚ました。


 動悸と共に彼の視界は現実へと戻り、身体を起こすとまわりを警戒の視線で見渡した。

 窓の向こうには穏やかに落日が沈み始め、夕暮れの色彩が部屋に満ちており、自分の肌がじっとりと汗を帯びている。

 少し項垂れながら記憶の整理を試みた。単独で研究室へと向かった記憶があったが、アヤカの顔が見えた瞬間からは記憶がぼやけていた。


「………そうだ!アヤカ」


 寝床から飛び上がり、いつも夕食をともにする部屋へ足を進めると、ナオキからの手紙が置かれていた。




【アヤカさんはダイスケ君と講義に行きました。今日はゆっくり休んでください】




「最悪だ」



 リュウの心の底から後悔の念が湧き上がる。

 一人で出かけ、負傷し、一日眠り続けたこと。そして何より、ボディガードとしての仕事まで疎かにしたこと。


 自分がいない間に、アヤカにもしもの事があったら。


 …心の中には黒い感情が渦巻いていくようだった。

 それは初めて経験する感情で、リュウの心をじわじわと侵食していく。未知の感情に戸惑いながら、ゆっくりと息を吐き出すと、ナオキの手紙をぐしゃりと握りつぶした。



「アヤカを…探さないと」



 宿舎を飛び出すと学生たちが帰宅するキャンパスを走り出す。




「Ryu, what's happened today?」

(リュウ、今日はどうしたんだ?)

「Do you know Ayaka?」

(アヤカを知らないか?)

「I thought you finally got disliked by her.」

(なんだ、お前とうとうあの子に嫌われたのかと思ったぞ)


 それはいつもリュウにかけられる、何気ないからかいの言葉だった。いつものリュウは微笑んで軽く流す。

 しかし、その時のリュウは違った。


(アヤカが俺を嫌う?アヤカに嫌われたら…?もし、そうなったら…)


 まるで自分ではないような感情が心を押しつぶしていく。


(俺に、何が残るんだ?)


 目の前でからかう先輩の学生の軽快な笑い声が自身の頭をおかしくしていくようだった。






「リュウ、何してんだ!」


 その声に我に返り、気が付いた時には先程までリュウをからかっていた生徒の胸倉を掴んでいた。ふりかぶった拳をダイスケが止め、仲裁に入っている。


「ダイスケ…」

「お前らしくねぇぞ!!」


 呆然としたまま掴んでいた手を放すと、男子生徒は恐れるような視線をリュウに向け、走り去っていった。その後ろ姿と自身の腕を見ながら、ダイスケが自分を止めてくれたのだとようやく理解した。


「体調は、もういいのかよ」


 ため息を吐きながら、顔を覗き込んでくるダイスケ。しかし、思いついたかのように顔を上げ、彼の肩を掴み必死に問いかけた。


「アヤカは…」


 リュウの様子に一瞬驚いたようにダイスケは顔を強張らせた。


「お前の後ろにいるだろ」


 ダイスケが指さした方に視線を向けると、アヤカが心配そうな顔で見ている。



(無事で、よかった…)



 少し項垂れて、荒くなった息を整えると彼女の方を見て安堵の表情を浮かべた。


「リュウ、体はもういいの?心配したんだよ」

「うん…大丈夫だ。講義は…」

「大丈夫。ダイスケが一緒に来てくれたの」


 ダイスケが、代わりにアヤカを守ってくれていた。視線を向けると彼の顔にはいつものような笑顔が浮かんでいる。

 それに軽く微笑んだリュウは、彼に感謝の言葉を伝えようと口を開いた。


 ――しかし


 その瞬間黒い感情が頭と心を支配していく。


(なんだろう…これ)


 胸が苦しくなり、息が詰まるほどの圧迫感。初めて経験するその感覚は、リュウの心をじわじわと侵食してくようだった。


「……あ…」


 口から言葉が出てこなかった。自分の体なのに、まるで、自分じゃない人間に押さえつけられている…そんな感覚だった。




 リュウの表情が変わったことに気付いたアヤカとダイスケは一瞬目を合わせた。


「リュウ、帰ろう…今日は探索はお休みしよう」


 アヤカにそう言われ、リュウはただ静かに頷いたが、胸の中に湧き上がった感情はそれでも消えることはなかった。

 

 シェアハウスに戻りながら、前を歩く2人の後姿を呆然と見つめ、自分自身に問いかけた。



 ――この感情は…一体…



 自分の心が暗く、深く沈んでいく感覚。

 いつも頼もしく感じる彼の笑顔が、一瞬…そう


「ダイスケを…憎いと…感じた」


 はっとして、口を抑えた。


(何を…言っているんだ)


 心の中で渦巻く感情がついに口に出た。2人に聞こえていない事を確認し胸を撫でおろすが、心臓が大きく打ち、ひどく混乱した。


(どうしてだ…?自分以外の人間が、アヤカを守ったからか…?)


 何を考えているんだろうと、頭を振り自分自身に言い聞かせる。自分の中に何かが変わり始めているような、そんな不安が彼を襲っていた。





 夕食を終えると、3人はナオキに計画書を渡された。


「地下研究室の地図…よく手に入ったな」


 ダイスケがページをぱらぱらとめくりながら、つぶやいた。


「地下研究室は10のエリアに分かれていますが、今回の目標は人体実験エリアのみとし、その直線距離に該当する2つのエリアを攻略してもらいます」


 ナオキに渡されたマップには、一番最初のエリアに【受付】と書いてある。


「受付っていうのは、俺たちが今まで調査していたエリアか…」


 ナオキは頷き、その先のエリアの説明に入った。


「受付を抜けると、【一般研究エリア】に入ります。おそらく一番広いエリアになるでしょう…そこを抜けると廊下があり、3方向に分かれているのですが…」


 該当する場所を指で指し示しながら、続いてその先にある長細い廊下を指さした。


「今回は真っすぐ向かってください。その次が問題の【厳重セキュリティエリア】です。ここは何があるかわかりません。おそらく最も危険なのはここでしょう」


 リュウはほんの一瞬、アヤカの方を見た。

 彼女を連れて行くのが本当に良いのだろうか。しかし、彼女を置き去りにすることが、それ以上に危険だということも理解していた。


「リュウ、一人で行こうなんて思ったらだめだよ」


 悩んでいる様子に気付かれたようで、彼女は少しむくれた表情をしている。


「そうだな、また倒れられたら困るしな」


 続いてかけられる、ダイスケの軽妙な冗談。それにあからさまに顔をしかめたリュウは、少しだけ不機嫌そうに地図を見つめた。


「…リュウ、どうしたの?やっぱり少し疲れてる?」


 アヤカが心配そうにリュウの顔を覗き込む。

 普段のリュウは不機嫌を顔に出すようなことはまずない。ダイスケとナオキも気付いたようで、3人の視線がリュウに集まる。


 皆、リュウを心配していた。

 いつもの彼なら、微笑んで「ありがとう」と言っただろう。しかし、この時のリュウの心中は違った。


(俺が…悪いって言うのか…?)


 頭を振って、顔を上げた。

 何を考えているんだろう、皆自分の事を心配してくれている。必死に自身にそう言い聞かせ、立ち上がった。


 …ひどく、息苦しく感じた。


「ごめん、そうみたいだ…悪いけど先に休ませてもらうよ」


 3人の自分を気遣う視線に気づかないふりをし、リュウは自室に戻った。






 部屋に入ると、月の光が窓から差し込んでいた。

 整然とした部屋、並べられた本棚、青いストライプの布団が敷かれたベッド。そして、机の上には整理された数学の問題集とノートがきちんと並べられていた。


「これ…俺がやったんだっけ…?」



 問題集と、整った字で記されたノートを見つめながら、リュウは自分がやったはずのことがどうしても思い出せないことに気づいた。


「記憶…なんで…」


 部屋の隅に置かれた鏡を見る。黒い髪に深い青色の瞳…黒のパーカーにダークグレーのパンツを履いた少年の姿。

 だが、その姿が本当に自分自身なのか、自分の記憶が本当に自分自身のものなのか、確証がなかった。頭の中は恐怖と混乱で満ち溢れていた。


「――ッッッ」


 目の前の何かを突き飛ばすように左手を振り払うと、机の上のノートが音を立てて床に散らばっていく。

 その音で我に返り、散らかった床を呆然と眺めた。


「………俺は…誰だ…」





「リュウ、入っていい?」


 アヤカの声が聞こえて心臓が飛び出すような感覚を覚えた。


「あ、うん…ちょっと待ってて」


 速やかに部屋の灯を灯し、広がっていたノートを急いで片付けてドアを開けると、アヤカがホットココアを持って立っていた。


「な、何…?」

「リュウ、何か隠し事してる」


 アヤカのライトブルーの瞳に見つめられ、まるで心の奥まで見透かされているような気がしてリュウは少し目を逸らした。


「よかった。嘘つけない、いつものリュウだ」


 そう言ってホットココアをリュウに手渡した。


「…ありがとう」


 口をつけ一口飲むと、その甘さが体中に広がり、心に巣くっていた不安や混乱が少しだけ薄れていく感覚に包まれた。

 アヤカはリュウの頭にそっと手を伸ばし、優しく撫でた。彼女の手は柔らかく、温かく、リュウの心をゆっくりと穏やかな気持ちへと導いていく。


「アヤカ…」

「うん?」

「…」


 何かを伝えたかったが、何を言いたかったのか思い出せなかった。

 リュウが言葉を失って固まると、アヤカは彼を不思議そうに見つめた後、ゆっくりと彼の髪を再び撫でながら言った。


「ここにいるよ、リュウ」


 リュウの瞳は少しだけ驚きに開き、そしてすぐにゆっくりと閉じた。

 いつものような微笑みを浮かべた彼の顔を見て、アヤカは安堵し微笑みを返した。


「1人で背負わないで…たまには私にもリュウを守らせてね」





 アヤカが部屋に戻ると電気を消し、ベッドに横になる。先程の彼女の声がリュウの心をほんの少し安心させ、少し冷静になれた気がした。


「明日になったら大丈夫だ。明日になったら、きっと全部思い出せるはずだ…」


 そう言い聞かせて、リュウは自分自身を安心させることに専念した。そして、少しずつ彼の心は静かになり、彼の思考は深い眠りへと誘われていった。

次回かその次辺り番外編で息抜きしようと思います。

リュウとダイスケの学力バトルを予定しています。

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