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少年ボディガードと妖精姫   作者: てぃえむ
海外特待生編 【3人の絆】
43/77

リュウの幼馴染

 歳はリュウと同じか、少し上くらい…白いシャツにタイトなスカートを纏い眼鏡をかけた知的な雰囲気を醸し出す少女。

 ポニーテールのように結い上げた長い黒髪を揺らし、鋭いまなざしのまま、その緑色の瞳をリュウに向けた。


「芹沢ユウジは怒っているわよ」


 芹沢ユウジ。忘れもしない、その名前。リュウが以前在籍していた影縫いのトップを務める男だ。そして目の前にいるカレンの父親でもある。

 体が微細に揺れていることを感じつつ、自身を落ち着かせるために深呼吸を繰り返した。


「なぜ、ここにいるんだ?」


 カレン…彼女がいるという事は、影縫いがここに関わっている可能性が極めて高い。絞り出すような声で問いかけるリュウにカレンは眼鏡を調整するかのように左手を上げ、淡々と話し始めた。


「もう気付いているはずよ。ここはアルケミスタ管轄の大学…統括するのは、シオン。この地下研究所の管理者は、天才科学者であるイサム博士」

「お前は、シオンの仲間なのか…?」


 カレンは瞳を落とし、腕を組み直すとリュウに向き直る。


「6割がた返事はNOよ。私はイサム博士の研究に協力しているだけ。あなたと同席していた組織は脱退したわ。今はフリーの傭兵といったところかしら」


 彼女は表情を崩さず、言葉を続けながらリュウに近づいていく。


「世界樹を理解することは人類と世界の為。私はイサム博士のその思想に深く共感している。だけど、世界樹になり得る存在をやっと見つけたと思ったら、邪魔をする存在が現れたの」


 緑色の瞳が鋭くリュウに向けられ、その強烈な眼差しに、リュウは少しだけ後ずさった。


「弱い者は淘汰されるだけ…アヤカの協力を強く要求するわ」


 彼女の強い意志のこもった言葉に一瞬圧倒されるが、すぐに視線を返した。


「…アヤカは渡さない」


 二人の視線がぶつかり、張り詰めた空気と共にしばらく静寂が訪れた。




 カレンは細く吐息をつき、眼鏡を調整するかのように左手を上げた。


「…随分頑固になったのね。昔は素直だったのに」


 ふう、と息を吐き、化け物に向かって歩いていったカレンは、左手をリュウに見せた。


「その石…」


 その手には黒い石が埋め込まれている。そのまま両手をリュウが直前まで戦っていた獣の負傷した腕に触れた。

 獣の傷ついた手が薄く光り始める。カレンの両手からも光が溢れ、その光が刃の形に変わり、傷つけられた腕と接合した。


「オオオオオオオォォォォォォ」


 獣の咆哮が部屋に響く。

 ビリビリと体を打つ音波のような声。リュウが戦闘態勢をとると共に、襲ってきた。

 振り上げた刃がリュウに向かって襲い掛かる瞬間、カレンの両手が光を発し、獣の刃が巨大なエネルギーを纏い始める。破壊力の増した刃をぎりぎりで避けるが、エネルギーの風圧で少し後ろへ弾かれた。


 先程よりも床に深く刻まれた亀裂。まるで、エネルギーが一点だけ増大したかのようだった。


(「力の調和」に、似た力…?)


 獣と距離を取ると、その背後に映るカレンが左手を前に出した。その手から光が溢れ、今度は銃の形に変化した。


「エネルギーの増大…そして形状変化。それがお前の力か!?」


 リュウの問いかけには返答せず、銃の引き金を引き、カレンが発砲する。反射的に身をかがめて前に走り出すと、すぐ横を銃弾がかすめ壁に光を放つと共に消えた。


 直後、再び獣が襲ってきた。

 獣と正面から対峙する形となり、リュウは左腕を防御のために上げながら先程までの行動パターンを頭に巡らせた。


(主な攻撃は、振り下ろし55%、横からの一閃30%、振り上げは左から…)


 獣の持つエネルギーの刃が振り上げられた。最も確率の高い攻撃と判断し、相手の攻撃をイメージしながら、どれだけの力でどの方向に動くべきかを考える。


(頭上からの攻撃…秒速2メートル軌道45度。回避に必要な反応速度は、秒速4m!)


 獣が左から襲い掛かってくるのを、腰を落として避けると同時に反撃の最適点を絞り、前に出た。


(機能停止に必要な力量4000ジュール…いける!)


 振り落としの攻撃は計算通りの場所に亀裂を入れた。相手の動きに沿うように懐に入る。そのまま体を逸らし、「力の調和」で肘にエネルギーを込め、強烈な肘打ちをふりかぶった。


 ドスッ


 鈍い音と共にミシミシと骨が折れる音が響いた。すかさず追い打ちのフックを同じ場所に叩き込む。

 巨体が倒れ、大きな音が地下室内に響いた。


 一瞬の安堵。


 ――しかし


 目の前に映った緑色の瞳がリュウと交差する。

 彼女が手に持っていた銃は螺旋を描き鞭の形に変化していく。振り下ろされると共に地面に爆音が響いたき、鮮やかに翻された鞭は再びリュウに襲い掛かる。その不規則な動きは回避しきれず、肩口をかすめて深い傷を刻み込んだ。


 距離を取り、再び構えた。

 鞭の動きは、予測が難しい。加えて、エネルギーの塊であるあの鞭は、通常の鞭より殺傷能力が高いようだった。


「リュウ、率直に言うわ…イサム博士はあなたの協力を希望している」

「は?」


 協力。一体どういう意味だろうか?困惑するリュウにカレンは言葉を続けた。


「イサム博士は、あなたに「キッド」の可能性を見出しているの」


 キッド。その言葉をリュウは以前も聞いたことがあった。それは、野外合宿の夜、ダイスケとアヤカを逃がす為、囮として残った時の事だった。



”もしかして君は、我々が探していたキッドなのかな?”

”昔我が組織アルケミスタから盗まれた、イサム博士の最高傑作だよ”



 それが当時のシオンの言葉。一体キッドとは何なのか。そして、何故自分がキッドだと思われているのだろうか?


「身に覚えがない。悪いけど、協力はできないな」


 申し出を断られ、カレンは軽く息をつき鞭を頭上に振り上げた。


「抵抗するのであれば、力づくでもと言われてる」


 弧を描くように振り回される光の鞭のしなる音が静かに響き、その先端に光が集まっていく。


「覚悟なさい」


 言葉と共に振り下ろされ、風を切る音と共に床に爆発音が響く。すれすれでかわしたが、そのあまりの破壊力に一瞬気を取られた。


(形状変化で武器を作り、エネルギーの増大で破壊力を上げたのか)


 ひるがえされた鞭は再び先端に光を纏い、リュウに襲い掛かる。連撃を回避しつつ、カレンの行動を頭に刻み込んでいく。

 鞭は不規則な動きだが、攻撃パターンはいくつか決まっているように思えた。ストレートの打ち込み、八の字を描くような連撃、高速の打ち下ろし。


(形状は長めのブルウィップタイプ…床を叩きつけてから先端が離れて、再び振り下ろされるまでの間0,5秒…そこを狙うしかない)


 再びエネルギーを纏ったカレンの鞭。先端が輝くのを確認し、振り下ろされると共に前に走った。

 通常の鞭の動きであれば、近寄る隙はない。しかし、エネルギーを纏った鞭の攻撃は、爆発音が僅かな隙を生むようだ。


 風を切る音が耳元で響き、リュウの額に傷が刻まれた。床に亀裂が入り、爆発は鞭の速度を一瞬だけ遅らせる。その瞬間を見逃さず、詰め寄り左のパンチを振りかぶった。


「甘いわよ」


 光を放ちながら鞭が消え、踏み込んだカレンの右手がリュウの肘関節を捕らえる。緑色の瞳が至近距離まで迫り、彼女の左の肘がリュウの腹部に迫った。


 鈍い音と共に、腹部に走る激痛。

 リュウの顔が歪み、一歩後ずさると、すかさず追撃のフックをカレンが振りかぶった。


「カレン、君の攻撃は昔のままだね」


 自分より少し先輩だったカレン。彼女と組手をしてリュウが勝ったことはなかった。しかし、彼女の戦いは毎日毎日見て来た。


「肘関節を捕らえてからの肘打ち…それは、君の得意技だ!!」

「――!!」


 打ち込まれた肘を掴み後方に引いた。彼女の放ったフックはバランスを崩しリュウの頬をかすめ、リュウの振りかぶった拳はカレンの顔面に向かっていった。






「………」


 リュウの拳はカレンの顔面寸前で止まった。カレンは無表情のままリュウの瞳をじっと見つめ、広い地下研究所に2人の呼吸だけが響く。


「すばらしいわ、リュウ…イサム博士の見解は正しかった」


 無表情のまま、リュウに視線を向けるカレン。対するリュウは荒く呼吸を繰り返しながら、鋭い眼光を向けた。


「ここにいる化け物の正体を答えろ」


 しばらく沈黙が続き、やがてカレンが静かに語りだした。


「この黒い石を与えられ、適合しなかった者…それが彼らの正体よ」


 

 一瞬思考が止まった。

 つまり、ここにいる化け物は、皆元々は人間だった。


 あたりを見回し、再び彼らの姿を見た。

 人間の形に近い姿。大きな目と1.5倍はあろうかという肉体。肌はただれて灰色に変色し、至る所で骨が露出している。



「これが、元々人間…?」


 気を取られたその一瞬


「――――!!」


 カレンが勢いよく蹴りを繰り出した。咄嗟にガードするが、体は後方に飛ばされる。距離をとったカレンは、光の銃を取り出しリュウに向けた。


「天才は一つを成し遂げる為、多くの犠牲を払うわ…「非適合者」は失敗ではない、イサム博士の研究成果の一つ」

「非適合者…?」


 悲痛な声を上げながら、彷徨う「非適合者」

 彼らの瞳は、苦痛を訴えている。


「私はこの石に適合し、妖精の力を手に入れた。私は…選ばれたの」


 一瞬、リュウは思い出した。

 アヤカが長年人体実験を受けていた事。大切なものを何年も奪われ続けて来た事。

 彼らは…カレンは、実験の被害者たちの苦しみを研究成果の一つと言った。アヤカの苦しみも、彼らにとっては過程のひとつでしかない…。


 憎しみにも悲しみにもとれない熱い何かが湧き上がってくるようだった。

 

「もし、あなたがキッドなら…妖精姫を中心としたイサム博士の崇高なプロジェクト「A kid use Project」が本格的に指導する」

「……ふざけるな」


 リュウの小さなつぶやきを聞き流すようにカレンは続けた。


「世界のエネルギーを枯渇させてはいけない…リュウ…あなたと、そしてアヤカの協力が必要よ」


「ふざけるな!!」


 リュウの叫びが地下研究所に響き渡り、彼の荒い息遣いだけがしばらく響いた。



「人の命をもてあそびながら、何が世界の為だと言えるんだ。アヤカを犠牲にした世界の、何が崇高だ」


 体中が怒りで震え、胸の内が煮えたぎるようだった。

 未来のアヤカが消えるあの映像が蘇ってくる。


 泣いていたアヤカ。そして、眠っていた自分。


「アヤカは絶対に渡さない!!」


 怒りに震えるリュウ。カレンは表情を変えず、冷たい視線を送った。


「残念ながら手遅れよ。間もなく精霊界への入り口が見つかる。諦めなさい」




 カレンの言葉と共に、足音が響く。2方向からのそれに視線を向けると、2人の男が立っていた。


 一人は筋肉質の大柄な男。

 そしてもう一人は…



「…シオン」


 銀色の髪が揺れ、深い闇を宿した瞳。黒い服を纏い、現れた男にリュウは驚き目を疑った。


「久しぶりですね、リュウ」  


 暗闇の中から現れたシオンは、黒い刀を持ち、その周囲には黒い光・夜の精霊が浮遊していた。

 反対には3年前プライベートスクールで対峙した大柄の男…影山タケシが立っている。


「今回の仕事は捕獲、だったな。金はきっちり払えよ」


 そう言うと、男はハンドガンをリュウに向けた。


 一気に形勢が逆転した。

 後方には入り口とは反対側の壁。前方にカレン。右にシオン。左にタケシ。


 逃げ道を確認しようと視線をずらしたところで、筋肉質の男が発砲すると共に接近してきた。

 大柄な体からは予想できない程早い動き。リュウの服を掴みに振りかぶられた腕を回避するが、間髪入れず力強いパンチが繰り出される。


(こいつは確か、クローズコンバットを使う男だ)


 3年前の戦いを思い起こしながら、腰を低くしカウンターを狙う。しかしすぐ次の蹴りが襲い掛かり、ガードして体制を整えた。

 ふとタケシの後ろに光の銃を構えたカレンの姿が映った。

 発砲された弾丸はリュウの腕に傷をつけ、後方の壁に光を放ちながら消えた。


 一瞬のよろめき。顔を上げた時、タケシのハンドナイフとシオンの黒刀が、左右から同時に振り下ろされる光景が映った。


(…しまった…!!)


 リュウの脳裏に一瞬浮かんだ、敗北という言葉。

 

 その瞬間、3年前、シオンに一度殺されたあの日の事が浮かんだ。

 自分が死んだことで世界樹の後継者…妖精姫に選ばれたアヤカ。命が途絶える直前の彼女の叫びが蘇るようだった。


(負けるのか…?)





 その時、精霊の光が淡くリュウを照らした。


”君の望みは、何?”


「――!!君は」


 青白い光を纏った女の子がリュウの周りを飛び回り、何かを訴えるように光り輝いた。

 

(あの時と同じだ)


 自身に力を与えてくれる存在。撫でるとくすぐったそうに小さな光を放って、ふわふわと僕の周りを飛び回っていた、あの光。あの時光はリュウに、ある取引を持ちかけた。


 それは、力を貸す代わりに、精霊が最も喜ぶものを捧げる事。

 精霊が最も喜ぶもの――それは、人間の綺麗な心の色だ。


 リュウは心の中で精霊に語り掛けた。


「俺の望みは変わらないよ。…アヤカを守る為の力が欲しい。彼女を守るためなら何だってするし、何でも捧げるよ」


 …君が人間じゃなくなっても?


 その問いにリュウが静かに頷くと、女の子は青白い光を強く放ち、やがてリュウと一体となっていった。

 



 ガッ



 リュウの腕がエネルギーの光を纏い、タケシのハンドナイフを受け止め、そのまま強い力で弾き飛ばした。パワーで押し負け、一瞬驚いた顔を浮かべたタケシ。体制を立て直すと、既に接近していたリュウのフックが腹部を直撃し、よろめいた。

 

 銃声が響き、カレンの放った光の銃弾がリュウの頬をかすめた。狙いを定める彼女に視線を向け、左手をかざした。


「邪魔だ」


 光の銃が激しい音を立ててカレンの手から離れた。銃は光を放つ様に消え、顔を上げたカレンはリュウと目が合う。


「瞳の色が…」


 リュウの瞳は片方が金色に変貌していた。先程までとは雰囲気が変わり、まるで人間ではないような――今の彼の姿はまるで



 タケシとカレンが息を呑む中、シオンだけは面白そうに口元を緩ませた。


「これは面白い」


 片方だけ金色に輝く瞳。体全体は精霊のような淡い光を放ち、その背中にはうっすらと羽のようなもの映った。

 カレンはリュウの姿に釘付けになっていた。しかし我に返ると自身を落ち着けるように眼鏡をかけ直し、シオンに話しかけた。


「この「可能性」はユウジのプランにはないはずよ」

「ええ、その通りです…まさか、こんなに早く目覚めるとは思ってませんでしたから」


 まるで妖精のような姿をしたリュウを興味深そうに見つめるシオン。彼はタケシとカレンの前に立ち、ゆっくりと黒い刀の切っ先をリュウに向けた。


「君の力、見せてもらいましょうか」


 


 

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― 新着の感想 ―
[一言] 人の命を屁とも思わない科学者って、嫌なものですよね…そいつの考えに深く共鳴って、いったい何がよかったのか…。すごく絶望的な状態ですが、リュウが覚醒しましたね。ちゃんと戦えるのか…楽しみです!…
2023/05/25 08:39 退会済み
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