使命と才能
「Hey.Naoki」
(ナオキ)
「Oh, Professor Smith. Hello.」
(ああ、スミス教授。こんにちは)
リュウ達が入学して1カ月ほど。
教師として大学に忍び込んだナオキが数学と物理学の教授であるベン・スミスに声をかけられた。
「I taught his class, Ryu. He is wonderful. A promising student for the future.」
(彼の授業を担当したよ、リュウ。彼は素晴らしい。将来有望な生徒だ)
「I see, I'll let him know.」
(そうですか、彼に伝えておきますよ)
「However, he doesn't attend my math classes much. It's such a waste considering his talent.」
(しかし彼は数学の授業をあまり受けに来ないんだ。あんなに才能があるのに、実にもったいない)
「I see.」
(そう、ですか)
ハーモニア大学の学生寮の一角にある、シェアハウス。ナオキは昼間の出来事を思い返しながら、パソコンを起動した。
3年前、プライベートスクールに現れたカラスの体内から持ち帰った石。ナオキがそれを独自に解析し、酷似した信号を論文として発表した、このハーモニア大学の地下研究所の調査を3人が始めたのはちょうど1カ月前。特待生として入学して約2週間の頃だった。
地下には人ならざる者が牙をむき、体内にはカラスから持ち帰った石と同じものが埋め込まれていた。地下研究室の調査の為、リュウ、ダイスケ、アヤカの3人は夜の人目がつかなくなった夜に調査に出かけているのだった。
「ただいまぁ~」
疲れた様子で3人が戻ってくる。
「お疲れさまでした。リュウ君報告をお願いします」
パソコンデスクに腰を掛けると、ナオキは入力の準備をした。
「うん、まず奴らの形状は初めて潜入した時に比べておよそ1,1倍に膨張してる。加えて数は1,3倍くらいになってると思う」
ナオキはそれをパソコンに打ち込んでいく。
「続けてください」
「奴らはある場所を囲んで…まるで何かを守ってるみたいだった。あそこに何かがあるんだと思うけど…」
リュウが言いかけて、紙とペンを取り出し図を書きながらしばらく考え込んだ。彼の頭の中では数々の複雑な計算式が旋回しているようだった。
「今回相手にした「対象」は、先手を切るようにたった1体で出てきたんだ。しかも別の場所から…それが気になるんだよ」
そこまで入力し終えると、アヤカがキッチンから食事を運んできた。
「とりあえず、食事にしないか?腹減ったよ」
ダイスケが先んじてテーブルに着くと、アヤカが彼の頭を軽く突いた。
「ダイスケ、お料理運ぶの手伝って」
不機嫌そうにキッチンへ向かうダイスケを見ながら、リュウは話を再開した。
「ナオキ、このままだと更に1カ月後にはあいつらはおよ35体。しかも今より1,25倍の大きさに膨れ上がっている計算になる。そこまで増えたらさすがに対応できなくなるんだよ」
「早いうちの対応が必要、ですね」
入力を終え、パソコンを閉じるとナオキは立ち上がり、リュウに言った。
「とりあえず、食事にしましょう」
アヤカを救出してから3年。
リュウとダイスケはアヤカよりも早く入学許可が出たが、彼女を待つ為入学を1年遅らせた。人体実験は成果が出るまで数年かかるのが通例だ。ナオキもアヤカの安全を考え、いいだろうと了承したのだ。
その3年という間に、リュウとダイスケの学力はめきめきと上達していった。リュウは学力全般が優れており、特に数学や物理学の才能を発揮していた。一方のダイスケは言語に強く、古い言語や少数民族の言語まで流暢に話す才能を持っていた。
「ミッションでなければ、彼らは若く将来有望な若者だったのですが…」
リュウが数学の授業にあまり出席しないのは、ほとんどの時間をアヤカの授業に同席しているからだった。アヤカは美術や音楽の才能を開花させ、授業は主に創作活動にあたることが多い。ボディガードとして、彼女の授業を支えようとする姿勢は真面目な彼らしい行動だった。
リュウの才能を考え、ナオキはもちろん、アヤカも彼に自分の好きな科目を受けてみたらどうかと勧めてみたが、リュウの答えはNOだった。
「今度、もう一度話してみますかね…」
そう、これはミッション。
しかし、目の前の才能ある若者たちを見て、ナオキは遣る瀬無い気持ちを抱えていた。
その夜。
リュウは講義の課題を終わらせ、参考書を閉じた。
手に持っているのは数学の参考書。その計算式を少し眺めた後、ベッドに横になった。
部屋を見渡すと、青いベッドカバーに青いカーテン、茶色の家具で纏められた室内が映る。部屋の配色に無頓着なリュウの代わりに、アヤカが選んだコーディネイトだ。窓際にはアイビーの鉢植え。毎日アヤカが水をあげてくれている。
電気を消すと、リュウの前に青白い小さなが現れた。
「久しぶりだね。どこに行ってたんだ?」
シオンとの戦いのときに、リュウに力を貸してくれた「精霊」
あれからたびたびリュウの前に現れては、彼の黒髪の上で眠るように身を預けていた。最近は姿を見る事がなく、心配していたが、久しぶりに会えてリュウは安堵した。
いつものようにリュウの前髪で遊ぶようにぽんぽんと跳ねると、やがてそのまま動かなくなった。
(眠ったのかな…?)
リュウが見ることができるのは、この精霊だけだ。眠るように優しい光を放つ精霊に心が温まるような気がして、そのまま目を閉じた。
「明日も、仕事を頑張ろう」
小さく呟き、そして深い眠りに落ちて行った。




