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少年ボディガードと妖精姫   作者: てぃえむ
小学生編・後編【野外合宿と世界樹の後継者】
36/77

僕と君の正体

 僕は本当に強くなれるのか?

 本当にユメを守れるのか?


 …今の僕の行動をユメが知ったらどう思うんだろう?


 僕を怖がるかもしれない。

 嫌いになるかもしれない。


 ユメに嫌われたら、僕はどうしたらいいんだろう?


 ――嫌だ。


 また、この声だ。

 うるさいから、黙って。


 お父さんとお母さんはもういないから、僕がユメを守らないといけないんだ。


 今度病院に行ったら、ユメの好きな絵本を一緒に読もう。ユメは絵本が大好きだから。そして、笑って「おかえり」と言ってくれるのが、僕は一番好きだから。


 だから、今日も「しごと」を頑張ろう。



「組織に与えられる恐怖に耐えながら、ひたすらユメを守る事だけを考えていたあの時…それを失った時、広がったのは、ただただ絶望だった」







「少しだけ、昔話を聞いてくれるかな?」

「昔話?」


 気のせいだろうか。リュウが拳を軽く握るのを見て、緊張しているように感じた。


「アヤカには聞いてほしいんだ。僕がどんな人間か…」


 リュウは深呼吸をしたあと、ゆっくりと口を開く。



「5歳の時、僕は妹と親に売られて、ある組織に引き渡されたんだ」


 口にした途端、微かな震えがリュウを襲った。アヤカの方を見ると真剣な表情で聞き入っている姿が映り、その姿に心の中で微笑んだ。


「その後すぐに、妹のユメの持病が発覚して…ユメを助ける代わりに、僕は多額の借金を背負わされた。組織に戦闘のノウハウを叩き込まれて、スパイや暗殺、隠密…そんな仕事に付いていたんだ」



 目を閉じて、リュウは3年前の自分を思い出した。

 全てが当たり前のように続いていた。生きる為に…そして、ユメの為に必要なことだと分かっていた。

 当時の記憶は今も心の中に深く刻まれていて、逃れることのできない過去として縛りつけている。あの血の匂い、生と死が交錯する瞬間の感覚が、まるで昨日のことのように脳裏に焼き付いていた。



「ある日、命令された仕事は、病院関係者の依頼で…その病院の跡取りの男がターゲットだった」

「リュウ、その病院って」

「うん、ユメが入院してた病院だ」


 夜風に揺られる草の音と共に、2人の間に沈黙が流れた。


「ユメの面倒をよく見てくれた人で…僕も世話になってた。けど…天秤にかけられたんだ、ユメの命と、いつもお世話になってる優しいお兄さんの命…選択の余地は、なかったよ。僕はユメを守るために仕事をしていたんだ」


 当時の事を思い返すと体が震えてきた。

 リュウの作る料理が大好きだった、ユメ。病院の跡取りである、その”優しいお兄さん”は、皆が帰った後調理場を開けて、リュウが妹の為に作る料理を見守ってくれていた。


 そして、「仕事」の日。ユメが眠っている間に、それは静かに行われる予定だった。




 しかし、その日何故か妹はリュウにこう言った。


「お兄ちゃんのうそつき!もう危ない事はしないって、約束したのに」


 困惑したリュウは、一緒にオムライスを食べながら、彼女を安心させようとした。


「危ない事は、もうしないよ」


 その言葉に安心したユメは微笑み、お腹いっぱいになって眠った。ユメの頭を撫でて、リュウはいつものように仕事に向かった。

 「ひょうてき」を仕留める為に。


 



”失敗は許されない。ユメを守りたいなら、殺すしかない”


 目を閉じて、吐く息と共に周りの刺激を遮断した。ユメの為なら、どんな犠牲も、どんなことでもすると決めていた。だから、「ひょうてき」がユメの大好きな優しいお兄さんだったとしても…それは関係なかった。


 そう、ユメが寝ている間に済ませてしまえばいいんだ。そう…思っていた。




 追い詰めた「ひょうてき」の男は、腹に受けた傷を抑えながら、座り込んだ。


「くんれん」通りに、やる。ただ、それだけ。


 男の瞳が悲しそうに揺らぎ、心に深く突き刺さるようだった。けど、止まるわけにはいかない。ナイフを振り上げ、喉元に突き刺そうとした時――


 その時…ナイフは喉元の手前で止まった。

 仕留めることが出来なかった。そしてその瞬間数々の思い出がリュウの中で一気に蘇っていった。


 ”お兄さん”との思い出

 妹の為に作っていた料理

 怪我をしていた時は、リュウを気遣い治療してくれたこともあった


 そして…ユメの笑顔。



「失敗は…ユメの、死を意味するんだ…頭の中が真っ白になって…殺さなきゃいけない。殺さなきゃいけないのは、わかってた…でも、どうしても…できなかったんだ」


 死の直前まで、自分の事を気遣ってくれた”優しいお兄さん”の悲し気な瞳は、酷くリュウを混乱させた。


「その日…ユメの、病室で、少しだけ休んだんだ。僕の体は…血で、濡れていた…けど…ユメ…ユメは変わらず笑顔でいてくれた…その、笑顔に…安心して、しまった…」


 そこまで話して、酷く呼吸を荒くしているのを感じ、自身の手を見ると、ガチガチと震えていた。

 

「…とても、疲れていて…一瞬…意識が遠くなった…そのすぐ後の事だった」


 当時の事が鮮明に蘇ってくる。微笑んでくれるユメに一時の安堵を得て、目を閉じた…それはほんのわずかな間の事だった。


 ふと目を開けた時窓際に乗り出した妹の姿が目の前に広がった。振り向いた時の泣き顔。ユメは驚いたようにリュウを見つめた。



 体中がざわつき、心の奥底から湧き上がってくる、声にならない叫び。


 嘘だ!!やめてほしい!!


 起き上がり、ユメの手を掴もうとした。


 いなくならないでほしい

 ユメ、お前がいなくなったら…


 

 夜の空の中に消えていく妹。

 最後の表情は…大粒の涙を浮かべながら、微かに微笑んでいた。





「お兄ちゃんの、うそつき!もう危ない事はしないって、約束したのに」


 その日、仕事に向かう前に、ユメが僕に言った言葉だ。

 たびたび怪我をしていた僕を、心配していたんだ。…そう思っていた。


 本当はユメは全部知っていたんだ。

 







「その後の事はよく覚えてなくて…気付いたら僕は、病院から逃げ出してた」


 荒い呼吸を繰り返しながら、うなだれた。

 目を閉じて、息を吸うと周りの草の音が小さくなっていく気がした。顔を上げて、開くとそこに広がるのは無機質な世界。音、感覚、自分の心でさえ、その世界にはない。


 決める

 行動する

 そして、繰り返す


 それだけを永遠に繰り返していた、それが当たり前だった日々。

 思い返すと、まるで心が深い闇に陥っていくようだった。



 …ふと、頭に何かが触れるのを感じ、顔を上げるとアヤカがリュウの頭に触れていた。


「…怖くないの?今の話」


 リュウが静かに尋ねると、アヤカは温かい笑顔で答えた。


「リュウの事が知れて、嬉しいよ」


 アヤカはそう言いながら、優しくリュウの頭を撫でた。

 優しくかけられる言葉は、まるで夢の中にいるかのような心地よさをリュウに与えた。その心地よさに目を閉じそうになった時――



「……うっ!!」


 体を襲う吐き気と頭痛。

 思い出したくない光景が脳内にフラッシュバックする。ユメが闇の中消えていくあの瞬間の笑顔が、頭の中で繰り返し再生されていくかのようだった。


「うぁ…っ…あああああっ…!!」

「リュウ!」


 蹲り、呼吸を荒くするリュウの様子に、優しく背中を撫でながら、アヤカは震える体を抱きしめた。


「仕方なかったんだ…!!やらなきゃいけなかったんだ…父さんも母さんもいないから…僕がユメを、守らなきゃいけなかったんだ…!!…ユメだけは絶対守る、そう…決めていたのに、僕は!!!」


「リュウ、リュウ…もう、いいよ」


 リュウの体は大きく震えていた。学園祭の時も、シオンと戦った時も、一切の恐れを見せなかった彼の初めて見せる顔だった。


「いつも、リュウは強いなって思ってた…そっか、それがリュウの正体なんだね」


 リュウの背中を優しく撫でると、彼の体から感じられる震えが少しだけ落ち着いていく。

 そしてふと、自身の左手につけたブレスレットが目についた。


”寄り添う事、共感する事、同じ時間を過ごす事…それは君にとって、当たり前の事に過ぎなかったんだね”

”君が望むなら、その願いを叶えるよう、努力するよ。何をしたらいいかな”


 精霊が雨を降らせた時も、あの夜も、リュウはアヤカの為に出来る精一杯の事をしてくれた。彼の言葉、して来てくれた事を思い返しながら、どうしたら安心するかを考えた。


「私、どうしたらいい?リュウはいつも私のわがままを聞いてくれたよ。だから…今度はリュウの番」


 顔を上げると、優しく微笑むアヤカの顔が映った。ライトブルーの瞳に見つめられると、その瞳は輝き、吸い込まれそうなほど美しく映った…出会った時と変わらない輝きだ。

 リュウの視界がぼやけ、目の奥が熱くなる感覚に襲われた。それと同時に胸の奥から湧き上がってくる、心の叫び。それに突き動かされ、まるですがるように、アヤカの体を抱きしめた。


「ここにいて…いなくならないで…もう、1人にしないで」


 自身の不安と拒絶を怖れる感情。それを口にした瞬間、まるで今まで抱えてきたすべての感情が解放されたかのように、切実に訴えた。


「僕には、君が必要なんだ」


 1人は怖かった。拒絶されることが怖かった。そして、何よりも守りたいものを失う事が、辛かった。

 しかしその言葉を口にした瞬間、心の奥底に潜む微かな恐れが湧き上がってくるようだった。


 …もし、拒絶されたら

 甘ったれだって思われたら…かっこ悪いって言われたら…

 不安と恐怖が体を震わせる中、その答えを待った。


 やがてアヤカがリュウの髪を撫でながら、優しく語りだした。


「リュウ…私もね、まだ見せてない本当の姿があるの」


 少しだけ寂しそうに響くその声。


「本当の姿?」

「うん…」


 リュウから少し離れると祈るような姿勢を取り、ゆっくり呼吸を整えた。


「見ててね、私の本当の姿」


 優しい風があたりの草を揺らし、アヤカの周りを精霊の光が微かに照らしていく。


(精霊が、喜んでる…?)


 まるで精霊に祝福されるかのように、光に包まれていくアヤカ。そして、彼女の姿が次第に幻想的に変わり始めた。

 金髪は星々が夜空で輝くように、美しい光をゆっくりと放ち、瞳は更に深い青となり、星空を映しているような輝きを放った。


 アヤカの周りを青白い光が包み込み、その光は純白のドレスのように彼女を包み込んだ。そして、彼女の背中からは透明な羽が現れる。

 その姿はまるで夢の中の妖精のようだった。夜の闇の中、輝きを放つ彼女の姿…リュウはそれが「妖精姫」の姿だと、すぐにわかった。


「アヤカ…」


 月明かりが照らす中、リュウの声が震える。彼の視線は、浮遊する彼女の姿に釘付けだった。


「私は、人間としても、妖精としても生きる。だって、どちらも私の一部だから」


 そう、優しく語るアヤカは少し寂しそうだった。


 アヤカの正体――妖精姫の姿。

 キラキラと輝きを放ち、精霊たちが彼女の姿に喜ぶように、あたりに光を灯している。


「それが、君の正体?」


 リュウの言葉に、アヤカはゆっくり頷く。


「耳も、瞳の色も、足先や爪の色も、人と違う…私、妖精だから」


 人魚姫の舞台の時、アヤカがぽつりと呟いた言葉。


 「妖精だから」


 彼女はその姿を…妖精である事を知られることが怖かったのだろうか。そして、考えた。

 長年アヤカが受けてきた人体実験。周りがアヤカに求めていたのは、「人」ではなく「研究個体」としての利用価値。そして、それは父親の澤谷も、同じだった。


「私はこんな姿になっちゃったけど、それでも、リュウは…」

「すごく綺麗だよ」


 言葉を制するように即答した。

 どうして彼女の姿を恐れたり、利用したりするのだろうか。

 少なくともリュウの目の前で夜の闇の中光を照らす彼女の姿は、今まで見て来たどんな景色よりも美しく、綺麗に映った。


 ――それは、リュウの心の奥底からの本心だった。


「君が何者だって関係ない。誰が敵でも関係ない」


 決意を伝えるように、まっすぐ彼女の瞳を見つめた。


「これからも、君を守りたいんだ」


 リュウの言葉が夜空に響き渡る。その目には揺るぎない決意が宿り、そして、リュウは彼女の手を取り言葉を続けた。


「だから、ここにいてほしい。僕には君が必要なんだ」



 精霊の光に包まれた彼女の手を強く握って見つめると、アヤカの瞳が潤み、微笑を浮かべると共に大粒の涙となって流れ出した。


 光の粒が夜の闇に溶けるように消え、元の姿に戻ったアヤカの顔にほんの少しの笑顔が浮かぶ。リュウが頷くと、その短い黒髪を優しく撫で、深い青の瞳の奥に映る心の色に語り掛けるように、言葉をかけた。



「ここにいるね」



 リュウの瞳が少しだけ潤んだ気がした。繋いだ手に少しだけ、力を込める。その手は、彼の強い決意を伝えるように、しっかりと握りしめられていた。


 夜風に吹かれながら、2人は宿に戻った。

 

 2人の喜びを共有するかのように、あたりに点々と光を灯す精霊たち。その光に包まれながら、2人で笑って星空の下を歩く。


 星空はまるで希望の光のように、彼らの歩く先を優しく照らしていた。

ここまで読んでくださって、ありがとうございました。

小学生編終了です。

小学生編は出会いから2人が絆を深め、お互いを大切にする決意や絆の深まりをテーマに書きました。


まだ回収できていない伏線については中学生編にて引き続き書いていきたいと思います。



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― 新着の感想 ―
[一言] リュウもアヤカも、相当しんどい思いをしてきたのですね…まさかリュウ、親に…それはあまりにしんどいですね…。一方でアヤカも…この二人、かなり運命としては過酷かもしれませんし、シオンたちはアヤカ…
2023/05/15 09:35 退会済み
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