星空の下、光へと歩む
アヤカ達の目の前に現れたのは、見慣れない草原。
周囲は夜の闇に包まれ、星と月の光だけがあたりを照らす。そして草を揺らし木々をささやかせる風の音だけだった。
「どこだ、ここ?」
「どこでしょうね、とりあえずGPSで確認をしましょう」
スマートフォンを取り出し現在位置の確認をし始めたナオキ。
アヤカは抱きしめていたリュウの顔を覗き込み、気を失った彼が呼吸を繰り返している事を確認すると、ほっと一息ついた。
「はぁい、ナ・オ・キ」
アヤカが声の方へ皆が視線を向けると、一人の女性が立っていた。
淡い色素にほんのりピンクがかった、特徴的な髪色。妖艶さを醸し出す表情は、小悪魔的な怪しさを感じさせる。白衣を纏ったパンツスタイルで、そのスタイルの良さが際立っていた。
(綺麗な人…)
草の音を鳴らしながら歩く彼女の歩調に合わせ、ポニーテールのように結い上げられた長い髪が揺れている。近寄ってくる彼女にアヤカは一瞬身がまえたが、ナオキの口から大きなため息が漏れるのを聞いて、彼の知り合いなのかと首を傾げた。
「ミツルさん、今回のその姿は僕を挑発しているんですかね?」
「ごほうびのつもりだったのに、つれないわねぇ」
妖艶さを醸し出す表情から一変し、へらっとした愛嬌のある笑顔を浮かべるミツルと呼ばれた女性。その笑顔にナオキのこめかみが若干引きつり、それを見たミツルはくすりと笑みをこぼした。
「なあ、ミツルさん」
ダイスケに声を掛けられ、ミツルは振り向いた。彼女の青く輝く瞳はまっすぐダイスケに向けられ、その瞳の色にダイスケは一瞬言葉に詰まったように沈黙した。
…いつもの元気な彼とは、少し様子が違う。やがてダイスケは、気まずそうに視線を逸らした。
「…なんで毎回違う姿で出てくるんだよ。その姿はどうやって決めてるんだ?」
絞り出すような言葉。ミツルは笑顔を浮かべながら、ナオキの方へちらりと視線を向ける。
「ナオキに聞いてちょうだい。私たちの深~い関係と共にね」
「あなたは男性でしょう、誤解を招く言い方はやめてください」
いつもの穏やかな表情を崩し、疲れを露わにしているナオキ。明らかに様子がおかしい彼にダイスケが詰め寄った。
「ミツルさんのこの姿、誰か知ってるのか?」
ナオキは必死に訴える彼に根負けしたようにため息をつき、やがて小さく呟いた。
「僕の母親の…姿ですよ」
「ナオキの…?」
ナオキの心をここまで乱す、母親。ミツルは微笑み、腰を落とすとダイスケの頭を優しく撫でた。
「ナオキはいつか話してくれるわ。それまで待てるかしら?」
しばらく呆然としていたダイスケだったが、やがて頷いた。それを確認したミツルは少しだけダイスケを抱きしめた。
「いい子ね」
立ち上がったミツルの視線が今度はリュウとアヤカの方に注がれた。
アヤカは反射的にリュウを隠すように抱きしめた。ミツルはへらっとした笑顔を浮かべ、しかし落ち込んだように少しだけ肩を落とした。
「あなたに怖がられると、本気でヘコんじゃうわ。少なくとも敵じゃないから安心して?」
腰を落とし、視線を合わせたミツルは、アヤカを安心させるように微笑みを浮かべた。
「あなた、誰?」
「うーん。難しい質問ね…あなたたちを地下室から助け出した正義のヒーローとでも言っておこうかしら?」
「私たちを、助けた…?あの光は、あなたが?」
アヤカはミツルの瞳をじっと見つめた。その奥には澄んだ透明色に色とりどりの光が灯り、まるで虹がかかるようにキラキラと輝きにアヤカの瞳が輝いた。
「リュウの色に、少し似てる」
アヤカの顔に微かな微笑が浮かび、警戒が解けた事を感じ取ったのか、ほっとした様子のミツルはリュウの方へ視線を向けた。
「すごい怪我ね…」
リュウの体はあばらからの出血に、シオンとの戦いでついた痛々しい傷が無数に刻まれている。
「リュウ、私の為にすごく頑張ってくれたの。こんなに傷だらけになって…」
アヤカの瞳から涙が滲んできた。
「ストップ」
アヤカの涙を遮断するような言葉。一瞬気を取られたアヤカが顔を上げると、ミツルは周囲を見ろと言わんばかりにあたりの草原を指さした。
シャン
「…あ…」
鈴の音のような音が響いている。悲しみを知らせる、精霊達の「声」だ。
アヤカは自身の怒りに反応し、精霊が雨を降らせた時の事を思い返した。そして、不思議そうにミツルを見つめた。
「私が雨を降らせたことを、知ってるの?」
その言葉を肯定するように微笑むと、ミツルはアヤカの左手を取り、リュウの方へ向けさせた。
「その男の子は、あなたの大切な人…そうよね?」
大切な人。その言葉にアヤカの心が温かくなっていく。
「うん…とても、大切な人なの」
左手につけたブレスレットが目に留まり、少しだけアヤカが微笑んだ。
直後、リュウの体が光に包まれ、暗闇を照らしていく。その光に包まれ、リュウの体の傷が徐々に消えて行き、驚いたアヤカがミツルの方を見た。
「この光…精霊が、リュウの傷を治したの?」
「そう、あなたの彼を愛しく思う気持ちに反応したのよ」
言い終えたと同時に光が収まり、リュウがゆっくりと目を開けた。
「アヤカ…?」
彼の意識が戻ったことに気付いたアヤカの瞳から、涙が溢れ出た。それと共にあたりに小さな光が灯り、草原を照らし幻想的な光景となっていく。
「さて、これからが大変よ、その力を使いこなさないと、とんでもないことになっちゃうんだから。でも…」
ミツルはナオキとダイスケに微笑みかけ、2人は若干緊張したように、視線を逸らした。
「その前に、美味しいものでも食べましょう」
ミツルの言葉にリュウが頷き、立ち上がった彼はアヤカに手を差し伸べた。
「行こう、アヤカ。」
アヤカが笑顔を浮かべ、その手を取ると、周囲に吹いていた風と鈴の音が収まり、あたりに再び静寂が訪れた。
ミツルが先導を切って歩き出し、4人はその後をついていく。
彼らの視線の先には、草原の奥に微かに煌めく光が映り、その光に向かって、不安と希望を抱きながら歩き始めた。
*
ナオキが情報を収集した結果、澤谷邸から遙か西の田舎にいることが判明した。
一夜の宿を見つけた4人。ミツルはいつの間にか姿を消し、民宿のような部屋で、4人は眠りについていた。
皆が寝静まったのを確認し、アヤカは一人でこっそり外へと抜け出した。
少し離れた草原。誰もいない事を確認すると、心の中で守護精霊を呼びかけた。
「…やっぱり、いなくなっちゃったんだ」
アヤカの声は寂しげに夜風に吹かれていった。天を仰ぐと、星空が広がり、いつも護ってくれた存在がいない現実に、涙が浮かんできた。
「アヤカ!」
その声に驚き振り向くと、リュウが息を切らしながら走ってきた。
「あいつらが追ってくるかもしれない。そばを離れないで」
「ごめんなさい…」
自身を気遣ってくれるリュウに、アヤカは柔らかく微笑んだ。
「泣いてたの?何かあった?」
「ううん、何でもないの」
リュウは少し心配そうに顔を覗き込んできたが、やがて安堵の表情を見せ、その場に腰を下ろし、星を見上げた。
「キャンプファイヤーを思い出すね」
その言葉にアヤカも頷き、隣に腰を下ろす。
それは、つい昨日の出来事だ。
野外合宿にシオンが奇襲をかけてきて、アヤカを逃がす為に1人で残った。それからあった、いろいろな出来事が、まるでそれを遠い昔のように感じさせた。
山の上から見上げた星空を思い返しながら、共に過ごした学校生活を思い返した。
「もう、クラスの皆に会えないけど…アヤカは寂しい?」
少し心配そうに声を掛けられ、アヤカは仲が良かった立花サツキの姿を思い返した。
「サツキちゃんにもう一度会いたい、かな。でもね、いつかまた会えるような気がするの」
初めて一緒に学校に行った日。一緒に主役を務めた学芸会。野外合宿で作ったお料理喧嘩をした事もあったが、そのたびにリュウとアヤカの絆は強まって行った。
リュウにもらったブレスレットは、アヤカの左腕で繊細に輝いていた。必死にシオンから自分を守ってくれたリュウ。その彼が目の前で微笑んでいる事が、未だに夢のようだった。
「夢じゃないんだよね」
アヤカの手が少しだけリュウの頬に触れ、彼の体温を感じられる事を嬉しく感じた。
「心配ばかりかけて、ごめん」
「違うの、嬉しいの。リュウと…一緒にいたいから」
精霊たちはアヤカの嬉しい気持ちを共有するようにリュウの周りで淡い光を放っていく。その光に気が付いたように、リュウもあたりを見回した。
「リュウ、精霊が見えるの?」
「うん…少しだけね。ぼんやりとしか見えないけど」
精霊たちは、2人を囲むように光を放っている。嬉しそうに体を弾ませる彼らに、アヤカは笑顔を浮かべた。
「アヤカ、少しだけ昔話を聞いてくれないかな?」
「昔話?」
リュウの問いかけに、アヤカは彼の顔を見る。
「アヤカには聞いてほしいんだ」
アヤカは人魚姫の舞台の時、リュウが「いつか僕の正体を見せるよ」そう言った時の事を思い出した。
頷いたアヤカに微笑みかけ、リュウは静かに話し出した。
次回で小学生編がラストになります。




