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少年ボディガードと妖精姫   作者: てぃえむ
小学生編・後編【野外合宿と世界樹の後継者】
33/77

アヤカのボディガード

前回に引き続き、リュウとシオンの交互の一人称です。

 リュウ君の放った光の矢と僕の放った黒い雷がぶつかり合い、室内に轟音を響かせた。


 あの矢を近づけてはならない。体が、そう警告している。

 宿樹刃の柄からは淡い光が漏れ、力がみなぎるようだ。アルトとの戦いの時も、同じことがあった。宿樹刃には夜の精霊の力が宿る。でも今の彼らの力は、今は少し違うようだ。おそらく、この場に彼らの喜ぶ感情が存在していないからだろう。


 彼らが喜ぶ感情…それは人間の絶望。


 一方で、それとは反対の心もある。静けさ、成長、優しさ、そして再生…それらを象徴する静かな希望。

 この刀はそれを期待して、僕に預けられた。しかし、今はそのどちらも、この空間に存在していないようだ。


 少しだけ、迷いがあった。

 純粋に今の想いに真っすぐ突き進むことが出来るのは、リュウ君がまだ子供であるから…


 僕たち大人は、その背中を押すべきか?それとも、身を挺して止めるべきか?

 その答えは明白だった。


 ――アルトを殺した僕が、迷う理由はない。

 

 君を全力で止める。この体がどうなろうとも。


 目の奥が熱くなる感覚がした。

 体中のエネルギーが溢れ、僕のエネルギーから生み出される”力の乱流”の能力が集中していく。


 ようやく長い眠りから目覚めたのに…子供の想いは本当に純粋で、真っすぐなんだね。それに対するこの感情は、意志なのか、使命なのか、それとも単なる嫉妬なのかな。


 自身の瞳に力を込め、彼の方を真っすぐ見つめた。そこにあるのは、深い青に、ゆるぎない心が宿った強い瞳。


「リュウ君、君の絶望をもらうよ」







 シオンのほうへまっすぐ進んでいった矢は、激しい音を立てながら黒い雷と激しく交差した。さっきは貫通していたけど、今度はエネルギーがぶつかり合い、それにより発生した風に僕の体は僅かに後退する。


 その時シオンと目が合った。

 シオンの刀の柄が光り輝いている。


(精霊の力…)


 あの刀には精霊の力が宿ってる。そう直感した瞬間、一瞬目の前が暗く、闇の中に落ちていくような気がした。

 それは、経験した事のない、深い闇。


 頭の中に何かが入り込んで、ザワザワと音を立てていく。



 ひた ひた


 何かが歩いてくる。足音が響いている。


「お兄ちゃん」


 目の前に現れたのは、ユメだった。


「ユメ?どうしてここに」


 ユメの淡い色素にほんのりピンクがかった、特徴的な髪色が揺れ、深い青の瞳は悲しみに揺れていた。

 そして、その手にはピンク色の花が握られている。


 あれは…そう、あの日病院に、お見舞いに持っていった花だ。


「うっ…」


 急に吐き気とめまいが襲ってきて、体はその場から動く事が出来なかった。


 (僕は何て言葉をかけたらいいんだ?)


 そう思った瞬間、2年前の、あの日の思い出が蘇ってくる。




「お兄ちゃん、もうこんな仕事はやめて」


 ユメの声と共に、心臓が大きな音を鳴らした。

 息が荒くなって、体が痙攣してるみたいだ。


 静かに、ユメがあの日僕に言った、最後の言葉が蘇ってくる。



「いいこで眠るから、ユメの手を放さないで、ずっと傍にいて。今日だけでいいから…今日だけ…」



 あの日は満天の星空だった。

 ユメが寝ている間に、仕事を済ませ、戻るつもり…だったんだ。 



「どうして約束を破ったの?」



 心の奥底に深く突き刺さる言葉。まるで全身が冷たくなっていくようだった。


「ユメ…」


 ユメがいなくなった日から、何度思っただろう。何度悔やんだだろう。


「守れなくてごめん」


 心のどこかで、諦めてた。生きる事、愛を与えられる事、普通の子供のような生活を送る事、いつか父さんと、母さんの所に帰る事。

 ユメの方へ手を伸ばすと、彼女もまた、救いの手を差し伸べるように僕の方へ手を伸ばしてくる。そこに行けたらって、何度思ったか、わからない。



「リュウ!!!」


「――ッ!!!!」


 目の前に広がるエネルギーの衝撃の音に現実に引き戻された。


(今のは、なんだ)


 シオンと目が合った直後からのことだった。頭を振って、目の前の攻撃に集中した。シオンが何かをしたのか…頭がくらくらして、内側から壊されるみたいだった。

 目の前にはシオンの黒い雷と、僕の放った光の矢が激しくぶつかり合っている光景が広がっていた。光の矢は徐々に圧倒され、力を失っていくようだった。


 先程よりずっと、大きなエネルギーを放つ黒い雷。このままじゃ、負ける。どうしたらいい?

 そう思った時、小さな光が再び僕の前に現れた。光はふわふわと僕の前を浮遊し、何かを言いたそうに光っていた。


「君は、精霊…そうだね」


 光から返事はない。


「僕に、力をくれないかな」


 言葉を続けると、それに耳を傾けるかのように、光はただ淡い光を放った。


 芹沢さんと再会した日、アヤカが中庭で、精霊の風を吹かせた時の事を思い出した。


「普段は小さな光の姿をしていて、時々心を現してくれるの。火や、水や、風は精霊たちが喜んだり、泣いたり、笑ったりすると動く、心の声みたいなものなんだ」


 そうか、精霊はずっと、身近にいたんだ。ずっと近くにいて、僕の安らぎや、嬉しい気持ちを分かち合ってくれてたんだ。

 …アヤカは僕の肩を指さして、こうも言った。


「ここにもいるよ、リュウの事が気に入ってるみたい」


 あの時僕の肩にとまっていた精霊…それが君なんだろう。いつも身近で、見守ってくれていたんだ。そう感じると、光は喜んでいるみたいに淡く輝いた。


 心を通わせる…こんな感覚なんだろうな。

 光に左手を伸ばすと、光は僕の左手に少しだけ触れて、そして僕の心に直接語り掛けてきた。


「…うん。わかってる、代償だね。好きなものをあげるよ」


 僕がそう言うと、光は嬉しそうに煌めいた。僕は光を撫でて、明るい希望の心を感じ…そう、一緒に喜んだ。

 まるで、絵本を読んであげた時のユメみたいだ。くすぐったそうに小さな光を放って、ふわふわと僕の周りを飛び回って、そして僕の肩にとまった。


「契約成立だね」


 目を閉じて、軽く息を吸った。

 僕は”影縫い”で、いつも、この訓練をしてきた。息を吐いて、集中して、そして目の前の事だけを考える。あとは、ただ決められたことをやるだけだ。


 でも、その時と今は全然違う。

 自分で守りたいと思った。自分で最後までやり遂げたいと思った。


 肌に触れる風、体に流れる血の動き。自分の動きのひとつひとつが手に取るように感じられた。

 頼むよ、僕はアヤカを守りたいんだ。さっき体の内側から溢れてきたエネルギーと同じものを思い返しながら、再び目の前に集中するように、左手に力を込めた。


 狙いは、黒い雷と衝突している、光の矢。シオンがその力を散らそうとするのに対し、僕はそこにエネルギーの補充を試みた。


 精霊の力―― ”力の調和” が発動する








 リュウ君の光の矢が到達したら、この宿樹刃の力も、恐らく敵わないだろう。あの矢の力は、それほどに強大だ。


 僕の持つ力、「力の乱流」は、相手の体の一部に自分のエネルギーを送り込み、内部から破壊する力だ。

 リュウ君の脳内に介入し、トラウマの幻影を見せる事で、人の絶望や不安に反応する夜の精霊の力を補充する為だ。しかし、それは失敗した…いや、邪魔が入った。


 ――絶望がなければ、自ら作り出すしかない


 頭の中で繰り返し再生される映像。望まない現実を突きつけられる苦痛。人間は弱い生き物だ。ほんの少しの事でも、今の僕のように心を暗く闇に鎮めることが出来るんだ。


 遠い昔、アルトにこの力を使った時の事を思い返した。彼が醜い鳴き声を上げながら、悶え苦しんでいた、忘れられない光景――そう、それは僕自身の大きなトラウマだ。


 あの時僕がアルトに、「力の乱流」で、見せた幻影。必死に母を呼ぶ少年の声。泣き喚く、おぞましい姿をした怪物。


 …刀を突き立て、やがて動かなくなった、アルト。


 

「あああああああああああッッッ!!!」



 過ぎ去ったはずの出来事が、突然荒れ狂う嵐のような波となり、脳内に湧き上がってきた。


 痛い!!痛い!!

 胸の下の方から湧き上がる何かは、普段の穏やかさとは相反するように強く脳内を侵食していく。

 

 繰り返し流れていく映像は、アルトが戦う姿を鮮明に映し出し――そして、子供が泣き叫び、暴れ回る姿が蘇ってきた。



 …それはとても、醜く哀れな姿だ。

 


 まるで自傷行為のように僕自身の心の絶望を与える事で、夜の精霊は喜び、そして僕に力を与えた。夜の精霊は絶望をを僕に伝え、共有し、そして延々と繰り返される心の痛み。終わりのない悪夢が、また訪れる。


 妖精であるアヤカは、自身の感情に精霊を反応させるけれど、人間である僕に、その力はない。それは、人間と妖精の、決定的な違いを意味する。


 息切れをしながら、独り言のように呟いた。


「絶望の感情だよ、君たちの大好物だ…満足かい?」


 心は深い闇に陥っていく。


 アルト、君の純粋な気持ちは、我々の未来のエネルギーシステムを形にする希望そのものだった。

 一方で、君の動機は単純だった。


”母に褒められたい”


 小さな願いが君を化け物へと変え、それは結果として僕の大切なものを奪い去った。


 だから、アルト、君を殺したんだ。


 子供の願いは純粋で、その一方で残酷だ。時には殺す事、奪う事、それを欲望や願い、そして周りの大人に言われたままに成し遂げてしまう。


 なら、僕に出来る事は一つだ。



「君を全力で止める事…あの日のアルトのように」


 

 宿樹刃を握る手に力を込めながら、願った。



 ・・・・・・・・


 願う…?


 ふと、我に返った。何を願うんだ。リュウ君に勝つ事か?アヤカを世界樹のエネルギー核にする事か?持続可能なエネルギーを実現可能なものにする事か?


 …違う。違う、違う、全部違う!!願いはただ一つ。夜の精霊の見せる絶望に堕ちても、これだけは忘れなかった。


 何故だ、こんな単純な事なのに。



「あの日見つけた光…そう、君に会いたかったんだ」



 そう呟いたところで、僕の意識は深い闇に吞まれていった。










 シオンの瞳が漆黒に染まった。


(最初のシオンに戻った…!?)


 山の中で僕に向けていた、冷笑を浮かべてる。一体、さっきまでのシオンは何だったんだ…?

 


 黒い雷が急に大きくなった。



 なんだ?さっきまでとは違う強い力だ。

 押し戻されそうになるのに対抗して、エネルギーを光の矢に一気に解放した。


「君は世界のエネルギーが何故枯渇しているか、知っていますか?」


 シオンの方に目を向けると、夜の精霊が再び飛び回って、静かな光を放っていた。黒い雷の力が一気に強くなって、光の矢が再び押し戻される。


「それが、アヤカと何の関係があるっていうんだ」


「世界樹は、そう遠くない未来、枯れるということです」


 その言葉に、世界樹の姿を思い返した。精霊のエネルギーを蓄えた妖精が根から世界樹にへと戻っていく光景。世界樹が枯れるっていうのは、あのシステムがなくなる…って事か?


「どうして枯れるとわかるんだ?」


「人の心の闇…世界のエネルギー枯渇…精霊の補充するエネルギーが不足していっている。なくなる前に、我々は手を打たなければならない」


 妖精たちは世界樹から生まれ、世界と触れながらエネルギーを蓄えながら、再び世界樹に戻っていく。そのエネルギーが不足しているという事なのか?


「世界とアヤカ、天秤にかけられるのですか?」


 シオンの言葉と共に黒い雷の力が増し、体が押し戻される。


「頼むよ」


 精霊は静かに光り、僕に力を貸してくれた。

 きっと、この ”力の調和” は、本当は今の僕には使いこなせない力なんだ。肩の精霊が力を貸してくれているおかげで、なんとか踏ん張っていられる。


 正直、こういう時にどうやって決めたらいいのかはわからない。でも、ひとつだけわかってることがある。


 ――僕はアヤカのボディガード。そして、アヤカの望む未来を一緒に歩く。それが僕の願いなんだ。



”君は子供だね。まるで母親に甘えるかのように、心の隙間を埋めたいが為に、ただそれだけの為に、命を賭けてる”



 さっき、シオンに言われた言葉だ。

 …子供。そんなことを言われたのは、久しぶりな気がする。


「シオン、確かにその通りだよ。僕のしている事は、子供のわがままかもしれない」


 大人がわからないから、全部はわからない。でも、組織の大人達を見ていて少しだけわかったのは、みんな周りの動きに合わせて生きてるって事だ。だから、僕もそうして生きてきた。今の僕の行動は、僕が子供だから、僕が何も知らないからこその、わがままと言われても仕方がない。


「でも、それの何がいけないんだ?自分の未来は自分で選びたい」


 あの夢が見せた未来は絶望的だった。でも、未来のアヤカは、僕に未来を変える力をくれたんだ。


「君は、その選択が間違っていた時に、どう責任をとる?」


「責任?」


「その無鉄砲な行いが、結果大勢の被害に繋がった時に、君はどうするかと聞いています」


 シオンの視線を感じる。あの目を見たら駄目だ。目を逸らしながら、考えた。


 あいつの言ってることは、多分正しい。少し前の僕だったら、同じ事を言ったかもしれない。大勢の人が思う事と同じ行動をとるのは当たり前の事だ。――でも


「大勢の為に、1人が犠牲になるのか?アヤカは物じゃない、奴隷や家来じゃない、生きてるんだ」


「ではその一人の為に、君は敢えて困難な道を進むと?」


「そうだ!」


 僕が叫ぶと、シオンは一瞬黙った。青白い光が輝きを強めると共に、体にエネルギーが満ちていく。そのエネルギーを光の矢に込めた。


「世界中が敵になったって、誰に恨まれたって、構わない」


 体が震えた。自分でもわからないくらいに頭の中が熱くなって、そしてシオンに対する激しい――そう、怒りの感情が、僕の中を支配していった。


「わがままだって言うなら言え!僕はアヤカに傍にいてほしいんだ!!」


 シオンの表情が一瞬固まった。


 その時、僕の周りに柔らかい風が吹き抜ける。アヤカの家の庭で吹いていた、あの風だ。

 頭の中を支配していた怒りが静かに引いていくのを感じた。そして、シオンの後ろ――芹沢ユウジの横で、立っているアヤカと目が合った。



 こんな風にしか言えない僕は、すごく情けないと思う。でも、これが僕の意志なんだ。



「君と一緒に歩く未来が正しかったって、何度でも、何年でも、一生を賭けて証明してみせるよ」



 アヤカがふわりと微笑んだ。

 僕も彼女に微笑みかけると、目の前の光の矢に集中して、そして左手から溢れるエネルギーを一気に開放した。



 大きな音と共に、光の矢が黒い雷を打ち砕き、シオンの方へまっすぐに進んでいく。

 大きく瞳を開いたシオン。黒い刀が光の矢を受け止めた瞬間――



 金属音が鳴り響き、黒い刀が二つに割れた



「な…に……?」



 ドスッ



 シオンの胸に光の矢が命中した。


 あたりに鼓動のような音が響いて、時間を操る”時の矢”の力が発動する。




 最後の力を振り絞って、走った。

 ドクドクと鼓動するような音が耳元で小さく鳴り響き、景色が少しだけ明るく映った。走り抜けると、精霊たちの青白い光が星のように煌めく光景が広がっていく。


 体中が痛みを訴えている。この矢の効果が切れたら、僕はもう動けないだろう…でも、これだけは絶対に成し遂げる。

 僕はアヤカのボディガードだから。


 だから



「シオン、お前を倒して、アヤカを守る!!」



 体を逸らせて大きく振りかぶり、肘の一撃をシオンの胸部に振りぬいた。


 骨の軋む音が鈍く響きシオンの体が大きく仰け反り、地に倒れ、そしてそのまま動かなくなった。



「はぁっ…はあっ………」



 あたりがしんと静まり、動かないシオンの体から光の矢が消えた。

 体に激痛が走るけど、さっきより強く痛みは感じなかった。少し、怪我しすぎたみたいだ。


 その時、僕の体を誰かが強く抱きしめた。朦朧とした意識の中で、彼女の金髪が目の前に映る。耳元で彼女が吃逆する音が聞こえて、僕は微笑んだ。



「やったよ、アヤカ」



 泣きじゃくりながら、何度も頷くアヤカ。

 彼女の体温を感じながら、僕はそのまま膝から崩れ落ちて、意識を手放した。

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