リュウの「時の矢」
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強い力には、それなりのリスクがある。
君がその矢を使う時、時には何かを犠牲にしないといけないだろう。
それは肉体的な痛みかもしれないし、心の苦しみかもしれない。あるいはもっと深刻で、君の大切なものを失うことになるかもしれない。そして最悪の場合、時空そのものの均衡を崩すことだってあるんだ。
でも、その力をどう使うかは、最終的には君が決める事だ。
覚悟を決めて、その矢を放つんだ。ただし忘れないでほしい。今回君が使うのは、その矢の力のほんの一部に過ぎないということを。
*
今、僕の目の前に広がるのは、山でシオンから受けた黒い雷。
それを体に受けた時の衝撃…全身に激痛が走り、神経が圧迫され、皮膚が熱く爛れていった時の、あの感覚。
僕は深く息を吐き、体の震えを鎮めさせた。
ふと、目の前に青白い光が現れた。さっきシオンと僕の間に現れた光だ。夢の中で自分の中に流れてきた精霊の光と似た色の光は、矢の先端に集まっていく。
轟音を立てて、シオンの黒い刀から放たれた雷が迫る。その中心に向かい矢を放った。
(いけ)
黒い雷と光の矢が激突し、眩いばかりの閃光を生んだ。
矢は雷を裂き、貫き、シオンへと迫っていった。一方で、雷の力を全て打ち消しきれず、その余波が僕の方へと迫る。
向かってきた雷を避けるように右に体を逸らしたけど、一部が右足に触れ、その直後脳にまで響く痺れと痛みが体を襲った。
今、目の前に広がるのは、怒りに震えるリュウ君の姿。
彼女…アヤカの未来を知っても、君の心は光を失わないようだ。そう考えた瞬間、僕の心は再び破壊への渇望で満たされていった。
(また、この感覚だ)
不快。
なぜ、そう感じる?この体は何を訴えている。
夜の精霊が、困惑するように僕の周りを浮遊してる。それは、彼らの望むもの…闇が陰りを見せた事を指すのだろう。
興味深いね。
直後、エネルギーの弾ける音が響き、雷を貫通した矢が迫ってきた。目の前を大きな光が覆い、リュウ君の放った矢が向かってくる。その光の矢を僕は刃で受け止めた。
矢と刃が触れ合った瞬間に発せられた音は、金属音ともつかない不思議な響きだった。それは不協和音…鼓動のような振動を鳴らしながら響き、一瞬空をセピア色のように無機質に変えていく。
矢と刃が触れ合った場所からは、まるで刀が悲鳴をあげるかのようにガチガチという音が鳴り響いた。生きているかのように振動する矢の正体に一瞬思いを馳せた時、その矢は宿樹刃を弾き飛ばした。
この矢は、一体なんだ?
そう思った瞬間光の矢は僕の左肩に深く突き刺さった。
矢からエネルギーが流れ込んでくる。耳元で一際大きく響く鼓動。痛みはないが、体を襲う奇妙な感覚。
その矢から流れ込んでくる、まるで麻酔を打たれたかのような感覚。周囲に対する五感が鈍く、そして心に語り掛けてくる夜の精霊たちの声でさえ、スローモーションのように低く鈍く響いた。
シオンの放った雷が触れた右足が激しい痛みを訴えた。
その痛みを振り払うように一瞬目を閉じると、僕は前に走った。
不思議な感覚が全身を突き抜け、周囲の空気が軽くなっていく。
(この感覚は、なんだ?)
ドクドクと、鼓動のような音が小さく鳴り響いて、広い地下室が先程より明るくなったように見える。
目の前にひとつの青白い光が現れた。それは何かを懸命に訴えかけるように光り輝く。
(君は、何を訴えてるんだ)
接近したところでシオンの様子に違和感を感じた。矢を受け、左半身を僅かに後退させた状態で硬直しているように見える…いや、微妙に動いているようだ。
何が起きたかはわからない。でも大きく空いた、シオンの急所。考えている暇はない。今はこいつに勝つことだけを考えろ。僕は体を逸らせて、大きく肘を振りかぶった。
響く鈍い音。
シオンの脇腹に僕の肘はあっさり命中した。
なんだ、これ
シオンは動かない。そして一撃を加えた時の感触は、不自然に鈍かった。
これは…時間が、止まってる?
着地すると、そのまますぐに膝の追撃を振りかぶる。
システマを使うシオンには先程ガードされた攻撃だ。でも、その一撃も大きな音を立てて腹部に直撃した。
同じ個所に入れた追撃は骨を軋ませ、大きな打撃を与えた事を訴えていた。
同時にシオンの動きがゆっくりと加速を始めた。彼の肩に目を向けると、刺さった矢が光を徐々に失っていっている。
地に足をつけると、ほぼ同時にシオンの瞳が僕の顔を鋭く捉えた。
互いの視線が交差する。そしてその直後、シオンの顔が急に痛みに歪んだ。
「うっ…ぐぁっ…」
うめき声をあげ、打撃を受けた腹を左手で押さえながら僅かに後退するシオンは、明らかに困惑している。急に体に走った激痛に、戸惑ってるんだ。
更に追撃を入れようと、着地した足に力を込めた。でも、その直後。水を抜けるような感覚が体を包み、あたりで鳴り響いていた鼓動のような音が鳴りやんだ。
そして、襲う激しい激痛。
「ぐっ…あああああっ!!!」
ビリビリと内側から何かが引き裂かれるような激痛が体を襲った。そのあまりの痛みに一瞬動きが止まる。意識が一瞬遠のきそうになったが、その時青白い光が目の前に現れ、我に返った。
(そうか、君はこれを訴えてたのか)
相手の時間を奪う代償として、自身の体への負担が大きいという事。
痛みが全身を支配し、体が不自由になる中、振り下ろされる刃が眼前に映る。
ふらつく体。
迫るシオンの刃。
(まずい)
刃が風を切る音が鮮明に耳に響く。その瞬間、アヤカの言葉が僕の脳裏をよぎった。
「生まれ変わったらリュウの妖精になりたいな。そしたら、ずっと一緒にいられるもの」
君は世界樹のエネルギー核に選ばれた。それは長い時間たった1人で拘束される。そういう意味だろうと思った。
…世界樹になってしまったら、もう君に会えないのか?
「…ま、けるかああっ!!」
体が熱くなっていく。まるで自分が内側から変わっていくみたいだった。腕に力を入れて矢を構えて弓を引き絞ると、一瞬固まるシオンの表情。
至近距離からシオンの体の中心に的をしぼり、再び光の矢を放った。
矢は再びシオンの体に命中した。
そして、再び周囲から鳴り響く鼓動の音。先程より明るくなったように映る周囲の景色。そして、シオンの時間は、まるで凍り付くように再び停止した。
やっぱりそうだ、この矢は時間を操る力がある。
時間を操るという力に一瞬戸惑った。でも一瞬でそれを振り払い、僕は前に進む。…止まっている場合じゃない。こいつに勝たないと、アヤカを守ることはできない。
「代償が、なんだ」
そう、小さく呟いた。これは未来のアヤカが持たせてくれた力。そして、シオンに勝つ一筋の光を見せてくれた力。
懐に入り、肘を振りかぶると、体が熱くなっていくのを感じた。それと共に五感が研ぎ澄まされていく。
足が地を捉え、手が風を切り、筋肉が絶え間なく動きを作り出す。その体の動きひとつひとつが鮮明に捉えられた。肌を撫でる風、顔に触れる前髪の感触までもがリアルに感じて、そして感じる、血の廻りの音。自分の中に流れるエネルギーの流れ。
僕の周りを飛び回る青白い光が一瞬光を増した時、力点…シオンに振りかぶった肘に、強いエネルギーが集まるのを感じた。
「くらえええっ!!」
熱を開放するかのようにシオンの腹に打ち込んだ。大きく響いた鈍い音。直撃した肘がシオンの顔を歪ませた。
リュウ君の光の矢が放たれ、再び僕の体に直撃した。
周囲の音が重く低くなっていく。そして矢が命中した途端、再び響く、大きな鼓動。夜の精霊たちが心に語り掛けるメッセージは低く重く響き、周囲に対する五感が鈍くなっていく。
体中が冷たく凍り付いていくような感覚が襲った。体が本能的に発する防衛反応――あの矢の危険性を訴える切迫したサイン。
鈍い音が響く気がした。リュウ君の肘が僕の腹部に命中したんだ。
骨の軋む音が重く低く響き、僕の脳に気持ち悪く響いた。だけど、痛みはない。それは、今自分の体の時間が止まっているからと容易に想像できた。
次の膝の一撃を振りかぶられる。
時間を操るという強力な力。なすすべもなく、打撃を入れられる感覚。先程までの高揚とは違う、心の衝動が胸を支配していく。
心の奥から湧き上がってくるもの。山中でリュウ君と戦った時の感覚に、よく似てる。
遠い昔の記憶が、微かに浮かんできた。
(本当にそうか?山中で感じた、あの怒りなのか?)
その時、目の前に黒い巨大な化け物が現れる瞬間を思い出した。
ーーいや、もっと前だ
立ち向かってくるアルト。その姿は半身が黒く変色し、膨張した左腕が痛々しく映った。まるで半身が化け物のように変貌した少年は、拳を振りかぶり、そして呟いたんだ。
「助けて、母さん」
アルトの悲壮な瞳。声は彼のものなのに、その姿は禍々しく、そして人の面影はほとんど残っていなかった。その光景がよぎった途端、僕は一瞬思考が止まった。
「痛い、痛い、痛い」
泣きながら痛みを訴える声が、頭に響いていく。
その声は僕の心に痛みをもたらし、激しい感情が胸を支配していった…そう、あの感情は
思い返そうとした時、アルトのある言葉が浮かんできた。
「僕はこの為に生まれたんだ。この為にここにいるんだ。母さんが、帰ってきたらミートパイを焼いてくれるって。だからがんばるんだ」
ほのかに微笑むアルトの顔が浮かび、彼の顔を思い返した。
「…アルト」
接近するリュウ君が、僕の呟きに一瞬驚いたように瞳を開いた。宿樹刃の周りに集まる夜の精霊たちの光が陰り、その瞬間、響く誰かの声。
遠い昔の光景。泣きながら近づいてくる、黒く巨大な化け物。僕はその時誰かを守っていた…?
心臓が大きく鳴り響き、心は激しく揺れ動いた。そして、手に持った宿樹刃の柄に彫られた文字が微かに輝く。その瞬間、”誰か”が僕に語り掛けた気がした。
膝の追撃を振りかぶった時、シオンの表情は凍り付いたままだった。でも、直撃の一瞬前。シオンの左手が上がり、僕の膝に当たった。
シオンと目が合った瞬間、背筋を走る強烈な違和感。荒い息遣いと、怒りと困惑に満ちた顔。これまでの彼とはまったく雰囲気が違っていた。そして、シオンの左手が触れた部分に何かが流れ込んでくる。
(なんだ、これ)
パン
小さな弾け音と共に体が後ろへと吹き飛ばされる。システマの技とは全く違う、エネルギーが打ち消されたかのような異様な感覚だった。間髪入れずに一歩前に踏み込んだシオンが下段から刀の構えをとる。
「負けるわけにはいかないんだ、死んでもらうよ」
少し目を細め、囁くようなシオンの声。虚ろなその表情は、先程まで彼とは別人のように映った。
それに、矢の効果が切れていないのに、シオンの体は時間を取り戻してる。矢は、まだ刺さったまま。でも、輝きを徐々に失っていくのを見て、さっきの体を襲った激痛を思い出した。
振り上げられる刃。
(まずい)
シオンの振るう刀が目前に迫った時、咄嗟に光の矢を前に出し、それを受け止めると後退した。
距離を取ったところで一息つくと、僕の周りを飛び回る青白い光が、時が戻ることを警告するように煌めいた。直後、水が抜けるような奇妙な感覚が体を貫く。
「---------ッ!!!!」
それと共に再び体を襲う激しい激痛。足先から脳まで、まるで引き裂かれるような痛み。気が遠くなりかけて膝をつくと、シオンもその黒い刀に体を預けながら、息を荒げていた。
心臓が激しく鼓動を響かせ、荒い呼吸を繰り返す。僕が膝をつき、呼吸を整えて立ち上がると、シオンもまた立ち上がり、黒刀を構えた。
お互い構えた状態で、しばらく沈黙が続いた。
リュウ君の戦う姿がアルトと重なる。何度も立ち上がる姿勢、諦めない心、そして…
(何が君とアルトを重ねさせるのか、わかった気がするよ)
宿樹刃の柄を見ると、彫られた文字が淡く光り輝いている。
…何て書いてあるかは、わからなかった。でも、思い出したよ。アルトと戦った時、同じようにこの柄の文字は淡く光を放っていた。僕は立ち上がり、刀をリュウ君の方へ向ける。
「君は子供だね。まるで母親に甘えるかのように、心の隙間を埋めたいが為に、ただそれだけの為に、命を賭けてる」
そう、あの時…母親に会いたいとひたすら叫んでいた、アルトのように。
シオンのその言葉は、僕の心に深く突き刺さるようだった。
(そうかもしれない)
愛情とかぬくもりとか、そう言うのかな。あんまりよく覚えていないんだ、5歳から影縫いで過ごしてきたから。ずっとユメを守る為だけに生きてきたから。
この不思議な光の矢も、さっき体の中から溢れたエネルギーも、正体はわからないけど、まったく怖くないんだ。
これは、アヤカを守るための力だから。
僕はアヤカに傍にいてほしいから。
(シオン、絶対にお前を倒す)
(リュウ君、君には負けないよ)
緊迫した静寂が広がり、互いの目を見つめ合い、それぞれがこの一撃に全てを賭ける覚悟を確認し合う。重苦しい静けさが場を支配し、心臓の鼓動だけが静かに時間を刻んでいた。
シオンが手に握る黒刀を下段に構えると、黒い雷が輝き周りの空気を振動させていく。僕も弓の弦を引き、構えると、精霊の光が集まって時の矢が形成された。
空気が凍るような緊張感が広がり、一息つく。
そして時が熟したかのように、静かに力強く、僕とシオンは最後の一撃を放った。
時を操る光の矢 補足説明
青白い光で輝く弓矢。シンプルな形をしており、全体は淡く光を放ち、弓幹の部分は透き通っており、中には光の粒のようなものがキラキラと輝き中で動いている。弦は輝く糸のようなもの。
弦を引くと矢が現れ、矢は弓幹と同じく青白い光で輝き、透き通っており、淡い光を放つ。




