仕組まれていた、出会い。
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「う----ん」
唸りながら考え込むように天井を見上げたアヤカ。その様子に首をかしげながら、リュウは彼女の言葉を待つ。
「ボディガード…ボディガード…」
体をゆっくり左右に揺らしながら、繰り返しその言葉を呟く。やがて彼女の悩みの結論が出たらしく、アヤカはリュウの近くに寄り微笑んだ。
「ね、リュウって呼んでもいいかな…友達みたいに」
それは、アヤカと初めて学校に行った時、彼女に言われた言葉。
今ならわかるんだ、あの時彼女が何て言いたかったのか。
*
一歩踏み出したシオンが猛スピードでリュウに接近し、躍動する手元から斬撃を放つ。
振り下ろされた刀は、まるで夜の精霊の喜びを映すかのように、その切っ先を黒く照らしていく。耳元に響く風の音と共に迫る斬撃。リュウは迫る攻撃をかわしつつ、膝からの一撃を狙うがガードが入った。
シオンの目尻が微かに上がり、楽しんでいるかのような表情を浮かべる。直後、下方からリュウの脇腹を狙う膝が飛び出す。それをかわすと、すかさず続く蹴りと、水面を斬るような横の斬撃。
男性にしては柔軟な体。それを活かした独特の動きは無駄がなく、鮮やかに映った。そして、黒い刀から繰り出される斬撃は、体術とは打って変わって、硬派な動きであった。
(こいつ、こんな動きをしてたのか)
山中の戦いでは見えなかったシオンの動きが、今、リュウは明確に感じ取れた。体も軽く感じる。体中の細胞が疼き、以前よりずっと早く、シオンの動きに反応しているのを感じた。そして…
(左腕の動きが、すこしぎこちない)
何かあるのか、それか怪我でも…そう考えたところで、ダイスケの姿が目に飛び込んできた。山の中で囮として残ったリュウを援護する為に彼が放った銃弾を思い出す。
(ダイスケが撃ったあの銃弾の…!)
(僕の動きが見えているようだね)
左からの接近に、シオンは流れるような斬撃をで迎え撃つ。それをリュウは更に低姿勢に腰を落とし、寸ででかわしたリュウに左足の蹴りを放つと、その動きに反するように正面から接近してきた。
胸の奥から湧き上がるゾクゾクとした、喜びとも快感とも言えない感情がシオンの心を打ち震えさせる。山中での戦いとは比べ物にならない程、目の前の少年の動きが確実に洗練されていたのだ。
低く構えたリュウに対して、シオンは地を這うような斬撃を放った。しかし、リュウは猛スピードで身を前方へ飛ばし、彼の背後に回った瞬間、距離を詰めた。
ゾク
(まただ)
体を襲う不思議な感覚に、シオンの心が引き寄せられていく。右足に力を込め、体を後ろに向けると接近してくるリュウと視線が交差し、再び口元に笑みを浮かべた。
「甘いよ」
言葉と共に、再びリュウの方向へと翻された斬撃がリュウの右から脇腹めがけて迫る。
(意表を突く動き…)
リュウの頭に一瞬浮かぶ、山中での戦闘。心を読み、対処しながら戦うシオン。そして夜の精霊の存在。
その時、リュウの前に一筋の煌めく光が現れた。
(これは…?)
青白い光を放ち舞う光は、何かを告げるかのように揺れ動いた。
「この光は…」
小さく呟いたのはシオンだった。
気を取られたシオン。リュウは光の弓を持つ手に力を込め、黒い刀の斬撃を斜め下から弾き飛ばした。
「…っ!!」
響く金属同士の衝突の音。刃は弾き飛ばされ上空を舞い、バランスを崩したシオンの顔に驚きと狼狽が浮かび上がる。
一瞬の隙。
リュウはシオンの左側へと進み、体を大きく逸らせ肘の一撃を振り下ろそうとした。だが、シオンも即座に反撃、彼の振り落としの一撃がリュウへ迫る。
刃が早いか、肘の一撃が早いか。
ガッ
鈍い音が、研究室の静寂を打ち破った。リュウの肘の衝撃が深く突き刺さり、顔を歪めたシオンは一瞬体を後退させる。膝の追撃を入れようと足を振り上げるリュウ。シオンは体制を立て直し、一呼吸。繰り出された膝の一撃に左手を軽く当てた。
「…!?」
山で対峙した時と同じ、独特の動き。リュウの体はバランスを崩し、すかさずシオンは彼の腹にめがけ右足の蹴りを叩き込んだ。咄嗟にガードするが小さな体は弾き飛ばされ、地を叩く直前で受け身を取り、戦闘体制を取り直した。
研究室内に2人の深く荒い息遣いが響き渡り、静かな緊張が包み込んでいた。
(こいつの動き、システマか)
呼吸を荒くしながらシオンの動きを少しずつ頭に刻み込んでいく。力強い斬撃とは打って変わり、呼吸と共に放たれる鮮やかな一撃。それはリュウの使う力強いムエタイの打撃とは対照的で、機能的で無駄のないものだった。
(カウンターや、追撃は全部受け流される…そう考えた方がいい)
システマの流動的で直感的な動きは予想が難しく、その使い手はリュウが最も苦手とする存在だった。続いて、柔軟な体から放たれる非常に速い蹴りを思い返す。
(足技はカポエラベースの格闘技)
カポエラ独特のアクロバティックな動きと回避動作。その動きを頭の中でイメージしながら、次の攻撃にどう対応するかの模索した。
一方、シオンはリュウの心が冷静であることを告げる夜の精霊の声に耳を傾けていた。
(身体能力の向上に加えて、直感的思考…瞬発力も上がっている)
リュウの一撃を受けた左脇腹を抑えながら、少し息を整えると口元に笑みを浮かべた。
「君が強くなってくれて、嬉しいよ」
対してリュウは自身の動きが軽くなっている事を指摘され、それに若干の戸惑いを感じつつ、少しだけ息を吐くと再び矢を構えた。
(不自然だ。今まで見えてなかったものが見えるなんて)
一瞬、そんな疑問が頭をよぎったが、直ぐにその考えを振り払った。
(いや、どうだっていい。今はこいつを倒してアヤカを助ける事に集中するんだ)
シオンは刀を一振りして、リュウの方へその切っ先を向けると、柄を握る手に力を込め再び構えた。
「君には礼を言わなければ。我々の計画は君のおかげで順調なんだ」
漆黒の瞳にじっと見つめられ、その言葉にリュウは一瞬顔を上げたがすぐ冷静になる。
”目の前で大切な君が死んだらどうなるだろうね?”
先程のシオンの言葉が記憶に蘇えり、アヤカの未来を鮮明に思い返す。
(アヤカの感情に反応する精霊を動かすのが目的なのはわかったけど、何の為に)
「目的はなんだ?」
「我々の目的は、アヤカの感情を最大限に動かす事。その為に君は良く働いてくれました」
プライベートスクールの屋上で水の精霊が降らせた雨を思い出した。あの時のアヤカの絶望に染まった表情。心の動きに反応する精霊を抑えるために自身の感情を抑えていた時吹いていた冷たい風。
「何の為にそんな事をする?」
リュウは声を震わせながら詰問した。
夜の精霊がリュウの心に怒りの感情が宿った事を伝えると、それを喜ぶようにシオンは目を細める。
(そう、その顔だ)
「精霊は宿主の心に反応する。だから彼女の心を揺さぶる必要があったのです」
「何の為にだと聞いてる!」
(今、君の中にあるのは、怒り…そして戸惑い)
リュウに怒りを向けられ、再びゾクゾクとした感情がシオンの胸を支配していく。
「彼女を世界樹の後継者にする為です」
「…世界樹の後継者?」
シオンはリュウの瞳の迷いを捉え、それの隙をつくように突進した。
大きく振りかざした刀の一撃は、リュウの首を切り裂こうと左から迫る。我に返ったリュウは光の弓を前に出し、それを受け止めた。
黒い刀と光の弓が鳴らす金属音が部屋に響いた。二人の視線が交差する。
「彼女は世界樹の後継者…妖精の中で最も強い力を持つ、妖精姫と呼ばれる存在に選ばれました。君は最初から我々の手の内で踊っていたに過ぎないのですよ」
「何を、言ってるんだ…?」
シオンは刀を持つ手に力を込め、弾き飛ばしリュウとの距離を取る。下段に構え、動きを一瞬止めた。黒刀に精霊たちの光が集まり、それはやがてバチバチと音を鳴らしながら、エネルギーの塊となり刃に集まる。
(あの雷…)
森の中の事を思い出した。シオンの持つ黒い刀に夜の精霊が集まり、雷のようなエネルギーが集まっていくあの光景。
「君は彼女に相当入れ込んでいるようですが、手遅れだ。諦めなさい」
その言葉と共に刀を力強く振り上げられ、轟音とともに現れる雷。横に飛び避けるリュウ。雷は壁に直撃し、大きな音と共に亀裂が走り、その威力を目の当たりにしたリュウは一瞬それに目を奪われた。
反射的にリュウの体を恐怖が襲った。
脳裏に蘇るのは、山で受けた時の衝撃。それは、体に刻み込まれた防衛本能…雷に撃たれた時の記憶は強烈なトラウマとなっていた。
ふと、近くで彼が零す微かな吐息が響く。接近してきたシオン。素早く振りかざされた横からの斬撃。
(しまった)
すかさず距離をとろうと後ろに下がるが、シオンの一撃がリュウの脇腹に当たり、血があたりに舞った。すぐに切り返しの刃が来る。前蹴りで距離を取り、再び後ろに下がるが、負傷した脇腹に激痛が走る。
「…ぐっ…」
脇腹を抑え、足に力を込める。その様子を見て口元に笑みを浮かべたシオンが刀を下段に構えると、再びエネルギーを纏い始めた。
(完全に、動揺を誘われた)
荒く呼吸を繰り返しながら前を見ると、目を開き、不気味な笑みを浮かべたシオンが目に映る。
「私を倒して、アヤカを助けると言いましたね」
黒い刀から血が滴り落ちる音が静かに鳴り響き、ゾクゾクとした感情が再びシオンの心を満たしたていた。
(恐怖が彼の心を支配しているのが聞こえるかい?)
心の中で夜の精霊に語り掛けると、シオンの髪を照らす黒い光が一瞬強く光を放った。
「お前たちは、僕を殺す為に雇ったのか…?」
(そう、君は我々の計画通り動いてくれたんだ)
それを知った時彼はどう反応するか。それを想像するだけでシオンの心は喜びで満たされていった。
「その通りです。正確には彼女の”特別な存在”であれば誰でも良かった」
リュウはアヤカの未来を思い返した。力強く地中に根を張り出し、空に向かって伸びゆく枝。時折透けて見える足元の世界。その中で精霊たちが帰り、そして生まれる場所。
そして同時に思い返した。泣いていた未来のアヤカと、眠っている未来の自分。
「目的は何だ」
震える声で問いかけると、シオンは笑みを浮かべ、口を開く。
「世界のエネルギーは枯渇しつつある。それを補充する為、世界樹のエネルギーを吸収するシステムの導入…それが我々の目的です」
彼らの目的がはっきりした。
最初から全て仕組まれていた。小学生のボディガードを雇い、アヤカを学校に通わせる事。仲のいい存在、大切な存在…彼女が好意を示す存在を作り出し、その相手を殺す事。
その絶望から生まれた強いエネルギーは、アヤカを最も強い妖精にし、世界樹の後継者にした。後継者の存在が、精霊たちの住む世界への扉を開く。
しかし、まだ不明な点があった。精霊界に行くことができるようになったら、アヤカはもう役目を果たしたはずだ。
「アヤカをどうする気だ?」
リュウの問いにシオンは冷たい笑みを浮かべた。
「世界樹のエネルギーを吸収すれば、木は力を失い、世界の均衡に影響する…アヤカにはエネルギーの補填として、次の世界樹のエネルギー核となってもらいます」
夜の精霊がリュウの心の乱れを伝えてくる。彼はこの現実をどう受け止めるのか。想像するだけでシオンの心は喜びに溢れていった。一方リュウは、エネルギー核という言葉の意味を理解しようと、思考を巡らせた。
(妖精として生まれ変わることも、人間として生きる事もできない存在って事か…?それが世界樹の後継者?)
夢の中で見た光景を思い返す。
妖精や精霊たちが歌を奏で、自分たちの新たな母となる存在に喜びの声を上げるように彼女の体を包んでいった。そして泣いていた未来のアヤカ。
”もし過去を変えられるなら、ずっと一緒に居られる未来もあったのかな”
彼女が呟いたその言葉を思い返した時、微かに体が震えるのを感じた。
(まるで、生贄じゃないか)
彼女を守る為なら死んでもいい、そう思っていた。でも、それがアヤカに世界樹の後継者という運命を背負わせてしまったのだとしたら…。
リュウの心に小さな陰りが見え、それが夜の精霊を通じてシオンの心に流れ込む。口元を緩ませ、再びシオンがエネルギーを刀に集めだした。そのエネルギーが鳴らすスパーク音に我に返り、リュウはじっと、その雷を見つめた。
(あいつは、僕の心を揺さぶって絶望や動揺を誘ってる)
心の中に蘇るのは、アヤカと過ごした日々とブレスレットを渡した時の笑顔。そして、同時に妹のユメが死んだ時の自分の事。
(僕が死んだ時、アヤカはどう思ったんだろう…あの時の僕と同じだったのか?)
孤独、絶望、そして怒り。やるせない感情が渦巻き、全てから逃げ出したあの日。
”新しく生まれ変わったら、私、リュウの妖精になりたいな。そしたらずっと一緒にいられるもの”
微笑みながら、そう言ったアヤカ。幼い頃から暗殺や隠密という仕事に就き、法の裏側で働いてきた自分にかけられた、彼女の言葉。
「世界樹は世界を守る王だ。彼女も世界の為に身を捧げられるなら、本望でしょう」
シオンの言葉にリュウは一瞬目を大きく開いた。
世界の王…
本望…?
「アヤカがそれを望んでいるっていうのか?」
心の奥底が激しく渦巻いているようだった。
違う。
”もっと、ずっと一緒にいたい”
未来のアヤカは確かにそう言った。君はいつも、僕に一緒に生きたいって言ってくれてた。
「アヤカの未来はアヤカが決める。勝手な事を言うな」
ドクン
光の矢から鼓動のような音が響き、空気が震える。青白い光が矢の先に集まっていく。それを見たシオンは一瞬表情を変えたが、すぐ口元に笑みを浮かべる。そして夜の精霊が放つ雷が宿る黒い刀を下段からの姿勢で構えた。
リュウはアヤカに心の中で訴えた。
(アヤカ、僕も君に言いたい事があるよ)
自身の心に芽生えた闇を振り払うかのように願うと、それは彼の心を照らす微かな光となり、恐怖が少しずつ薄れていく。
「君が望む未来を一緒に歩く…それが僕の役目…いや」
自身を鼓舞するように呟き、その深い青の瞳にしっかりとシオンの姿を捕らえ、鋭い眼光を向ける。
「それが僕の願いだ」
シオンが刀を振り上げ、精霊たちの放つ雷が爆音と共に向かってくる。その光を真っすぐ見つめ、リュウは光の矢を持つ手に力を込めた。




