表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
少年ボディガードと妖精姫   作者: てぃえむ
小学生編・後編【野外合宿と世界樹の後継者】
30/77

破壊への渇望、そして君が照らす光

シオン一人称。途中から三人称になります。


過去文章は活動報告に纏めています。

 昔、君の歳と変わらない少年を、殺しました。

 薄い色素にほんのりピンク色がかかった綺麗な髪色と、青い大きな瞳が空のように瞬く少年だった。



 名前は、そう…アルト。



 僕…シオン・ヴァルガスの統括する組織・アルケミスタの天才科学者イサム博士が生み出した初めてのクローンだ。この組織の最先端の技術であるクローニングを用いた研究によって生まれた未来の希望、それがアルトだった。


 人懐っこい性格で、研究所内を赤ん坊の頃から活発に走り回っていたっけ。彼の細胞の提供者の1人であり、母とも言える存在のシオリは、そんな彼の元気さに日々手を焼いていた。アルトの特徴的な髪色と瞳は、彼女から受け継いだものだ。


 さて、そんな無邪気な少年であったアルトを、何故殺したかって?それが…思い出せないんだ。同じ年の頃の少年だったからだろうか…リュウ君。君と戦っている時、彼の事を思い出したよ。



 森で一発僕に当てた時、君はどんな心境だったのだろう。


 ほんの一瞬の時間稼ぎの為に戦う姿。それを目にする度目の奥がむず痒く感じ、一瞬耳鳴りのような音が耳を通じて頭に響き、心が高鳴り、体は久しぶりに熱を帯びた。


 長い間忘れていた感覚だ。その感覚は体中を刺激し、黒い刀・宿樹刃(しゅくじゅば)を持つ手に自然と力がこもった。


 僕は少しずつ、君の体の機能を奪う事にした。

 アヤカのボディガードである君…リュウ君の目的は彼女を守る事。つまり足止め…ここに留まり、君を痛めつける事は君の望みだと思ったからだ。


 そんな事を自ら望む君の瞳は光を失っていなかった。胸の内にゾクゾクと異様な興奮が湧き上がり、破壊への渇望が心の奥深くを侵食していく。とても不快な気分だ。



 …不快。そう、感じているのか?この僕が。

 それはおもしろいね。



 君を痛めつける行為は、様々な欲求を心地よく満たしていった。どこから壊していったら、君は絶望してくれるだろう?


 まずはあばら。ここの骨は無数に広がっており、少しずつ破壊するのにちょうど良い。次に、足。右足からがいいだろう…左の腕が負傷しているからね。まずは大腿骨を軽く負傷させ、それからゆっくり機能を奪えばいい。


 辺りには骨が軋んで痛みを訴える音が響く。


 体がほとんど動かなくなってきたところで、脳に衝撃を入れれば、脳震盪を起こすはず。強烈な一閃と共に頭部を岩壁に叩きつけると、少年の抵抗は消え去った。


「君は彼女が人と相いれない存在と知っているね。何故、この世界に留まらせようとする?」


 それは純粋な疑問。少年は脱力した体から苦しむような呼吸を何度か繰り返した後、声を絞り出した。


「アヤカが望むなら…それを叶えるのが…僕の務めだ」


 その言葉に、周囲の暗黒に潜む精霊たちの輝きが、一瞬だけ微かに霞んだ。まるで不安や戸惑いに揺れ動いているように。


 この感覚は、なんだろう?


 小さく呟き、あたりに響く雨の音に身を任せると、やがてふつふつと湧いてくる好奇心。そしてそれと共に湧き上がる、激しい何かが胸を支配していく。


「…こんなに、胸が高鳴ったのは、久しぶりだ」


 心の中が満たされていくような心地よさを感じる一方、体中の細胞を疼かせ、体を熱くするような感覚…久しぶりに訪れたそれに心をを奪われ、ふと目をやると君は意識を失っていた。


「君が、僕と同じ存在だったら…この喜びを共有できたかもしれない。とても残念だ」


 脱力した体を持ち上げると、予想以上の軽さに驚いた。繊細に映る彼の腕や足。こんな小さな体で立ち向かってきた事に敬意を表するべきだろう。


(アルト、君もこれくらいの年だったね)


 そう、思った直後頭を抑えた。


 今、何を考えた?


 その少年の黒髪と青い瞳は、淡い色素にピンクがかった髪色と、青く輝く瞳を持っていたアルトとは対照的だった。しかし、戦う彼の姿は何故かアルトを想起させた。


 しばらくの間2人の共通点を探したけど、やはり何も見当たらなかった。考える事を諦め、小さな体を肩に担ぎ山道を降りる道へと足を運ぶ。これで終わりなのかと思うと、酷く退屈で、ため息が漏れた。


 その時、背中から殺気を感じた。


 夜の精霊たちの警戒が心を駆け巡る。優しく照らす月の光のように、心の奥深くに囁き、風が物語るように彼らが心の動きを訴えてくる「声」。


 次の瞬間、背中に痛みが走った。前方へと身体が飛び出し、肩にのせていた彼が地面に転がった。振り返った瞬間、体を逸らせて肘をふりかぶる小さな体が映った。


 心臓が激しく打ち震えた。その光景を見た瞬間、体中の細胞を疼かせ、熱くするような感覚が舞い戻り、それらの全てが体を支配していくようだった。


 ふつふつと湧き上がるもの。


(一体、これは…)


 そう思った時、少年の肘が腹部を捕らえている事に気付いた。鋭い痛みに一歩後退すると、少年は再び距離を詰め、今度は膝の打撃を仕掛けてきた。刀を振り上げると、彼はその一閃から逃れるように距離を取り、一息ついてから、再び構えた。


 正直驚いた。まだこんな力があるなんて。骨が何本折れているかわからないくらい痛めつけたはずだ。


「君は、どうしてそこまで戦うんだい?」


 その問いに、彼はしばらく荒い呼吸を繰り返し、やがて口を開く。


「お前は、何の為に戦ってるんだ?」


 かすれた声で絞り出された声。戦う理由?そう思った瞬間、遠い昔の風景が少しだけ目の前に広がった気がした。



“彼女だけは、必ず守る。だから、君には死んでもらうよ”



 過去の囁きに重なる姿。そして湧き上がる正体不明の何か。それらが一気に身体中を巡っていく。


 アルト、君なのか?


 …しかし、一瞬よぎったその思考はすぐに否定に変わった。そんなはずはない。彼は確かにこの手で殺したんだ。直後、手に持った刀に宿る夜の精霊たちが強烈なエネルギーを放ち始めた。



「なんだ、これ?」



 まるで小さな雷が刀に宿っているようだった。リュウ君は少し驚いたような顔をしていたけど、すぐに構えて、鋭い眼光を向けてくる。


 彼に応えるように、下段から刀を構えた。すると周囲の雨音をも打ち消すスパーク音が繰り返し鳴り響いた。溜めたエネルギーを解放するかのように振り上げると、閃光とともに爆発的な音が発生した。


 その爆音と共に刀の刃から飛び出した、黒い雷。大きく瞳を開いた少年の方向へ、空気を揺らしながら向かっていく。


 暗く深い森の中で、黒い雷に包まれた彼の苦痛の叫びが木々の間に響いた。その光景に釘付けになった僕は、あたりを打ち付ける水音が再び空間を満たしても、しばらくそこから動けないでいた。


 やがて水たまりが旋律を奏で、その音に現実へ引き戻される。そこにはリュウ君が倒れていた。


「精霊の力なのか?」


 自身の感情に呼応する、精霊の起こす自然現象。それは、おそらく妖精である彼女…アヤカが発するものと同じ精霊のエネルギー。正直、驚いた。人である自分にこんな力が宿るなんて。

 倒れたリュウ君に近付いて確認すると、辛うじて息はしているようだ。彼の体に触れると、再び自分の心臓の音が大きく鳴るのを感じた。それは胸から脳に響き、体中を支配し、ざわつかせていく感情。


 そうか、先程から心の中にふつふつと湧き上がってきていたもの。その正体は



「怒り…まだ、そんな心が残っていたのか」



 心の底から喜びとも憎しみとも言えない、奇妙なものが湧き上がってくるようだった。


「君のおかげで、心が揺さぶられる感覚を思い出したよ。礼を言わないとね」


 本当に面白い。恐らくこの感情は、アルトに向けていたもの。戦う君の姿が、それを思い出させたようだ。



 でも



 見たかった光景…君の絶望に濡れた顔が目の前に広がった瞬間の心の高鳴りは言葉では表せないものだったけど、それと同時に心の中に深い虚しさが広がった。


「退屈だな」


 広大な地下室内。転がる君の首。静寂、悲しみ、絶望、欲望、これらの感情がこの部屋に渦巻いている。そこに集まるのは君の友人と、我々の仲間。


 そして、リュウ君が大切にしていたアヤカは、世界樹のエネルギー核…すなわち生贄に選ばれたわけだ。皮肉だろう。あんなに守りたいと願っていた彼女の運命を君自身が閉ざしてしまうなんて。あのエネルギーを超える力を持つ妖精は、恐らく存在しないだろう。


 君がいたら、この現実をどう感じただろうか。


 君の死を前に、友人の絶望に染まった顔。部屋の中に広がる、夜の精霊たちの闇と哀しみ。遠い昔、アルトが死んだ日のように、沈んだ空気で満たされたこの空間。



 ああ、最高だ。


 それなのに

 宿樹刃の柄を眺め、そこに刻まれた文字を見ながらため息を漏らす。



「君がもういないというのは、本当に寂しいよ」



 この深い喜びを、共に分かち合いたかったよ、リュウ君。









 光を抜けた時、リュウは気を張り詰めさせた。


 周囲は時間が止まったかのような静寂が漂っており、その中で彼自身の体が、傷もなく元の姿に戻っているのを目にした。アヤカの守護精霊の光が、かつての傷跡を包み込んでいる。


「治ってる。戻れるのか…?」


 自分の体に触れ、目を閉じると光がリュウを包んでいった。はっと、目を覚ますと、椅子に括りつけられた状態で座っている。


「戻って、きた…?」


 意識を取り戻すと、彼の手にはまだ光の矢が残っていた。


「この矢は…そうだ、時の矢」


 手に持った弓を眺め、そう呟くと縄を解いて自由になり、さっきまでの事を思い出そうとした。

 妙にリアルな、夢の中のような出来事。それでも、彼の手の中で輝き続ける時の矢はその存在を確かに訴えている。


(誰かと話した気がするけど、思い出せない…)


 何があったかを思い出そうと、記憶を辿った。未来のアヤカと、倒れていた自分の姿。あれは6年後の世界だと、誰かが言っていた気がする。


(これは未来を変える力で、未来のアヤカが僕に持たせたもの)


 辺りを見回すと、高い天井に広い研究室。恐らくアヤカの精霊の力が発動してもいいように、広く設計されたのであろう。


 周囲にはガラスの破片が散らばっており、その奥には銃を突き付けられたダイスケとナオキの姿。彼らのすぐ近くに立つ澤谷とイサム博士。


 リュウのすぐ近くにはシオンがアヤカを抱え、そこで時が止まっている。




 縄を外して立ち上がった直後、水を抜けたかのような感覚が全身を襲い、まるで時間が再び動き始めたかのように周囲の人々が動き出した。


(動いてる、息をしてる…体の痛みも、感じない)


 自身の体の中にじんわりと、陽だまりのような温かさを感じる。暗闇の中で見た青白い光がリュウと一体になったままのようだった。





「おや、確かに仕留めたはずでしたが」


 シオンの声が研究室に響き渡ると、その場にいた者たちは全員が驚きの表情でリュウを見つめた。


(当然だ。腕を切断され、首を切られた。僕は、一度死んだんだ)


 その視線を浴び、少しだけ息を吐くと、シオンの方へ視線を向けた。




「シオン、これは一体どういうことだ」


 いつも通りの落ち着いた口調だが、戸惑いを隠せない芹沢ユウジ。シオンだけが、唯一冷静に彼の方を見つめていた。


「さあ、世の中不思議な事もあるものです」


 不敵な笑みを浮かべるシオン。その腕にアヤカが抱きかかえられているのを見て、リュウは彼を鋭く睨みつけた。





 ナオキはその光景を見ながら、先程のアヤカの行動を振り返った。


(人が生き返るなんて、ありえない事だ。アヤカさんは一体何を)


 彼の視線は次にイサム博士に移った。博士も驚愕の色を隠せずに、リュウを凝視している。左の手の甲を右の爪で搔きながら、何かをつぶやくようにブツブツと口を動かしていた。


 ダイスケの方へ目をやると、彼はただ静かに、リュウの方を見つめていた。示しを合わせるように2人は視線を交わすと、一気に奇襲に入る。




 緑色の瞳をした少女は目の前の光景に一瞬気を取られていた。リュウ…一度死んだと思った彼が、目の前に立っていたからだ。


 銃を突き付けていたはずの少年のダークブラウンの髪が揺れた事に気付いた時、我に返るが、彼の方が一瞬早かった。姿勢を落としたダイスケの強烈な足払いに足を取られ、こらえたところで再び銃を構えようと手を上げた時


「止まれ」


 ダイスケの銃が一瞬早く彼女を捕らえた。


「……」


 ただ黙って、その瞳を向ける彼女にダイスケは軽く息を吐いた。そして、隣の男にそのまま語り掛ける。


「おっさん、ナオキに向けてる銃を下ろせ」


 大柄の男・タケシはその様子に少し視線を泳がせたが、やがて銃を下ろす。安堵したかのように息を漏らしたナオキは、ポケットに入っていたスマートフォンをいじりだした。


「何してんだ、てめぇ」


 眉を顰めたタケシに、ナオキは指を動かしながら答える。


「記録、ですよ」


「何のだ?」


「監視者に送る為の、です」


 あからさまに顔を歪めたタケシにいつもの穏やかな微笑を返し、彼は視線をリュウとシオンの方へ戻した。




 ダイスケに銃をつきつけられた緑色の瞳をした少女は、無表情のまま彼に視線を向けていた。


「お前、名前は?」


「…カレン」


 初めて口を開いた少女・カレンの方を見たまま、ダイスケはにらみを利かせ2人に言い放った。


「カレン、そこのおっさん。リュウの邪魔をしたら、撃つからな」






(ありがとう、ダイスケ)


 ダイスケのその言葉にリュウは心の中で感謝の意を述べた。そして目の前のシオンと芹沢ユウジに目を向ける。


「君から精霊の力を感じるね」


 シオンはユウジにアヤカを預けると、前へ出た。


「その弓で、私ともう一度戦う気ですか?」


 リュウの記憶には、シオンに一度敗れたことが鮮明に蘇っていた。しかし彼の方へ弓を向け、真っすぐを視線を向ける。アヤカを守る為なら死んでもいいと思っていた。でも、それでは駄目だった。




「お前を倒して、アヤカを助ける」




 リュウに視線を向けられ、シオンは心の中で喜びの声をあげた。彼が長い間感じていなかった感情と、体中が訴えてくる、好奇心。夜の精霊たちが、シオンの興奮を共有するように煌めきだす。




(君たちの喜びの声が聞こえるよ)




 宿樹刃(しゅくじゅば)を持ち上げ、目の前の少年に向けると、黒い光がその切っ先に集まり、不気味な輝きを発する。対するリュウは、青白く光る弓を引き絞り、シオンに向けた。



 シオンは思い返していた。


 遠い昔、永遠の眠りについた少年・アルト。その時どんな顔をしていたか、どんな姿をしていたか、そして何故彼を殺したのか。




 …その時、自分はどんな気持ちだったのか。




(君は…リュウ君は、アルトとは全く違う姿をしているのに、こんな事を考えさせられる)



 興味深い



 そう思った時、夜の精霊の光が銀色に煌めく髪を照らした。シオンの中で、何かが変わり始めているような兆し。


 少し細められた漆黒の瞳は精霊の光に照らされ赤みを帯びたように輝く。それと共に彼の表情は緩み、口角は自然と釣り上がった。




 長い眠りから覚めたかのような感覚。それは深い闇の底に落ちたシオンの心を照らす唯一の光のような存在となり、その光に引き寄せられるように彼は囁いた。



 


「しばらく退屈しなくて良さそうだよ…」

 

●シオンの黒い刀・宿樹刃(しゅくじゅば)の補足説明

およそ130センチ、刃渡り85センチくらいの黒い刃。光を浴びると不思議な光を放つ。鍔はなく、遠目で見ると木刀のように見える。柄の部分には何か文字のようなものが刻まれているが、何と書いてあるかは読めない。


●アルト

アルケミスタで開発されたクローンであり、昔シオンに殺された少年。

淡い色にピンクがかった特徴的な髪色と、青く煌めく瞳。活発な少年で、よく研究所内を走り回る無邪気な少年だった。リュウと同じ年の頃、11歳前後。


●シオリ

アルトの細胞提供者の一人であり、彼の世話をしていた。アルトと同じ淡い色にピンクがかかった髪色と、青い瞳を持つ。30台半ばくらい。



⚫︎シオンの一人称について

私と僕が混在しますが、私の時は初対面の相手や礼儀を表す際に使用し、口調も敬語。内省や、一部気を許した人間、興味の対象等、今回の一人称のような素の部分が出ることがあります。



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
[一言] すごく戦闘シーンが白熱していて、いい感じです!しかし、一体何がリュウに起こったのでしょう…その辺りもまた、アヤカの秘密に関わって来そうで、楽しみです。
2023/05/10 08:12 退会済み
管理
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ