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少年ボディガードと妖精姫   作者: てぃえむ
小学生編・後編【野外合宿と世界樹の後継者】
29/77

君が泣いている未来

修正前の文章は、活動報告に掲載しています。

 やっとここに来てくれましたか。


 お待ちしていましたよ…とても長く感じました。


 しかし、私の目の前にいる君は、彼女…ユーズに騙され、私の娘を守ることが出来なかった、哀れな姿。


 そこで見ている君は、その未来を変える事ができますか?







 暖かい風が肌をくすぐるように流れる、果てしなく広がる草原。その草原の彼方に立つのは、空を貫き、深く大地に根を下ろす古木。


「この場所は…」

「軽く説明しようか。ここは精霊の領域…精霊界、アヤカのふるさとといったところだ」


 ワントーン低い声に少し硬めの説明口調。先程自身の言葉に酔いしれていた彼であるとリュウは認識した。


(この人は自分の人格について自覚してるのかな)


 アルトと少女の後を追いながらそんな事を考えていると、急に彼が足を止めた。


「何か質問したそうだな」

 

 まるで心を読まれているかのように指摘され、驚いたリュウにアルトは狡猾な笑みを浮かべた。


「精霊たちが、君の心を俺に伝えてくれているんだ。周りを見たまえ」


 辺りを見回すと、微かな冷たい風が舞い、まるで静電気を帯びているかのような微かな音を立てていた。


(不思議な空間だな。アヤカの家の庭と似てるけど、全然違う)


「そう不思議そうな顔をするな。未来の妻の故郷だぞ」

「つ…」


 妻。そう言われリュウは真っ赤になり反論した。


「アルトさんはまだ18じゃなかったっけ!?」

「法的には、妻と呼ぶことには何の問題もないはずだぞリュウ君!」

「問題は…ないかもしれないけど…」


 アルトの鋭い視線と断固とした声の前に、リュウは言葉を失った。そんな彼を見てアルトはやれやれとため息をつく。


「ここに居られる時間は限られている、質問には可能な限り答えよう。ただ、できれば厳選してもらえるとありがたいな」


(でも、アルトさんが18歳って事は、14,5歳でこの子が生まれたって事か。法律上は、ぎりぎり問題ない…か)


 アルトの後ろを軽やかに歩く金髪の少女を見つめながら、リュウは考え込んだ。しかし我に返ったように首を大きく横に振る。


(いや!問題あるだろ!まだ中学生だぞ)


 自分自身の考えに突っ込みを入れると、混乱し始めた頭をリセットする為、軽く息を吐く。そしてもう一度考えた。


 目の前の男・アルトはリュウの18歳になった時の姿と言っていた。しかし彼の自分は絶対にしないであろう、口調と振舞い。気崩された制服。そして何故18歳の自分がここにいるのかという数々の謎。

 

「アルトさんは、未来の僕なんですよね。どうしてここにいるんですか?」

「未来への忠告の為だ。その矢で空間が歪むのを見ただろう、俺もそれを使ってここに来ているという事だ」


 自分の手にある光る弓。これをアルトの言う通り試しに撃ってみたら、空間が歪み、この場所に辿り着いた。


「では…どうしてあなたの過去である僕と、その…性格が違うんですか?」


 それを聞き、アルトは右目を隠したまま天を仰いだ。


(あ、さっきもあのポーズしてたな)


 自身を憂うように空に顔を向けるアルト。この後来るのは、恐らく自分自身を賞賛するような発言と、心の中で予想した。



「ああそうなんだ!今まさに驚愕の事実を叩きつけられた気分なんだ。この俺の過去がこんなにも平凡で面白みのない性格だったなんて!」



(…これは、あからさまに侮辱されたな)


 予想の斜め上を行く失礼なセリフを心の中で受け流しながら、リュウはこれより先はボディガードの職務中と自身を言い聞かせる事を心に決めた。


「正直言って、もう少し美意識の強い自分を期待していたんだけどね」


(この人の美意識って、一体なんだろう)


 湧き上がる突っ込みを抱えつつ、職務中モードに入ったリュウは、話題を変える為の別の問いかけを彼に投げた。


「アルトさん、ずっと右目を隠しているのは何か理由があるのですか?」


 リュウの言葉にアルトは一瞬言葉に詰まったように黙り込む。そして何かを考えるように少し視線を空に向け、小さく息を吐いた。


「失礼。俺としたことがすっかり忘れていたよ。未来に関する質問には条件がある。その発言で直接的に未来が変わるような質問はNGだ」


 その返答に、彼の右目について聞く事が未来に直結する事とリュウは判断した。


(一体何が隠されてるんだ…失明しているとか?)




 そう思ったところでアルトの足が止まる。目の前に聳え立つのは一本の大樹。


「この木の枝、どこまで続いてるんだ…」


 その大樹は、力強く地中に根を張り出し、空に向かって伸びゆく枝が、まるで天を掴むかのように見えた。頭を仰げば、樹冠は青空を背景にして繁茂し、その枝先からは実のように小さな光がキラキラと輝いている。


 樹の足元には、色鮮やかな花々が美しく咲き誇り、時には地面の下が透けて見え、都市を空から見下ろしているような景色が広がる。


 ふと、木の実のように見えたその光は、熟した果実のように静かに枝から離れ、地上に落ちることなく浮遊し始めた。その光は優雅に舞い、やがて微細な羽をはばたかせる妖精の姿となり、高く空へと昇っていった。



「どうだい?と~っても、大きいだろう」


 アルトの声色が急にワントーン高くなり、柔らかな笑顔を浮かべた。


「あれは世界樹と言って、この宇宙を見守る古木であり、妖精が生まれる場所なんだ」


(ああ、これは泣きやすいアルトさんだ)


 先程、彼は会話の途中で急に大泣きし始めてリュウを困惑させた。ほんの少しでも否定も、厳禁だ。そう心に決めると、目の前の大きな木を見上げた。


 ぽつぽつと熟した果実のように落ちる光は、それぞれ違う形の妖精となり空へ消えていく。その光景を見守るリュウの横を、今度は枝から落ちてくる光とは違う輝きがゆっくりと通過した。それは精霊よりも大きく、柔らかな光を放つ存在。


「アヤカの守護精霊に似てる」


 光は世界樹の方へ向かい、静かにその木を照らした後、その大きな根に身を寄せるように寄り添い、そして消えていった。


 あたりからたくさんの光が集まり、世界樹の根へ集まっていく。光が根元で消える度に、大樹は光り輝き、そして再び枝に光り輝く実を実らせていった。まるで生命の循環のように見えるその神秘的な光景に、リュウはただただ茫然とその光景を眺めていた。


「妖精はこうやって、世界樹にエネルギーを与えて、また生まれてを繰り返すんですね?」


 リュウの問いにアルトは頷く。


「その通りだよ。そしてこれこそが、未来のアヤカ。世界の中心としてエネルギーを巡らせ続ける世界の王なんだ」

「未来の、アヤカ?」


 その時、リュウの視線が地面に落ちていた壊れたブレスレットに引きつけられた。そのブレスレットを、世界樹の優しい根が、まるで愛おしむように包んでいる。


「これは、僕がプレゼントしたブレスレットだ」


 世界樹を見上げた。小さな光に囲まれ、あたりには花がたくさん咲いている。そして心地の良い鼓動のような音を鳴らす風。まるで、初めて会った時精霊と心を通わせていたアヤカのようだった。


「無限のエネルギーを生み出す世界樹のエネルギー源として、アヤカは選ばれたんだ。最も強い力を持つ妖精として」

「アヤカが最も強い力を持つ妖精って、どういう事ですか?」


 アルトはその問いには応えることなく、黙っていた。しばらくして彼の吃逆が聞こえてきてリュウは無表情のまま冷汗を流す。


「ごめんよ、アヤカ…ごめんよ」


 しくしくと泣き出したアルト。未来の自分が泣いている光景に、しばらくリュウはその場から動く事が出来ず、そのまま立ち尽くした。


(涙のスイッチは否定だけじゃなかったのか)


 話を聞くのは無理と判断して小さなため息をつくと、金髪の少女が彼を心配そうに見つめている。




「本当に、アヤカにそっくりだな」


 彼女の細い金髪を優しく撫でると、少しだけ笑顔になった少女はリュウに抱き着いてきた。


(名前を聞く事も、未来を変える事に繋がるのかな)


「君は、その…僕とアヤカの」


「だから俺とアヤカの子供みたいな存在だって、何度言わせるんだバーカ」


 元気の良い声と共に皮肉めいた言葉が後ろから響き、彼の人格が変化したことを告げた。その左目からは涙の跡が残っており、今のアルトの元気の良い声とは絶妙にかみ合っていない。


(一番最初のアルトさんだ)


「アルトさんは、その、人格が」

「ああ。とってもにぎやかで楽しいだろ?意外と悪くないぞ。普段はこんなに一気に出てくることないんだけど、皆君と話したいんだろうな」


 彼の言葉から、アルトの中にいる各人格はリュウの事を歓迎してくれているらしい、と認識する。


(ありがたいけど、できればこうはなりたくないな)


 苦笑いを浮かべるリュウを見て、今度はアルトが質問を投げかけた。




「そろそろ俺から質問するぞ!君は未来を変えられるとしたら、どんな未来を選ぶ?」

「未来を、変える?」


 アルトはけらけらと笑いながら頷く。


「言っただろ、さっきの夢は君の未来。アヤカを守れず、彼女は世界樹となり、今の俺みたいにこの子を守って生きていく未来が待ってるんだ」


そう言うと、彼の笑い声が先程より乾いた音を響かせた。


「彼女を守りたくて力を尽くしたけど、俺は守れなかった」


その笑いは泣き声のようにも響き、それが聞こえたかのように、寂しそうに揺れる世界樹の風が彼の声を慰めるように枝を揺らした。その音に気付いたアルトは大樹を見上げ、少しだけ微笑を浮かべる。


「アヤカ、君はいつも優しいね」


 温かな眼差しで大樹を見つめるアルト。その瞳はどこか遠くを見ているようで、その大樹に特別な想いを抱いている事を感じさせた。その様子を見て、リュウは初めて彼を自分の未来と認識し、少しだけ微笑む。


「アヤカを大切に思う気持ちは変わらないね」


 アルトは驚いた顔をしたが、やがて口元を緩ませると深く息を吸い込み、リュウの目を真剣に見つめた。


「もう一度聞こうか。君は未来を変える力があるとしたら、どんな未来を選ぶ?」


 リュウは目の前の自分の未来と、その隣に立つあどけない少女、そして大きな古木を見た。


「アヤカはどうしてこんな姿に?」

「妖精は精霊を従え、心を通わせることで力を蓄える。人間とのハーフであるアヤカは、感受性が他の妖精より強い分彼らに与える影響が強い…だから彼女は世界樹のエネルギー核に選ばれたんだ」

「世界樹になって…アヤカは笑顔でしたか?」


 アルトは微笑むと、静かに首を横に振った。


「もしアヤカが笑顔でいてくれる未来があるなら、その未来を選ぶ」


 その言葉に何かを確信したように頷いたアルトは笑顔になった。




「よし、じゃあこれからお前の人生のターニングポイントとなる重要な事を話すぞ」


「ターニングポイント?」


「そうだ、未来を変えるんだからな。忘れるなよ」


「すみません、質問いいですか?」


 礼儀正しく挙手をして質問を挟むリュウに、アルトはあからさまに嫌そうな顔をしたものの、ゆっくり頷いた。


「それは、未来に影響を与える行為にならないのですか?」

「あー、それは大丈夫。俺も未来のあいつに聞いた事なんだ」


 あいつ、つまり未来のリュウに彼も会っている、とリュウは判断した。聞いていても変える事が出来なかった未来である事と認識し、静かに頷くとアルトは言葉を続けた。


「まず14歳。君は人と妖精の間で大きな選択を迫られる。2つ目、同じく14歳で再会するユーズに気をつけろ」


「3つ目。16歳、恐らくこれが最も重要だ。14歳の内に上手く振舞えば回避できるらしい。失敗すると君自身の手で大切な人を失うことになる。そして17歳。君はアヤカと永遠に離れる事になるんだ」


 一息ついたアルトは、リュウが持つ時の矢を指さす。


「全てを変えるんだ。その先に俺が辿り付けなかった未来がある」


 リュウは自身の持っている光の矢方へ視線を向けた。


「この矢にはどんな力があるんですか?」

「それは教えられないな。ま、すぐわかるよ。君はこれからそれを使ってシオンと戦うんだから」


 教えられないという事は、それが未来の選択を変える行動になるからだろうと思った。しかし、彼の言う未来への忠告には謎が多い。


「再会って言ったけど、ユーズって誰ですか?」

「は?」


 リュウの問いにアルトは驚きの表情を浮かべた。


「ユーズなんて個性的な名前、聞いたら記憶に残るはずだけど」

「忘れたのか?どういうことだ?だってユーズはお前の」


 深く考え込んだアルトの言葉と共に、周囲の空間に歪みが走った。


「一体誰だ…ダイスケかナオキならわかるかな」

「ダイスケって、誰?なんかお前と話がかみ合わないなー」


 そう言って、けらけらと笑いだした。


「は?」


彼の言葉はリュウに衝撃を与えた。


「親友のダイスケだ、忘れてるわけじゃないだろ?」

「・・・・・・・・」


 アルトは一瞬硬直した。やがて目を丸くしたまま左に視線を泳がせ、何かを深く考え込む。


(嘘だろ、どういうことだ)


 リュウの中に激しい疑問と恐怖が広がっていく。


(18歳の僕は、ダイスケと親友じゃないって事か?)




「遠い昔…そう」


 アルトが呟くように語りだした。


「お前暗いなって言って、大笑いした失礼な奴がいたっけ」


 そのセリフは、紛れもなくリュウがダイスケに初めて会った時に言われた時の言葉だった。


「ダイスケは…そう、あいつだ。そうか、だからユーズもわからないのか!おかしいのは俺の記憶か」


 独り言のように呟く。リュウは黙ってアルトの言葉を待った。


「親友のダイスケ、しっかり覚えているよ」


 笑顔で語るアルト。それを聞きリュウは安堵したが、同時に未来の自分がダイスケを一時的に忘れていた理由に不安を感じていた。




「もしかして、16歳で失う大切な人っていうのは」


 リュウの問いにアルトは少し呼吸を荒くしながら、言葉を続ける。


「16歳で失うのは、ダイスケという人物じゃない」


 きっぱりと否定されて安堵するも、微細ながらも震えが感じられたその様子からダイスケに何かがあったのだと直感する。それだけ彼の言動には不可解な事が多かった。


「君は言っただろ、アヤカの笑ってる未来を掴みたいって。だったらアヤカを守れなかった俺のような運命にならない努力をする事だ」


 そう言って笑うが、先程より少し表情がぎこちないように感じた。


(まるで、ダイスケの記憶がまるごと抜け落ちてるみたいだ)


「あの、アルトさん」

「悪いけど、ここまでだ。ダイスケの話は終了!いいな」


 彼の様子からダイスケの事はこれ以上聞けないと判断するが、リュウの心は不安で埋め尽くされていた。


(未来で、何が?)




「ナオキの事は覚えてますか?」


 心配になり、ナオキの事も聞いてみる。するとアルトの表情がより深刻なものになった。


「そう、それ。言いたかったんだけどさ」

「ナオキの事について?」

「そう。ナオキの動きからは目を離さない方がいいよ」


 彼がナオキの事を覚えている事に一瞬の安堵を覚えたものの、その直後の謎めいた発言に、深まる不安と疑念が胸を締め付ける。何か重大な事実を語ろうとしてのか、アルトの瞳は再び遥か彼方にそびえ立つ世界樹へと向けられた。


「どういう事だ、ナオキから目を離すなって」

「俺はナオキの真実に近付くことが出来なかった。でも、14歳のうちにあいつに真実を語らせることが、恐らく最も重要になる」


その時。時空の歪みが生じ、あたりがぼんやりと暗くなっていく。




「時の矢の効果が切れる。そろそろお別れみたいだ」




 アルトはそう言って一息つくと、世界樹の方へ歩き出す。その後をついていく女の子。リュウが彼らの後ろ姿をじっと見つめる中、二人を取り囲むように輝く光が現れた。


「アヤカは俺の為に世界樹になったんだ。俺がこんな体になったから」


 アルトは、天井を見上げると、世界樹の枝の間から漏れる木漏れ日に向かって囁いた。


「おいで、一緒にアヤカの所へ行こう。今日はとても気分がいいんだ」


(なんだ、逆光でよく見えない)


 頭上から5つの色の違う光が溢れ、アルトを照らす。光がは徐々に彼を包んでいき、周りには、多彩な光が舞っていた。




 冷たい風。それに混じり、少しだけ響く静電気のような音。

 そして、周りの花が元気に音を奏で始めた。


 アルトはリュウに背を向けたまま少女の頭を右手でそっと撫で、気持ちよさそうに笑顔を浮かべるその子を抱きかかえた。そして振り向く事なく世界樹の方へ歩いていく


「君が持ってる「時の矢」は、世界樹になったアヤカが君に持たせた、未来を変える力だ。ただ、いろいろ条件があるから、使い方には気を付けて」


 アルトの声は少し寂しげだった。彼に抱きかかえられた少女が心配そうにアルトを見つめるが、彼はそのまま歩きだした。


「アルトさん、もうひとつだけ教えてほしいんだ。」

「何?」

「僕は死んだはずだ。どうして未来の僕である君がいるんだ?」

「君は生き返るよ。世界樹であるアヤカの願いで。あ、でも…」


 光が強くなり、彼の言葉が消えていく。



「よ…せ…の……らは…かい…ぎに……い…て」



 その瞬間、眩しい閃光に包まれ、アルトの声は完全に聞こえなくなった。







 暗い闇が映る。

 静かな空間。そこは草原に囲まれた場所で、すぐ傍には世界樹が立っている。リュウは周囲を見渡すが、アルトの姿はない。代わりに、先ほどの夢で目にした、自分とアヤカの未来が現れていた。



「リュウ…今まで、ありがとう。」


 優しくも哀しいアヤカの声が風とともに聞こえる。目の前に映ったのは、泣いている未来のアヤカと、眠っている未来の自分。

 その自分の姿に、リュウは違和感を感じた。未来の自分の左半身は、無数の木の根に包み込まれ、動けないようになっている。アヤカはリュウの傷を癒すと、その体を優しく横たえて立ち上がった。


「さようなら、リュウ」


 アヤカが光に包まれていく。ゆっくりと、姿が消えていく。

 リュウは先程のアルト・未来の自分を思い出した。ふざけたように見える態度だったが、あの少女に向ける表情は穏やかであり、世界樹を見つめる瞳は、どこか悲しげに見えた。彼がどれだけアヤカを大切にしていたか、それは今のリュウと変わらないように感じた。


「何があったんだ?どうしてこうなったんだ?」


 あまりにも自分とはかけ離れた未来の自分の性格、口調。未来に対する数々の謎。


”言っただろ、さっきの夢は君の未来。アヤカを守れず、彼女は世界樹となり、今の俺のようにこの子を守って生きていく未来が待ってるんだ”


”もし過去を変えられるなら、ずっと一緒に居られる未来もあったのかな”


 正直、さっぱりわからなかった。別れを告げたアヤカ。気を失ったまま、目を覚まさない未来の自分。ただ一つ分かっているのは、2人は過去を変えたいと思っている事。


"新しく生まれ変わったら、私、リュウの妖精になりたいな。そしたらずっと一緒にいられるもの"


 ブレスレットを渡した夜のアヤカの言葉。それを思い出した瞬間、目の前で倒れている自分の姿に怒りがこみ上げてきた。


「君が望むならその願いを叶えるよう努力するって、約束したんだ」


 リュウは光の弓を構えると、未来の自分に向かって叫んだ。


「何してるんだ!お前はアヤカのボディガードだろ」


 未来の自分はリュウの叫びには反応しない。


「立てよ!アヤカを守れ!」


 光が消え、しんとなった闇の中に響く声。その姿に情けなさと苛立ちを感じて俯いていると、手に持った光る矢が目に入る。


「未来を変える、力…!!」


 弓を引き、未来の自分に向かって矢を放つと、目の前がガラスが割れたように壊れていく。





「君は未来を変える力があるとしたら、何をする?」





 記憶の中から、未来の自分の問いかける声が浮かび上がってくる。彼は決意を胸に、光る弓を強く握り締めた。


「あんな未来は、認めない」


 14歳で迫られる選択、16歳で失う大切なもの、17歳での永遠の別れ。そしてユーズという人物。


「全部変えてみせる」


 ふと、遠くからアヤカの声が聞こえた。




「リュウ、あなたにもう一度会いたい」




「アヤカ…?」


 声の方へ進むと淡い光が闇を照らし、次第にリュウを包み込んでいった。

 光の奥に、何か見える。倒れたアヤカを、シオンが連れ去ろうとしている。シオンは夜の精霊を従え、相手の心を読みながら対処してくる相手であり、自分が勝つことは無理と判断した。でも…


(自分ですらわからない、この矢の力に賭けてみよう)


「アヤカ!!」


 ボディガードとして彼女を守ることを再度決意し、その光に向かって飛び込んでいった。





*




「ねえ、お父さん」


 アルトはぼんやりと、古木の枝の間から漏れる光を見つめていた。預けた膝の暖かさが、彼をやさしく包み込んでいる。同じ年ごろに見える彼女は優しいまなざしを向け、彼の頭をそっと撫でた。


「未来は変えられるのかな」


 長い金髪を風に揺らし、深い青い瞳を輝かせながら、優しく語り掛ける彼女。その細い金髪を見つめ、昔大切だった存在を思い出した。


「どうだろうね、俺も変えられなかったからな」

「ここでの事はきっと覚えてないんでしょ?」


 アルトは昔の事を思い浮かべた。自分自身が、未来の自分に出会った時の事。


「痛…」


 鈍痛が頭を襲い、細胞と脳が疼きだす。


「さっき、彼が矢を打ってくれただろう?おかげで俺も、もう一度時の矢を使う力が与えられたんだ」


 それを聞き、彼女の瞳が少し寂し気に揺らいだ。


「あの鳥の時、力を使い果たしたはずなのに」

「簡単には休ませないって、神秘的な存在が言ってるのかもな」


 左手から溢れる青白い光。その光を見ながら、愛しい彼女のブルーのドレスを思い浮かべた。


「使える回数は限られてる。俺がそのタイミングさえ間違えなければ、一瞬だけ彼に思い出させることが出来るはずだ」

「危険な事を、しようとしてるの?」


 心配そうな彼女を見て、アルトは微笑を浮かべた。


「本当、君はアヤカそっくりだな」


 そう言うと、少しの間目を閉じる。


「少し眠るよ。その時まで力を残しておきたいんだ」


 彼女は何も言わず、ただ彼の様子を見守った。

 風に揺れる古木の枝が、穏やかな音色を奏でる。その旋律に抱かれて、アルトは一時の安らぎを求め、目を閉じた。

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― 新着の感想 ―
[良い点] 最新話まで読ませていただきました。 1話目と繋がる展開はお見事だと思います。 [気になる点] リュウが〜、アヤカが〜など、キャラの名前を連発しすぎかと思います。 彼とか彼女とか、もしくは名…
[一言] なるほど、1話冒頭の不穏なシーンは精霊が見せた幻…でも、この運命、リュウは変えられるのでしょうか…精霊が見せる、ということは定まった未来であり、変えられはないのかなと悲観してしまいます…でも…
2023/05/09 11:45 退会済み
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