アルト
過去文章は活動報告に掲載しています。
「リュウ…今まで、ありがとう」
アヤカは涙をこらえながら、眠る彼の頬に優しく触れた。
戦いの跡が刻まれたリュウの体には傷が隈取のように浮かんでいる。最後の力を振り絞りその傷を癒すが、木の根に包み込まれ、動けないようになっているリュウの左半身の下に隠れたおぞましい姿を思い返す。
迫る大樹の枝や根をそっと撫でる。膝の上で寝息を立てるリュウは子供のような表情に見え、その様子に少しだけ微笑む。
大樹の枝が少しだけ大きな音を立てて揺れ、周りの空気に混じってパチパチと静電気のような音が響く。それを聞き、父親の怒りを感じ取ったアヤカは砕け散ったブレスレットを拾い上げると、リュウの体をそっと横たえた。
心の中で叫ぶ。嫌だ。本当はもっとずっと一緒にいたい。ずっと彼を支えていたい。
でも…
アヤカは涙を拭い、リュウの顔を見つめる。
「さようなら、リュウ」
立ち上がったアヤカは祈るように手を合わせると、その姿は次第に幻想的に変わり始めた。
金髪は星々が夜空で輝くように、美しい光をゆっくりと放ち、ライトブルーの瞳は深い青となり、星空を映しているような輝きを放つ。彼女全体が青白い光を纏い始め、その光は純白のドレスのように彼女を包み込んだ。
アヤカを囲んでいた青白い光の一部が天へと昇り、やがて消えていく。
妖精や精霊たちは歌を奏で、自分たちの新たな母となる存在に喜びの声を上げるように彼女の体を包んでいく。
「怒らないで、お父さん。リュウは頑張ってくれたよ。でも…」
大樹が風に揺れ、大きな音を奏でた。
「もし過去を変えられるなら、ずっと一緒に居られる未来もあったのかな」
そう呟くと、光と共にゆっくりと消えていった。
*
(…夢?)
妙にリアルな夢だった…彼女は誰だ?
目の前が真っ暗で、全く何も見えない。体がどこにあるのかもわからないほど、意識が朦朧としていた。冷たい闇が自分が死んだのだと訴えてくる。
「そうか、僕は死んだんだ」
ふと、彼女の声が聞こえてきた。
「誰、だっけ…?」
彼女の声はとても遠く、かすかにしか聞こえなかったが、確かに自分の名前を呼んでいた。次第に、彼女の声は、小さくなっていく。
なんだろう?とても大切だった気がするけど、思い出せない。ぼんやりとしていると、青白い光が舞い降りてきて目の前に広がっていく。
(夢の中で彼女のドレスから空に舞い上がった光に似と同じ色だ)
光はリュウに近づくと何かを訴えるように淡い光を放った。
「え?今、なんて」
目を閉じ、意識を集中させた。
自分の中に何かが流れ込んでくる。大きなエネルギーが自分を包んでいき、陽だまりのような暖かな感覚がした。
「そっか、これが精霊…こんな姿をしてたんだな」
初めて身体全体で感じ取ることができた、精霊の感覚。その繊細で力強いエネルギーと共鳴し、自身の体と一体化していくようだった。
左手を前に出すと光が矢の形になり、目の前に現れた。
”もっと、ずっと一緒にいたい”
夢の中の彼女の言葉が頭に響いてくる。そして体の中に浸透していく暖かな光。
(精霊とひとつになったみたいだ)
まるで心が通じ合うかのような感覚を覚えた。言葉ではなく、心の中で感じることができた。精霊の意志が彼の意識に溶け込んでいくように伝わってきた。
矢を放つと、目の前の闇が青白い光で覆われ、目の前が光に満ちていく。
(そうだ、アヤカ)
ブルーのドレスに身を包み、妖精の姿になり消えていったアヤカ。大切な彼女の存在を思い出した瞬間、青白い光はリュウを包んでいった。
*
目を開けると、眼前の煌びやかな青い瞳に目を奪われた。それはまるで星空にも似た輝きを持つ、純粋な瞳。
目の前に立っていたのは、腰まで届くほど長い金髪に、アヤカのような輝く青い瞳をした4、5歳ほどの少女。しかし、その瞳の色はアヤカよりもひと際濃い。
「アヤカ…?」
彼女の華奢な体はふんわりとしたピンクのワンピースに包まれ、その無垢さを一層際立たせていた。
座り上がると、少女は瞬く間にリュウの腕の中に駆け込んできた。驚きながらも、どこか懐かしい香りに少女の頭を撫でる。気持ちよさそうに笑顔を浮かべる彼女は、妹のユメに少しだけ似ていた。
小さな光を放ち、その子はリュウを見上げ、ふわりとした笑顔を浮かべるとリュウの頬にキスをした。
「君は一体…」
「パパ」
突然パパと呼ばれ、リュウは無表情のまま固まった。少女にキスをされた頬を撫でると、そのまま自身でつねり、痛みを感じない事を確認する。
「夢か、びっくりした」
安堵の息を漏らした直後、男の笑い声が響き渡る。
「あはは、面白い反応を見せてくれるな、リュウ」
男の声が響き、その方向へ目を向けると短めの黒い髪に濃いブルーの瞳。学校の制服のようなチェックのズボンに紺のジャケットを着た男が立っている。
彼は不敵に微笑みながら、右手で顔の一部を隠し、左手はポケットに突っ込みながらリュウの方へと近づいてきた。
「誰?」
「教えてあげようか?」
リュウの眉がひとつに寄るのを見て、それを楽しむように男は皮肉っぽく舌を出して笑った。
「なーんてね、知りたかったら考えろよバーカ」
その言葉と挑発的な態度に、リュウは僅かな嫌悪感を感じ、しかめっ面になった。
「あ、俺の事嫌いになった?嫌いになったろ??君の事は何でも知ってるよ」
「ごめん、僕忙しいから」
ひやかすように続ける男。その様子を冷ややかに見ていたリュウが立ち去ろうとすると、男の軽快な笑い声が響いた。その声と共に彼の周りに微かな光が煌めく。
「俺は羽瀬田リュウ。18歳だ」
その言葉にリュウの動きが止まり、ゆっくりと後ろを振り返った。
「君の未来だよ」
男は右目を覆いながら、リュウをじっと見つめて意味深げに言う。その表情は意地の悪さと好奇心が宿っているようだった。
「それが本当なら、こんなに親近感を感じない自分の未来は想像してなかったな」
「ははっ、それ!同じこと俺も言ったんだろうな!言ったんだな!いや言ったんだよ」
目の前に立つ、笑顔を浮かべる自分の未来と名乗る男。リュウは内心でつっこむ気持ちを抑え、冷静にその姿を観察する事にした。
(でも、見た目は確かに僕だ)
黒い髪、深いブルーの瞳、顔立ちも似ている気がする。唯一気になるのは、学校の制服らしいその服を着崩している事。自分では絶対しないと思われる自由奔放な姿勢に激しい違和感を感じる。
(未来の、僕…?)
そう思った瞬間自身の額に冷汗が浮かび、顔がひきつるのを感じた。
「さてと、本題に戻ろうではないか」
先程までの言葉遣いとはガラリと変わった口調。左目だけの鋭い視線を向け、その変わった雰囲気を感じ取ったリュウの体にもわずかな緊張が走る。
(まるで別人みたいだ)
軽く息を吐き、混乱気味の頭を落ち着かせながら彼の次の言葉を待った。
「まず、同じ名前だと何かと不便だ。俺の事はアルトとでも呼でくれるか?リュウ君」
和やかな調子で提案するアルトの提案にリュウが黙って頷くと、彼もまた、満足そうに頷いた。
「では話を続けよう。先程も伝えたように、俺は君の未来だ。そしてそこにいる少女は君の娘と言ってもいい」
淡々と語る彼の声色は若干低くなっており、リュウは目が点になりながら、目の前の少女とアルトを交互に見つめた。
「えーっと、この子すごくアヤカに似てるけど」
「その通り!!今の俺はシングルファザーとして生きているという事だ!!」
若干天を見上げながら高らかに叫ぶアルト。その声と共に柔らかな風があたりから舞い上がる感覚がした。
一方、リュウはただただ冷ややかな瞳で彼を見つめる。その瞳に映るのは自身を憂うように空を見つめるアルトと、彼の気持ちを共有するかのように少女が体を弾ませながら細い金髪を揺らしている光景。
「悪い夢であってくれ」
冷汗をかきながら必死に目の前の男から目を逸らし、そう呟いた。
「聞こえているぞリュウ君。口を慎みたまえ、俺は傷つきやすいんだ」
目の前の自分の未来に軽く眩暈を感じながら、その表情や口調がコロコロと変わる様に対しリュウはひとつの考えに至った。
(二重人格なのかな、この人)
そんなリュウの迷った表情を楽しそうに眺め、アルトは気持ちよさそうに目を細めた。
「さて」
今度は朗らかに微笑んだアルト。
「困っているリュウ君の為に少し話題を変えようかな」
彼の口調は先程の冷ややかさから一変、声はワントーン上がり表情は暖かく穏やかになった。その変わりように思わずリュウは彼を二度見した。
「君はさっき未来の自分の姿を見たわけだけど」
そう言って彼は微笑を浮かべる。
(二重人格じゃない。多重人格だ)
リュウは冷汗をかきながら、心の中で先程の自分自身の解釈を修正した。
「…ちゃんと見てくれたのかい?」
アルトの声が不安げに震え、リュウが彼の方を見ると左目から涙がぽろりとこぼれ始めた。
「え?」
「俺は確かに駄目なやつだから!価値のない存在だから!そう言う事だろう」
今度は急に涙目になり、自身を卑下し始めた。
「待って、そんなこと言ってないから!しっかり見たよ、未来のアヤカと倒れてた僕の未来の姿」
「本当に?よかった!」
ぱっと笑顔になったアルト。その笑顔の回復の速さにリュウは圧倒されつつ、心の中で思った。
(未来の僕に一体何があったんだ?)
「大人のアヤカと、倒れてた男…あれは君なのか?」
「あ?」
質問をしたリュウに、アルトは急ににらみを利かせ、不機嫌そうな表情を浮かべた。今度は静電気のような光がリュウの髪を少し揺らした。
「オイてめぇ、もう一度言ってみろ。あ?あれ…って言ったかゴルァ」
眉間にしわを寄せて凄む未来の自分…もとい、アルト。リュウはその眼差しに圧倒され、つい一歩下がりながら言った。
「申し訳ありません。大人のアヤカと一緒にいたのは、あなたですよね?」
冷汗を流しながら、若干引いたような目を向け、そう返す。
「おう!その通りだ!」
リュウの棒読みのような言葉に機嫌が良くなったのか、アルトは再び笑顔になった
(すごく疲れるな未来の僕)
大声でがははと笑いだした彼を目の当たりにしながら、リュウは少し疲労感を感じ始めた
「アヤカはどこに消えたんですか?」
その質問に、アルトの顔には一抹の寂しさが浮かんだ。その瞬間周りの気温が僅かに下がったようにひやりとした感覚がリュウを包む。
「君はその弓矢がなんだかわかってないだろう」
アルトは指でその弓矢を指差した。
リュウの記憶は、先ほどの夢の中へと飛び、夢のアヤカが消えた後の青白い光と、そこから現れたこの弓矢のことを思い出した。
「知ってるのか?」
「知ってるさ、同じものを持ってるからね。試しにそこに打ってみたらいい」
リュウは言われるまま、弓を構える。そして、放つと目の前の空間が歪み、小さく光を放った。少女がアルトの傍に寄り添い、それに僅かに微笑むと、彼は少女と共にその歪みの中へ歩いて行った。
「さあ、アヤカの未来を一緒に見に行こう」
リュウも後を追い歩いていく。歪みに足を踏み入れると、目の前がまばゆい光で包まれていった。
●アルト(未来のリュウ)
紺のブレザーに深い青のチェックのズボン。瞳はリュウと同じ深いブルー。制服はネクタイをしておらず、前のボタンは2つ開いていてちょっとだらしなく見える。靴は黒いちょっとおしゃれめな革靴。
●少女
アヤカと同じ細い金髪と、少し濃い目のブルーの瞳。
ピンクのワンピース。4,5歳くらい。




