心の中で、寄り添う
アヤカ一人称です
この部屋は私がよく連れてこられた場所。外国に仕事に出かけたお父さんと一緒に帰ってきたイサム博士は、その日から私の家に滞在するようになった。
「精霊界と人間界を繋げるのは、恐らく世界樹の後継者の存在だ。つまり、その娘が後継者に選ばれれば精霊界の扉が開くだろう」
その一言と共に、実験は始まった。
イサム博士は最初、私にいろんなことを試していた。それは美味しい食べ物を食べる事だったり、私の好きな絵本を読む事だったり、一緒にお絵かきをした時もあった。けど、次第にそれは、私から何かを奪うものに徐々に変わっていった。
「感情の頂点は、失われた時…そうか…」
そう言いながら一番最初に、お父さんからプレゼントされた大切なぬいぐるみを焼き払った。その時の彼の喜ぶ顔が今でも頭にこびりついている。
(何故、そんなに喜んでいるんだろう)
私はその行動の意味が分からなかった。
イサム博士はそれから私からいろんなものを奪っていった。花、蝶、仲良くなった小鳥…そして気づけば、私はこの部屋での日々の記憶を深く心に閉ざしていった。
やがてそれは、私にとって最も大切な存在へと向けられた。
*
心の中は静かな世界で満ちていった。目の前の色が、全て失われていくようだった。
それは、いなくなった人、大切だった人の姿を目の当たりにした悲しみ
リュウの変わり果てた姿に沸き起こる怒り
一瞬にして心に甦る、かけがえのない思い出たち
そして
心のどこかで悪い夢であってほしいと思う願望
どこに心を持っていったら良いかがわからなかった。行きどころのない心の叫びに体が付いて行く事ができない。
涙が頬を伝い地に落ちると、一瞬の間に反射のように跳ね返り、細かい光の粒として周囲を微かに照らした。
シャン
精霊が怒ってる時の鈴の音のような音が響いた。
そう感じたすぐ後に、周りの空気が一瞬灼熱のように熱くなる
でもそれはすぐに消えて、風が吹く。その鋭い流れに沿って小さなスパーク音がパチパチと鳴り、やがてその音が次第に大きくなっていった。
「…嫌」
彼がどれだけ私にとって特別な存在であったか。
一緒に過ごした時間、日々がどれほど大切だったか。
胸の奥が燃えるように熱くなる。口の中がどんどん乾いていく。リュウとの思い出が一気に頭の中を巡る。
山の中で必死に守ってくれた姿。勝てないとわかっていても諦めずに戦っていた姿。
澄んだ綺麗な心の奥に隠れたものが知りたかった。そして、いつも優しい彼の心に惹かれていった。
共に過ごす学校生活はいつも輝いていた。毎日支えてくれることに感謝と、安らぎを感じていた。
ブレスレットをつけた左手が小刻みに揺れ、その心に反応するように精霊たちが集まり騒ぎ出した。
「リュウ…」
次々と私の心と一体となる精霊たちが、私の中心を包み込んでいく。乱れる意識の中で守護精霊の声が小さく響いたけれど、それはやがて失われていった。
「いやぁ…!!!ぁぁぁぁぁあ」
精霊たちの光が巨大なエネルギーとなり、私の中から爆発しそうなほど溢れてきた。彼らの力が私の心と体に流れ込み、どんどん大きくなっていく。体の中が変わっていくのがわかる。私が人じゃなくなっていく…
体から溢れるエネルギーは、もう抑えがきかなかった。
ガシャーーン
強化ガラスが割れ、私はリュウのところへ歩いていく。
無機質な床と壁で囲まれた研究室内に精霊たちの光が反射して、守護精霊の光が目の前に現れた。彼は私の背中で羽のような4つの光の線を描くと、その心を消した。
「その姿、そのエネルギー。君は強い妖精であることを示したね」
目の前に立ちはだかった男の人・シオンはリュウを手にかけた。なのに、何故か私はこの人を憎むことができない。
(何故、こんな事をするんだろう)
深い闇を宿した漆黒の瞳をじっと見つめると、彼もまた視線を返す。映し出されたのは心の奥底に見えた、クリアなブルー、驚くほど澄んだ色。
「あなたの心は、とても綺麗なのに、どうしてなの?」
「君と同じように、失った大切なものを取り戻したいんだ…会いたい人がいるんだよ」
「大切な人の為に、誰かの大切な人を奪うの?それがあなたの大切な人の願いなの?」
そう言うと彼の顔が少しだけ歪み、同時に雷の精霊の光が弾け、大きなスパーク音と共に黒い刀を弾き飛ばした。
「素晴らしい力だ」
シオンは目の前の光景に歓喜し、何かを期待しているような表情を浮かべてる。
光が強くなり、皆が目を瞑る。
まばゆい光は一瞬、遠く遠くから風に揺れる木々の音が聞こえた。
風に舞い踊る葉々が音を奏でる。
どこまでも広がる、広い草原。その中心に立つ大きな木は地に深く根を張り、枝は空に根ざしているかのように高くまで伸びて、見上げると大木の枝が青い空に広がり、枝から小さな光が木の実のように輝いてる。
一瞬で私はそれが世界樹だとわかった。
妖精たちの生まれ変わる場所、そして私自身が最終的に帰ると言われてる場所。守護精霊から存在を聞いてはいたけど、実際に見るのは初めて。
その周りを囲む小さな光の中心には、綺麗な女の人が立ってる。
青いドレスに身を包んだ彼女の指には銀色の指輪が輝き、ライトブルーの瞳、細く長い金髪、透き通るような白い肌。尖った耳にバラ色の唇。背中には淡い光が4つの光の直線を描き、私と同じ羽のような形をしてる。
きれいな唇から奏でられる、歌のような言葉が私の心の中に直接語り掛けた
”ずっと一緒には、いられない”
彼女の悲しみが直接響くような、深く胸に突き刺さる声。
「傍にいたいの。その時間を大切にしたいの。そして私もリュウを守りたい」
悲しそうな瞳をしたまま、妖精は私の方へ手を伸ばしてきた。
「妖精として、消えるか…世界樹として、世界を見守る運命を受け入れるか」
アヤカはリュウの頭を支え、彼の冷たい額に触れながら涙を流した。目を閉じてゆっくり呼吸を繰り返し、心の中で寄り添っているような気持ちになる。
「やっぱり、ずっと一緒にはいられない、ね。わかってたけど…やっぱりつらいよ」
妖精さんは私の前に来ると、その細い指先で私の左手のブレスレットに触れた。
”あなたは私の次の世界樹の後継者に選ばれた。そのエネルギーをどう使うかは、あなた自身が選ぶ事”
彼女の手を取る。精霊たちのエネルギーが体中から溢れてくるのを感じた。
目の前に立つ妖精さんは、何故世界樹になったんだろう?悲しくなかったのかな?何年もここに一人でいて、寂しくなかったのかな?
大切な人はいなかったのかな?役目を終えた後はどうなるんだろう?そう感じた時に彼女は、左手の指輪を見ながら寂しそうな微笑を浮かべた。
…そうだよね、きっと別れは悲しかったと思う。
「すべての始まり、そして終わりの場所、世界樹の力…それが手に入るんだよね」
頷いた妖精さんに笑顔を向けると、世界樹に強く願った。
「リュウ、あなたにもう一度会いたい」
そう願った時、私は世界樹と心が通った気がした。
気が付いたらあたりを照らしていた光が消え、もといた無機質な壁と床が広がっていく。
「想像以上だよ、アヤカ」
その言葉と共に後ろから強い衝撃が与えられ、私は意識を失った。
●世界樹について(「君を守りたい」と、今回の話で語ってることのまとめ)●
広い草原の真ん中に立つ大きな木。
木の根は大きく大地に根ざし、時に透けて下の世界が見える事もある。
枝は空に根ざすように広がっていて、木漏れ日のように青空が枝の間から見えている。
木の実のように光が灯り、その木の実が落ちると妖精になる。妖精は宿主を見つけ、共に生き、精霊との交流でエネルギーを蓄え、そしてまた世界樹に帰っていく
例えば春と一緒に生きる妖精は春の始まりと共に生まれ、春の終わりと共に消える
木を宿主に選べば木霊と言う妖精になり、その木が枯れると消えていく
アヤカの場合は人間の綺麗な心に惹かれ、その人間澤谷ソウイチと共に生きていた




