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少年ボディガードと妖精姫   作者: てぃえむ
小学生編・後編【野外合宿と世界樹の後継者】
25/77

不屈の精神

いろんな方にご意見を頂き、説明不足補填兼ねてストーリー修正をしました。過去文章は活動報告に纏めています。


 シオンの斬撃は地面に亀裂を生み、そのまま切り返してリュウの方へ向けられた。


(奴は、僕の動きを熟知してる。勝つのは無理だ)


 繰り出される刃をかわしつつ、相手の動きを見ながら機会を伺った。


「かわしているだけですか?」


 彼の言葉は暗闇の木々の間に静かに響く。


 やがてシオンの方から距離を詰めてきた。力強く足を踏み出し、手に持った黒い刀は両手でしっかりと掴まれ、振り下ろされる斬撃は力強くリュウに襲い掛かる。

 半歩横にずらし、その斬撃をすれすれで避けると、前に踏み出した。


 脇腹向けて繰り出した蹴りがガードが入り、そこへシオンの肘打ちが振り下ろされ、距離を取った。


 一瞬後退したところで正面から刃が大きく振りかぶられ、襲い掛かってくる。



(奴の、意表をつく攻撃)



 リュウは考えた。

 シオンがリュウの動きを全て把握してるとしたら、今まで通りの動きでは駄目だという事。今のこの心の動きも、読まれている可能性がある事。


 振り下ろされる刃。


 それを真っすぐ見つめた時、脳内にある記憶がフラッシュバックした。それはあの夜ナオキが教えてくれた、自分では絶対に思いつくことはない思考法だった。



「規則から、逸脱…」



 左腕を前に出し、シオンの黒い刀を受け止めその衝撃を体全体で受け止めると、一瞬驚きに揺らいだシオンの腕を掴み全身の力をそこに込める。



「------ッああああああ!」



 骨の軋む音が響き、血があたりに舞う。自身の小さな体から出せる全力の力と、受けた斬撃の衝撃を一点に込めた。


 シオンの視界は弧を描き、その体が無重力状態になった直後体は地面に強く叩きつけられる。立ち上がろうとすると目の前に閃光が走り、一瞬視界が奪われた。


「アヤカ!」


 タクティカルフラッシュライトを投げ捨て、アヤカもとへ走りその華奢な体を右肩に担ぐ。まっすぐと林の中を駆け抜けると崖と暗闇が目の前に広がっていく。


 息を整え、アヤカの体を強く抱きしめ、そのまま崖から飛び降りた。







「おやおや、まさかこんな事をするとは」


 シオンはあざ笑うようにそう言い放つと自身の黒い刀を見つめ、それにまとわりついた血を眺めた。

 先程の骨の軋む音。恐らく彼の左手はもう役に立たないだろう。


「面白いね、リュウ君」


 一筋の笑みを浮かべると、彼の後を追い崖に向かって足を進める。まるで夜の精霊の一部のようにゆっくりと下降しながら、リュウの存在を探し始めた。







 木々の枝が揺れる音が、2人の打ちのめされた体を優しく包み込んだ。一瞬痛みに顔をしかめたリュウは、すぐアヤカの方へ視線を向ける


「アヤカ、けがはないか?」


 頷いたアヤカの体に怪我がない事を確認した後、彼は苦しそうな彼女を背負い再び歩き出す。


 左手は以前のように動かせなかった。アヤカの左足は不完全に空中で揺れ、右足でのバランスを取るために力を込めて厳しい山の道を進むことになった。


 あたりはぽつぽつと雨が降ってきた。深い森を抜け、ナオキの待つ場所を目指す。しかし、シオンに見つかるのは時間の問題であることをリュウはひしひしと感じていた。


「リュウ…私、歩けるから」


 アヤカが細い声で言う。それを聞いて自身の歩き方にぎこちなさがあることを認識し、リュウは自らの不甲斐なさを痛感した。


「もう少し…ナオキの車まで」

「無理、しないで」


 アヤカの声が柔らかく響き、その言葉はリュウの心に深く刻まれていく。


「心配かけて、ごめん」


 彼女を安全な場所へ連れて行くことだけを考えていたが、心配そうなその声に自分の無力さを感じ、申し訳なく思う。


 周りは雨の音だけが響き、木々が雨粒の打つ音を大きく響かせていた。それを聞きながら、リュウは組織から逃げたあの日の事を思い出した。


 あの日も雨が降っていた。


 ひたすら組織の管轄外を目指し、辿り着いた田舎の風景は驚くほど静かに感じたのを思い出した。孤独と罪悪感から、座り込んだあの細道。傘をさしてくれたナオキの存在。そして明るく声をかけてくれたダイスケ。


 それからーーー



「誰かと一緒にいて、こんなにあったかい気持ちになったのは、初めてだ」



 山道を歩きながら、背中に背負うアヤカに心から感謝の気持ちを感じる。


「君がいてくれたからだよ」


 その言葉をアヤカは静かに聞いた。


「怖い気持ちはある。でも、それ以上に君を守りたいんだ」


 リュウの決意が込められた言葉に、アヤカは少しだけ瞳を潤ませた。


「それ、さよならの言葉みたいだよ」

「言っただろう、僕は君のボディガード。何かあったら、自分の事を一番に考えるんだ」


 彼の背中でアヤカの温かな涙を感じた。

 足元の水たまりから微かな水が跳ね上がる。それは水の精霊が彼女の悲しい気持ちに反応して起こしている現象だとリュウは思った。



 パシャ



 一滴の水しぶきが静かな空気に破れる音がした。

 リュウは顔を上げると、疲れと安堵が混ざった親友、ダイスケの表情に目が合った。


「リュウ、無事か?」


 ダイスケの息遣いは乱れていたが、リュウは安堵の表情を浮かべた。


「通信が途絶えたから心配したよ」

「ああ。ちょっと襲撃に遭ってな。でもあいつらよりリュウの方が強いな、おかげで思ったより簡単に逃げられた」


 笑顔を浮かべる親友を見てほっとしたしたリュウは、アヤカを近くの岩の上に座らせた。困惑の表情を浮かべながら、アヤカはリュウの左腕を見る。


 血が滴り、不自然に垂れ下がったその腕はもう機能していない事を訴えていた。


「ダイスケ、アヤカを頼んでもいいか?」


 その言葉にダイスケは一瞬表情を硬直させ、リュウの顔をじっと見た。


「なんで?」

「あいつらの目的は僕だ、だから囮として残る。その間にアヤカを安全な所まで連れて行ってほしいんだ」


 しばらく沈黙が走った。


「お前、奴らに捕まる気か?捕まったらどうなると思ってるんだ?」

「不思議と怖くないんだ。むしろ今すごく感謝してる。アヤカが無事で、ダイスケが無事で、よかったって」


 リュウは深くアヤカの瞳に目を沈めた。彼女の目は涙で溢れているのを感じながら、彼は優しく微笑む。そして、彼の視線はダイスケの方へと変わった。


「頼むよ、ダイスケにしか頼めないんだ」


 一瞬の静寂。ダイスケの瞳に驚きと戸惑いが浮かんだ。いつも他人の意見を尊重するリュウがこんなにも強く自らの意志を伝える姿に、ダイスケは何も言えずに立ち尽くしていた。


(いつも、俺やナオキの言う事を聞いてたくせに)


 ダイスケの胸の中で、複雑な思いが渦巻いていた。それは、彼と過ごした2年間で一度も見せる事がなかった、彼自身の、強い意志に戸惑いを感じたからだった。


「俺が行くのをやめろって言っても、行くのか?」


 リュウはその言葉に静かに頷いた。そんな彼を見てダイスケはしばらく黙っていたが、やがて視線を地に落として深く息を吸った。



「初めて会った時は、お前とはうまくやってけないと思ってたよ」



 顔を上げたダイスケはまっすぐリュウの顔を見た。


「俺さ。お前とは大人になって、一緒に酒飲んで、じいちゃんになってもずっと親友でいると思ってる」

「ダイスケ…」

「これからもずっと、そう思ってるからな」


 雨が地面を打ち付ける音が響く。今までにない、必死な顔で自分を引き留める親友に感謝しながら、リュウは微笑んだ。


「僕も、そう思ってる。だから一番大切なものを君に託したいんだ」


 その返事にダイスケは、少しだけ寂しそうな笑顔を浮かべた。




「リュウ、やめて…」


 アヤカの声が震えながらもリュウの方へと切なく届いた。


「アヤカ、君はダイスケと山を下りるんだ」


 その言葉に顔を伏せ、そして納得できないといった様子で首を横に振る。


「お願いだ、アヤカ。僕の言う事を聞いてくれ」

「絶対に、いや」

「アヤカ」

「いや!」


 リュウはアヤカに近づくと大粒の涙を流す彼女に微笑みかけ、その体を優しく抱きしめた。


「僕は君を守る存在だ。今までも、これからも、ずっとだ」


 その言葉にアヤカの瞳が大きく開いた。直後、首元に衝撃を感じ、意識が遠くなる。


「リュウ…」


 意識の薄れゆくアヤカの体を、リュウはしっかりと支えていた。そして彼女の頬に優しい手を添え、流した一筋の涙を拭う。





「いいのかよ、そんな別れ方で」


 ダイスケの言葉にリュウはアヤカの眠る顔を見つめて答えた。


「僕は元々あっち側の人間だ。元居たところに戻るだけだよ」


 そして、彼はアヤカを優しく地に下ろした。


「アヤカを頼むよ」

「一応引き受けてやるけど、俺は認めてないからな」


 そう言ってダイスケはアヤカを背負うと山道の入り口に向かい歩き出す。





「ありがとう、ダイスケ」


 親友の後ろ姿を見送った後、リュウは元来た道を走った。


「もう、何も思い残すことはない」


 少し走ったところでシオンの姿が映った。




「君のその不屈の精神、いったいどこから湧き出るのかな」


 シオンの言葉には純粋な興味と疑問が宿っていた。


「その左腕、もう使い物にならないじゃないか。そんな体で僕に勝てるとでも?」


 そう言いながら、首をかしげる。


「もしかして君は、我々が探していたキッドなのかな?」

「キッド?」


 リュウが疑問を口にすると彼は少しだけ笑みを浮かべた。


「昔我が組織アルケミスタから盗まれた、イサム博士の最高傑作だよ」

「アルケミスタ…学校に侵入してきた不審者はお前の指示で動いてたのか?」


 シオンは問いかけに応えずに、黒い刀をリュウの方へ向ける。


「まあ、そろそろ終わるだろうから知らなくてもいいさ。君のその顔が崩れた時、どんな絶望の表情を見せるのか楽しみだ」


 冷笑がまるで狂ったような狂気の顔に変わり、シオンが向かってくる。

 振り下ろされる刃は黒い光を放ち、地面に強く突き刺さる。リュウが反撃の蹴りを放つも、すぐさま切り返しが襲ってきてそれは阻まれた。


 不自由な左手の存在が邪魔になる。


(動け、少しでも、動け)


 自身の体に訴えかけ、向かってくる次の一撃に備える。横一線に振られた斬撃を避けるとすぐ頭上からの一撃に切り替わった。


 振り下ろされる一撃。


(まずい…!!)


 その瞬間、遠くの方から微かな銃声が響いた。同時にシオンの表情に一瞬の痛みが浮かぶ。


「銃声…?」


 シオンの左肩に銃で傷つけられた跡を見つけ、先程の銃声が親友の放った一撃と察したリュウは一瞬だけ思考が止まった。暗闇の奥は、恐らく山道の入り口方面。なんとなくだが、ダイスケと目が合った気がして勇気づけられるのを感じながら、リュウは足に力を込めた。


「シオン!」


 隙が出来たシオンに距離を詰め、体を大きく逸らせる。リュウの渾身の肘の一撃がシオンの顔面に命中した。鈍い音と共に水たまりに打ち付けられたシオンは、しばらく静止した後起き上がり、小さく笑う。


「なんだ、今の?」


 彼の声が雨音と共にあたりに響いた。


「おもしろいよ、リュウ君」


 リュウの不屈の精神に好奇心を掻き立てられながら、シオンは彼に殴られた頬を抑え、そして笑みを浮かべる。


「続きを始めようか」


 山中に響く雨音が2人の戦いを静かに見守るように降っていた。


「少しでも、長く時間を稼がないと」


 親友の一撃に感謝を感じながら、相手の一手を待つ。アヤカとダイスケの無事を願いながら、リュウは再びシオンに立ち向かった。

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