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少年ボディガードと妖精姫   作者: てぃえむ
小学生編【人魚姫と不思議な鳥】
16/77

君を守りたい

 そのブレスレットは、特別なものだった。


 空を見上げながら、花を咲かせたアヤカを思い浮かべながら選んだプレゼントは、彼女の明るい笑顔に似合いそうなオレンジやピンク、そしていつも見上げていた空をイメージしたブルーのビーズに、星と小さな花のチャームが付いたブレスレットだった。







 澤谷邸に到着したリュウは緊張していた。


(いつもと同じなんだけどな)


 ポケットにしまってあるブレスレット。どう渡そうか、どういう言葉を添えようか、そもそも受け取ってもらえるのか。


 悩みながら裏門から中に入ると、厨房から美味しそうな香りが漂ってきた。

 この豪邸には専属のシェフがいて、澤谷やアヤカの食事は彼らが受け持っている。改めて世界の違う人間であることを実感しながら、リュウはいつもアヤカを迎える場所へ足を踏み入れた。


 しかし、部屋に到着するなり、血相を変えた澤谷に声をかけられた。

 

「リュウ君、アヤカが君を呼んでいるそうだ。ついてきなさい」


 急に心がざわついた。頷き、澤谷の後をついてアヤカの部屋に向かう。

 アヤカに何かあったのだろうか?


 アヤカの部屋は、白い壁に淡いグリーンのカーテンやベッドカバーに包まれており、たくさんの植物が飾られている。そこに横たわる彼女の金髪だけが鮮やかにその空間に光を放っている。

 呼吸は荒く、少し苦しげな表情を浮かべるアヤカの異変に対し、澤谷の指示は明確だった。


「すぐにイサム博士を呼べ」


 使用人たちが慌しく動き出す。何か手伝おうとリュウも部屋を出ようとすると、アヤカのか細い声が部屋に響いた。


「リュウ…」


 うわごとのように自分の名前を呼ばれ、リュウは足を止めた。


「リュウ君、アヤカを見ていてくれるかい?」


 澤谷の言葉に頷くと、近くの椅子に腰かけ、彼女の額に手を当てた。


(少し熱っぽいけど、何があったんだ)


 アヤカの手を見ると、腕がうっすらと透き通って見える。驚き目を閉じて首を振り、再度見ると、いつも通りだった。


「君といると、不思議な事ばかり起きるな」


 使用人が澤谷と共に部屋の外へ行ったことを確認すると、ポケットから昨日買ったブレスレットを取り出し、アヤカの左腕に静かに付けた。



「どういう事だ」



 扉が荒々しく開けられ、白髪交じりのダークブラウンの髪にやせこけた顔、猫背の不気味さを醸し出す男がアヤカの前に立つ。丸眼鏡に白衣を纏ったその姿は研究者のように見える。ブツブツと何かをつぶやきながら、手に持った書類に何かを書き込んでいった。


(誰だ、この男は…)


 澤谷はイサム博士と言っていた。医者ではなく、科学者のようなこの男を呼んだのは何か理由が?そんな事を考えているとイサムの鋭い視線がリュウに向けられた。


「邪魔だ」


 うっとおしそうに言われ、場所を明け渡そうとしたが、アヤカの手がリュウの服を掴んだ。


「リュウ、ここにいて」


 うっすらと目を開けたアヤカに懇願され、動けずにいるとイサムは初めてリュウの方を見た。


「お前はこの娘の何だ」

「彼がボディガードのリュウですよ」


 澤谷が部屋に入ってきて答えると、イサムの黒い瞳には一瞬だけ興味の色が浮かび、その興味を覆い隠すように顔に手を当てると、無言で作業を再開した。その無言にリュウがこの場にとどまることを許す意志が感じられ、少し安堵しアヤカの方を見ると、再び意識を失っていた。


 イサムは心拍数や体温を測り、血液のサンプルの採取を始めた。


「澤谷、時間がない…早めに計画を実行しろ」


 血液をしばらく眺め、澤谷にそれだけ言うとイサムは部屋を出て行く。

 不思議な男だった。その無機質な表情と感情を失ったような黒い瞳は、同じ研究者でありながら穏やかで温厚な性格のナオキとは正反対であった。




 その日の警護は、まさに静寂の中で紡がれるようなものだった。

 リュウに与えられた使命は、アヤカがベッドで眠る様子を一日じっと見守ること。夕暮れが迫る頃、彼女がゆっくりと目を覚ました。


「アヤカ、気分はどうだい」


 心配そうな澤谷に話しかけられ、アヤカはうっすらと微笑んだ。


「リュウは?」

「ここにいるよ」


 澤谷が目配せをし、リュウはゆっくりとアヤカの前に現れた。


「帰っちゃうの?」


 アヤカの目に宿る切なさは、その言葉に込められた意味を更に深くした。帰らないでほしい、そう言いたそうな彼女の瞳。

 また明日来るよ。リュウはそう、言おうとした。だがその時、昨夜のナオキの言葉がふと彼の心をよぎった。



”君は真面目でとてもいい子です。しかし時には規律から逸脱する事も考えても良いかもしれませんね”



 自分はアヤカに元気になってほしいんだ。そう思った時自然と口が動いていた。


「君の望むようにするよ」


 その言葉にアヤカも柔らかな笑顔を返した。


「傍に、いてほしい」


 それを聞いていた澤谷が視線をこちらに向けるのに気づき、リュウが軽く頷くと彼は小さく礼を言い使用人にリュウの食事の用意を命じた。





 深夜になり、使用人も寝静まった頃。

 アヤカの眠るベッドに背中を預け、座り込んでいたリュウはぼんやりと、先程の自分の言葉を思い返した。


”君の望むようにするよ”


 精一杯の言葉だったが、結局人任せにしてしまったような気がして僅かな罪悪感がリュウの心をくすぐっていた。


(そういえば昔ダイスケに、自分の意志で何か決めたことあるのか?って言われたことあったっけ)


 ダイスケと暮らし始めて間もない頃の事だった。毎日組織で仕事と訓練を淡々と繰り返していたリュウにとって、規則違反は厳しい罰を受ける事を意味し、自らの意志で何かを決めるなど許されない行為であった。

 アヤカに笑顔になってほしい。でも、自分ではどうしたらいいかわからなかった。


(こういう時、ダイスケだったらどうするんだろう?)


 そんな事を考えていると、アヤカの布団が動く音がし、目を向けると彼女が起き上がり左手のブレスレットを見つめていた。


「気分はどう?」

「もう、大丈夫。このブレスレット、リュウが?」


 起き上がったアヤカは腕のブレスレットを見せながら嬉しそうに微笑んだ。


(笑って、くれた…!)


 そう思った瞬間、少しだけ心が温かくなり、自然と表情が緩んでいく気がした。


「うん。昨日はごめん」

「私も、ごめんなさい」


 互いに微笑み合い、アヤカはリュウからのプレゼントに目を移す。オレンジやピンク、水色のビーズに星と小さな花のチャームがついたそれは、月の光が当たりキラキラと輝いていた。


「これ、すごく素敵。ありがとう」


 その言葉に頷き、そして体温をチェックしようと手を出した時…アヤカが怒った時の事を思い出し動きが止まる。リュウが固まった様子に気付き、アヤカは彼の手を取り、自らの額にあてた。


「どう?」


 穏やかな表情のアヤカを見てリュウはほっとした。


「問題なさそうだ」


 アヤカは少し寂しそうに微笑み、窓の外に目を移した。


「リュウ、わがまま言ってもいい?」

「うん、何?」

「裏庭に連れて行ってほしいの」


 外は皆寝静まり、静寂が広がっている。リュウは少し考えたが、彼女の願いを叶える事にした。

 まだ身体がふらつくアヤカを背に乗せ、密やかに屋敷の外へ。中庭を抜け、緑が濃く木々が立ち並ぶ静かな裏庭へと足を運ぶ。そこは月の光が神秘的に木々の隙間から差し込み、緑が豊かな場所だった。


「ありがとう、ここでいいよ」


 リュウの背中から降りたアヤカは深呼吸をして、目を閉じた。


(こんな夜中に、何をするんだろう)


 彼女の手のひらから柔らかな光が溢れ始め、その光は次第に強くなっていく。光が輝く球体へと変化すると空中に浮かび上がり、ゆっくりとリュウの前へと移動していった。


「精霊…?」


 リュウは驚きを隠せなかった。アヤカの言葉に何度も出てきた精霊が今、自分の目の前に姿を現している。


「この精霊さんは、私の大切な友達で守護者なんだ」


 光は大きくなっていき、人のようなシルエットに変化した。柔らかな光がリュウを照らし、包んでいく。


(今、何か言ったか?)


 その光は言葉は発しなかったが、心の中に語り掛けられているようだった。手を伸ばすと光はリュウの手を包み、柔らかな風が頬を撫でた。


(アヤカの時と同じだ、周りの精霊がこの光の心に反応して動いてる)


 柔らかな風は、アヤカが安らぎを感じている時に吹く風。この守護精霊という存在は、リュウを受け入れているように取れた。


「よかった、精霊さんもリュウが気に入ったみたい」

「アヤカ、この光は」

「ずっと私を見守ってくれている、守護精霊なんだ。リュウと同じように」


 初めてアヤカに会った時、彼女はリュウに「精霊さんみたいに私を守ってくれるんだね」と、そう言った。


「もしかして、あの時僕の事精霊だと思ってた?」

「うん、思ってた!」


 アヤカが満面の笑みで言うその言葉にリュウは一瞬呆気にとられる。目の前の守護精霊はまばゆい光を放ち、神秘的な存在としてリュウの瞳に映っていた。


(この光と、僕が一緒…?)


 初めて会った時のアヤカの言葉を思い返し、ふと笑いがこみ上げてきた。


「あはは、なんで」


 大笑いするリュウに、アヤカは若干恥ずかしそうに頬を赤く染めた。


「だ、だって!リュウの綺麗な心を精霊さんが運んできてくれたから…」

「僕の心が綺麗、か」


 アヤカらしい言葉と思ったが、リュウの中では少し違和感があった。自分は心が綺麗だと言われるような、人生を歩んでいない。でも、もしそうだとしたら…


「ユメの、おかげかな」

「ユメ?」

「僕の妹なんだ…2年前に死んだ」


 妹の話をするのは、ナオキとダイスケ以外ではアヤカが初めてだ。黙って話を聞いてくれるアヤカにリュウは軽く微笑んだ。


「僕の前の仕事の事は話しただろう。とても心が綺麗だなんて言ってもらえるような人間じゃない。周りの子たちはどんどん感情を失って、でも僕はユメがいたから…そして、ダイスケとナオキに会えたから…今があるんだ」


 当時の事を思い返すと、体が微かに震えるのを感じた。

 組織で受けた戦闘訓練や、任務。ターゲットの命乞いの言葉。そして妹の悲しみの声…それらが一気に頭の中に浮かんでくる。


「リュウの心は綺麗だよ。だって私…」


 そこまで言って、アヤカは言葉を止めた。

 しばらく沈黙が流れる。やがて、思いついたように瞳を輝かせたアヤカは、近くまで歩み寄り、リュウの瞳をじっと見た。


「そっか…私、リュウの心の色に惹かれてたんだ」


 まっすぐと瞳を見つめられながらそう言われ、リュウは一瞬何を言われたのか理解ができなかった。


「私の本当のお父さんとお母さん…どっちかは妖精だったんだって。だから私は他の妖精とはちょっと違って、精霊たちが反応しやすいって…イサム博士は言ってた」


 何も聞こうとしないリュウの様子にアヤカは微笑んだ。


「ね、私たまにはリュウに質問されたいな」


 自分が何か言いたげにしていたのだろうか。そう感じて視線を逸らしたリュウに、アヤカは言葉を続けた。


「精霊さんは、私が人間と妖精、どっちの存在として生きるか…見守ってくれてるの。でもね、精霊さんは私がもうすぐ消えるって言ってる」


「消える?」


 初めて反応を返したリュウの様子に、アヤカはほっとしたように少しだけ息を吐いた。


「よかった、やっと聞いてくれた」


 アヤカは嬉しそうに微笑んでいたが、リュウの頭の中は混乱していた。先程彼女の手がうっすら透き通って見えた瞬間を思い返しながら、彼女の言葉の意味を考える。


「じゃあ…聞くよ。澤谷さんは本当のお父さんじゃないの?」


 その言葉にアヤカは静かに頷いた。


「私は妖精として、一緒に生きる「宿主」として、お父さんを選んだの。妖精は、宿主と共に生きて、宿主と共に消える…わたしの宿主…お父さんが、消えかかってるから…私も一緒に消えるんだと思う」


 アヤカの言う「宿主」が澤谷である事は理解できた。しかし、リュウの中では謎が深まるばかりだった。


「だから最後の瞬間まで、リュウと過ごしたいな。リュウと過ごす毎日は、私の宝物だから」


 消えるとは、どういう事だ?アヤカに、もう会えなくなるという事なのだろうか?

 最後の瞬間って、どういう事だ?

 数々の疑問が、リュウの中に湧き上がってくる。


「澤谷さんは、生きているだろう?消えかかってるって、どういう事なんだ?」

「形は同じだけど、心が別の所にあるんだと思う…初めて会った時と、心の形が少し違うから」


 突然の事に理解が追い付かなかったが、寂しそうなその声にリュウは彼女の言葉が嘘ではないと感じた。


「妖精は消えたら、どうなるんだ?」

「わからない…でも、妖精たちが生まれる大きな木があって、そこに帰るって言われてるみたい」

「大きな木?」

「世界樹っていう、大きな木」


 アヤカは空を見上げた。ブレスレットをつけた手を空にかざし、星々を眺めながら言葉を続ける。


「世界樹は命を生み出す無限のエネルギーの源で、この世界を支えてるの。そこから種のように生まれる妖精たちは、世界と共に生きながら力を蓄えて、世界樹の力の一部に戻っていくんだ」

「アヤカもそこから生まれたのか?」

「私は、人と妖精から生まれたから、他の妖精とはちょっと違うみたい」


 彼女の肌は、守護精霊の淡い光に包まれ、暗闇の中に幻想的に映った。細い金髪は風に揺れ、ライトブルーの瞳が星々のように輝く。まるでアヤカが人とは違う存在であることを訴えているようだった。


「新しく生まれ変わったら、私、リュウの妖精になりたいな。そしたらずっと一緒にいられるもの」


 少し頬を赤く染めて微笑むと、アヤカはリュウに手を差し出した。


「その時は、私を見つけてね」


 差し出された手を少し呆然と眺めながら、リュウは頭の中で今の言葉を整理した。アヤカは妖精と人間の子供で、妖精として共に生きると決めた澤谷が消えかかっている。その為アヤカも消えかかっている。


「新しく生まれたら、アヤカじゃなくなっちゃうのか?」


 リュウの言葉に、アヤカの代わりに守護精霊が光を強く放った。それは肯定の光のように感じられた。そしてもう一つ。


"これ以上深く関わるな"


守護精霊の意志が、リュウの中に流れ込んでくるようだった。


(アヤカが…消える)


 心が凍り付くような感覚を覚えた。差し出された手を取ったら、それを自分が肯定してしまうような気がして、その手を取ることができなかった。

 リュウの心に妹を失った時と同じ消失間がよぎる。


(嫌だ)


 拳を震わせながら、強く握りしめた。


「君が、決められた道を歩くしかない事はわかったよ」


 それを否定したら、妖精として生きるアヤカ自身を否定するのと同じだ。でも、納得がいかない。


「君が消えない方法はないのか?」

「私が人間として生きれば…でも、宿主のお父さんはそれを望んでないから」


 望んでない?

 まるでアヤカらしくない言葉だと思った。それじゃまるで…


 まるで


 一瞬、言葉に詰まった。


(僕と、同じじゃないか)


 まっすぐアヤカの方を見ると、彼女はいつものように微笑んでいた。


(ダイスケも、こんな気持ちだったのか?)


 何か言いたげにして、やがて黙り、何も言わずにいてくれた親友の姿が思い浮かぶ。救いたいとか、慈悲や同情、そんなものとは違う。


「それは、アヤカが決める事なんじゃないか!?」


 気が付いたら口に出ていた。自分自身も驚いたが、何より許せなかった。

 アヤカをこんな風に思わせた宿主である澤谷。妖精と人間の間に生まれた存在としての運命。そして、それに対し何もできない、自分。


(こんなの、許されていいはずがない)


 胸の奥底から、熱いものが湧き上がってくるようだった。リュウ自身も把握できない、心の叫び。しかし、アヤカの驚いた顔が目に留まり、我に返った。


「…ごめん」


 自分でもよくわからなかったが、ただひとつだけ言える事があった。



(君がいなくなるなんて、嫌だ)



 しばらく2人の間に沈黙が流れた。


「さっき、リュウが笑ったところ初めて見せてくれたね」


 アヤカの言葉が沈黙を破り、リュウは顔を上げた。


「え?」

「こんなふうに笑うんだなって、嬉しかったよ」


 思えば何年も笑った記憶がなかった。笑顔を指摘され呆然とするリュウを見て、アヤカは微笑みかける。


「笑ったリュウも、怒ったリュウも、いろんな表情のリュウを見て一緒に過ごしたいな」


 彼女の笑顔はとても無邪気で、ライトブルーの瞳は心の奥底を覗き込まれているように透き通っていた。


 学校に通った初日。自分への好奇心を露わにされ焦った日の事が懐かしく感じる。

 まるで自身の取り巻く環境をものともせず、アヤカは光や風と共に語らい、純粋に毎日を楽しんでいた。


「寄り添う事、共感する事、同じ時間を過ごす事…それは君にとって、当たり前の事に過ぎなかったんだね」


 リュウの言葉にアヤカは頷き、そしてリュウの瞳をじっと見つめた。


「綺麗な心を持つ人に、妖精は恋をするように、惹かれるんだ。だから、リュウと同じ時間を大切に過ごしたいの」


 そう言って、微笑んだ後、アヤカは少しだけ顔を伏せ、ぽつりと呟いた。


「ほんとは、それだけじゃないんだけど」

「え?」

「なんでもない!」


 少し頬を赤く染めて、視線を逸らすアヤカを不思議そうに見つめるリュウ。そして、アヤカの言葉の意味を考えた。

 寄り添い、共感し、同じ時間を過ごす…それがアヤカのしたい事。ナオキの言っていた「規則から逸脱」その意味が少しだけ理解できた気がした。


「君が望むなら、その願いを叶えるよう、努力するよ」


 その返答にアヤカは目を細め、微笑んだ。


「何をしたらいいかな」

「じゃあ、リュウの作ったオムライスが食べたい!」

「………」


 満面の笑顔で発せられたアヤカの願いにリュウは固まった。


「ええ!!???」






 次の日。

 澤谷邸では普段は屋敷専属のシェフが腕を振るう厨房で、少年が歩き回る様子に使用人たちのどよめきが広がっていた。


「お口に合うかわかりませんが…」


 冷汗をかきながらリュウは自身が作ったオムライスを澤谷の前に差し出した。


「アヤカがわがままを言ってすまないね」


 穏やかにそう言われリュウは苦笑いを浮かべた。澤谷は一口、口に運ぶと、笑顔になる。


「美味しいよ。君も食べたらいい」


 澤谷の様子にほっと胸を撫でおろし、リュウはアヤカの向かいに用意された席に着いた。


「ありがとう!リュウの作ったお料理食べたかったんだ」

「アヤカ、次はもう少しお手柔らかにお願いできるかな」


 困ったような笑顔を向けながらそう言うと、アヤカは嬉しそうにオムライスを食べ始めた。

 そう、以前リュウはアヤカに得意料理を聞かれ、オムライスと答えた事があった。彼女はそれを覚えていたのだ。


(ユメが、好きなメニューだったんだよな)


 調理中、使用人や料理人の視線を感じ背筋が凍り付くような感覚を覚え、昨夜の約束を一瞬だけ後悔した。しかし彼女の笑顔を見ていると、なんとなく妹のユメに作ってあげた時の笑顔と重なり、自身の顔も自然に緩んでいくのを感じる。


 彼女はどこまでも、純粋で、無邪気だ。時にその無邪気さに振り回されることもあるが、その笑顔や表情に、ずっとここに居てほしいとリュウは強く願った。


 いつか消えてしまう。


 彼女はそう言っていたが、それを否定するように一つの想いを抱いていた。



 君を守りたい。



 心の底から彼女への感謝を思う。そして、リュウは心からアヤカを大切にし、守っていくことを誓ったのだった。



過去文章は活動報告に纏めています。

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