大切な人だから ~ここに居られるうちに伝えたい事~
アヤカ一人称です
「アヤカ、時間だよ」
お父さんのその言葉と共に、私はいつもの部屋へ連れていかれる。
その部屋に入るとお父さんはベッドに横になり、白衣を着たイサム博士とシオンと呼ばれたお父さんの友達が立っていて、私は強化ガラスで別れた別室へ連れていかれた。これは、月に数回ある「検診」とお父さんは言っていた。
守護精霊…私が精霊さんと呼ぶ彼がずっと警告をしていたのは知ってた。
精霊はとても複雑で、いろんな姿かたちがあって私は特に特別な存在みたい。
その中でも妖精は、人間に近い存在で世界の母なる木から生まれて、宿主となる人間に奇跡を与える存在なんだって。
私は11年前、お父さんを宿主に選んだんだ。
その時の事はあまりよく覚えていない。でも、お父さんは間違いなく心の綺麗な人だった。私が今でも精霊や人を愛せるのは、お父さんが綺麗な心を持っている人だったから…
そう、あの時のまま永遠の時を刻んでいると思う。だから、私はお父さんが今でも大好きだし、人の心の弱さに愛しさを感じるんだ。
でも、何故だろう。最近になり私の存在は少しずつ消え始めた。
白衣の男の人は淡々と、「心の拠り所が失われたとき、精霊は存在を失う…」と言った。でも、お父さんはまだここにいる。だから私もまだここにいる、はずだ。
妖精は短命だったり、長寿だったりするらしい。その条件はいろいろあるみたいだけど、生き方によって変わるって事みたい。
例えば季節と共に生きると決めた妖精は、春なら春、冬なら冬。その季節の始まりと共に生まれ、始まりと共に消えていく。ひとつの木と共に生きると決めたら
木霊って名前になって、その木を守る存在として傍で寄り添う
じゃあ私は?
人を宿主に選んだ私は、その人の綺麗な心と共に生きると決めた私は、その人の心が黒く染まってしまったら、その時が私の消える時なのだろうか。
だとしたら、お父さんはきっと、まだ生きているって事。
そんな希望が私の中にまだある。やっぱり私はお父さんがずっと大好きだった、そして大好きだから。
でも、私が消える時は、少しずつ、近づいて行っている。彼はそう、私に伝えていたんだ。
だから私はその前に、どうしても知りたかった気持ちがあったの。
私の本当のお父さんとお母さんが
人間と妖精の間に私が生まれた理由
それが、恋だった
強化ガラスで仕切られた部屋。
正面には白衣の男の人と、黒い服を纏った白髪の男の人、そして使用人が3人立っている。私は部屋の中で椅子に固定され、少し息切れをしながら、ただその時が終わるのを待っていた。
「シオン、今日はいつもより反応が悪い…この娘に何か変化があったのだろう」
「なるほど…それは心の変化と言う事ですか?イサム博士」
「そう、推測していいだろう」
白衣の男、イサム博士の深い瞳が無感情に見つめる。私はその視線に耐えられず、目を逸らした。
シオン、黒い服を身に纏った男は、冷たいまま口元だけ笑いながら博士の言葉に頷く。周囲の使用人たちは、まるで無生気なマネキンのようにただ佇んでいた。
「経過は順調だ。あとは彼女に大きな力を出させればいい」
そう言ったイサム博士は、その黒い瞳をただひたすら、目の前の私に向けている。
「次は、何をするの?」
私の問いにイサム博士が答えた事はない。彼は私の方へ視線を向ける事もなく使用人の男の人に命じた。
「花を持ってこい」
使用人が一輪の花を持ってきて、美しい花が私の前に差し出された。
(ああ、まただ)
心の中でそう呟きながら、私は小さく小さく「ごめん」と呟いた。
使用人の一人が花に火をつけた。昨日まで綺麗に咲いていた花が燃えて灰になる。その過程は音を立て、煙が立ち上り、最終的には花は真っ黒に焼けて地面に落ちた。
イサム博士は私を凝視した。その目を怖いと思った時もあったけど、今は何も感じない。
「花程度では心が動かなくなったか」
彼はしばらく鉾にある大きなモニターを眺めていたけど、何の変化もない事と判断したのか、小さくため息をついた。
「昨日の実験は、失敗したと聞いたが?」
「鳥は間違いなく少女へ向かったが邪魔が入ったと聞いています」
使用人の言葉にイサム博士は書類を少し目を通し、少し沈黙した後口元に笑みを浮かべた。
「構わん、もっと良い標的を見つけたとシオンから聞いている」
標的ってなんだろう。床に落ちた花を呆然と見つめながら、ぼんやりとそんなことを考えていた。
「ええ、その通りです」
シオンという男の人がそう答える。その場にいる大人たちが何をしているのか私は知らない。ただただ、塵になった花への気持ちだけが、私の心を小さくざわつかせていた。
解放された私は頭がぼんやりとしていた。何が起こったのか思い出せなかった。
3人の使用人に囲まれて、あの扉を開くと、リュウが待っていてくれるんだ。
「おはよう」
リュウの声が、いつも通り私の日常を照らしてくれる。会えたことが嬉しくて、気が緩んだのかもしれない。私の不安定な体を支える彼の手、そしてその手に吸い寄せられるように私の手が伸びる。彼の左手を掴む瞬間、リュウの青い瞳がわずかに震える。それを見て昨日の怪我…その傷跡に触れてしまったと気づいた。
「手を、繋いでほしいな」
そう伝えると、黙って手を差し伸べてくれる。その手を取ると幸せな気持ちになって、さっきまでの眠気が急に冷めていくのを感じた。リュウは何も聞かずに、ただ手を貸してくれるけど、それが嬉しくもあって、たまに寂しくもあった。
「リュウ、ちょっとだけ中庭を見ていきたいの」
リュウは時計を見て、少しだけならと頷いてくれた。
屋敷を出ると綺麗に手入れされた中庭が広がっていて、たくさんの花が咲いている。左側に入って行くと小さな池があるその場所は、私が花を咲かせるとお父さんが喜んで頭を撫でてくれていたお気に入りの場所。
でも、その庭には何かが欠けている。何が起きたのかは思い出せないけれど、ただただその感覚に襲われている。その場所を見つめていた私がリュウの方に顔を向けると、彼は私を不思議そうな顔で見ていた。
「学校、行こう」
そう言うと微笑んで頷いてくれる。彼はいつもそう、私の言うとおりにしてくれるんだ。それは、きっと彼が私のボディガードだから。
学校に通い始めて3カ月経って、いろいろあるけど毎日が楽しい。だけど、私はリュウにこう言いたかった。
「あのね…私、リュウともっと学校生活を楽しみたい」
「え」
私の言葉に驚いた彼の顔を見て、私は続ける。
「リュウのおかげで学校生活が送れてるんだ、本当に感謝してるよ。でも、リュウがけがをするのは本当につらい…」
リュウはただ、驚いた顔をして私を見ていた。少しだけ沈黙が流れて、リュウは困ったように視線を逸らすと、すぐいつものように微笑む。
「僕はアヤカのボディガードだから、仕方ないんだ。アヤカは学校を楽しむことだけ考えてほしい。何かあったら、自分のことだけを考えるんだよ」
わかってる。わかってるけど、どうしても心が揺れる。
「リュウが大切だから、一緒に楽しみたいの」
言ってしまった。
でも、溢れ出てくる想いは止められなかった。もっと同じものを分かち合いたいし、一緒に笑い会いたい。同じ時を大切に過ごしたい。あとわずかになった時間を、一緒に過ごしたいんだ。
「ありがとう、アヤカ」
彼の手が私の頭を優しく撫でた。その笑顔を見て自分の顔が熱くなるのを感じる。いつも通り優しく微笑んでいるけれど、どこか寂しそうな顔だった。
「熱いかな」
リュウが私の顔を覗き込んで、額に手を当てた。
「…え?」
彼からこんなに顔を近づけてきたのは初めてだった。胸の鼓動が早くなるのを感じる。音が、大きくなっていく。
どうしてこんなに動揺しているんだろう。顔が真っ赤になる私に、彼は更に心配そうな表情を浮かべ、私の目や手を観察し始めた。その視線に捕らわれ、私は身動きが取れなくなってしまった。
リュウはしばらく私の体に触れた後、安堵した顔で一息ついた。
「とりあえず、健康上の心配はなさそうだね」
「え?」
私は急に意味が理解できず、困惑した。
「アヤカ、顔が赤いよ。念のため医者を呼ぶけど、いい?」
(医者?)
私の頭は一気に混乱した。リュウは相変わらずボディガードの職務を全うしようとしていたけど、私は彼の言葉に怒りが込み上げてきた。
「リュウのバカ!」
気が付いたら叫んでいた。
登校中の車の中。私はうとうととしながら、さっきリュウに発した言葉を後悔していた。
瞼が自然と落ちていく。
分かってる、私が悪い。
そこまで考えたところで、酷い疲れが私を襲い、そのまま深い眠りについた。
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