夜のデートは後輩と その02
あの後、ひかりはずっと俺の少し前を走っている。
何か怒らせることをしただろうか?
それでも、本気で走っていかない分、そこまで怒っているわけではないんだろうが……。
「おーいひかり、そろそろ機嫌直してくれない?」
「別に怒ってないですし! ただちょっと、もやもやしてるだけですし!!」
なんだよもやもやって。
なんか雲も出てきたし、こっちがもやもやするわ……って……あれ?
その時、確かにぽつり、と頭に雫が落ちてきたのがわかった。
雨が降るとは聞いてなかったぞ……と思っていると、あっという間に土砂降りになり……
「わっわっわっ! せ、センパイ雨! 雨やばいっす!!」
「分かってる、落ち着け! とりあえずあの橋まで走るぞ!」
「はいっす~!!」
ちょうど走っていたのが堤防だったので助かった。
俺とひかりは、800mほど先にある橋の下に滑り込み、なんとか雨をしのぐことに成功した。
とはいえ、それなりに濡れてしまってはいるのだが……。
「ふいー、酷い目にあったなマジで……大丈夫だったかひかり?」
「結構濡れちゃいましたよ~、タオル持ってるけど流石にこれは……」
「な。バスタオルくらいないと厳しい……」
その時、何の気なしに、ひかりを見てしまった。
今日のひかりは、ラフなTシャツに、ハーフパンツという涼しげな格好だったのだ。
大事なことなので、もう一度言おう。
今日のひかりは、ラフなTシャツなのである。
つまり、すけすけなのである。
「ん? どうしたんすかセンパイ、あっちになんかあります?」
「いや、雨がやまないかなぁって空見てた」
「センパイ、なんでこっち見ないんすか?」
「なんとなく空を見てたい気分なんだよ」
「センパイ、ボクの目を見て話せないやましいことでもあるんすか?」
「……………」
やましいことしかないから困ってるんだよ!
お前、今の自分の状況わかってんのか!?
「セーンーパーイー?」
ええい、もう言ってしまえ……!
「シャツ!」
「え?」
「シャツ! 透けて! ……ピンク色!!」
「…………? ……………ひぇっ!?」
ひかりがばっと胸元を隠し、しゃがみ込むのが目の端に見える。
……気まずい。
そもそもなぜ、上に一枚ジャージを着てくる配慮がないのか。
しまった、俺も今日はジャージ着てないわ! 人の事言えないなこれ!
「すまん」
「いえ、別にセンパイが悪いわけじゃないですし……」
「いや、もっと早く指摘するべきだった」
「そうっすね、知ってて言わなかったんですもんね、センパイのえっち」
にひひ、といつものように笑おうとしているが、顔が引きつっている。
「無理しなくていいから、ほら俺のタオルも使え」
「申し訳ないっす……」
「気にすんなって。ま、俺からしたら役得だけどな!」
ははっ、と笑い飛ばして場を終わらせよう。
ここはそうするべき場だな、うん。
俺はそう思っていたのだが……。
「センパイは……」
「うん?」
「センパイは、ボクのことあんまりそういう目で見ませんよね」
「そういう目ってどういう目だよ」
「なんていうか……その……えっちな目?」
コイツは何を言っているんだ。
こんな場面でどうしてもしなきゃいけない会話か? これ。
ただでさえ色々と気まずいとおもっているのに! 誘ってんのか!
「なんだよ、そういう目で見て欲しいのか?」
「もし本気でそんな目で見てきたら、陽愛ちゃんにチクります」
「そういうことするの本気でやめてくれる!?」
見て欲しいのか見て欲しくないのかどっちだよ!?
「まぁ、だから安心してセンパイといられる、ってのはあるんですけどね」
「ふーん……そういやお前、結構モテるらしいもんな」
「へ? 誰から聞いて……」
「終業式の日、告白されてるの陽愛ちゃんと見てたぞ」
「みみみ、見てたんですかセンパイ!?」
おお、こいつにしては珍しく動揺してるな。
そんなに見られて恥ずかしい場面だったんだろうか?
「陽愛ちゃんに聞いたけど、結構ああいうことあるんだってな?」
「まぁ……たまには」
「日向もお前もすげぇよな、なんでそんなにモテんの?」
「全然凄くないです!」
「え……」
「全然興味もない男子に好きって言われたって、ボクも日向さんも嬉しくないんです!」
急に真剣な表情でこちらを見てくるひかりの目に、惹きつけられる。
「ボクが……ボクがずっと好きなのは……」
ひかりが好きなのは……?
その時、俺たちの空気を切り裂くように着信音が鳴り響いた。
「うわっ!?」
「!?」
び、びっくりした……誰だ一体って、陽愛ちゃんか。
「もしもし、陽愛ちゃん?」
『今どこにいますか? 雨酷いけど、濡れてませんか??』
「ああうん、近くに橋があったから、その下に避難してるよ」
『つっちーと一緒にです?』
「そうそう、そろそろ雨も……上がりそうだし、あがったらすぐ帰るよ」
『了解しました、今日はアイス我慢しますね』
「はは、さんきゅー、愛してるよ陽愛ちゃん」
ああ、びっくりした……。
そうだ、ひかりはさっき何を言おうとしてたんだっけ?
「陽愛ちゃんですか?」
「ああ、雨が酷かったから心配して電話してきたみたいだ」
「にひひ、相変わらず愛されてますねぇ」
「まぁな」
先ほどまでの思いつめたような空気は、完全に霧散し、いつものひかりに戻っていた。
むしろ、先ほどまでが夢のようだった、ともいう気もする。
「なぁひかり、さっきの……」
「雨、あがりましたね」
「ん? ……ああ、ほんとだな……」
「そろそろ帰りましょうか、また降られたら嫌ですし」
「……そうだな」
結局、ひかりの好きなやつって誰なんだろう?
そう思いながらも聞き出す空気でもなかったので聞くことはできなかった。




