幼馴染と水着売り場と
「あれ、ヨウくんまだ帰ってなかったんだ」
「おー……日向もまだ残ってたんだな」
「うん、今日で1学期終わりだからか、ちょっとね」
えへへ、と疲労をにじませた顔で日向が笑いかけてくる。
特に授業もなく、終業式だけでこの疲れよう……これは……
「……お疲れさん、今度は誰に告られたんだ?」
「……よくわかったねぇ、ヨウくん……」
「終業式の日にそれだけ疲れた顔するってことは、精神的に疲れる事をした、以外ないだろ?」
ぽんぽん、と日向の頭を撫でてやると、目を細めて気持ちよさそうな表情をする。
それにしても、未だに日向に告ってくる奴がいる、って言うのは驚異的だ。
もしくは、これが夏休み直前の力というものなのだろうか?
「……よし! ありがとうヨウくん、元気出た!」
「おお、こんなもんで元気出んのかお前は」
「出る出る、めっちゃくちゃ出るよー!」
お手軽なやつである。
俺にもその、簡単に元気が出る能力を分けて欲しいものだ……。
「というわけで、一緒にお買い物いこ?」
「どういうわけだよ」
え? 今の会話の流れの、どこに買い物行く話があったの?
日向さんの思考があっちこっち飛びまくって、俺本気でわかんない!
「いやー……だって明日から夏休みなんだよ?」
「うん」
「今日も凄い暑いよね?」
「そうだな、めっちゃ暑いな」
「そうなるとプールとか行きたくなるじゃない?」
「冷たい水にぷかぷか浮いてたいなぁ……」
「じゃあ水着買いに行こう! ってなるでしょ?」
「どうしてそうなった」
わからん、説明されてもやっぱりわからん!
女の子ってみんなこんな感じなの? だとしたら俺、一生理解できないかもしれない!
助けて陽愛ちゃん!!
「ていうか、水着って持ってないのか? 去年とかどうしたんだよ」
「一応、持ってはいるんだけど……」
「じゃあ、それでいいじゃないか、わざわざ買う必要あるのか?」
俺なんて、高校入る前に買った水着、去年も着てたぞ。
多分今年も同じの着る気がする、どうせ1回か2回程度しか使わないだろうし。
「うーん……じゃあ、あの水着でヨウくんが一緒にプール行ってくれるなら、我慢する……」
「……参考までに聞こうか、その水着、いつ買った水着だ?」
「うーんとね……確か中学2年生のときに授業で……」
「スクール水着じゃねーか」
中学のときの水着って、確か胸のところに名前つきのゼッケンついてましたよね?
それを着た日向とプールに行くの? 誰が? ……俺が?
流石に高校生になった日向が中学時代のスク水は色々とアウト……アウトか? アウトだよな?
実際今の日向が着ても、サイズ的にはあまり変わりが……
変わった……かな?
「むっ! 今私のこと、全然成長してないって思ったでしょ!」
「いえ、そんな事思っておりませんが」
「まぁ、でも……ヨウくんがあの水着でいいって言うなら……着てもいいよ……?」
「待て落ち着け、日向ももう高校生なんだ、学校指定の水着なんて着てたら恥ずかしいだろ!?」
「うーん……そうかなぁ……?」
「うん、止めといた方がいいよ、だからそれはもう捨てて、新しいの買いに行こう」
「了解しました! じゃあ今日は水着買って、近いうちにプール行こうね!」
「お、おう……」
ってあれっ!? 気がついたら、買いに行く話に誘導されてる!
しかも、約束してないのにプール行く話にもなってる気がする!?
おかしい……いつの間にか、俺の予定が勝手に埋められている……。
「そうと決まれば、早速いこ!」
「はいはい、わかりましたよっと……」
全く。
日向といいひかりといい、本当に強引すぎてびっくりするわ。
でも、これくらい強引な方が、俺にはいいのかもしれないなぁ……。
* * *
「というわけで、早速水着売り場に到着しました!」
「じゃあ俺、外でコーヒーでも飲んで待ってるから、買ったら来てくれな」
そういい、すごすご退散しようとする。
だって考えてみてくれ、女性向けの水着売り場に男がいるなんておかしいだろ?
日向だって、見られて気持ちのいいものじゃないはずだ、うん。
「えーっ、ヨウくんに一緒に選んで欲しいんだけどなぁ……」
「いやいやいや、俺なんて何の役にも立ちませんから」
「試着したのを見て、感想言ってくれるだけでいいから! ねっ?」
そんな可愛くお願いされてもですね
「ちょっと恥ずかしいけど……ヨウくんにならこんなのも着てみせても……いいよ?」
そう言って日向が持ち出したのは、明らかに布面積の少ないビキニな水着だった。
そ、そんな可愛くお願いされても……さ、されても……!
「……ちょっとだけだからな」
「はぁい、ふふ、期待しててね?」
だって仕方ないじゃない
男の子だもの。
そう、遠い目をしているとあれでもない、これでもないと言いながら
いろんな水着を物色していた日向が、水着を持って側へ帰ってくる。
「それじゃあ……はいっ、こっちとこっちだと、どっちを着て欲しい?」
そう言いながら、日向が持ってきたふたつの水着。
一つ目は花柄のセパレートタイプの水着で、フリルが長めに取られているもの。
もう一つは、ワンショルダーになった、少しシンプルなデザインのものだった。
正直、どれがいいのか? と言われてもさっぱりわからない。
ただまぁ、日向が着るんだったら、どれも似合うと思うんだよなぁ。
「うーん、どれも日向に似合うと思うよ、好きなの買えばいいんじゃない?」
「むーっ、それだと意味ないのっ!」
出たよあひる口。
これは俺が選ばないと、絶対に終わらないパターンだな。
「だったら、試着してみるからどれがいいか見てくれる?」
「別にそれくらいいいけど……ほんと、どれも似合うと思うぞ?」
「それでも、一番似合うのを見てもらいたいなって思うのが女の子なんだよ」
「そんなもんなのかねぇ」
「そんなもんだよ」
そういいながら、店内奥にある試着室へ引っ張り込まれる。
あれっ、ここって男が入ってもいいようなところなの?
あとで警備員さんから呼び出しをされないか心配なんだけど。
「じゃあちょっと着てくるね! ……ヨウくん、覗かないでね?」
「ばーか、そんなことするわけないだろ」
「あはは、わかってるけどお約束かなって。じゃあ待っててね?」
少し顔を赤らめながら、試着室へと入っていく日向を見送る。
見るなよ! 絶対見るなよ! って言われると見た方がいいかな?
って思うよね、やったら人生終わるからやらないけども!
「とりあえず一着目いくよー!」
待つこと数分。
日向が試着室のカーテンを開ける。
最初に着てきたのは、花柄のセパレートタイプのほうだ。
長めにとられたフリルが可愛らしく、日向にはよく似合っていた。
俺と視線があうと、とたんに頬を赤らめて、少しもじもじしだすのが可愛らしい。
「どうかな、ヨウくん」
「うん、やっぱり似合ってる」
「えへへ……ありがと、じゃあもう一着も着てみるから、選んでね?」
そういい、また試着室へと帰っていく。
そうしてまたもや待つこと数分。
「ヨウくん、こっちはどうかな?」
今度はワンショルダーになった、少しシンプルな方だ。
日向がくるっと一回転して、全体を見せてくれる。
胸の斜め下あたりで大きめに結ばれたリボンがワンポイントになっており、
シンプルな中にも可愛らしさを忘れないデザインが、とてもいいと思う。
「うん、こっちも可愛いな、よく似合ってると思うよ」
「ね、このリボン可愛いよね……どっちがいいかなぁ、悩むなぁ……」
どちらも甲乙つけがたいし、どっちを着ても日向には似合っている。
強いて言うなら…
「俺としては、最初の花柄のフリルの方が好きかなぁ」
どこがどう似合う、とまではいえないけど、少し明るめの雰囲気の水着が、
日向のイメージにちょうどあってた気がする。
そうすると、日向も意思を固めたようで、花柄の方を手に取り。
「よし、決めた! ヨウくんが良いって言ってくれたほうにする!」
「いいのかよ、今着てるのも気になってたんだろ? あとで後悔しないか?」
「ううん、いいのいいの。ヨウくんが気に入ったのを買おう、って決めてたから!」
「ならいいけど……」
そして、最初に手に取った水着を買い、とても嬉しそうな笑顔を浮かべながら……。
「じゃあ、具体的にいつプールに行くか、予定を決めよっか!」
俺の夏休みは、こうしてどんどん予定が埋められていくのであった……。




