side:土矢 光 その3
今日のデートは、土矢が希望したのは、数年前に開業した水族館だった。
内陸型水族館で、日本初の完全な人工海水利用型水族館として、話題になった施設である。
「ここから電車で15分くらいか」
「そうっすね……日曜日だから、電車こんでますかねぇ……」
「そうなぁ……もし込んでたら、一番最後に乗れよ?」
今日のひかりはマジでヤバイ。
満員電車の中央付近なんていったら、何をされるかわからないからな……!
「はぁ……了解っす?」
こいつは何も気付いてない。
やっぱり土矢は土矢だな……と、この時の俺は、少し安心したのだった。
* * *
「うわ、これはヤバいっすね……」
「流石日曜日……これは酷いな……いいか、絶対最後に乗れよ」
「了解っす!」
ボクは、センパイの言うとおり一番最後……扉の前に立つことに成功した。
危ない危ない、これはセンパイの言うとおりにしていなかったら、
中央でもみくちゃにされるところだった!
せっかくデートのためにオシャレしてきたのに、目的地に着く前にぐちゃぐちゃになるのは悲しすぎる!
ちなみに、今回の服も、陽愛ちゃんのお世話になりました。
おかげで、朝からセンパイを動揺させることに成功! 陽愛ちゃん、毎回毎回、本当にありがとう……っ!
……まぁ、その後センパイに可愛いって褒められて照れまくったので、イーブンってところですが!
「ひかり、ちょっと我慢な」
「えっ……ひぇっ!?」
人が多いなぁ……と思っていたら、センパイが急に振り向いて……
ど、ドアに手を突いて、ボクを抱き込むような体勢になってきました!
これはヤバいです、めちゃくちゃ恥ずかしいです!
……でも、ボクを気遣って、しれっと壁になって守ってくれようとするその態度が、とても嬉しい……!
それにしても。
(はぁ……この前も思ったけど……センパイって鍛えてるから、色々凄いんすよね……)
特に、今ボクの目の前にある胸板が……!
(触りたいなぁ……触ったら怒るかなぁセンパイ……)
これだけ密着しているのだから、触ってもなんとも思われないかもしれない。
なんなら、電車の揺れに合わせて、触りに行ってもいいはず。
いや、むしろ触らないという選択は、逆に失礼なのでは……?
ここまで考えて、いやいや、ボクは何を考えてるんだと思い直す。
ボクを守ろうと、体を張ってくれたセンパイに失礼すぎる……!
そう、思い直したときでした。
電車が大きく揺れ、急停車したのです!
「ひゃっ」
その揺れに大きく体勢を崩したボクは、目の前のセンパイの胸に飛び込む形になってしまい……。
「おっと、大丈夫か、ひかり?」
「ふわぁ…………」
胸元で抱きとめられた上、耳元で名前を囁かれてはもう……もう!
が、我慢しなくてもいいんですよね? これ、誘われてますよね!?
だ……抱きついても大丈夫ですよね!?
「お、おいひかり……ちょっとくっつきすぎじゃないか……?」
「さ、さっきの体勢より、こっちのほうが安定感あって安心なんです!」
「そうなのか? なら、もっと早く言えばよかったのに……ほら」
「………っ!?」
そういうと、センパイはボクの肩を『ぐっ』と引き寄せ……
ボクを抱きとめるようにしてくれたのです!
……ヤバイ、鼻血が出そう……!
「悪いけど、駅までこの体勢で我慢してくれな?」
「っす……」
もう、心臓が破裂しそうなほどにドキドキして、心の余裕なんて全くないです。
大好きな人に、こんなに大事にされてドキドキしない女の子がいるでしょうか! いやいない!!
水族館に着く前からこんなにドキドキさせるなんて……もう! ほんともう!!
……ここまでして、どうしてまだ、ボクの気持ちに気付いてくれないのかな……。
(センパイ……好き、本当に大好きです……)
私はそのまま、センパイの胸元に顔を沈めながら、目的の駅に着くまで、ずっとセンパイに抱きついていました……。
もう、今日はこれで帰ってもいいかもしれない……!
まだデートは始まったばかりだと言うのに、ボクは早くも頭がふわふわしているのでした……。




