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閑話  ロニアの冒険譚 ⑱

お読みいただきありがとうございます!よろしくお願いします。

 画家のセヴェリ・ペルトマと言えば女たらしで有名で、愛人は何人もいるし、恋人も何人もいるし、数え出したら両手の指では絶対に足りないと言われるような色男。モデルとなった女性と深い関係になる画家は山のように居るけれど、セヴェリ・ペルトマほど多情な男は居ないだろうと言われていたし、恋人の一人が非業の死を遂げることになってしまったものの、次の日にはちゃっかり何処かの誰かの家に行っているのではないかと考えていたのだが・・


「セヴェリさん!本当に!本当にそろそろ何かを食べないと死にますよ!セヴェリさん!」


 憲兵の駐屯所から戻って来たセヴェリは廃人同然の有様となっており、彼が使用するアトリエは見るも無惨なゴミ屋敷へと変貌していたのだった。

 そのゴミ屋敷に埋もれるようにして倒れていたセヴェリは半分死んだような状態であり、

「シグリーズルさん!助けて!セヴェリさんが死んじゃう!」

 と、ロニアは隣に住むシグリーズルばあさんの所へ駆け込んだ。


 踊り子サファイアの遺体が発見された後、シグリーズルとセヴェリは事情聴取を受けるために二日ほど身柄を拘束されることになったのだが、とりあえず帰って良いということで今は自宅の方へ帰って来ている。


 王宮で絵画の修復をする仕事をしているロニアに至っては、

「帝国から絵画が運ばれて来るまでは大きな仕事が今は無いから、ロニアはご実家の仕事の手伝いをして来て良いよ?」

 と、頭が禿げ上がった上司から言われたため、職場から半ば追い出されるような形となったのだ。やっぱり実家の仕事といえばアンティラ伯爵の肖像画の進行状況が気にかかるということで、セヴェリのアトリエまで顔を出したのだが、

「シグリーズルさん!助けて!セヴェリさんが死んじゃう!」

 今日、来ていなかったらセヴェリは死んでいたかもしれない。

 ロニアが早速救援要請に応えたシグリーズルは、

「何だか変な匂いがすると思ったら、こんな有様になってしまったのかね?」

 完全にゴミ屋敷と貸した隣のアトリエを呆れた様子で眺めると、

「とにかく水でも呑ませないと本当に死んでしまうかもしれないわね」

 と言って、砂糖と塩を入れた水を作って持って来てくれたのだった。


 ゴミの中に倒れたままのセヴェリを助け起こそうという気はないようで、倒れたままのセヴェリにスプーンを使って砂糖水を飲ませるようなことをしてくれたのだが、まるで野良犬を看病するようなその有様に、ロニアは思わず絶句してしまったのだ。


 セヴェリはとにかく顔立ちが整った男だった為、女性に人気があったし、来るもの拒まず去るもの追わずの姿勢を貫いて、恋人は大勢いても満遍なく愛情を分け与えるというような男だったのだが、

「あんたさ、本気で惚れていたんだね」

 シグリーズルが髭面のセヴェリに言うと、セヴェリは砂糖と塩を入れた水をゴクリと呑み込みながら、ポロポロと涙をこぼしたのだった。


 画商も営むルオッカ男爵家がセヴェリを見出したのは彼が十三歳の時であり、ロニアの祖父が、

「君、風景画じゃなくて人物画を描いてみたらどうだろう?」

 と、声を掛けたのがきっかけとなって綺羅星の如く現れた期待の新人画家として画壇で注目を浴び、煌めく才能を発揮することになったのだ。


 華やかな時代はあっという間に終わり、巨大な壁にぶつかり、その壁を乗り越えるために四苦八苦している間に女にのめり込むようになり、そうしている間にうだつの上がらない平凡画家と呼ばれるようになり、虚飾に塗れた肖像画を描かせたら一流と言われる程度の人間になり下がってしまったのだ。


 成功から転落まで一部始終を見てきたロニアだったけれど、

「死んでもらっちゃ困るのよ・・」

 そんなロニアがシグリーズルから借りたエプロンをして、頭にスカーフを巻き、悪臭を防ぐために口元にもスカーフを巻いて箒とはたきを持って、いざ、ゴミ屋敷へと突入する道を選んだのには理由がある。

 画家の仕事は難しい。

 人々から称賛されるものを継続的に製作できればそれで良いが、そんな天才的な創作力を持つ人間が早々いるわけがない。自分では素晴らしいと考えて描いたものでも一般的な客層にはウケなかったり、自分では駄作だと考えていたものが意外なほどにウケてしまったり。それでは金の為にと大衆にウケるものを狙って描けば、

「画家セヴェリもここまで落ちたか」

 と言われてしまって、自分の作風がどんなものであったのかさえも分からなくなって来るのだ。


 ロニアの祖父が見出しただけあって、セヴェリには確かに才能がある。

 ルオッカ男爵家は多くの画家を支援しているが、現在、肖像画を描かせて右に出る者が居ないというほどの人気の画家となっているのは、セヴェリの作品にそれだけの魅力があるからに他ならない。


「うう・・うううう・・」

 泣き続けているセヴェリはゴミ部屋の端の方に転がして、ロニアは一心不乱となってゴミ部屋の掃除を続けた。

 セヴェリにはそれなりの額を投資しているので、今、ここで彼が死んでしまったらこちらが大損してしまうのは間違いない。せめて投資した金額を回収した後に死んで欲しい。その一念でロニアはゴミをまとめ続けた。


 一応、セヴェリを心配して歴代の恋人たちが彼のアトリエを訪問したようなのだが、

「臭い!」

「汚い!」

「無理!無理!」

 と言って帰ってしまったのだから、ロニアがやらずして誰がやるというような状況に陥っているのだ。

「とりあえず夕飯の用意はしておいてやるから・・」

 と、言って、シグリーズルはさっさと自分の家に帰ってしまったので、ロニアは一人でアトリエを片付けることになったのだが、とにかく驚くほどゴミが多かった。これを家の外に何とか運び出していると、

「ロニア、お前、何をやっているんだ?」

 平服姿のオルヴォが深くかぶった帽子を少しだけ指先で押し上げながら問いかけて来たのだ。


 ロニアが街の中をあちこち移動をするという時には護衛として画廊がオルヴォ・マネキンを雇ってくれるのだが、今日はセヴェリのアトリエに行くだけだったので、オルヴォに付き添いをお願いしていなかったロニアは、

「オルヴォ!ありがとう!大好き!」

 と、言いながら抱えていたゴミの塊をオルヴォの方へと突き出した。

「このゴミ、重くて、重くて仕方がないの。とにかくゴミ捨て場まで運ぶのを手伝って欲しいんだけど!」

「あ・・ああ・・ゴミ捨て場ね」


 抱えるほどのゴミの塊を受け取ったオルヴォが何やらゴニョゴニョ言っている横を、帽子を被った赤髪の男が通り抜け、アパートの階段を登っていく。

 すると、アパートから出て来たご婦人に正面からぶつかりそうになっていて、

「失礼!お嬢さん!」

 赤髪の男は愛想良く帽子を取って謝罪をすると、アパートのエントランスの中へと消えていく。

 その男の後ろ姿を見送っていたロニアはオルヴォの耳元に囁いた。

「あの人、オムクス訛りがあるわ」

「・・・」


 ラハティ王国の西方に位置するオムクスの人々がラハティの言語を話そうとすると、Lの部分が自然と巻き舌となる為、微妙な訛りが発生する。『失礼!』の部分にその訛りが出ていることに気が付いたロニアがオルヴォを見上げると、オルヴォは自分の人差し指を自分の唇に当てて、ロニアにそのまま声を出さないようにと指示を出したのだった。


殺人事件も頻発するサスペンスとなり、隔日更新でお送りさせていただきます。最後までお付き合い頂ければ幸いです!お時間あれば時代小説『一鬼 〜僕と先生のはじめの物語〜』もご興味あればどうぞ!

モチベーションの維持にも繋がります。

もし宜しければ

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