閑話 ロニアの冒険譚 ⑯
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シグリーズルは背丈も低い、こぢんまりとしたおばあちゃんなのだが、彼女は糸のように細い目を更に細めながら言い出した。
「お嬢様たちは王宮に勤めているのだから相当な才女だということをわたしゃ十分に理解しているよ?」
シグリーズルはシワシワの口をムニムニと動かすと、
「『どうせすぐに嫁に行くんだろう?』『仕事を教えたところで何の意味もないじゃないか!』『どうせ腰掛け程度の仕事だと考えているんだろう?』『俺たちの貴重な時間を返してくれ!』」
まるで一人芝居をしているような口調で言い出したのだった。
「仕事を覚えることであんたらの仕事を軽減させてやっているのは間違いないのに、一つ教えるだけで万の恩を着せてくるような男の多いこと!しかも、腰掛け程度の人間に教えたところで意味がないと言いながら、女が結婚もせずに仕事に邁進をすると『行き遅れ』『行かず後家』『女としての魅力もない失格者』などと言い出す始末」
談話室には十八人のレディと中年の寮母がいたのだが、突然、そんなことを老婆が言い出した為、絶句しているような状態だったのだ。
誰しも一度は経験がある、一度どころか二度、三度言われたことがある、
「女のくせに」
「どうせすぐに辞めるくせに」
という言葉がふわっと脳裏に浮かび上がるし、
「仕事しかない哀れな奴」
「女としての失格者」
そんな言葉まで脳裏に蘇ってくるのだ。
「それが、ラハティ人の男という奴さね」
シグリーズルは小さく肩をすくめると、
「だから気をつけないといけないんだよ?」
と、言い出した。
「あなた達に対して、だれも注意喚起をしていないようだから、この婆があえて注意をしてやろう。今現在、王都には隣国オムクスの間諜が紛れ込んでいるし、その間諜は美人を見つければ娼婦になるように唆すし、更には殺して歩いているようなことまでやっているんだよ」
シグリーズルは手に取ったクッキーを口に放り込みながら言い出した。
「王宮の中で働いているあなた達は情報の塊のような存在だし、そんなあなた達を狙ってオムクスは動く可能性が大きい。だと言うのに何も知らされていないあなた達がたまたま休みの日に外出をして、何かの被害を受けたとしよう。そうなったらラハティの男たちが何と言うのか私にはすぐに想像が出来るよ。『そんな格好で出歩く君が悪いだろう』もしくは『そんな場所を一人で歩く君が悪い』と言って奴らはせせら笑うだろうさ」
シグリーズルは談話室に集まったレディ達を見回しながら言い出した。
「オムクス人が用意した娼婦を抱いた男たちは、自分たちは何も悪いことはしていないと主張するために、最近、北の民族に対する粗探しのようなことまで始めているんだよ。悪いのは決して自分たちではなく、自分以外の誰かでなくてはならないんだろう。自分が悪いことにならないのであれば北の民族だろうが、王宮で働くレディたちだろうが平気で利用をすることになる。それが、ラハティ人の男って奴なのさ」
大分偏った意見をぶちまけたシグリーズルだけれども、レディたちは真剣な眼差しでシグリーズルの話を聞いていた。
「だからお嬢様たちには十分に注意をして欲しいのさ。万が一にも敵に捕まって慰み者にでもなれば『このことを黙って欲しければ王宮内の情報を持って来い』と言うのがオムクスのやり口だし、オムクス人に陵辱をされて脅迫を受けていますだなんてことを上司に相談をした暁には、次の日には噂が千里を駆け巡って王宮には到底いられないような状況に陥ってしまうだろうさ」
レディ達が言葉も出せずにゾッとしていると、寮母が釈然としない様子で、
「なんでそのような状況になっているというのに、私たちへの説明がないのかしら?」
と、疑問の声を上げた。
「オムクスの間諜に入り込まれているだなんて言ったら国としての体裁が良くないだろうし、そもそものところ、自分たちは決して悪くないと主張するお偉いさんが多いような状態だからね」
シグリーズルは珈琲を飲みながら、
「保身にまわっている上の者たちがいる場合、下々の者がいくら傷ついたところで気にしやしない。それが女ともなれば、その女が悪いのだと言い出す風潮にあるのだから仕方がない。せいぜい巻き込まれないように注意をする必要があなた達全員にあるということさね」
と、言い出したのだった。
「確かに・・私が他部署の人間にお尻を撫でられたと上司に訴えた時にも、誰も相手になんかしてくれなかったもの」
「私も、いやらしいことを言われるのが嫌で上司に相談したことがあるけれど、声をかけられているうちが花だなんて言われて、何の対応もしてくれなかったわ!」
レディたちはお菓子を食べる手も止めて興奮した様子で言い出した。
「外出中に誰かに襲われるかもしれないというのに、誰も注意してくれないなんておかしいわよ!」
「私たちはどうなっても良いと思っているってこと?」
「あの人たちだったら誘拐されて娼婦をやらされているなんて知ったら、喜んでお客としてお金を払おうとか、そういうことを考えそうじゃない?」
「サイテー!信じられない!」
「いや・・あの・・あのお!」
ロニアは必死になって挙手をしながら言い出した。
「実際に誰かが殺されているなんてことは私も知りませんでしたし、隣国オムクスが絡んでいたらそれこそ非常にセンシティブな内容になるので!箝口令が敷かれていた可能性もあるんじゃないんですかね?」
「隣国オムクスが絡んでいる時こそ、皆んなに警告をして注意を促さなくてどうするって言うんだい?」
「でも!でも!こんなことをここで勝手に言って大丈夫なんですかね?」
ロニアが真っ青な顔でシグリーズルに問いかけた。
するとシグリーズルは椅子から立ち上がって、
「私は女性の人権を守る為なら!少々の危ない橋を渡ったって後悔はしないよ!」
と、宣言するように言い出したのだ。
「今、ここにいる美しいレディ達が敵の餌食になるかもしれないというんだよ!お偉いさんが何を考えていようが、私はレディ達を守るためにも!注意が必要なのだと今ここで!堂々と宣言してやるよ!」
シグリーズルは差別され続けて来た北の民族の権利と人権を守るために戦い続けて来たレディなのだ。権利や人権を守るという話になると、糸のように細い目がカッと見開かれ、周りの視線をググッと集めるほどの気迫が溢れ出す。
「みんな!男どもの世間体だか出生街道だかのために私たち女が犠牲になったり、泣き寝入りをしてはいけないんだよ!女の人権はね!私たち女が自分で守らなくちゃいけないんだよ!」
「「「「本当にそうですわ!」」」」
「「「「私たちの人権は!私たち自身で守りましょう!」」」」
「出来るだけ外出はしない!外出する時には必ず誰かと出かけるぞー!」
「「「「出来るだけ外出はしない!外出する時には必ず誰かと出かけるぞー!」」」」
「何処かの誰かが、北の民族が悪いと言い出したら!それ!単に自分たちの都合が悪いことを北の民族に押し付けているだけのことですからー!」
「「「「何処かの誰かが、北の民族が悪いと言い出したら!それ!単に自分たちの都合が悪いことを北の民族に押し付けているだけのことですからー!」」」」
女だてらに王宮に仕えていれば、嫌な思いを一個も十個も百個もしながら、時に嫌味ったらしいことも言われながら、完全なる男社会の荒波に呑み込まれないように泳いでいくしかないのである。
そんな男たちが自分たち女を軽視していることは知っていたが、まさか、敵国も絡むようなことを情報として共有もしなければ、注意喚起も行わないなんて!
「「「「クソ男ども死ねー!」」」」
「「「「滅んで消えろー!」」」」
いつの間にか萌葱荘の談話室が過激なメンバーが集まる集会所のように様変わりしてしまったため、
「おばさま、手慣れ過ぎてて・・怖い!」
と、シグリーズルの隣でロニアはひたすら冷や汗を流していたのだった。
殺人事件も頻発するサスペンスとなり、隔日更新でお送りさせていただきます。最後までお付き合い頂ければ幸いです!お時間あれば時代小説『一鬼 〜僕と先生のはじめの物語〜』もご興味あればどうぞ!
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