閑話 ロニアの冒険譚 ⑮
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王宮の敷地内にある寮には客人を泊まらせるための部屋なども用意されているのだが、そこへ移動することになった老婆のシグリーズルは、
「女の園に移動するとなったら手土産が必要だよ」
と言って、途中で馬車を降りて焼き菓子を買って来たようなのだが、
「「「きゃーっ!今流行のセムラよ!」」」
「「「それも人気店のものだわ!嬉しい〜!」」」
セムラとはカルダモンが混ぜ込まれたパン生地の間にクリームをたっぷりと挟み込んだお菓子であり、シグリーズルが買って来たセムラは羽付き帽子のような可愛らしい形をしていて、上から粉砂糖をたっぷりとふりかけたものだった。
セムラは夢のように美味しいお菓子と言われている。美味しいだけあって悪夢(肥満)にも繋がるとも言われているのだが、
「疲れた時にはデザートよ!」
「ダイエットは明日から頑張れば良いのよ!」
と言って、四方八方からレディたちの手が伸びて来たのだった。
王宮でメイドや侍女として働くレディたちが利用する寮はまた別の場所にあるのだが、王宮の裏に広がる果樹園の奥、裏門にも近い場所にある萌葱色の寮は役人として働くレディたち専用の寮となっている。
萌葱荘を利用するのは貴族出身のレディが多いため、寮母が彼女たちの生活をサポートするようになっているし、食事なども予め予約をしておけば用意をしてくれるのだが、
「ああ・・今日も残業で夕食を食いっぱぐれてしまったわ」
「甘めの珈琲でも飲んで我慢するしかないわ・・」
という残業帰りのレディたちの目には、シグリーズルがお土産として持って来たセムラは輝いて見えたのだった。
もちろん人気店のセムラとあって話を聞きつけたレディたちが部屋から飛び出して駆けつけて来たため、談話室は満杯状態となってしまったのだが、
「まだまだあるから心配はいらないよ!」
と言って、シグリーズルはお菓子が入った紙袋を隣に座ったレディに渡したため、パジャマ姿のレディは喜び勇んでテーブルの上に並べ始めたのだった。
明らかに北の部族民だと思われるお婆さんが大量のお菓子を持って現れたため、不思議に思うレディが居たには居たのだが、
「私の知り合いが事件に巻き込まれてしまったみたいでねえ」
小柄なシグリーズルが談話室の椅子に座ると置物のようにも見えてしまうのだが・・
「しかも、さ・つ・じ・ん・じ・け・ん!」
老婆の不穏な言葉に周りはギョッとして固まってしまったのだ。
「愛する人が死体となって発見されてね、それでパニックになってしまったものだから死体安置所まで付き添ってあげたんだけど、夜も遅い時間だからマダムはこちらの方に泊まって欲しいと言われることになってねえ。たまたま、ロニアさまと行き合うことになって、ここまで案内して貰うことになったんですよ」
ロニアはシグリーズルの隣に座っていたのだが、周囲の視線が一斉に集まったので半泣き状態になりながらロニアは説明を加えた。
「劇場前通りの近くでご遺体が発見されたんだけど、その遺体が恋人の遺体だったということで、うちの家がパトロンとなっている画家の一人が事情聴取を受けることになったのよ」
「「「ちょっと!嘘でしょう!殺人って!」」」
「「「本当の本当に?愛する恋人を殺されてしまったのかしら?」」」
この寮に滞在しているということは官吏や芸術員として働いているというわけで、素晴らしいほど頭の良いレディたちばかりが集まっていると言っても良いだろう。大概、頭の良いレディは読書を好むし、この談話室にも歴代の寮生たちが置いていった本が山のように置かれているのだが、最近、レディの間では殺人事件を解決する間に恋が発展していくというタイプの恋愛推理小説が大人気となっているのだ。
「ロニアは死体を拝見したの?」
「おばあ様はご遺体の確認をされたのですか?」
ロニアとシグリーズルは首を横に振りながら死体は確認出来なかったが、その死体は瓶詰めの状態で床下に収納されていたという話をシグリーズルが言い出したため、
「「「きゃああああ!」」」
「「「なんて恐ろしいの!」」」
と、怯えながらも、談話室に集まったレディたちの瞳が好奇心でキラキラと輝き始めている。
置物のようにちんまりと座っているシグリーズルは、胸の前で両手を握りしめながら言い出した。
「わたしゃねえ、若くて美人なあなた達が、心配で、心配で、ならないんだよ」
シグリーズルは口をモゴモゴしながら、
「わたしゃ、画家さんなんかが沢山住んでいる区画に住んでいるんだがね、言うなれば下町の端っこに近い場所というのかねえ、とにかく色々な噂が流れて来るような場所にもなるんだが・・」
シグリーズルは憂いを含んだ眼差しで言い出した。
「あなた達がここだけの話としてくれるのなら、わたしゃ是非ともご忠告したいと思っている話があるんだがね?」
美味しいお菓子で気分もほぐれていたところに来て、老婆の知り合いが恋人を殺されたというショッキングな話で胸がドキドキしてきたところに来ての『ここだけの話としてくれるなら・・』という枕詞で始まる話がはじまったのである。
談話室に集まったのは十八人のレディと一人の寮母ということになるのだが、寮母は実際に軍部から連絡を受けて、本日、一晩、老婆に客室を使わせるようにという連絡を受けている。そのため、老婆の話の信憑性が高いと感じていた。
「この娘たちが耳にして害があるというお話ではないのですわよね?」
寮母の警戒感の混じる声に老婆は笑みをこぼすと言い出した。
「注意喚起をするだけさね。ただ、大っぴらに言って回られると非常に困るというほどセンシティブな話でもあるのさ」
センシティブとはどういうことなのか、疑問に思いながらも周りが聞く体制に入ったのを確認すると、シグリーズルは少しだけ前屈みになりながら、
「これはね、本当の本当に、ここだけの話。ここに居るのは王家に仕える非常に頭の良い才女様の集まりだと分かっているから言うんだよ」
と、言うと、
「最近、それは多くのオムクス人が我が国に潜り込んでいるし、私らが住む区画でもちょくちょく顔を拝むようにもなっていたんだが、奴ら、美人を集めて体を売らせるようなことを始めているのさ。貴女さま方のような美人で若い娘は格好の餌食となるのだから、今の時期に城の外へ外出するというのなら、必ず誰かしらと示し合わせて一緒に行動した方が良いだろう」
と、言った後に、
「そうやってオムクス人が用意した売春婦を、最近ラハティ王家に仕えるお偉いさん方が好んで愛用しているというのだよ」
小さな声で囁くように言ったのだ。
談話室に集まったレディたちは一気に顔を青ざめさせたのだが、最も顔が青くなっていたのはシグリーズルの隣に座っていたロニアに違いない。
殺人事件も頻発するサスペンスとなり、隔日更新でお送りさせていただきます。最後までお付き合い頂ければ幸いです!お時間あれば時代小説『一鬼 〜僕と先生のはじめの物語〜』もご興味あればどうぞ!
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