閑話 ロニアの冒険譚 ⑬
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夏が短くて冬が長いラハティ王国では、大量の保存食を作って床下に収納する。フルート奏者のピア・オリンは一般的なマダム達と同じように、大量の果物を瓶詰めにして床下に収納していたという。
一番大きな瓶は子供だったら余裕で入れそうなほどの巨大なもので、毎年大量の梨を水煮にして保存しているし、冬の間にはペロリと食べてしまうので、空き瓶状態となっていたものが床下に収納されていたという。
巨大な瓶詰めは食べてしまったが、林檎や桃を煮詰めたものはまだ少し残っていたため、長期の演奏旅行から帰宅をしたピアは、
「ああ・・床下にあった瓶詰めが腐っちゃっているのかも・・」
と、扉を開けた途端に鼻につく生ゴミのような匂いに、思わずうんざりとしてため息を吐き出してしまったのだった。
とにかく腐った果物を早く処分をしようと考えて、荷物を解く前に床下へと通じる引き戸を開けたところ、物凄い悪臭と一緒に見てはならないものを見てしまったという。
「キャーーーーッ!」
悲鳴を上げたピアは転げるようにして玄関の扉から飛び出したのだが、悲鳴をたまたま聞きつけた憲兵隊所属のオルヴォ・マネキンが、たまたま腰を抜かしているピアを助け起こしたということになる。
悲鳴を聞きつけて集まって来た近隣の住民にピアを預けると、オルヴォは床下に収納された瓶を確認することになったのだが、巨大な瓶にギュウギュウに詰め込まれた女の死体は、両膝を立てて揃えて両足を両手で抱えるような形となっていた。
三角座りのような状態で瓶に詰め込まれていた女の顔を直接見ることは出来なかったのだが、燃えるような赤髪が特徴的だったと言えるだろう。
瓶から死体を取り出すことは難しく、結局、駐屯所まで運んだ上で瓶を破壊し、遺体を取り出したということになる。腐り掛かった遺体の顔は潰されていた為、身元の判明にまで結び付けられていなかったのだが、
「サファイア!サファイア!なんてことだ!」
遺体の確認の為に遺体安置所へと移動することになったセヴェリには、その遺体がサファイアのものであることが分かったらしい。
彼女の左手の小指の爪は、まるでハート型のように分厚く変形しているため、たとえ顔が潰されていたとしてもセヴェリには愛する人がすぐに分かったのだ。
「それにしても、娼婦の遺体から腎臓を抜き出した上で放置するということだけでも十分に異常だというのに、女の顔を潰した上で瓶詰めにするなんて、オムクス人って異常者の集まりなんですかね?」
画家のセヴェリ・ペルトマから一通りの事情聴取を終えたオルヴォがぼやくように言うと、先ほどから黙り込んで眉間に皺を寄せたままのミカエルが、
「実はな、帝国に行っているハーク夫妻から我が国に問い合わせが来ていたんだが・・」
自分の眉間を揉みほぐしながら言い出した。
「帝国で結婚詐欺を働いた女がラハティ王国に逃げ込んだかもしれないから、捕まえてくれないかというものだったんだが」
「ハーク夫妻というと、鉄の天才と言われるイザベルご夫妻のことですよね?」
「そうなんだよ。イザベル夫人の恩師とも言われるカステヘルミ嬢が騙された帝国貴族に少なくない金額を投資したというんだ。その貴族の所為で、令嬢は多額の資産を損なうことになってしまったというんだが・・」
「カステヘルミ様といえば、オリヴェル・ラウタヴァーラ中尉と近々結婚する予定でいましたよね?」
「そうなんだ。王命による結婚ということになるのだが、イザベル夫人はカステヘルミ様の結婚式までに詐欺を捕まえたいと言っているし、その女詐欺師の検討はついているということだった」
「それって誰なんですか?」
「さっき、画家のセヴェリが言っていた、帝国の最先端のデザインを取り入れたドレスを作るというメゾン・ナザレノ・ティコリのマダムだよ」
オルヴォは上官のやたらと整った女と見紛うような顔を見つめながら言い出した。
「それじゃあ、帝国で詐欺を働いていた女が、我が国で流行のメゾンのマダムとして返り咲いたということになるんですか?」
「それだと時期がおかしな話になるんだよ」
ミカエルは葉巻に火をつけ、その煙を口の中で転がしながら思案を続けた。
「今現在、貴婦人の間で大人気となっているメゾン、ナザレノ・ティコリだが、貴族に評価されるようになったのは三年くらい前からということになる。当初はマダムが表に出るようなことはなく代理人の男が代わりに表の仕事をやっていたのだが、つい半年ほど前から病が癒えて体調が戻ったからという理由で、マダムのエルマ・リスベッズが表に出て来るようになったんだ」
ミカエルは煙を口から吐き出しながら言い出した。
「イザベル夫人曰く、女詐欺師が帝国から消えたのが七ヶ月前ということ。帝国からラハティ王国に旅行に来ていた帝国の貴婦人が街中でエルマ・リスベッズを見たのが半年前のこと。うちの母親に言って話題のメゾンのマダムとやらをドレスを作りたいからという理由で呼び寄せてみたんだが、イザベル夫人が言っていた女詐欺師の容姿とメゾンのマダムの容姿が一致していたんだ」
「それじゃあ、帝国で詐欺を働いていた女が、ナザレノ・ティコリのマダムとなって現れたってことですよね?」
「さっき、セヴェリ・ペルトマはメゾンのマダムの容姿をどう表現していた?」
「えーっと・・十八歳の踊り子サファイアの姉だとされるエルマ嬢は20歳、五年ほど前にそのデザイン力を見込まれて針子からデザイナーへと転身。現在は人気のメゾンを経営する輝くような金髪の女性で、キリッとした眼差しの美人で、出るところは出て、腰がきゅっと絞れていて」
「あのな、ナザレノ・ティコリのマダム、エルマ・リスベッズは三十過ぎのやたらと色っぽい、熟女っていう感じの結婚詐欺師なんだよ」
「えーっと・・」
「母親がドレスを注文する席に同席したんだが、デザインについてはエルマ・リスべッズよりもアシスタントの女の方が詳しいように見えたんだ。そのアシスタントの女は年齢は推定二十歳前後、身長5・5フィート(165センチ)、体重推定105ポンド(48キロ)金髪、鮮やかな彩度を持ったブルーの瞳。今考えてみると、踊り子のサファイアの瞳の色と類似する点があると思う」
「それじゃあ、そのアシスタントの女がサファイアの姉ということですか?」
「調べてみなければ分からないがな・・」
軍の上層部の人間が涎を垂らしながら楽しんでいた娼婦は、劇場前広場で待ち合わせるような形となっていた。娼館などでお楽しみという訳ではなく、ホテルなどを利用するスタイルとなるのだが、
「その素人臭さが堪らないんだよ〜」
というのが利用者の感想でもある。
現在、斡旋された娼婦を摘発しているのだが、針子として生計を立てている女性がやけに多かった。劇場通りの70番から80番代にはメゾンが軒を連ねているため、近場で簡単に稼げるからといって声をかけられたという話も聞いてはいるのだが・・
「繋がってきたな〜」
「そうですね〜」
「メゾン、ナザレノ・ティコリのマダムを詐欺師としてマークしていたんだが、裏にオムクスが絡んでいるのは間違いないな」
ミカエルがそう言って瞳を細めると、
「それだったら、ミカエルさん自身が潜入したら良いんじゃないですかね?」
と、オルヴォが目をキラキラさせながら言い出した。
「女性って顔立ちが整っている人が大好きですし、ミカエルさんみたいな人が近付いただけで、口がコロコロと軽くなっていくものじゃないですか?」
「・・・・」
葉巻の煙を口の中で転がしもせずに大きく吸い込んだミカエルは、鬼のような形相でオルヴォ・マネキンを睨みつけたのだった。
殺人事件も頻発するサスペンスとなり、隔日更新でお送りさせていただきます。最後までお付き合い頂ければ幸いです!お時間あれば時代小説『一鬼 〜僕と先生のはじめの物語〜』もご興味あればどうぞ!
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