閑話 ロニアの冒険譚 ⑨
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北方民族の出身であるマダムのキッチンは、色とりどりのキルトで飾り付けられた可愛らしいものだったが、見るからに場違いなオルヴォはリスの刺繍が施された可愛らしいクッションの上に腰を下ろしていた。
ラハティ人はとにかくお喋りが好きだし、女性のフィーカ(コーヒーブレイク)は際限がない。フィーカにはいつだって、美味しい珈琲、美味しいお菓子、可愛らしいキルトクッションに可愛らしいテーブルセットが用意されるのだが、
「すみません、それ、美人局にあっちゃったのねという話で終わるようなものではないと思うんですけど〜!」
オルヴォが勇気を振り絞って声を上げた。
すると、セヴェリが興奮した様子で、
「そうなんです!女性が面白がるような軽い話じゃないんです!」
と、半泣きになりながら言い出した。
「セヴェリさんが美人のお姉さんに騙されたんだね、かわいそうに、という話にならないと思うんですよ。おそらくセヴェリさんにナイフを突きつけて脅して来た奴らなんですけど、オムクス人に脅迫されたんじゃないんですか?」
オルヴォの問いかけにセヴェリは飛び上がって驚いた。
「そうなんです!オムクス人だったんです!どうして分かったんですか?」
「いや〜、最近、隣国オムクスは我が国が鉄道事業で成功しようとしているのを良く思っていないようで、事業を破綻させるために、かなりの人数を王都に潜入させているみたいなんです」
おそらく踊り子のサファイアもオムクス側の人間だったに違いない。
「貴方は彼らに脅迫をされたと思うのですが、何を言われたんですか?」
「そ・・それが・・」
セヴェリは指をこねくり回しながら言い出した。
「サファイアを解放したかったら金を用意しろって」
「金以外には何を要求されましたか?」
「あとは、貴族の情報を仕入れて持ってこいとも・・」
セヴェリは上目遣いとなってロニアを見ながら言い出した。
「奴ら、僕が貴族相手に肖像画を描いていることを知っていたんです。最近ではアンティラ伯爵の弱みを見つけて来いとも言われていたんですが・・」
ロニアに睨みつけられたセヴェリは、ガタガタと震えながら言い出した。
「誓って!誓って伯爵家の内情を売ってはいません!ただ、ただ、世間でも流れているようなことをお伝えしただけです!」
オルヴォは思わず大きなため息を吐き出した。
十年ほど前、北辺の地に住み暮らす部族がラハティ王国に対して武装蜂起をしたという事件があったのだが、その際にも王国軍の殺された兵士の遺体から内臓が抜き取られることがあったという。当初、これを北の部族民がやったことだと判断されることになったのだが、後に隣国オムクスによって行われた蛮行だということが明らかになる。
娼婦の無惨な死体が発見された時には意見が二つに分かれることにもなったのだ。
「もしかしたらスラム街で娼婦を殺しているのは北の部族の人間なのかも?」
「いやいや、十年前の事件は裏で動いていたオムクスの人間による犯行だっただろう?」
「だが、北の部族が我らに対して恨みに思っているのは間違いない」
「遺体が発見された時に、筋骨逞しくて背が低い、部族の男だと思われる男の目撃証言もあったようだぞ?」
最近では北の部族民が怪しいという話にもなっていたのだが、
「やっぱりオムクスが暗躍していたということだな」
直属の上官よりもいち早く真実に辿り着いたオルヴォは背筋をピンと伸ばすと、美味しい珈琲を淹れてくれたマダムの方を見ながら言い出した。
「実は最近、スラムの娼婦が殺されていることが問題となっていたのですが、その殺害方法が北の部族が古くから執り行う方法を模したものでもあった為、我々の間では北の部族が関わっているのか、もしくは十年前と同じように隣国オムクスが関わっているのではないのかということで議論が分かれていたところでもあったんです」
年老いたマダムは胡乱な眼差しをオルヴォに向けると、オルヴォは瞳を伏せながら言い出した。
「ですが、今の話を聞いていて確信しました。間違いなく犯行を行っているのはオムクス人になるのでしょう」
「私たちが無闇に人を殺して歩くわけがない」
マダムは胸の前で腕を組みながら、
「最近、私たち部族の人間に対して差別的な意識が広がっていると思っていたのだけれど、無惨な殺人とやらが関わっていたということだね」
と、不機嫌そうに言い出した。
「本日、踊り子のサファイアさんの遺体と思しきものが発見されています。確実にそうだとは言えませんが、俺が思うに、あのご遺体はサファイアさんのものではないかと考えています」
瞳を伏せながらオルヴォがそんなことを言い出したため、
「まさか!さっき見つけたご遺体がサファイアさんのものだったっていうの?」
ロニアの問いに、
「わからない・・だけど、ご遺体は鮮やかな赤い髪の女性だったんだ」
と、オルヴォは言い出した。
先ほど、発見した遺体を仲間に任せてしまったオルヴォだけれど、床下に納められていた抱えるほど大きな瓶に詰められていた女性の遺体は、確かに鮮やかな髪色の女性だったのだ。腐臭がしていたことから、殺害後、それなりに日数が経過しているのは間違いない。
「セヴェリさん、貴方が最後にサファイアさんを見たのはいつですか?」
「え?まさか、本当に?」
「劇場広場の近くにあるマリアさんの店からもさほど離れていない民家の床下から、女性のご遺体が発見されたんです。その方は、死後数日は経過した赤い髪の女性でした」
「まさか!まさか!やっぱりサファイアは!」
ガタガタと震え出すセヴェリの肩をシグリーズルは撫でながら、
「他人の空似ってこともあるんだから、直接、ご遺体を見てみないとサファイアさんかどうかは分からないよ」
と、慰めるように言うと、
「とにかくこれから一緒に顔合わせをさせて貰いに行こうじゃないかね」
と、年老いたマダムは言い出したのだった。
「最近、世間の目がどうにもおかしいと思っていたんだけど、まさか、まさか、うちの部族の人間が悪者に祭り上げられているとは思いもしなかったからね。そうだとしたら、黙っているわけにはいかないよ」
深く皺が刻まれた顔に埋もれているように見えたマダムの細い目は炯々と輝き、激しい怒りの炎を浮かび上がらせている。
「これが理由で、我が部族への迫害が再び始まるようでは困るのよ。言っていることはわかるよね?」
長年、部族民を守るために活動を続けてきたマダムは、
「よっこらしょ」
と、言いながら立ち上がると、
「まさかセヴェリを匿うことでこんな話に発展するとは思いもしなかったよ。さあ!行こうじゃないか若者たち!まずはサファイアさんかもしれないというご遺体の確認から行こうじゃないかね」
と言って手編みのショールを肩に羽織り出したのだった。
殺人事件も頻発するサスペンスとなり、隔日更新でお送りさせていただきます。最後までお付き合い頂ければ幸いです!お時間あれば時代小説『一鬼 〜僕と先生のはじめの物語〜』もご興味あればどうぞ!
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