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閑話  ロニアの冒険譚 ⑦  

お読みいただきありがとうございます!よろしくお願いします。

 定食屋の女主人であるマリアは、

「セヴェリさんは誰かに脅されているようだった。外国人に脅されているって、帝国に逃げようかなって言っていたね」

 と、言っていた。


 北の民族出身の画家エギルは、

「どうやら彼、他所から引き抜きの誘いを受けているみたいなんですよ」

 と、言っている。


 ロニアとしては早急にアンティラ伯爵の肖像画を完成させて、画廊に納めて貰いたいのだが、肝心の画家は外国人に脅されているし、知らぬまに引き抜きの誘いを受けていたらしい。


「ねえオルヴォ、セヴェリさんは、樽のようにお腹が突き出た手足が短い、しかも悲しいことに頭髪が非常に薄くなっているアバタ顔のアンティラ伯爵の肖像画を上手いこと虚飾を織り交ぜて描くことが出来なくてスランプに陥り、行方不明となってしまったと思うのだけれど」


「実は金に目が眩んで移籍をしたんだけど、今まで支援をしてくれたルオッカ男爵に合わせる顔がないってことで逃亡した可能性もあるということか?」


 女性に目がないセヴェリは最近では踊り子のサファイアに貢いでいたようだし、もっと大きな報酬を求めるようになったのかもしれない。そこでルオッカ男爵の画廊よりも金払いが良い画廊に移籍をしようと考えたのか?


 それとも、女性にだらしないセヴェリだから、何処かの外国人の貴婦人に声をかけて一時の恋人として楽しんだものの、その結果、貴婦人の夫(外国人)にバレることになって、賠償金を払えと脅迫を受けることになったのか?


 どちらにしても金が欲しくて、他所への移籍をセヴェリは考えた。

 どうせ移籍するのなら、アンティラ伯爵の肖像画なんてどうでも良い。


 手付金は持ち逃げする形となるけれど、どうせルオッカとは手を切るから何の問題もないと考えたのだろうか?


「もしかして、セヴェリさんったらうちの画廊の追っ手から逃げ出すことだけを考えているのかしら?」

「いや、そうじゃなくて、彼、命の危険を感じているみたいですよ」

 エギルはそう言って自分で淹れた紅茶を飲んでいる。

「うちの画廊は殺しなんてやらないわよ?」

「そんなことは誰だって分かっていますよ」


 オルヴォと顔を見合わせたロニアは、画材で溢れたエギルのアトリエで紅茶を振る舞われていたのだが、彼が淹れてくれたのは霜降りの季節の最後の新芽を摘んで作ったお茶だった。


 それはティマリという名の珍しいお茶であり、そのお茶を一気に飲んでしまったロニアは立ち上がり、エギルが描いた絵をぐるっと見回すようにして眺めたのだった。


 冬ともなれば雪と氷に閉ざされる北辺に住むエギルたち部族の人間は、雪や氷を神聖なものであると考える。宗教画家であるエギルは北の部族が信奉する神の姿をキャンパスに描いているだが、そこには雪の結晶が舞い散るようにして描き出されている。


「灯台下暗しとだけ私は言っておきましょうか」

 エギルはそう言って一枚の折り畳んだ紙をテーブルの上に置くと、

「お嬢さんだったら私が思う通りにことを運んでくれると思うんですがね」

 と言って、盗賊のような顔に柔らかい笑みを浮かべたのだった。


 エギルのアトリエを後にしたロニアは大きなため息を吐き出した。

「もう、訳がわからないわ」

 うんざりとした様子のロニアを見下ろしたオルヴォは、

「アンティラ伯爵の肖像画だけど、他の画家に頼めないのか?」

 と、問いかける。


「ルオッカの画廊にはたくさんのお抱え画家がいるだろう?セヴェリにこだわらずに他の画家に仕事を任せた方が良いんじゃないのか?」

 画廊としては信用を損なう行為となるけれど、肖像画を無料にするとか半額にするとかそういった話にすれば、アンティラ伯爵だって要求を呑むとは思うのだが。


 オルヴォの意見は一顧だにせずに、ロニアは考え込みながら言い出した。

「セヴェリさんはマリアさんのところで結晶を見たいと言っていたし、命の危険も感じていた」

「外国人に脅迫をされているとも言っていたな」

「う〜ん」

「だからさ、他の画家に仕事を任せちまった方が手っ取り早いんじゃないかと俺は思うんだがな?」

「う〜ん」


 しばらく考え込んだロニアはエギルの家の斜め前に店を構えているパン屋に行くと、シナモンロールを二十個購入したのだった。ラハティ王国のシナモンロールは小ぶりに作られているので、四人がお茶をするにはちょうど良い量ではあるのだが、

「これからフィーカ(コーヒーブレイク)をしに行きましょう」

 と、ロニアはオルヴォに向かって言い出した。


 夏が短くて冬が長いラハティ王国では誰も彼もが噂が大好きだし、甘いものを楽しみながらお喋りをする時間を何よりも大事にしているところがある。このフィーカ(コーヒーブレイク)によって噂話というものが拡散され続けていくのがラハティ式なのだが、

「お前、画家のセヴェリが他の画廊に引き抜かれるかもしれないっていうので、セヴェリの悪い噂をばら撒こうと考えているんじゃないだろうな?」

 そう言ってオルヴォが胡乱な眼差しを向けると、

「そんな訳がないじゃない!」

 と、答えてロニアは可愛らしい口を尖らせた。


 ふっくら体型のロニアが不貞腐れた顔をすると、キュンとなってしまうオルヴォなのだが、何度か咳払いをしながら、

「それで?フィーカ(コーヒーブレイク)をするって言っても、何処でフィーカをするっていうんだよ?」

 と、問いかける。


 フィーカとなれば、女たちが群れ集まってすることなのだが、

「マダムのところへ行こうと思うのよ」

 ロニアの答えに、

「何処のマダムだよ?」

 と、オルヴォは疑問の声を上げた。

 

「俺、さっき紅茶を飲みすぎて腹タプタプなんだけど」

「だったら貴方は飲み物は無しにして、シナモンロールだけ食べていたら良いじゃない」

「俺は女の集まりになんか行きたくないんだが」


 せっかく直属の上司の許可を得て休みをもぎ取って来たというのに、おばさん同士のお喋りに付き合うなんて冗談じゃない。だったら行方不明となった画家セヴェリを探しているという名目で、ロニアと二人で街をぶらつくようにして歩きたいと考えるオルヴォだったのだが、

「すぐ近くだから!ねえ!大丈夫だから!」

 と言ってロニアは歩き出してしまったのだった。


 行方不明となった画家のセヴェリは坂の勾配が厳しい丘陵地の頂上近くにある古いアパートにアトリエを構えているのだが、このアパートには一人の老婦人が住んでいる。


 随分と年取った老婆なのだが、玄関口でロニアとオルヴォを出迎えると、

「あらまあ、随分と早い登場だねえ」

 小柄で肌が浅黒い、北の部族出身の老婆は細い目をさらに細くして、ニコニコ笑いながら言い出したのだった。


殺人事件も頻発するサスペンスとなり、隔日更新でお送りさせていただきます。最後までお付き合い頂ければ幸いです!お時間あれば時代小説『一鬼 〜僕と先生のはじめの物語〜』もご興味あればどうぞ!

モチベーションの維持にも繋がります。

もし宜しければ

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