閑話 ロニアの冒険譚 ②
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画廊の従業員である年寄りのカレヴィは、先々代の頃からルオッカ男爵家に仕えているような男である。
「お嬢様、お出かけの際にはオルヴォ・マチネンを連れて行ってくださいませ」
画家といえば女性関係が乱れている者が多く、セヴェリ・ペルトマも大半の芸術家と同じように女性関係が淫らな方だと言えるだろう。
そんなセヴェリを探すとなれば、時には酒場巡りをしなければならなくなるため、カレヴィはロニアの為に用心棒を用意したようなのだが、
「え?オルヴォは憲兵隊の駐屯地にいるんじゃないの?」
思わず疑問の声をあげてしまった。
幼馴染のオルヴォはマチネン男爵家の六男で、子沢山の男爵家からいち早く独り立ちをするために憲兵隊に入ったような男なのだ。
「お嬢様の護衛は賃金が高いアルバイトになりますので、オルヴォはいつだって護衛の任務が来るのを待ち侘びているような状態なのです」
「あの家、お金が無いからね〜」
「そんなわけで・・」
「おーい!ロニアー!急な話だったけど、俺はきちんと休みを取ってきたぞー!」
画廊の扉が鐘の音を立てながら開くと、慌てて私服に着替えて来た様子のオルヴォが入って来たのだが、
「あんた!ボタンを掛け違えちゃっているわよ!だらしないわね〜!」
思わずロニアは呆れた声をあげたのだった。
オルヴォとロニアは、双方ともに子沢山の男爵家に生まれたという幼馴染だ。
ロニアは王宮に芸術員として勤めているし、オルヴォは憲兵として勤めているのだが、副収入が欲しいオルヴォをルオッカ男爵家が利用しているため、二人の付き合いは途切れることなく長く続いていることになる。
オルヴォがシャツのボタンを直している間に老齢のカレヴィはモノクルを装着し、メモ紙に書かれた内容を説明しながら言い出した。
「今のところ分かった情報ですが、画家セヴェリ・ペルトマの三人の愛人のところに確認しに行ってみたものの、こちらの方には確実に顔を出してはいないようです。最近、熱心に口説いている踊り子のサファイア様の所には一昨日、顔を出したきり。モデルのマリアンナ嬢のところに顔を出したのも5日前が最後で今現在、接触はないことは間違いないようです」
人気画家であるセヴェリは金髪の顔が整った男なので、女性のパトロンやら愛人やら、ファンやらモデルやらが身近にいる。
「昨日は流石にアンティラ伯爵の肖像画の仕上げにかかろうと考えたのか、自分のアトリエに戻ったようなのですが、スランプに陥ったのかもしれませんね」
カレヴィはそう言って破られたキャンパスをロニアの前に掲げて見せた。
そこにはハゲでアバタ顔で太って手足が短いアンティラ伯爵を何とか男前に見せようと努力をした形跡が見られるのだが、その努力が実ることはなかったことが破られたキャンパスを見ているだけでよく分かる。
「それで?若い者たちに探し回らせているのは分かったけれど、居なくなったセヴェリが最後に何を食べていたのかは分かっているの?」
「彼のアトリエの隣に住むマダムが用意した『ヤスペルの誘惑』が、彼がアトリエで食べた最後の食事です」
ヤスペルの誘惑とは、ジャガイモとアンチョビのグラタンのことになる。何でジャガイモとアンチョビのグラタンにそんな名前が付いたのかというと、有名なオペラ歌手であったヤスペルは菜食主義だったのだけれど、どうしてもアンチョビとジャガイモのグラタンだけは食べたかった。そんなヤスペルが誘惑に負けるほど美味しいということで『ヤスペルの誘惑』と、ラハティ王国の人間はジャガイモとアンチョビのグラタンのことを呼ぶのだった。
「それはたまたまだったの?それとも、セヴェリがマダムに頼んで用意してもらったの?」
「マダムにわざわざ頼んで用意して貰ったそうです」
セヴェリのアトリエの隣に住むのは腰も曲がったヨボヨボの老婆なのだが、人の良いセヴェリが買い物や老婆の手伝いをすることも多いため、そのお礼として老婆が食事の世話をしているのだ。
「その時のセヴェリの様子はどうだったって?」
「物凄く思い悩んでいたみたいです」
それはそうだろう。頭髪は薄く、樽のように太っていて、手足が短いアバタ顔のアンティラ伯爵の肖像画を描くのに、思い悩まないわけがないだろう。
「お嬢様?何か閃きましたか?」
白手袋を着用した長い指をそわそわと動かしながらカレヴィが問いかけてくる。
「そうね、とりあえずオペラ座に行きましょうか」
「え?」
「なんで?」
カレヴィとオルヴォが思わず呆れながら言い出した。
「「まさかヤスペルがオペラ歌手だったから『ヤスペルの誘惑』を食べたセヴェリがオペラ座に向かったと考えたという訳じゃ・・」」
推理小説が大好きなロニアは時々、こういった形で推理を始めることは良くあるのだが、逃げ出した画家が最後に食べたのが『ヤスペルの誘惑』だったからって、そこからオペラ座に繋げるのはあまりにも安易過ぎるのではないかという考えが二人の脳裏に浮かぶ。
「そもそも、オペラ座に行ったところで今の時間じゃ開いてもいないと思うんだが?」
オペラ座は基本的に夜に上演するし、何かの祭典で人が集まりでもしない限りは昼間に公演を企画するようなことはない。
「オルヴォは黙って私について来なさい!」
口を尖らせたロニアはそう言って店の出口へと向かったのだが、
「とにかく!お嬢様!肖像画の締切りは最大限伸ばして三日ですから〜!」
と、老いたカレヴィが声を震わせながら言い出したのだった。
こちらの作品、アース・スター大賞 金賞 御礼企画として番外編の連載を開始しております。殺人事件も頻発するサスペンスとなりますので、最後までお付き合い頂ければ幸いです!
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