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「いやぁあああ!変態だわ!」
マリアーナはロニアの腕をむんずと掴むと、
「変態さん!さようなら!」
と言って、果樹園から走って逃げることにしたのだった。
三日三晩、寝ずに古代文字の照合を続けた後に、芸術家が住み暮らす下町まで自ら出向き、その後は王宮図書館で資料を探し、室長であるライアンに報告した後はロニアが作業所までやってきた。
すでに太陽も半分以上が山の合間に沈み込み、真っ赤な空が世界を包み込んだまま夜の帳を下ろそうと薄暗い闇が近づいて来ている今、この時に、
「怪しい、怪しい、怪しいぞ〜」
と、言い出すヨアキム・エリアソン中尉に対応するだけの気力がマリアーナにはない。
「ちょっと!マリアーナ!待ってちょうだい!」
小柄でふっくら体型のロニアは腕を掴まれたまま、必死になってマリアーナについて行ったのだが、とにかくマリアーナは足が早い令嬢だった。ほっそりとして長い足が繰り出す歩幅の大きさからして違うのかもしれない。
「はあっ・・はあっ・・マリアーナ・・あなた・・足が早すぎるわよ・・」
寮のエントラスに到着した時にはロニアは汗だくになっていたし、肩で息をして言葉も続かないような状態となっていたのだが、
「お嬢さんたちよ、ちょーっとおじさんの話も聞いてくれや」
後ろから男性の声がかかったので、
「「キャーーーーーッ!」」
と、マリアーナとロニアは悲鳴を上げたのだった。
果樹園の奥には使用人や役人用の寮があるのだが、もちろん男女で建物が分けられている。萌葱色の女子寮は見かけからして可愛らしい建物であるのだが、その可愛らしい建物には似つかわしくない熊のような男が、両手を自分の肩より上にあげながら三歩ほど下がると、
「レディたち、どうか俺の話を聞いてくれ!」
と、言い出した。
「え?でも・・変態なのでしょう?」
ロニアが真っ青な顔となってマリアーナとヨアキムを交互に見ると、
「変態ではない・・と思う!」
と、両手をあげたままの状態でヨアキムが言い出した。
自信なさげに変態ではないと主張するリューディアのおじさんを見つめたマリアーナは、ロニアが安心するように小さく頷いてみせた。
「俺はヨアキム・エリアソン、ラハティ王国軍38部隊所属の軍医で階級は中尉、俺の身元に少しでも疑惑を感じるようだったら王国軍へ問い合わせをしてくれ」
「は?王国軍?その後の情報が多すぎて覚えられないわ!」
不安そうに呟くロニアの肩を撫でながらマリアーナは言い出した。
「大丈夫、私の親友のおじさんなのだけれど、身元が確かなのは間違いないから」
マリアーナはロニアの肩を優しく撫でながら、
「ですが、私が男性に一目惚れされたという話が怪しいと言い出して、本当の本当に気に入らないですけど」
と、言ってヨアキムを鋭い眼差しで睨みつけた。
「私、そんなに男性にモテないように見えます?そんなに私が男性にモテるのが怪しいんですか?」
マリアーナは三日三晩、石板の照合作業を行った末に、芸術家が多く住み暮らす下町まで自ら出向き、その後は王宮図書館に資料の確認に行った後に、上司に報告をして今に至るので、彼女の白目は血走り、目がバキバキの状態になっていた。
「そうじゃないんだ!マリアーナ嬢!そういうことじゃないんだ!」
ヨアキムは慌てて言い出した。
「君と俺と、うちの姪っ子のリューディアちゃんとは、ほら、色々なことがあっただろう!」
確かに、色々なことがあったのは間違いない。
なにしろ、マダムは刺殺されるし、ジェニーちゃんのお姉さんは殺された上に内臓まで抜き取られてしまったのだ。
「君が徹夜で作業をしていたのは知っているし!君が寝不足のあまり意識が朦朧としているのも重々承知している。だからこれ以上、そんな君の時間を潰す気はないんだが・・」
ヨアキムは真面目な顔でじっとマリアーナを見つめながら言い出した。
「あの後も色々なことがあったんだ。俺としては君にも情報を共有する必要があると思うんだ。カリチューリソフィアホテルのランチを予約するからどうだろう?明日の昼食を一緒にとってはくれないだろうか?」
「むぁあああ!ソフィアホテルのランチですの〜!」
思わずロニアは興奮の声をあげたのだが、カリチューリソフィアホテルのランチとは、王家も通ったことがあるという噂もある、予約をとるのも一年待ちと言われるような人気のホテルのランチになるのだ。
「いいな〜!」
ロニアがつくづく羨ましいといった様子で言うと、むんずとロニアの腕を掴んだマリアーナが顔を真っ赤にしながら言い出した。
「ホテルで食事・・なんて破廉恥な・・」
派手な容姿のマリアーナは男性経験が豊富にも見えるのだが、男性と交際したことはないし、今まで婚約者が居たこともない。免疫がなさすぎて、ホテルでランチをとるだけだというのに『ホテル』というワードに激しく引っかかりを感じてしまうような女なのだ。
「いやいや!ホテルで食事だと言っても有名店での高級ランチというだけで、深い意味なんてないでしょう?考え過ぎにも程があるわよ!」
と、言いながらも、ロニアは胡乱な眼差しで目の前に立つ熊のような男を見つめた。ロニアが想像する軍人は、画家と同じくらいには女にだらしないというイメージがあるのだ。
「でも・・まさか・・昼間っから?」
ロニアの呟きがヨアキムのところまで届いたようで、彼はうんざりした様子で自分の手をおろすと、
「良かったらそっちのレディも来てくれ、三人分で予約をしておくから」
と、言い出した。
「聞かれたら困ることがあれば、そちらのレディだけサロンに移動してもらってカフェでも飲んでもらうことになるかもしれないが、兎にも角にも、俺たちは情報を互いに共有する必要があるようだ」
うーんと考え込むマリアーナの腕を引っ張ったロニアは嬉しそうに言い出した。
「だったら良いじゃない!なんたってソフィアホテルのランチなんだから!」
そこで熊のような顔に朗らかな笑みを浮かべたヨアキムが言い出した。
「それじゃあ、そういうことで決まりだな。裏門に馬車を用意しておくからそれに乗ってホテルまで来てくれ。マリアーナ嬢は明日は休みのようだが、そちらのレディは仕事なのかな?だったら上司に第三十八部隊の人間にランチに招待されたって言ってくれ。そう言えば少々長いランチをとっても文句を言うことはないと思うからな」
ヨアキムはくるりと踵を返すと、
「マリアーナ嬢、王宮敷地内の寮に居る分には問題はないとは思うが、くれぐれも男の誘いに気軽に乗るようなことはするなよ?」
と言って瞳を細めると、
「俺はあんたがモテないだなんて欠片も思っていやしないさ。それこそ、胸の中がモヤモヤして頭がどうにかなりそうな位には、あんたのことを気にかけているよ」
そう言って元来た道を戻って行ってしまったのだが、
「キャーーーーッ」
隣でロニアが興奮のあまり叫び声を上げたため、寝不足状態のマリアーナは思わずめまいを起こしそうになってしまったのだった。
こちらの作品、アース・スター大賞 金賞 御礼企画として番外編の連載を開始しております。殺人事件も頻発するサスペンスとなりますので、最後までお付き合い頂ければ幸いです!
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