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ラハティの男性はヒョロリと背が高くて色白で、髪の色も太陽の光に透けるような明るい色が多くなる。貴族ともなれば各家に特徴のようなものが出てくるもので、有名なもので言えば、ラウタヴァーラ公爵家の銀髪とか、ラハティ王家の白金の髪がまずは挙げられるだろう。
それでは、ラハティ王国の北に住み暮らす部族の人々がどんな容姿をしているのかというと、男性は肩幅も胸幅も広く、筋肉質で背が低い。髪や髭の色も焦茶や漆黒の色となり、褐色の瞳を持つ者がほとんどと言っても良いだろう。
同じラハティ王国に暮らしていながら、見た目からして全く違うのがラハティ人と北の部族の人間ということなのだが、
「お嬢様、わざわざ見送りに来なくても良かったのに!」
最近、帝国からも注目を浴びるようになって来たというエギルという名の画家は、典型的な北の部族の人間に見えたのだった。画家とは思えない逞しい体つきのエギルは、到底画家とは思えない盗賊のような人相に明るい笑みを浮かべながらロニアと握手をすると、
「お嬢様のご友人ですか?えらい別嬪さんですね〜!」
と、ニコニコ笑いながら、一歩、マリアーナから離れるようにして遠ざかり、自分の両手を背中に回して握りしめた。
遥か昔にラハティ人によって北辺の地に追いやられることになった北の部族に対して、根強い差別意識を持っている者もラハティ王国には多くいる。王都に居ると出稼ぎに来たまま定住した北の部族の人間を見る機会も増えるのだが、彼らはいつだってラハティ人とは一線を引いて、自分たちの無害をアピールするのだった。
エギルが一歩下がって自分の背中に手を回しているのも無害をアピールするためのパフォーマンスの一つであり、彼はニコニコ笑いながらもマリアーナに感情のこもらない瞳を向けていた。
「彼女は私の友人のマリアーナ嬢で、私と同じように学芸員として王宮に出仕しているのよ。古代文字の研究者でもあるのだけれど、最近、この文章について調べているというのよ」
ロニアはそう言って自分でもメモした紙をエギルの前に差し出した。
「貴方の描く題材に、こういった虹とか花とか出てくる宗教画があったと思うのよ。おそらく北の部族に残る神話の一部だと思ったのだけれど」
ロニアがエギルに見せたのは『私 お前 花 橋 喜び 出会い 七色 幸せ こら のら のら のら』と書き出したものであり、見かけは盗賊にしか見えないエギルは一瞬だけ瞳を細めると、
「これは帝国神話の一節を書き出そうとして書き損じたものではないでしょうか?」
と、言い出したのだった。
「帝国神話?」
「北の部族の神話ではなく?」
「そうです、帝国神話です」
エギルは自分のポケットから眼鏡を取り出すと、大き過ぎる顔には似合わないほど小さな眼鏡を鼻の上にのせて、メモ紙の文字を見つめながら言い出した。
「これは帝国神話に出てくる春の女神フローディアの誕生の際に出てくる文章の書き損じだと思います」
エギルの後ろの方では今まさに荷物の運び出しを行っている最中であり、彼の後ろでは沢山の荷物が馬車の荷台へと運び込まれている。彼はこれから夕方には王都を出発して帝国に向かうことになるのだが、
「エギルさん!その話をもうちょっと詳しくお聞きしたいのですが駄目でしょうか!」
パッと眠気が霧散することになったマリアーナは、彼の丸太のように太い腕に取り縋りながら言い出した。
「少しの時間で構いませんので!どうか!どうかお話をお聞かせください!」
「えっと・・」
突然、マリアーナに取り縋られたエギルが目を白黒させていると、
「私からもお願いよ!この秘密の文書の解読を早急しなくては大変なことになるの!」
と、いかにも芝居じみた様子でロニアが言い出したのだった。
「はあ・・お嬢様のお願いじゃあ仕方ありませんやね」
エギルは大きなため息を吐き出すと、
「それじゃあ、近くに行きつけの定食屋があるので、そちらの方に行きましょうか?」
と言って、急な坂道を下るようにして歩き出したのだった。
エギルが住んでいる地区は芸術家がたくさん住んでいることで有名で、丘の上から見下ろす街並みと、蛇行するターレス川に架かるアーチ橋がよく見える絶景ポイントのような場所である為、道端にイーゼルとキャンパスを持ち出して絵を描いている若者の姿もやたらと多い。
一生懸命に筆を走らせる芸術家たちの横を通り過ぎてしばらく行くとエギルの行きつけの食堂があり、遅めの食事を摂る人の姿がぽつらぽつらと薄暗い店内に見える。
夏が短く冬が長いラハティ王国では、食堂の中央に火をくべられる竈を設えてあるのが一般的であり、パチパチと燃える炎の上にはいくつも鍋が並べられることになる。スープや煮込み料理を大鍋に作って出迎える形となるのだが、自分たちで好きなものを好きな量、器によそって金を払うことになる。
昼はとっくに過ぎていたけれど、竈には三つの鍋がかけれたままの状態になっていた。
「マリアーナは何か食べる?」
隣の席に座ったロニアが問いかけて来たので、
「さっきスープをいただいたから私は大丈夫よ」
と、マリアーナが答えると、
「それじゃあ私たちは飲み物だけで良いわね!」
と言ってロニアは勝手知ったる様子で、給仕の娘にシロップ入りのホットミルクを二つ注文したのだった。
エギルは昼食がまだだったようで、スープとパンと肉の塊を焼いたものを器に盛ってテーブルに戻って来ると、
「これってお嬢様の奢りで良いんですよね?」
と、チラリとロニアの方を見ながらエギルが言い出したため、
「もちろんよ、私は貴方のパトロンでもあるのですからね!」
「ヤッターッ!」
エギルは喜び勇んで肉の塊を頬張っている。
「お腹いっぱい食べても良いけれど、きちんとコレの説明をしてくれなくちゃいやよ?」
「もちろん!説明いたしますとも!」
テーブルの上に載せたメモ紙をロニアがエギルの方へ押し出した。
「一応、マリアーナには説明しておくけど、エギルは北の部族の間に残された神話をモチーフにした宗教画を描いているの。マリアーナもご存知の通り今の皇帝はグアラテム王が大好きだし、グアラテム王の子孫かもしれない北の部族について興味をお持ちの状態でしょう?だからこそ試しにエギルの絵を帝国に持ち込んでみたのだけれど、かなりの高値がつけられることになったのよ!」
だからこそエギルはラハティの王都を出て、帝国に住まい移すことにしたらしい。
「俺は神話をベースに絵を描いているわけですが、帝国に移動することを決めてからはあちらの神話についても勉強をすることにしたんです。そこで気が付いたんですが、春は何処の国でも喜びの季節であり、何処の国でも春の神は美しい女神様なんですよね」
エギルは肉の塊を呑み込みながら言い出した。
「帝国神話では、春の女神フローディアが生まれた時には花が咲き乱れ、虹の橋が無数に空を彩ったとされているんです。人々は喜び、己の幸せに感謝し、私とお前、これは女神フローディアの父神であり海の神ウンディーンと、母神であり山の神でもあるペレハヌアを指しているのですが、二神はフローディアの誕生によって互いの運命的な出会いに感謝をするといった一節があるんです」
給仕の娘がシロップ入りのホットミルクを注いだ大きなカップをマリアーナとロニアの前に置いたのだが、そんなことにも気が付かずにマリアーナは自分の顔を両手で覆った。
「帝国神話だったなんて・・今までの苦労は一体なんだったのかしら・・」
イブリナ帝国が建国されたのは約800年ほど昔になる。大陸の南西に位置するイブリナ王国が周辺諸国を次々に征服、吸収して国土を広げていくことになったのだが、イブリナの先祖が代々語り継いでいるのが帝国神話と呼ばれるものだった。
ちなみにイブリナ帝国で語られる帝国神話とラハティ王国で信じられている神話も種類が違うし、もっと言えば、ラハティ王国で語られる神話と北の部族で語られる神話も全く別の物ということになる。
「神様っていうのは、意外なほどに何処へ行っても元は同じだったりするんですよ」
エギルは肉をもぐもぐと咀嚼しながら言い出した。
「太陽の神と月の神を信奉するのは何処に行っても同じですし、北の大光星を見上げながら自分たちが立つ場所から向かって東西南北にはそれぞれ大きな神様が鎮座していると考えているんです」
「帝国神話と北方民族の神話は全く別の物だと思っていたのだけれど、実は相当類似しているということになるのかしら?」
マリアーナの疑問にエギルは小さく肩をすくめながら言い出した。
「名前は変われども、何処の国に行っても春は春で、喜びの季節の到来は間違いない事実なんです。だからこそ、帝国では春の女神フローディアだけれど、ラハティ王国では女神アヘトラーゼと呼んで敬っている。帝国ではフローディアは主神の娘という程度の存在感ですけど、ラハティ王国ではその女神様こそが主神となるんですよ」
「冬が長く夏が短いラハティでは、それだけ春が大切なものだということよね?」
「そういうことになりますね」
そう言って頷きあうロニアとエギルを見ながら、マリアーナは自分の唇を噛み締めた。問題の文字は遺体から発見された紙片に書かれた文字であり、その遺体に残された文字と春の女神がどうしても繋がるようには思えなかったからだ。
こちらの作品、アース・スター大賞 金賞 御礼企画として番外編の連載を開始しております。殺人事件も頻発するサスペンスとなりますので、最後までお付き合い頂ければ幸いです!
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