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メゾン・ナザレノ・ティコリで働いていた針子のエリーナがターレス川に浮かんだ。無惨に切り刻まれた遺体からは腎臓が抜きとられて、代わりに古代文字が記された紙片が詰め込まれていたのだ。
遺体の傷は針と糸で縫い付けられているような状態であり、その縫い口の隙間から紙片がペロリと出ている様は異様そのものと言えるだろう。
「マリアーナ、遺体ってなんのことかしら?」
ふと、隣を見ると、ふっくらした顔立ちのロニアがつぶらな瞳をキラキラさせながらマリアーナを見つめていた。
「最近、下町の方で女性が殺される事件が起こっているって噂で聞いたのだけれど、それと関係があるのかしら?」
ロニアは瞳をキラキラさせながら、先ほどマリアーナがメモ帳に書いて見せた『私 お前 花 橋 喜び 出会い 七色 幸せ こら のら のら のら』という文字を見下ろしている。
「もしかして・・この秘密の文字が書かれた紙を、殺された遺体が持っていたということかしら?あなたの部署が動いているってことは、メッセージは古代文字で書かれていたということよね?」
ロニアはつぶらな瞳をキラキラさせながら言い出した。
「これはもう、サスペンスという奴なのではないかしら?」
男爵家の令嬢であるロニアは小柄でぽっちゃり体型の可愛らしい容姿をしているのだが、彼女の家は曽祖父の代から絵画を取り扱う画商を営んでおり、先祖の芸術性が認められることになって爵位を賜ったとも言われている。
ロニアの家は画家の発掘に力を入れてもいるのだが、一つの芸術作品にストーリーをつけて売り出すことに一種の才能を持っていた。例えばこの作品は画家が愛人と南の島に行ったときに描いた作品だとか、その作品は南の島から帰って来た後に妻と喧嘩となった末に刃傷沙汰となり、裏に付いている血は妻に殴りつけられた際に飛んだ画家の血だとか。
ファンはその作品の裏にあるエピソードについては涎が垂れるほど好きなものなので、ロニアは絵画を取り扱うときにはその裏にある物語まで叩き込まれているところがある。だからこそ、少々血生臭い話になっても気分が悪くなったりしないのだが・・
「私 お前 花 橋 喜び 出会い 七色 幸せ こら のら のら のらってなんなのかしら」
メモ帳に書かれた文字を見つめながらロニアは必死に考え始めていた。
マリアーナは目の前に置かれたスープとパンを自分のお腹の中におさめると、食堂のテーブルの上に突っ伏した。隣ではロニアがメモ帳の文字を読みながらゴニョゴニョ言っているのだけれど、マリアーナの耳にまで届くことはない。
遺体から出て来た文字が古文書に書かれた文章を抜き出したものかもしれないということで、三日三晩、家にも帰らずに確認作業を続けていたのだが、古代文字が神殿の地下から発見された古文書から写し取ったものではなくて、何か別の意味があるかもしれないということに気が付いた。
イブリナ帝国の皇帝から回されてきた無茶な案件にマリアーナが振り回されているのではないかと考えたロニアだったけれど、マリアーナの口からこぼれ落ちた『遺体』の一言から最近下町で起こっている殺人事件に結ぶつけるあたりがロニアの妄想力の凄さだとは思うけれど、今はこのロニアの妄想力を糸口にして事件の解決へと導きたい。
古文書を盗んだのがオムクスの間諜だか何だか知らないけれど、兎にも角にも、遺体から発見された文字と古文書は関係なかったということにマリアーナはしたいのだ。
「もう・・石板なんか見たくもない・・しばらく石板は見たくもない・・」
あれだけ大好きだった古文書の解読も、三日三晩も続ければ流石に嫌になってくる。今は休息が必要なのは間違いないのだから、ロニアが妄想を膨らませている間に、ちょっとだけ、ちょっとだけでいいから眠りたい。
「ねえ!マリアーナ!この文章って北の部族の神話の一部を示しているのかもしれないわ!」
「えええ?」
「うちが援助している画家さんの中に北の部族出身の人がいて、何だかこんな話を聞いたことがあるような気がするのよ!」
「ええええええ?」
テーブルに突っ伏した状態から顔を上げたマリアーナは、
「お願いだからもうちょっとだけ!もうちょっとだけ寝させてちょうだい!」
と、鬼気迫る様子で言い出した。
「三日三晩寝てないの!もう限界なの!」
「そんなこと言っても駄目よ!その画家さん、今日の夕方頃には帝国まで出発してしまう予定なのだもの」
「はあ?」
「最近、ラハティの王都は住みづらいって言っていたから帝国まで引っ越すことになったのよ」
「はあああ?」
「すっごくラッキーだったわね!今すぐに行ったら話を聞くことが出来るのだもの!さあ!一緒に話を聞きに行ってみましょう!」
「えええええ?」
やつれ切っているマリアーナの隈が真っ黒になった顔を見つめたロニアは、冗談めかすようにして言いだした。
「さあ!さあ!名探偵マリアーナ!あなたの力で事件を解決に導くのなら!不眠を理由に怠けている場合ではないわよ!」
そこでマリアーナは、ニコニコ笑うロニアを見上げながらあんぐりと口を開いたのだった。
ロニアは星の数ほどもいる画家の面白エピソードを山のように覚えている令嬢なのだが、彼女が特に大好きなのは、画家と愛人と正妻の間で巻き起こる愛憎劇と刃傷沙汰。そこで画家が殺されたりすると話題となって絵の値段が吊り上がる。
だからこそ殺人絡みの話も好きだし、推理小説も好んで読む。マリアーナも推理小説が好きなのだが、ロニアも同じくらい推理小説が好きだった。
「私は名探偵ではないわ!」
「また!また〜!」
ロニアはくすくす笑いながらメモ帳片手に言い出した。
「こんな怪文書を調べるために三日三晩徹夜状態だというのでしょう?これが名探偵じゃなくて、何を名探偵と言うのかしら?」
「私はまだ、何の事件も解決していないわよ!」
「だったらこれから解決すれば良いじゃない〜!」
目の前のロニアが洒落と冗談の塊になっていることは知っている。
今のロニアと丸ごと同じようなことを、リューディア相手にやっていたマリアーナだからこそ分かるのだ。
「こんな小さなことがきっかけで、事件解決〜!なんてことになったら面白いのに〜!」
程度にしかロニアは考えていやしないだろう。
「マリアーナが名探偵なら私は助手ね!とにかくとっても楽しそう〜!」
という程度にしか考えていないことも理解出来る。だって、自分もそうだったから!
「ロニア、これは決してお遊びではないのよ」
なにしろ知っているだけで二人も人が死んでいるのだ。
「分かっているって〜!」
「分かっていない!分かっていない!ロニアは全然分かっていない!」
「分かっていないのはマリアーナだよ?」
ロニアはふっくらとした頬をぷくーっと膨らませながら言い出した。
「今日、帝国に引っ越しちゃう画家さんは部族の神話を絵にして残している人になるのよ。今、帝国では北の部族がグアラテム王の子孫ではないかってことで、その画家さんに注目が集まっているようなところなのよ。だからこそ帝国に引越しを決めたのだけど、帝国に行っちゃったら話も聞けなくなっちゃうのは分かるよね?」
「そうなの・・北の部族が信奉する神話に詳しい画家さんなのね・・」
それは話を一度は聞いた方が良いのかもしれないけれど・・
「そうなの・・それじゃあ行くわ」
眠くて、眠くて仕方がないけれど、もしも書かれた文章が古文書ではなく部族の神話を書いたものであると判断出来れば、とりあえず石板漁りは終わりを迎えることになるかもしれない。
「行きます・・行かせてくださいロニア様」
ロニアはにっこりと笑ってマリアーナの肩をポンポンと叩いたのだけれど、その顔はすっかり名探偵の助手の顔になっているようにマリアーナには見えたのだった。
こちらの作品、アース・スター大賞 金賞 御礼企画として番外編の連載を開始しております。殺人事件も頻発するサスペンスとなりますので、最後までお付き合い頂ければ幸いです!
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