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スラム街の娼婦が殺された。
頸動脈を掻き切られた後に放置された娼婦は、客を招き入れる粗末な部屋に放置されているところを発見されることになったのだが、それはスラム街では良くある話。良くある出来事以外の何ものでもないのだが、一人目の娼婦が殺されてから十日間のあいだに三人の娼婦が殺されることになったのだ。
ターレス川にアーチ橋を架けるという際にも仕事を求めた人間は大勢、王都に流れ込むことになったのだが、国家をあげて鉄道事業を成功させようとしている今では、線路を通したりトンネルを作り、橋を作る中で、新しい街が幾つも出来上がっていくほど人の流動は激しい。更には、職にあぶれた他国の人間がラハティ王国に入り込むということも多くなる。
皆が皆、職を求めて訪れたとしてもまともに働けない者も出て来るわけで、夫がまともに働けないとなれば女が代わりに働かなければならなくなる。そうして女が手っ取り早く金を稼ぐとなれば、自分の体を売るより他なくなるというわけで、スラムの売春婦は日に日に増えていることが問題にもなっていたのだが・・
「カチュアは・・カチュアは確かに、誰かに脅迫をされていたみたいなんです」
売春婦の連続殺人の捜査を続けている中で、一人の士官が上官の元を訪れ、一番目に殺された娼婦と自分は非常に親しかったのだと言い出した。その親しかった娼婦は誰かに脅迫されていたようだと言うのだが、
「実は最近、軍部の情報が外に漏れているのではないかと問題になっていたではないですか?」
と、その士官は恐る恐る言い出した。
「こう言ったらなんなんですが、あそこのスラムは駐屯地からもほど近く、客を取る娼婦もなかなか上物が揃っているということが噂になって、うちの人間の中にも好んで利用している奴らが結構いるような状態なんです」
この辺りから上官の額には無数の青筋が浮き始めていたのだが、士官は果敢にも上官に説明を続けたのだ。
「駐屯地で使用される食料の仕入れ先の情報だとか、リネン類を何処で仕入れているだとか、そんな情報を抜いてどうするんだろうとは思っていたのですが、そんなどうでも良い情報だからこそ、聞かれればポロッとこぼしちゃうものだと思うんですよ」
この辺りから上官の上唇はピクピクと痙攣を始めていたのだが、士官は果敢にも上官に説明を続けた。
「娼婦たちはその情報を地域の元締めに流すわけではなくて、どうもラハティ人ではない誰かに渡していたみたいなんですよ」
この辺りから上官の人差し指はリズミカルに自分の机を叩き始めていた。
「カチュア曰く、こういったことは有名な売春宿でも行われているって言うんです。ほら、最近、劇場通りの方で素人同然のそれは可愛らしい女を手配する場所があるって噂になっていたじゃないですか?」
上官の人差し指はぴたりと動きを止めた。
「噂が噂を呼んで、うちの上層部でも利用する人間が多いみたいじゃないですか?これはヤバいんじゃないかな〜と思っているうちにカチュアが殺されて、その後に殺された娼婦たちも駐屯地専門なんて言われているような可愛い女の子たちばかりだったんで」
上官の顔色は青から白へとグラデーションのように変化をしていった。
「これ、ちょっと、まずいんじゃないかな〜と思って、一応ご相談させて頂くことにしたんです」
「う〜ん、これは確かに・・本当にまずいかもしれないね〜」
非常にまずいことになったのは間違いない。
男というものは枕を共にした可愛らしい女の子にせがまれてしまえば、簡単に口が軽くなってしまうものなのだ。もちろん軍人となる時に情報の厳守は徹底的に教育されることになるのだが、
「これくらいなら・・」
「こんな話は何の問題もないだろう・・」
「別に武器弾薬について話をしたわけでもないし」
「何の問題にもならないさ!」
と、考えてしまうものなのだ。
他人にとってはくだらない小さな情報だったとしても、その小さな情報を集めて積み上げていく作業を行っていけば、それなりに使える情報になるものなのだ。それも意図的に引っ張り出した情報なのであれば、それは敵にとって知りたい情報になるのは間違いない。
そのうち、殺された娼婦たちの遺体が傷つけられ、遺体から腎臓が引き抜かれるようなことが起こったため、
「これはきっと我がラハティ王国に対して恨みに思う、北の部族の犯行に違いない!」
と、言い出す軍人が出て来ることになった。
「十年前の遺体とあまりにも状態が似過ぎている!」
「北の部族の奴ら、王都に潜り込んでいるのだな!」
「北の部族の奴らは特に娼婦を忌み嫌うと噂で聞いたぞ?」
「宗教上の理由から、奴ら、スラムの娼婦を殺して歩いているというわけだな!」
事態を重く見たアドルフ王太子は、十年前、北部の部族の武装蜂起を鎮圧に導いたオリヴェル・アスカム・ラウタヴァーラを呼んで話を聞くことになったのだが、
「犯行を行っているのは隣国オムクスの間諜に違いないですよ」
と、オリヴェルは無表情のまま直立不動で言い出した。
「十年前だって遺体をわざわざ損壊させて、北の部族がやったように見せかけたのがオムクスですし、娼婦を使って情報を抜き出すなんてことをするのはオムクスの得意芸ではありませんか?」
「やっぱりそうか・・そうだよなあ・・」
アドルフ王太子はオリヴェルの一つ年上であるのだが、すでに妃を迎えて二人の子供がいるお父さんでもあるのだ。
「オリヴェル、申し訳ないが今回の事件の捜査の指揮を君に取って欲しいんだ」
「自分は王命によって結婚が決まったばかりなのですが・・」
「君の結婚が決まったということは勿論私も知っている!だがな、オリヴェル、この事件の捜査を取り仕切れるのは君しか居ない状況なんだよ!」
確かにオリヴェルは十年前に、王国軍と共に北辺の地に向かっているし、哀れにも腎臓を引き抜かれてしまった兵士の遺体を何体もその目にしているのだが、
「劇場通りの高級娼婦というものが、軍の上層部の間で噂になったというのは有名な話で、多くの将校が娼婦を抱いているような状態なのだよ」
北の部族なんかは関係なく、
「清廉潔白な軍人が少ない中、娼館嫌いで有名な君に白羽の矢が立つことになったのだ」
そんな理由で選ばれた?
「実はここだけの話になるのだが、北の部族によるターレス川のアーチ橋に対する爆破予告が届いているのだが」
アドルフ王子は顔をくちゃくちゃにしながら言い出した。
「軍部の人間が出した嘘の予告状だったということが後に判明しているんだよ」
思わずオリヴェルは大きなため息を吐き出した。
「娼婦にうっかり漏らした情報が隣国オムクスの間諜の手に渡ったということになるよりも、全ては我がラハティに恨みを持つ北の部族による犯行だったとなれば、自分たちは無傷で済むことになるでしょうしね」
「呆れ返るばかりなのだが、清廉潔白だと堂々と主張できる人間があまりにも少なすぎる。だったら私が前に出て捜査に当たってやるかと言い出したところで、そんなことが出来るわけもないしな」
子供も二人いれば妃もいる。王家として雁字搦め状態のアドルフ王子は自分の身の潔白を堂々と主張することが出来るのだが、王太子が前に出て行ったら余計ややこしくなる案件なのは間違いない。
「それに、君は自分の結婚が納得いかないのだろう?最近は随分と機嫌が悪いと噂に聞いているぞ?」
アドルフ王子はそう言ってオリヴェルを見上げると、
「苛立ちを解消するには丁度良い事件になるじゃないか?なあ?」
と、言い出した。
確かに気分転換にはなるかもしれない。
そう考えたオリヴェルは完全に間違った選択をしたことになるのだが。
こちらの作品、アース・スター大賞 金賞 御礼企画として番外編の連載を開始しております。殺人事件も頻発するサスペンスとなりますので、最後までお付き合い頂ければ幸いです!
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