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私の婚約者はキャンディみたいに甘い男で、ルックスもさることながら、醸し出す雰囲気には誰彼構わず誘うような甘い匂いが漂っているのよ。
言うなればアレね、夏場の森の中で樹液を垂れ流すクヌギの木みたいな奴ってことよ。夏になると樹液の甘い匂いに誘われてカブトムシ、オオクワガタ、ノコギリクワガタ、アオカナブン、アカカナブンなどなど集まって来るじゃない。
ラハティ王国では春から夏にかけてが社交シーズンだから、色とりどりのドレスを身につけた貴婦人たちがいろいろな場所に現れるようになるんだけど、私の婚約者は貴婦人だけを狙わないというところがポイントよ。
可愛かったり、色気たっぷりだったりすれば、平民とか、貴族とか、な〜んにも関係ないの。まさしく!来るもの拒まず、去るもの追わずのクヌギの木みたいな奴なのよ!
「リューディアったら、虫の種類について詳し過ぎるのもどうかと思うし、世の女性たちを虫に例えるのもどうかと思うわよ!」
一緒に中央広場を歩いていたマリアーナが呆れた様子で私のことを見下ろしている。
小柄な私と比べて、マリアーナは標準よりも背が高い迫力ある美人なのだけれど、今日も今日とて、仕事をサボって私に付き合ってくれるみたいなの。
「ねえ、マリアーナ、あなた、仕事の方はどうなの?そんなに休んで大丈夫なの?」
「リューディアったら私の心配をしてくれているの?」
マリアーナは目をキラキラさせると、
「実はね、うちの職場に泥棒が入っちゃったみたいなのよ」
と、小声となって囁いたの。
「上司は何が盗まれたのかを調べるために出勤しているんだけど、下っ端の私たちのような人間はしばらくの間、お休みをとる形になってしまったのよ」
「泥棒?」
マリアーナが専門としているのは王国史で、最近では教会の下から発掘された古文書みたいなものを翻訳しているんだったわよね。
「泥棒が入って盗みたいと思うようなものが何もないように思うのだけれど」
「本当に、何でうちに入ったのかが全然わからないのが問題みたいなのよ〜」
上の人間は非常に重大な問題だと考えているらしく、マリアーナのような一般職員は自宅待機という状態になってしまったらしいのだけれど、
「自宅に居たって面白くないし!だったら名探偵リューディアの助手として働いた方が良いかなと思ったし!」
マリアーナったら相変わらずのフリーダムだわ!
「色々とツッコミたいところではあるんだけど、その名探偵リューディアって何?一番気にかかるワードが出て来たわね?」
「だって!普通『死亡推定時刻は12時から14時です』『犯人はあなただ!』とか言わないでしょう〜?」
「私がいつ、犯人はあなただって言ったっていうのよ?」
犯人はあなただ!は、ミカエルに対して指を突きつけながら言いたい言葉だけれども!
『君たちは【冤罪】という言葉を知っていますか?』なんてことをおじさんに言われていて、釘を刺されているじゃない?
「でも!でも!でも!どんな小説を読んでみても、名探偵には必ず頼りになる助手がついているものなのよ?」
「とりあえず、私を名探偵に仕立て上げるのだけはやめて欲しいわ・・」
私は今から自分の婚約者の浮気相手に直接会いに行き、私の婚約者ときたら一体どういう人物なのか、愛人の視点から教えて貰おうと考えているところなのよ。こうやって証拠を固めて、ミカエルとの婚約破棄・解消・白紙のいずれかを選択できるように進めていくのは名探偵がやることじゃないでしょう?どちらかというと浮気調査をする探偵?あら?やっぱり探偵になっちゃうのかしら?
「リューディア!見て!見て!見て!おそらくミカエル様の愛人はあの子じゃないかしら?」
「え?どこ?どこ?どこ?」
王都の中心地に中央広場があるのだけれど、この広場にはいつでも露店が並んでいて人の行き来もそれは多いの。売っているものは庶民が着るようなスカートやシャツから、アンティークの家具から、昔は貴族の家で飾られていたのかな?みたいな古いガラス細工なんかも売られているの。
露天の中には生花を売っている店が二、三軒あるのだけれど、その中の一つに輝くような黄金の髪を緑色のスカーフで包んだ、それはそれは可愛らしい女の子が太った女店主と一緒に大きなブーケを作っているわ。
我が国は噂が大好きな国民性なのだけれど、ミカエルが中央広場の花売りの娘に夢中になっているという噂が流れ出したのは、王国の雪が溶けて春がちょうど訪れた頃だったように思うわ。
可愛らしい花屋の娘に一目惚れをしてしまったミカエルは、毎日のように花屋に通い、毎日のように花を買って行くんだけど、そのうち花屋の娘にブローチを贈ったり、ブレスレットを贈ったりと、アピールにアピールを重ねていたらしいの。
ミカエルには親が決めた婚約者(私)がいるというのに、貴族も多く行き交うような中央広場で何をやっているんだよという話になるのよね。花屋の女の子が可愛過ぎるということと、キャンディーのように甘ったるいミカエルと並べて立たせるとまさにお似合いの容姿だったということで、貴族の令嬢たちの中には密かに二人を応援する者まで出て来る始末。
「「「リューディア様!ミカエル様のためにあなたから別れてあげなさいよ!」」」
と、言われるのはいつものことだけれど、親が邪魔をして婚約破棄・解消・白紙が出来ないんだっていくら言っても理解してもらえないのよね。
「ほらほら!逃げ出す前に捕まえなくちゃ!」
だけどね、今、その問題の女を自分の目で確認して思っちゃったのよね。
ミカエルったら私よりも六歳年上の二十四歳、相手の女の子は十四歳、歳の差十歳ということになるけれど、これは犯罪にならないのかしら?
六十歳の男性が五十歳の女性と恋人同士になる、これは全く問題にならないけれど、二十四と十四では、色々とまずいんじゃないのかしら?
え?ありなの?なしなの?分からない、私には分からない。
「リューディア、ほら!早く行こう!」
「う・・う〜ん」
強引グマイウェイのマリアーナに引っ張られるような形で私は花屋の前まで歩いて行くことになったのだけれど、金髪の可愛い女の子は明らかに浮かない表情を浮かべているの。その女の子を太った女主人も心配そうに見ているんだけど、注文されたブーケを作らなくちゃならないみたいで、手だけは器用に動かしているみたい。
「あの〜・・」
これから、こんな可愛らしい女の子相手に浮気の事実について聴取しなければならないのかしら?正直に言って気が重いわ!
「その〜・・」
気が重い!気が重過ぎる!
埒があかない私の様子に痺れを切らした様子のマリアーナが、あっという間に二人の前へと進み出ると、あっという間に二人の手の平に銀貨を一枚ずつ握らせたのよ。
銀貨ってあれよ?庶民の家族が贅沢をしなければ三ヶ月は暮らせる金額になるのよ?
「花屋の女将さん、申し訳ないのだけれどこの子とちょっとだけ話をしたいのよ。少しの間で構わないので席を外させてもよろしいかしら?」
この時の二人には、マリアーナの姿が赤髪の巨人のように見えたでしょうね?
貴族のレディにしか見えないマリアーナから居丈高に言われながら、銀貨一枚を握らせられているのだもの。
「全く問題ありませんわ〜!」
太ったおかみさんは、揉み手をしながら女の子を前に押し出すと、
「この子ったら今日は本当に元気がなくって、お休みさせようかしらと考えていたところだったんです〜。ジェニー、素敵なレディに声をかけてもらって良かったわね!今日はもう帰って大丈夫だからね!」
と、言い出したのよ。
金髪の可愛い女の子、ジェニーという名前なのね?彼女は自分の手のひらと上の銀貨とそびえるように見える赤髪のマリアーナを交互に見ては泣き出しそうな顔をしていたのだけれど、
「あの!あの!心配しないでください!」
思わず私は割って入るようにして言い出したわよ。
「別に虐めようとか、とって食おうというわけじゃないんです!ちょっとだけ、ちょっとだけお話が聞けたらいいな〜と思って声をかけさせて貰ったんです!」
マリアーナから子リスちゃんと呼ばれる程度には無害に見える私が登場したことで、ジェニーはホッとした様子でつぶらな瞳に涙を滲ませている。
マリアーナを見上げると、満面の笑顔でサムズアップしているわ!
もう!もう!マリアーナったら!助手としてきっちり働いているでしょアピールはいらないから〜!
こちらの作品、アース・スター大賞 金賞 御礼企画として番外編の連載を開始しております。殺人事件も頻発するサスペンスとなりますので、最後までお付き合い頂ければ幸いです!
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