7)
お読みいただきありがとうございます!よろしくお願いします。
悲鳴をあげたマリアーナはそのまま失神しそうになったのだけれど、そこは両足を踏ん張って耐えに耐え、五歩ほど後ろに大股で下がるとキッチンの椅子に腰を下ろしたのよ。
根性で耐えたのね!凄いわ!マリアーナ!
「何があったんだ!」
「悲鳴が聞こえたけど!」
「マダム!大丈夫か!」
けたたましいマリアーナの悲鳴を聞きつけてくれた、配達のためにたまたま通りかかったパン屋のおじさんと、近くで屋台を開いている串焼き屋のおじさんと、牛乳配達のおじさんが勝手口から顔を覗かせてくれたのだけれど、私はマリアーナに冷たい水を渡しながら、
「おじさんたち!事件よ!事件!」
と、大声をあげたのよ。
「パン屋は憲兵隊のところまで走って!牛乳配達のおじさんは今から書く手紙を軍部に居る私の叔父のところまで届けてちょうだい!串焼きのおじさんは他の屋台の主人たちに不審者を見ていないか聞き込みをして来てちょうだい!」
「「「いや、だから何があったんだっての!」」」
「マダムが殺されたのよ!」
「「「なんだってー!」」」
勝手口のすぐ近くにある倉庫でうつ伏せ状態のマダムは絶命しているので、おじさんたちは驚き慌てながらも外に駆け出して行ってくれたのよ。おじさんたちが駆け出す頃には、近くのメゾンで働く人たちも騒動を聞いて顔を覗かせ始めたの。
「マダムが殺されたって?」
「嘘でしょう!」
「まあ!まあ!まあ!」
我が国は噂が大好きな国民性なのだもの、マダムが殺されたという話はここから三千里を駆ける勢いで広まっていくことでしょう。
そのうちにパン屋のおじさんに引き連れられて憲兵がやって来たので、お喋りのネタを求めてメゾンに集まり始めた人々を排除してくれたのだけれど、倉庫に転がる死体を一目見ようと現れる人々を追い返すのは大変だったわ!
「リューディア、マダムがまさか殺されているだなんて!こんなことになるなんて思いもしなかったわ!」
真っ青な顔のままマリアーナはハンカチで自分の口元を押さえているのだけれど、あまりの衝撃で胃液が喉元まで登って来ちゃっているのね。
「本当に!まさか殺されているとは思いもしないわよ!」
私の婚約者が浮気をしている相手というのがマダムで、その浮気相手のマダムに、是非とも私の婚約者を奪い取る形で結婚をしてくれと懇願に来たところでこれよ。
「ま・・ま・・まさか、まさか、私たちが殺したとかそういうことにはならないわよね?」
マリアーナの顔は青から青紫色に変色をし始めている。
「特にリューディアなんてアレ(ミカエルの婚約者)じゃない?殺意ありとか、犯行動機ありとか、お前が結局やったんだろうとか、決めつけられちゃったらどうしよう!」
「ない、ない、ない、ない、それはないから」
私はコップの水を一気に飲み干しながら言ってやったわよ。
「マダムの死体はすでに死後硬直が始まっていたから、最低でも死後2時間は経過しているということになるの。それに、背中から刺された刃渡りの長いナイフは腹部を貫通しているし、腹部の大動脈を傷つけてしまったのよね。マダムの死因はおそらく出血多量による失血死になるだろうけれど、出血性ショックを起こして死亡するまでに結構時間ってかかるものなのよ」
マリアーナはポカーンとしながら私の顔を見つめているわ。
「大量の出血が原因で死亡するにしても刺されてから1時間くらい経つでしょうし、そこから死後硬直が起こるまで放置されているわけだから、最短でも3時間はマダムは倉庫の床でうつ伏せ状態になっているってことになるの。となると、私とマリアーナはクリスティナの家でお茶会をしていたから犯人になれるわけがないのよね?」
「ちょっ・・ちょっ・・ちょっ・・」
マリアーナの顔は青紫色からピンク色、ピンク色から真っ赤に変化していった。
「一体なんなのよ!名探偵なの?名探偵リューディアなの?」
「んなわけないでしょう」
「じゃあ!なんで!なんで!なんで最低でも死後3時間は経過しているってわかるのよ!」
「そりゃ、マダムのご遺体を確認したから」
「確認したからじゃないわよ!何故だか倉庫の方に入ってなかなか出て来ないと思ったらマダムのご遺体の確認をしていたの?」
「そうだけど」
「なんでそんなに冷静なのよ!私なんて・・私なんて・・」
マリアーナはわっと泣き出しながら、
「死体なんて始めて見たのよ!ショックだわ!なんでリューディアは大丈夫なのよ!信じられないわ!」
と、言い出した。
私たちは未だに勝手口から入ってすぐの場所にあるキッチンに居たのだけれど、憲兵の方々が遺体の確認をしている間は椅子に座って待機しているように言われたのよね。
王宮に勤めているマリアーナは研究員として働いているのだけれど、彼女の専門は王国史なのよね。彼女の実家は代々学者を輩出しているような家なのだけれど、王宮の敷地内にある教会の地下から発見された古文書みたいなものを解読するのがマリアーナの仕事だったりするのよ。血とか死体とか殺人なんて全く縁のない職場よね。
「マリアーナ、十年前に起こった北方部族との衝突に王国が軍を出したのを覚えているわよね?」
「ええ、ええ、そんな騒動もあったわね」
「私、軍医をやっている叔父について助手として従軍しているのよ」
「ええ?ええ?」
マリアーナは瞳を見開くと、
「あああ!あった!あった!リューディアったらまだ子供なのに叔父さんについて北に行っていた時期が確かにあったわね!」
と、興奮の声をあげた。
大陸の北に位置するラハティ王国だけど、その北端には昔から住み暮らす部族が居て、私たちとは容姿も異なる人々だけど、遥か昔からその地に住み暮らしていたのよ。彼らは北海を移動するアザラシを狩猟して生業としていたんだけど、武力蜂起をすることになり、軍医だった叔父は私を連れて北に向かうことになったのよ。
「彼らは北に広がる複雑な地形を細部に至るまで十分に理解をしているし、罠を張り続けて地道にこちらの戦力を削り続けたのよ。だからこそ怪我人も多く出たし、それこそ死亡者なんかも結構な数、出ることになったの」
北の部族は狩猟民族だった為、ライフル銃の他に弓矢や長槍なんかも利用をする。だからこそ、矢傷や槍の刺し傷を作って運ばれて来る怪我人が多かったのよね〜。
「駐屯地はまだ安全だとしても、野営地なんかでは哨戒に回っていた兵士が奇襲を受けて気が付いたら死んでいたなんてことも多くって」
「その危険極まりない戦場に、リューディアはまだ八歳だというのに出向いて行ったのよね?」
「そうよ、軍医である叔父の助手として」
「親が良く許したわよね?普通許さないでしょう?」
「うちの親は率先して私を送り出したわね。ほら、うちって弱小貴族だから、跡取りは子供のうちから苦労しなくちゃ駄目なんだとか何とか言い出して」
「信じられない!苦労のさせ方が斜め上をいっているわ!」
弱小貴族の我が家だけど、代々軍部に関わってきた家でもあるので、最初は両親も私を軍医にするつもりでいたのよね。だけど、だけど、私、裁縫がめちゃくちゃ下手くそなのよ。布と布をきちんと縫い合わせることが出来ない私が、皮膚と皮膚を繋いで縫い合わせることが出来るのか?否よ、そんなことしたら肉がちぎれて骨が出て来ることになってしまうということで、十二歳の春に軍医は諦めることになったのよ。
「話は戻るけど、哨戒中に全滅させられた場合、死後どれくらい経過しているかがとっても重要になってくるの。そんな訳で、死後どれくらい経っている遺体かということを大体判断出来るように仕込まれているので、マダムの死亡時刻もなんとなくという程度なら推定することが出来るのよ」
「はあ〜―!」
マリアーナが感心しながら呆れ返っていると、
「リューディア!リューディア居るのか!」
低音のバリトンボイスが狭いキッチンに轟いたのよ。
「おじさん!来てくれたのね!」
私が椅子から立ち上がると、背が低い私をようやっと見つけたような様子でおじさんは眉を顰めて、
「小さすぎて何処にいるのか分からなかったぞ!」
と言って、熊のような顔を顰めたのよね!
こちらの作品、アース・スター大賞 金賞 御礼企画として番外編の連載を開始しております。殺人事件も頻発するサスペンスとなりますので、最後までお付き合い頂ければ幸いです!
モチベーションの維持にも繋がります。
もし宜しければ
☆☆☆☆☆ いいね 感想 ブックマーク登録
よろしくお願いします!




