気分転換に、お出かけです
店が休みの日に、吉花と細川は連れ立って町を歩いていた。
「せっかくのお休みに、いっしょに出かけてもらってありがとうございます。でも、ほんとに良かったんですか? 稲荷さんもお休みだったんでしょう……?」
今度の休日に予定がない、と話す吉花に、だったら久しぶりに町を歩いて遊ぼうと声をかけてきたのは、細川だった。
いつもであれば、吉花が誘う側で細川は誘われる側だ。珍しさに驚きながらも、吉花は喜んで了承した。
そして今日、細川の家まで迎えに行ってみると、出かける支度を終えた細川とともに稲荷が顔を見せた。
いつもであれば、忙しい稲荷はとうに仕事に行っている時間だ。聞けば、珍しく休みがとれたという。
「だったら、稲荷さんとふたりで出かけてきてください。なかなかお休み、合わないでしょう?」
そう言う吉花に、細川と稲荷はふたりそろって首を横にふる。
「休みだけれど、少し調べたいことがある。付き合わせるのは悪いから、吉花さんと出かけてくれたほうが気が休まる」
「久しぶりのお休みだから、ゆっくり休んでもらいたいんですけどね……」
苦い顔で笑って細川が言うのを、稲荷は聞こえないふりする。それでもせっかくいっしょに過ごせるのだったら今日は遠慮します、と吉花が言おうとしたとき。
「それに毎日会えるから、休みだからといっていっしょに過ごさなくても問題ない」
と稲荷が言い、ですね、と細川が頷いたものだから吉花も反論する気がなくなってしまった。
そんなわけで細川と連れ立って歩きだした吉花だったけれど、それでも少し経つとやっぱり稲荷のことが気にかかる。
「稲荷さん、ああ言っていましたけど、やっぱりお家で二人で過ごしたかったんじゃあ……」
ためらいがちに問う吉花に、細川はいやいやと手を振る。
「稲荷さんがああいうってことは、そうなんですよ。むしろひとりのほうが集中できていい、とかそういうことですよ。稲荷さん、思ったことはぜんぶ言ってくれますから」
ほわほわと笑う細川に、不安は見えない。いつも自信なさげにしている姿との違いに、稲荷との関係がうまくいっているのだなあ、と吉花はうらやましくなる。自分と葉月がうまくいっていないわけではないのだけれど。
「だったらいいんですけど……。それにしても、お休みの日もお仕事をするなんて、大変ですね」
稲荷がいっしょに出かけないことはどうにか納得した吉花だけれど、やっぱり稲荷のことが気にかかる。
いつも朝早くから仕事に向かい、帰りは日没後になるため細川が迎えに行くと聞いている。
「そうですね。えと、職場でも頼りにされているらしくて、たくさんお仕事を任せてもらえるみたいです。稲荷さんもいまのお仕事がとても楽しいみたいですし、体を大切にしながら頑張ってほしいな、なんて、偉そうなこと言える立場じゃないんですけど。でも、あの、応援したいと思ってるんです」
照れたように言う細川を微笑ましく思いながらも、吉花の胸は痛む。
職場で頼りにされている稲荷。たくさんの仕事を任されるということは、それだけ仕事ができるということだ。稲荷がこの町に来たのは、吉花よりも後。だというのに稲荷はたくさんの仕事を任されて、きっと職場ではいなくてはならない人になっている。
それに比べて自分はどうだろう。
職場で頼りにされていないわけではない。けれども、新人の子と比べてそれほど多くの仕事をしているわけではない。常連の顔を覚えているのも、常連の好みを把握しているのも、長く勤めれば誰にでもできることだろう。現に、吉花が休んで新人の子だけが給仕をした日であっても、問題なく店は回っている。
吉花でなくとも問題ない。吉花がいなくても問題ない。だったら、吉花がいる意味は……?
「あ、見えてきましたよ。吉花さん」
吉花が暗い思考におちいりかけたとき、細川の声がして意識が浮上する。
顔を上げると、細川が指差す先に見慣れない建物が見える。
白い壁に縦長のガラス窓。正面の木戸を中心に左右対称を作る建物の中央は、塔のようにすらりと高い。その塔のてっぺんに立つのは、白い十字架。そう、吉花と細川が目指していた教会だ。
先日、吉花がヨルにもらった紙に書かれていたのは、新しくできた教会の地図だった。ヨルが言うには、教会といっても宗教の教えを広めることを目的としているわけではなく、外国人のための案内所としての役割が大きいらしい。
外国人向け案内所としてはうまく機能しているらしいが、まだ出来たばかりだからだろうか。なかなか地域の住人と打ち解けられない、とヨルは教会の職員に相談されたらしい。
そこで、息抜きがてら遊びに行ってやってくれと吉花に声をかけてきたのだった。
地図を見るまでもなくここが目指していた場所だとはわかる。けれども、馴染みがない建物に吉花と細川は尻込みする。
馴染みがないというか、江戸風のこの町にそぐわない。周囲の建物がすべて木造、瓦屋根の一階建ての中で、十字架部分が突出した真っ白い協会はひどく目立つ。
そして、その目立つ建物の柱に隠れてこちらを伺う長身の人影が、近寄りがたさをいっそう引き立てていた。




