第61話 スカ女の象徴
宝冠弥勒の制作に夢中の美留だったが、昼は学校で、夜は巧のウチの工場で作業を続けていたせいだろう、右手を加工している最中、熱を出してダウンしてしまった。
宝冠弥勒は右手が加工のポイントで、頬にふれて思索するポーズもその魅力の一つであるらしい。何としても加工がしたい、加工を途中で辞めてしまったら、集中力もイメージも失われてしまう、と美留はかなり抵抗したらしいが、40度近い熱には結局かなわず、静養を余儀なくされた。
2日間、美留の介抱で学校に姿を見せなかった巧だが、今日は熱が下がったからと、3日目の朝には学校に姿を見せた。
「美留はもう大丈夫、だいぶ熱も下がったし、今日は大人しく寝てるよ。なんでも、叔父さんの所に居たときは、このくらいの熱じゃ仕事してたって言うじゃない?それ聞いて、アタシ頭にきちゃってさ」
「何、美留って、叔父さんの所にいたの?」
「美留の事、話してなかったっけな。ま、今なら話してもいいかな」
それから巧は美留の事を話し始めたが、それは聞いていて決して楽しい話ではなかった。
なんでも美留の父親というのが、なかなか腕の良いフライスの職人さんで、自分で会社を立ち上げ、今の美留の保護者の叔父さんというのはお父さんの弟で、その会社で働いていたらしい。お父さんが急に亡くなったのが美留が小3の頃、その後、会社は叔父さんが引き継いだものの、お兄さんのようには上手くいかず、かなり生活に困窮していたという。
美留がそもそもフライス盤に長けているのも、何も遊ぶものを与えられなかった美留が、唯一自由にして良かったのが父親が使っていた古いフライス盤で、その腕が父親譲りで金になると知った叔父さんは、朝となく夜となく美留を酷使したのが、美留がこんなにも熟練した腕を持つ理由の一つらしい。
しかも、その叔父さんというのが美留に手を上げる事もしばしばで、そもそも美留の言葉が少ないのも、そんな美留の生い立ちに原因があるのだろう。
「ヒドイ話ね。美留ちゃん、可哀相・・・」
「巧と美留の知り合うきっかけって、何だったの?」
「それは、親父の仕事絡みで。何か、中学生の小さな女の子が、器用にフライス使って仕事しているらしいって聞いて、それでアタシ以上のヤツなんているかって、意気込んで美留の仕事見にいったら、あの腕だぜ?アタシ、すっかり自信失なっちゃってさ、ああ、これは敵わないって、すっかり落ち込んだんだ」
「あの、技術五輪出なかったのも?」
「うん、その時だな。あんなの、ただの茶番に見えてさ」
そんなわけがあったのか・・・。天才って言われた巧でさえ、自信を失う美留の才能か、でも、そんな才能があっても、決して幸せじゃなかった美留。
そんな美留だったが、同じ年で自分と同じようにフライス盤を使う女の子が居る事にスゴく驚き、すぐに巧と仲良くなったらしい。美留は巧が尋ねてきてくれるのを心待ちにするようになり、巧もそんな美留を可愛く思ったのだろう、そこから2人の交流が始まったらしい。
「でも、叔父さんがそれを面白くなかったんだろうな。まあ、仕事の邪魔くらいにしか思わなかったんだろう。アタシには結構冷たくてさ。でも、ある日、アタシ見ちゃったんだ。その叔父さんが美留にイタズラしようとしてるのを。アタシは咄嗟にソレを映像と音声に残して、叔父さんをユスるネタを掴んだってワケさ。そう、ちょうどそれはアタシが中学の頃、未理も学校で難しくなってきてて、アタシは常に探りをいれるために、そういう機材を手にしてたんだ」
「じゃあ、ソレを使って?」
「ああ、この学校に無理やり入学させたのはアタシ。また、その叔父さんが良からぬ事を考えてそうなので、アタシとの同居を許すように仕向けたんだ」
「お、お前って・・・怖いな」
「でも、アタシだって責任を感じてるんだ。美留のこれからの事、真剣に考えてる。アイツはアタシみたいな仕事、いわゆる産業に関わる事より、芸術分野で活躍するほうが良いじゃないかって、ココのところずっと考えていた」
「それで、強引に3Dプリンターに触れさせたかった?」
「そう」
巧と美留の思いがけない話に、何となくしんみりとする俺たち。何も考えてないような巧が、実はここのみんなの事を一番に考えているんだ、それはみんな実感として感じたらしく、巧ちゃんらしいわね、というセツ姉の一言が、すべてを物語っていた。
そして、ついに宝冠弥勒像の完成が近づいていた。難関だった右手、やはり最大のポイントも顔も完成し、溶接による接合も終わり、全員でも仕上げ加工に入っていた。
実際の木像のように、削り目を残したほうが良いのでは?との意見もあったのだが、接合部の溶接後とのバランスを考え、全体的に磨き作業を入れる事にした。
そんあある日、小白川が学校を尋ねてきた。
「やあ、クリスマス会はありがとう。本当に楽しかったよ」
「きゃーー、小白川くーん!ど、どうしたの、今日は!」
「阿久根さん、久しぶり。あのバッチのお陰で、優勝できたよ」
「いやよ、阿久根さんだなんて。セツって呼んでー!」
テンションのあがるセツ姉。小白川は苦笑いしながら、製作途中の宝冠弥勒に目をやる。
「いや、優勝報告も応援のお礼も言ってないなと思って。今日はオフで実家に戻っていたから、こっちまで足を伸ばしたんだけど・・・。でも、驚いたよ!何だって忍の像なんて作ったんだい?」
「えっ!?何バカな事いってるんだ、ユウコ?これは広隆寺の宝冠弥勒だよ、どこが忍だっていうんだ?」
「え?みんな、気が付いてないの?これ、どう見たって忍だと思うよ?」
「えっーーー??」
みんな、驚いたように、改めて遠巻きにその像を見てみる。俺もそうして見てみたのだが、うーん、実感は無い。俺に似ている、だって?
「そ、そう言われてみると、確かに忍ちゃんに見えなくも無いかも・・・」
「そう、拙も実は感じていた。これは、穴井殿の思いがこもっているな、と」
「ま、まさか・・・美留・・・そんな事、無いよね?」
「私も今はっきりとわかりました。これは、下井さんです」
「わたしもわかってたよぉ!何で今までぇ、みんな、気がつかなかったのぉ?」
そうだ、もし本当にこの像が俺に似ているのだとしたら、この1ヶ月、ずっと目の前で見てきたと言うのに、なんで気がつかなかったのだろう?
「・・・近すぎて、わからなかったんだ」
何だって?巧の一言にみんなが振り向く。
「いや、何でもない。近くにあるものって、実際はよく見えないって事さ」
「なによぉ、意味深にぃ!」
そして、その像は俺たちの三学期が終わる時には完成した。みんなで必死に1週間仕上げ、その姿は金属特有の光沢で輝き、木造とは違ったありがたさも感じた。
設置場所は、校舎に入ってエントランスの所に設置される事となった。何せ鉄製なので錆びが怖いので、室内に置くことにしたのだが、その重さにも辟易し、とても女子だけで運べる重さじゃなかったので、小白川と例のチームメイトたちも手伝いに呼んで、ようやく設置が完了した。
小白川は、やっぱりどう見たって忍だよー、と感慨に耽り、堀尾くんは、テメー全国大会の決勝で呼び捨てにしたろー、と巧にどやされ、謝りつつも喜んでいた。
そんな賑やかな中、出来上がった宝冠弥勒像は、エントランスで燦然と輝き、訪れる者を迎えてくれる。それは俺たちのこの一年の集大成というに相応しいもので、スカ女の象徴となり、また、天才美留の記念すべき、第一作目でもあった。
ババアの策略で、仕方なく入学した隅の川女子工業高校、今は少しババアに感謝している。退屈しなかったよ、この一年。あと2年、どうなるかはわからないが、とりあえず言わせてもらうよ。サンキュー、と。




