第59話 未理暴走
スキャナー室を飛び出した俺は、巧たちの姿を探した。以前のような突発的な事故ではなく、意図的に行われたハレンチな行為に怒りが治まらない。
松屋の姿を見つけたので、巧たちの居場所を尋ねると3Dプリンター室にいるらしい。奴らの意図は見えた。
「でも、中から鍵閉めてるから、入れないと思うよ。マル秘の製品らしいけど、君達一体何を作っているんだい?」
松屋の疑問には答えず、俺は3Dプリンター室の場所だけ聞くと、ダッシュで向かった。言われた通り鍵は閉まっていたが、お構い無しに扉を蹴り、叫んだ。
「ここ開けなさいよっ!大体の魂胆はわかったわよっ、このエロ女!変態!鬼畜!開けなさいってばっ!」
「うるせーな、開けるよ」
巧が面倒くさそうに扉を開けると、みんなはばつが悪そうに顔を伏せた。ところが美留は、俺が入ってきたのにも気がつかないのか、その機械に張り付いている。
「見ろよ、大分、形が見えてきた」
その機械のガラス越しに見える内部で、今まさに、ミニチュアの人体の形状が浮かび上がってきていた。それほど大きな機械では無いので、作られているミニチュアは30㎝くらいだろうか、しかし細部まで表現されたその造形は、明らかに、俺、だった。
「リアルドリーム社で今度、女性向けのドールの製作が計画されていて、その金型の製作を依頼されたんだ。まだ企画段階で、決まった話ではないけれど、取り敢えずサンプルを製作したいと考えたんだ。その雛型にオマエのデータが欲しかったんだ」
「ふざけないでよ!ドールって何?どうせ、性的なヤツでしょ!?なにがサンプルよっ!」
「だって、忍、はっきり言ってたら見てくれたか?。お前の中性的な所もイヤらしさが押し付けがましくなくて、お前しか無い、ってピンときたんだ」
「イヤらしいのはあんたよっ巧!あんた、いつも勝手過ぎるのよっ!やり方が最低よっ!私たち、レイプしたも同然じゃない!」
「だから言ったんだ、キャサリン。いくらなんでも強引過ぎるって」
「そうね、ちょっと、やり過ぎかもね」
「なんだよー、もう、やっちゃった事は仕方ないだろ!チンコ見られたくらいで、大袈裟だってぇーの!ちぇっ、わかったよ、謝るよ、謝りゃいいんだろ!?どーもすいませんでしたっ!」
「巧っ!何よ!開き直るつもり!」
その時、美留が何か言った気がして、みな機械の方に目がいく。 今まさにスキャナーは俺のミニチュアの上部を完成しつつあり、その下半身にははっきりと突起物が見てとれた。うわあ・・・リ、リアル・・・。
「み、見ないでよーー!!」
俺の叫びも空しく、みんなかぶり付きで機械に群がる。てめえら、どんだけ飢えてるんだっ!?
「た、大変だー!は、林さんがー!!」
その時、突然、松屋が大慌てで、駆け込んできた。
「み、未理がどうした!?」
「と、突然、北村さんに、襲いかかって、今も暴れてるんです!」
「えっ?忍、オマエ未理に何か言ったか!!」
「いえ、ただ、これはレイプみたいなものだと、未理も同罪だと・・・」
「バッカヤローーー!!」
バッチーン!!という音と激しい痛みを頬に感じ、巧に殴られたとわかった。
「な、何よー!殴らなくたってイイじゃない!」
「未理に言っていい事と悪い事もわかんないのかっ!!バカヤロー!!ちっきしょー、こんな事してる場合じゃないっ!」
巧がすぐに部屋から飛び出した。俺たちもすぐに後を追う。俺が悪いのか?た、確かに、レイプって言い方は悪かったかもしれない。でも、原因はどっちにあると思ったいるんだよ!
「ひゃー、す、すいません!」
「ボケがあ、汚ならしいなりして、馴れ馴れしいんじゃあ」
「未理!どうした?止めろ!」
「なんじゃあ!?巧かあ!!止めたら、承知せんけえ!」
「ホームレス、何があった?」
「ぼ、僕は、林さんが迷ってるみたいだったから、声を掛けただけなんです」
「何、嘘ぬかしとるんじゃ!?オマエ、わしの肩、掴んだじゃろ!?ヤラしい事しようとしたんわ、お見通しじゃあ!!」
メイタだ!メイタが目覚めたんだ!メイタはホームレスに馬乗りになると、タコ殴りにした。ヤバイ、止めないと!
みんなで、メイタの体をハームレスから引っぺがしに入る。暴れるメイタ。
「何すんじゃあ!!巧ーー!!」
「三日月!手荒な事はすんなっ!い、痛っ!!ダメだよ、メイタ、暴れないでよ、コイツは悪いヤツじゃないんだってば!」
「えーん、止めてよー、痛い、痛いよー、離してってばー!!」
「あれっ?ナ、ナノ?」
「ち、ちょっと、あれ?巧?ちょっと、あなた、何してるのよ?一体どうしたっていうの?は、離せ、言うとるんじゃあ!!えーん、えーん、止めてってばー!ちょ、ちょっと?あれ?巧?だから言ったじゃない?あんたがた、みんな碌なモンじゃあないって!?えーかげんにせんかーい!!」
「???」
マズイッ!!未理が壊れてるっ!
「みんな、いいっ!!未理から離れてくれっ!!」
みんな、一斉にサッと未理から離れる。ジタバタ暴れる未理を、巧は涙を流しながら、ガッチリと抱きしめた。
「ゴ、ゴメン、未理!アタシが悪かった!!だから大人しくして、お願い!」
そんな巧の言葉が利いたのか、未理は巧の腕の中でグッタリとなった。まったく脱力したような未理が心配だったが、寝息をたてているようだ。寝てしまったのだろうか?
巧は未理の背中を、赤ん坊をあやすように撫で、落ち着いた様子の未理を背負うと、コーモン先生に頭を下げた。
「コーモン先生、ホームレス、すいません、迷惑かけちゃって。このお詫びは改めてしますので、今日はこのまま帰らせてください。悪いのは全部アタシです、本当にすいませんでした」
「いいです、気にしないで下さい。北村くんもいいね?しかし、君達は本当に愉快で興味深い子たちですね。また、遠慮せずに遊びに来てください」
俺たちが研究所を出た頃は、もう日暮れ間近で、空気も冷たくなってきていた。俺は巧に背負われている未理に、コートをかけてやった。そうやって背負われている未理は、いつもに増して幼く見えた。
「重くない、巧?変わろうか?」
「大丈夫。ヘナちょこのオマエよりアタシの方が力があるしな」
「あの、ゴメン。未理に対して、ちょっと言い過ぎたかも」
「いや、アタシが悪かったんだ。未理の事、少しも考えてなかった」
「でも、未理って、巧にとってナンなの?巧、未理に対しては、ちょっと特別よね?」
「うん。未理はさ、アタシの最初で最大の理解者だったんだ」
「え?そうなんだ?それって?」
俺がそう問いかけた時、未理が目を覚ましたようで、その大きな目を開いて巧のほうを見ていた。
「あれぇ?巧なの?わたし、巧に背負われてるぅ?なんでぇ?」
「オマエ、寝ちゃったんだよ」
「そっかぁ・・。ねえ、巧?」
「うん?」
「今度の仕事さぁ、断ったほうがいいよぉ。誰かが傷つくのはイヤだよぉ?」
「わかった、この仕事はしない。安心しろ」
「ありがとう、巧。それでね?」
「なんだ?」
「このままぁ、背中にいて、いぃい?」
「ああ、しょうがねーな」
「やったぁ!あたしさぁ、巧の背中、好きだよぉ。バイクに乗ってるんだったらぁ、もっとイイのになぁ・・・」
そう言うと未理は再び目を閉じると、また眠りについてしまった。電車の席では巧の肩を枕に寝ている未理、全然目を覚まさない。
そんな電車の中、巧はポツリポツリと話してくれた。
「おそらく、ああいった混乱は、心に凄く負担になるんじゃないかな。前にも似たような事があった時は、2日間寝っぱなしだったし」
「さっきの話の続きだけど・・・」
「ああ、未理の事?そう、未理がアタシの最初で最大の理解者って話だったな。あのさ、小さい頃からアタシ、学校ってあまり合わなくて、年中サボるかケンカしてるかだったんだ。
小2の時、男子数人とケンカして相手ケガさせちゃった時、先に手を出したのは相手だって庇ってくれたのも、小5の時に6年のグレたグループにボコボコにされた時、あの小さな体でアタシに覆いかぶさって庇ってくれたのも、未理だったんだ。信じられないかもしれないけど、その頃の未理は、頭が良くて、優しいヤツだったよ。今の未理は、未理の中の甘ちゃんの部分だけの未理なんだ。言ってる事、わかる?おそらく、明汰も奈乃も千知も来露もみんな未理で、いつか、全部合わさって、元の未理に戻ると信じてるし、それまでアタシは絶対、未理を離さないつもりなんだ」
何か、俄かには信じられない気がした。あの広島弁のメイタも未理の一部だって言うのか?でも、誰の心の中にも怒りは存在する。その怒りのイメージが、未理はたまたま広島弁の男だっただけなのかもしれない。
巧の背中で寝息をたてる未理の顔を見て、人の不思議さを感じずにはいられなかった。




