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隅の川(女子)工業高校! ものつくり残念女子話  作者: 日上東
第二章 二学期
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第53話 三日月の笑顔

 気が付けば師走の声を聞き、もうすぐ2学期も終わろうという季節になった。仕事は思いのほか順調で、今は巧も作業をしている時間が増えてきている。俺も巧についてマシニングの勉強を始め、今では簡単なプログラムくらいは作れるし、図面も読めるようになってきた。


「もしもーし。あ?あーコーモン先生?え?FAX?見てない。・・・わかった、見るよ。・・・コレ、どうするの?えっ?今週中に欲しいって?無理無理。・・・えー、マジかよー、仕方無いなー、でも納品はイヤだよ、遠くてさーセンセーのトコ。・・・ああ、わかったよ。じゃあ、金曜日までにやっとくから。松屋には午後に来るように言っておいてくれ」


 今では、トーキオ大学の中道教授がたびたび仕事をくれるようになり、巧は面と向かって、コーモン先生などとあだ名で呼んでいるが、教授も特に気にする風でも無く、2人の間に妙な友だち意識が生まれているような気がする。


 ある日の放課後、珍しく三日月と帰り際に一緒になった。電車通学の三日月と一緒になるのは久しぶりな気がする。

 俺はその時、駅に行く用事ができたからだったのだが、確か前にも駅近くで三日月と会った時、俺がたまたま駅に行った時で、あの時は確かトラブルに巻き込まれて・・・。

 少し不安な気持ちになってきた。

 三日月は黙ったまま、俺も何を話して良いやら、そんな調子で歩いていると、目の前で車道から歩道に移ろうとした自転車の少女が転倒した。

 まだ幼稚園にあがる前くらいの子だろうか?近くに親がいる様子も無く、見ると膝と肘から血を流していた。骨には異常が無さそうだし、おそらく擦りむいたくらいだろう。三日月はカバンから絆創膏を取り出し、少女のキズに貼ってあげようとしたら、その少女はかえって大きな声で泣きだしてしまった。


「どうしたの?大丈夫よ?絆創膏貼るだけだから、痛くないよ?」

「お姉ちゃん、怖いんだもーん」


 お姉ちゃん?どうも三日月の事のようだった。しばらくすると、その少女の母親と思しき人が現われ、モモちゃん、大丈夫?とか言いながら、子供を抱き起こした。

 それでも、そのお姉ちゃんがー、怖いよー、といって泣き止まず、三日月は少し青い顔をして黙りこみ、母親もバツが悪そうな顔をして、やはり無言で立ち去ってしまった。


「何か、感じ悪いわね。介抱してあげてたのにお礼も言わないなんて」

「いや・・・、拙のせいだろう・・・」


 何となく落ち込んだようにうな垂れながら、三日月は先を急ぐように早足で歩いていった。そこに、男の声が掛かる。


「いやあ、久しぶりだね、ナイフのお姉さん!今日は美人の友達と一緒?」


 なんと!例の怖いお兄さんたちじゃないか?悪い予感が的中といった所か。それでも、向こうは俺だという事に気がつかないようだ。そのお兄さん2人は、またしつこく三日月に絡みだす。


「ねえ、今日もナイフ持ってるんだろう?今度は刺しちゃう?いいよ、美人さんに刺されるなら本望だし!」

「へー、お前、こういう子が好み?俺はこっちの子のほうが、断然いいけどなあ」

「なあ、人刺すのもイイけど、俺たちと一緒に遊びに行こうよ。もっと気持ちいい事、しよーぜ?」

 

 三日月も今回はさすがにナイフを出そうとはしないし、どうしようか、と思案してると、忍ー、久しぶりー、という明るい声が聞こえた。レイコさんだった。これはもしかして僥倖?


「あれ?もしかして、何か困ってる?」

「は、はい。えーと、この人たち、ちょっとしつこくて・・・」


 怖いお兄さんたちは気色ばむ。


「あー?なんだあ、このババア?若者の明るい交遊に余計な口出しすんなよ?」

「ババア?どの口が言ったんだ?」

「この口だよ、ババア!モウロクして目が見えねーのか?ああ!?・・・え???」

「へえ、たいした口だねえ、もう、そのお口でもの食えなくなっても構わないんだねえ、坊や?」

「ひゃーー!!このババア、いやいやいや、女の方は、紅蓮拿威(くれない)の初代総長の辰巳怜子さんだぞ!!」

「ええっー、素手で七人の極道を血の海に沈めた?紅蓮拿威(くれない)引退の際は全国の暴力団88団体から1位指名を受けたっていう、伝説の?」

「で、伝説の、・・・血みどろレイコ・・・」


 顔面蒼白でガクブルのお兄さんたち。いや、俺もちょっとビビッてるんだけど。


「おい、人を化け物みたいに言うなよー。でも、ババアになった今だってテメーらの未来を東京湾に沈めるくらいなら、簡単にできるけど?」

「すいません!すいません!すいません!すいません!」

「じゃあ、この子たち、私が好きにしていいかなー?」

「もちろんです!もちろんです!もちろんです!」

「でさ、また、この子たちに、チョッカイ出す気、ある?」

「ないです!ないです!ないです!ないです!ないです!」

「もしさ、またこんな事があったって聞いたら、どうなるか想像してごらん?あーあ、耐えられるかなー、あななたち?」

「もっ、申し訳ありませんっ!!!も、もう、二度とこんな事は・・・ゆ、許してください」

「じゃあ、私たち、行くけど?」

「お疲れ様っしたあーーーー!!!!」


「バカねえ。通しきれない虚勢なんて張ったって意味ないのにね?」


 レイコさんは口元に笑みを浮かべながら、タバコを口にくわえた。あれ?電子タバコ?レイコさん?


「今時、タバコって時代じゃないからね。私、禁煙してるんだ。巧、あのバカ、まだタバコ吸ってるんでしょう?私が言ってたって、伝えてよ。ヤニ臭い女はモテないよってね。忍も嫌いでしょう?タバコ吸う女なんて?」

「は、はあ、い、いえ」


「でも、こんな紛いものに頼ってるようじゃ、私もまだまだだな。でさ、三日月?」

「えっ?はいっ?何で拙の名を?」

「巧から聞いてるさ、あんたの事は。巧も心配してる。差し出がましい事言うようだけど、私が見ても思うよ。三日月、あんた、潰れちゃいそうじゃないか?気がつかないまま背負った荷物が、重くなり過ぎちまった、そんな感じだぜ?もう少し楽になんないと、あんた、潰れちゃうよ?」

「・・・は、はい・・・」

「ダチのダチは、ダチ。何かあったら言いな。少しは役に立つ事もあるぜ。忍もな」

「いえ、本当に今日は助かりました。ありがとうございました」

「そんなご丁寧な挨拶なんていらねーよ。じゃあ、またな!」


 俺たちは深くお辞儀をして、レイコさんと別れた。


 そして、俺たちは缶コーヒー片手に、駅に近い公園のベンチで並んで座っていた。なんだか甘いものを、とにかく甘いものを口にしたかったのだ。


「いつもの事なんだ。拙には子供と動物が懐かない」

「子供と動物?」

「わかるんだ、子供と動物には。本能的に危険なものが」

「自分が危険だっていうの?」

「兄もわかるだろう?拙が血に対して異常な執着がある事を。拙はどうしてもそれから逃れられない。先だって、お父様が拙を責めたのは、その事なのだ。拙が血に捕らわれた痴れ者ゆえ、刀鍛冶を許してはくれないのだ」

「でも、お父さん、三日月を愛している、それは間違いないと思うけど」

「拙とって、お父様は、父である以上に師であり、師であるお父様は拙を決して弟子としては認めてはくれない。そんな自分が許せない。にもかかわらず、拙は血を見ると、心の奥底から浮き立つように興奮が湧いてしまうんだ。自分で作ったナイフで、肉を裂く時の興奮といったら!・・・自分でもどうしたら良いかわからない・・・」


 三日月の心の底はわからない。しかし、その一途な思いは理解できる。こいつの一番厄介な事は、自分の感情のコントロールが出来ない事だ。押さえたいと思っていても欲望に忠実に動いてしまう。

 もしかして、巧と三日月は似たもの同士なのかもしれない。


「ねえ、三日月、巧見てごらんよ。あいつ、多分本能に忠実って言うか、思った事をすぐに実行するじゃない?イイ事につけ悪い事につけ。三日月もソレでイイんじゃない?血見て興奮するなら、医者って選択肢もあるよ?悪い方向に考えずに、今は心の要求に素直に従っていればイイんじゃないかな、法律の許す範囲でだけど」

「・・・でも、子供とか」

「いいじゃない、別に誰に嫌われていたって。ウチの連中見てよ?誰からも愛される子たち?違うわよね?でも、嫌い?私は嫌いじゃないな、いいんじゃない、それで」

「・・・うん、そうだな。・・・ありがとう、忍」


 三日月は少し落ち着いたのだろうか、缶コーヒーを口にして、心なしか穏やかな表情になった気がする。


「ところで、巧と三日月、やっぱり入学前から知り合い?」

「スカ女に来るよう誘ってくれたのは作田殿だ。あれは、拙が中学3年の時。拙は勉強では苦労した事がなかったが、放課後は友人もなくただ塾に通う毎日だった。もっとも塾は隠れ蓑だったが。両親の離婚でお父様と離れた事が拙を苦しめていた。お父様は私では無くお兄様を選んだ、その事が辛くてならなかった。そんな事が拙を夜の街に誘い、拙はナイフをポケットに入れて、誰かがケンカを売ってきたなら切り裂いてやる気で、毎日ポケットに手突っ込んで、夜の街をギラギラして歩いていた」


 こ、怖い。三日月が常に刺す機会を伺いながら、今以上にギラギラして歩いていたなんて、おいソレとケンカも売れないだろう・・・。


「そんな拙に声を掛けるのは、結局警察くらいなもので、警察に見つかっては街を変え、そんな事を繰り返している時、この街で作田殿にあったのだ。作田殿も金髪でやっぱりギラギラしてたけど、拙と目が合うとなぜか、ニカッと笑ったんだ」

「笑った?」

「そう。そして言ったんだ。アンタのポケットのナイフ、見せてくれないか?って。それから少し話しをした。拙が作ったというと、大げさに驚いて、スゲーを連発してた。なんで拙がナイフを持っているのがわかったか聞いたら、適当だよ、でもアンタがそのポケットの中のモノに縋ってるのはわかったよ、ギリギリじゃないか、アンタ?って。その時、ちょっと体が軽くなった気がしたんだ」

「巧、ちょっと格好いいね?」

「そう、格好いい。可愛いところもあるし。拙は随分救われていると思う。今日は忍もありがとう」


 わ、笑った!三日月が・・・少しだけど、笑顔を!初めて見た三日月の笑顔・・・。もっと見せればいいんだよ、そうすれば誰だって好きにならずにいられなくなるよ、三日月。


「松屋!また太っただろう、お前!ちっとは運動とかしろよ、みっともないんだよ、テメーの体!そのうちテメーが丼モノにされちまうぞ?そう、ソレ持っていってくれよ。そうだ、今度5軸加工機借りに行くってコーモン先生に言っておいてくれよ。そん時、オマエに土産持っていったやるよ。そう、例のコロッケサンド、好きだろ?ああいうウマイもの食ってりゃ、少しはマシな太り方になるさ。えっ、牛丼もコロッケサンドもB級はB級だって?違うんだよっ!同じB級でも作り手の心が違うの!そこがわからねーからオマエは駄目なデブなんだよ!」


 うーん、ほんとうにこいつ、格好いいのか?ただの口の悪いヤンキーにしか見えない時も多いよなー。

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