第52話 怒りの鉄拳
俺と巧と未理、三人で納品にむかった俺たちは、これでダメなら後は無い、との思いを抱き研究室へ向かったわけだが、その出鼻から大きな衝撃を受ける事となった。
そもそも、どこからそんな話しになったのか?
「東大?ここが東大だって誰が言ったのですか?」
「えっ!?東大・・・じゃないんですか!?」
「いや、トウ大には違いは無いのですが・・・」
「・・・東京大学、ですよね?」
「そう、いかにもここは、とうきお大学です」
「・・・?東京大学・・・?」
「とうきお大学」
慌てて巧は教授の名刺を確認する。
TOKIO UNIVERSITY Prof NAKAMICHI
間違いない。ホッとした様子で巧は教授に名刺を指差した。
「変な事、言わないで下さいよー、やっぱ、東大じゃないですかー」
すると、教授は手元にあったメモにさらさらっと何か書いた。
東木尾大大学。・・・ん?えっ!?
「えーー!?ここ、と、う、き、よ、う、大学じゃねーの??」
「ここは、東木尾大学、ですが、何か?」
「何か、じゃねーよ!騙してたのかー!?」
「騙すなんて、人聞きが悪いですね。どうやら勘違いしていたようですね。よくあるんですよ、こういう事」
俺はすぐにスマホで調べてみた。あったよ、東木尾大学。し、知らないよ、こんな大学・・・。
「ま、紛らわしい・・・」
動揺する俺たちに、教授、Prof中道は、さらに追い討ちをかけるように、衝撃的な事を言いだした。
「それで今回の試作品についてだが、すべて検査に合格しました。よく頑張りましたね」
「あ・・・、ありがとうございます!」
「ですが、誠に申し訳ありませんが、その試作品は廃棄して下さい。勿論、加工費はお支払いします」
「・・・はあ!?廃棄だあ?」
「実は、先日受け取りました試作品を、学生に試着させました所、急遽、素材を替える事にしました。ステンレスですと装着感が悪いようで。それで、3Dプリンターで作った樹脂製の製品がこれになります」
「・・・お、おい・・・これ、作るのに、どんだけ・・・」
「我々は今後の臨床検査をこの樹脂製の製品を用いる事に決定しました。そして君達を厳正に審査した結果、テスターは阿久根さんと林さんにお願いしたいと考えています」
「・・・?テスター?こ、これ、一体何なんだ?」
「これは、肛門筋収縮測定器。つまりは、人の緊張感や集中力が肛門の収縮に影響及ぼす事に我々は目をつけ、それを日常生活を送りながら測定、数値化する事を目的として考案された機器です」
「こっ肛門って・・・じ、じゃあ、あの寸法精度って、意味あったのか?」
「勿論、あの寸法精度は高度な人間工学によって導き出された数値、あれがあって初めて日常生活に違和感無く装着できる。この試験の結果を基に、逆に肛門に電気的な刺激を与え収縮を促し、集中力を高める事ができたなら、スポーツなど多くの分野での活用も見えてくると考えます」
「テ、テスターって、な、何をする気だ?」
「今回、R部すなわち臀部との密着部、これは女性を想定して設計しています。なぜなら、女性のほうがより肛門筋収縮理論に忠実な反応を示す傾向にあるとの研究結果が出ているためで、ところが、うちの学生には女性がいない。そのため君達に協力してもらいたいと考えました」
目を見開き黙りこむ巧。俺が代わりに、疑問を口にする。
「で、でも、なんで阿久根と林に?」
「我々の資料において理想的な臀部のデータに最も近かったのが、阿久根さんと林さんでした。下井さん、あなたは美しい女性だがこと臀部に関しては、まるで男性ですね。ちなみに、君達の臀部のデータはこちらで取らせてもらいました」
「い、いつの間に?ど、どうやって?」
「応接室の椅子で」
「あっ、そう言えば、あの椅子、やけに大きかったわ!」
「では、ここで装着テストをしてみましょう。さっき取ったばかりだが、林さんの臀部のデータは誰よりも優れていました。フィッティングに期待ができます。さあ、林さん、これを着けて下さい」
「うぇー?」
お、おい!それは・・・。
「こ、ここで、ケツ出せってかっ!?尻の穴にコレ突っ込めって言うのかっ!?」
や、ヤバい、巧、目が変わってる!相当キテるぞ!こいつの怒りが爆発したら・・・。真っ赤な金曜日再来とか・・・。
「み、未理、た、巧が・・・、と、止めないと大変な事に!」
「あぁー、巧ぃ!だめだよぉ!」
焦る俺と未理。そんな事、お構い無しに全く空気の読めない教授、黙ってろよー、お願いだからさー。
「作田さん、君は結構です。君の臀部も女性としては理想には程遠い。さぁ、林さん、我々は研究者です、何も恥ずかしい事は無いです。さあ、これを!」
ガゴッ!
「あーーっ!教授ー!」
「きゃーー巧!」
やっちまったっ!教授の顔面に巧得意の正拳突きが炸裂!教授は一撃でノックダウンとなった。
「てめーさっきから黙って聞いてりゃ、好き勝手言いやがってっ!エセ東大!セクハラ野郎!エロじじい!、これ位で済んだのを、ありがたく思いやがれ!」
言いたい事をブチまけて部屋を出て行こうとする巧の前に、松屋が立ちふさがる。
「何だっ!松屋っ!!文句あるのかっ!!」
「え、えーと、納品書にサインしましたが・・・」
「いらねーよっ!!そんなモノ!!テメーらの金なんて、受け取れるかっつーのっ!!!」
興奮さめやらぬ巧の後を必死でついていく俺たち・・・。
「巧、可哀そう・・・」
「うん、今回は、巧は悪くないよね」
そんな事から数日たったある日、今だにトーキオ大学の件を引きずっていた俺たちの元に来客があるとの連絡を受け、急ぎ事務室まで向かうと、そこに中道教授とホームレスの姿があった。
気の毒に、教授の鼻はまだ腫れており、それでいながらいつもと変わらぬ飄々とした様子は、呆れるを通り越し、清清しい気さえした。
「作田さん、先日は失礼しました。あの後、色々と調べましたところ、我々に度を越えたセクシャルハラスメントと糾弾されるべき行為があったと認めざるを得ませんでした。女性に対し、ましてや未成年の君達に、公衆の面前で下着を脱ぐ様強要した事は、犯罪行為に等しいとの忠告もいただき、それをお詫びするため、今日はこうして足を運んだ次第です。本当に申し訳ありませんでした」
「・・・まあ、わかってもらえたなら・・・」
「それでは、ご容赦いただけると?」
そこ頃には、周りにはみんな顔を合わせていた。どうする?といった具合にしばらく思案していたが、やがて巧が教授に告げた。
「わかった。もういいよ。どうもアンタたちに悪気は無さそうだしな。でも直に感謝しな。アンタがあんな事して一番傷ついたのは直だし、許してあげてほしいって、お願いしたのも直だ」
「私は中道教授を尊敬しています。勿論、東京大学の教授で無い、とわかっても、セクハラ、パワハラ行為を犯した後でも、それは変わらないつもりです。なぜなら、その行為が飽くなき探究心より生まれたと信じるからです。私が一番許せなかったのは、作田さんが徹夜を続けて作った製品を、平気で廃棄を命じた行為です。それは教授の要望に何とか答えようようと励んだ作田さんの熱意を踏みにじる行為で、余りに思いやりに欠けた行為だったと思います。そのことについては謝罪を要求します」
教授は深々とお辞儀をして、再度お詫びをした。それで俺たちもようやく決着しような気になった。
「ありがとうございます、みなさん。作田さん、円谷さん、ありがとう。おっしゃるとおりです。私も研究者として、指導者として未熟だったようです。それで、お礼といっては何ですが、もし君達が希望するのでしたら、私の研究室の機材を、今後好きに活用しても構いません。高校では普段中々使う事が出来ない設備だと思います。もちろん、そんな事ですべて許されるとは思っていませんが」
「おー!それは嬉しい!」
「それと、改めて作田さんにお願いしたいと思います」
「ん?」
「改めて、例の肛門筋収縮測定器のテスターを依頼したいと思います。テスターとしての費用もお出しします。勿論、装着する際は個室にて着用下さい。今回R部も見直しまして、作田さんに合うサイズをご用意しました。作田さんの起伏に富んだ感情が、実験に大いに役立つと思うのです。どうか、よろしくお願いします。」
懲りないオヤジだな。巧はまた怒っているとおもいきや、割と涼しい顔をしている。こういう、ちょっとイカれたヤツ、嫌いじゃないんだよな、きっと。
「い、や、だ!アタシのケツの穴、そう簡単に使わせるかっての!」




