第50話 真っ赤な金曜日
未理と美留の言い争いは続く。というか、未理が一歩的に美留を責める。喋る事が苦手な美留には口喧嘩は不利だ。
「あんたさ、自分が可愛いから、しゃべらなくても男がへらへらと言う事を聞くって、たかくくってるんじゃないの?」
「・・・違う!・・・」
「ふーん。わたし、あんたって確信犯だと思っていたよ?コミュ障ぶっちゃって同情買ってるんじゃないかってさ」
「違う!・・・言葉・・・出ない・・・本当」
もう、美留は泣きじゃくって、ぼろぼろ。二人の可愛い少女の激しい言い争いに、周りに数人いたおじさんおばさんはドン引き、そんな時、ようやく巧のバイクのバカでかい排気音が聞こえた!そして、巧がバイクを駆け下りると全速力ですっ飛んできた。
「大丈夫か?美留!未理!」
つなぎの作業着に頭はボサボサ、おまけに顔も汗やらホコリやらで、薄汚れている。でも、俺はそんな巧の姿を見て、なぜかホッとした。
「・・・巧!・・・未理が・・・ヘン!」
「何言ってるんだい、この子は?ヘンなのはあんただろう?巧、この子、ちょっくらオカシイんじゃない?あんた、何とかしてやりな!」
「来露さんなのか?そうなんだろ?」
「一体、なんだって未理の周りは、こんなヘンな連中ばかりなんだい?ろくに話もできない小娘とか、頼りないオカマとか、心配になるじゃないか」
「来露さん、そんな事言わないでよ。みんな、未理の事、大事に思ってくれてるんだ」
「ふーん、そうは見えないけどねえ・・・」
どうも、未理の別人格らしいその人?は、以前巧が話していた来露さんらしい。その口うるさい来露さんは、巧がなんとか言い伏せて、バイクの後ろに乗せて連れ去ってくれた。
俺たちは、ようやく未理たち?から開放されたが、美留は未だにショック状態で、まだしゃくりあげて泣いている。
「ごめんなさい、美留。きちんと未理と話しておけば、こんな事にならなかったのに」
「忍・・・悪くない・・・悪いの・・・美留」
「美留は何も悪くないよ?」
「・・・未理・・・いう事・・・正しい・・・」
「あれは、未理じゃないよ、他の人格だ、気にしちゃいけないよ」
「・・・ううん・・・あれも・・・未理」
少し落ち着いてきた美留は、泣きじゃくった顔を洗いたいと、洗面所に向かった。俺がらみで、2人がこんな言い争いになって、俺自身も心が痛い。しかし、未理にしても美留にしても、俺のどこがが気に入ったというのだろう?
正直、今の俺はオカマと罵られても仕方のない有様、自分では良いと思っていた頭も、彼女たちのほうが良いときている。
俺は、顔を洗ってきた美留に、それとなく聞いてみた。すると帰ってきた返事がこうだった。
「・・・忍・・・似てる・・・弥勒菩薩・・・広隆寺・・・」
いや、ありがたい話ではあるが・・・。
しかし、顔を洗ってきた美留、改めてその顔を見ると、元々化粧をしていたわけでも無いのだろうが、洗ってさらに輝く美しさというか、中が言っていた完璧、という言葉が心に刺さる。
美留のほうが、遥かに菩薩に近いと思うよ、実際。
「でも、今日こんなにたくさん美留の言葉を聞けて、ちょっと嬉しかったな。そこだけは、未理に感謝しなければね」
「・・・ん」
翌日、未理から会いたいとのメールが入った。
すでに巧からメールで、バイクで来露さんを連れ去った後、すぐに来露さんから未理に戻ったと聞いていたので、俺は何を言われるのかドキドキしながら待ち合わせ場所に向かった。
駅前の雑踏の中の未理は、やはり目立って可愛くて、俺が声を掛けると、ニコッと屈託の無い未理らしい笑顔を見せた。その顔を見て、きっと悪い話じゃないなと安堵した。
「どうする?どこかお店入る?」
「うぅん、このまま、歩きながら話そうかぁ。今日は、しーくん、女の子バージョンかぁ、ちょっと残念だなぁ」
俺たちは、どこに行くとなく、ゆっくりと歩きながら話をした。
「昨日、ごめんねぇ、わたし、ちょっと大人げなかったよねぇ」
「仕方ないわよ。昨日は私と巧の責任、未理と美留は悪くないわ」
「昨日、気がついたら巧のバイクに2ケツしてて、ビックリしちゃったぁ。また、わたし、やっちゃたんだねぇ?」
「えっ、やっちゃったって?」
「わたしだってぇ、少しはわかってるよぉ?わたし、たまーに、記憶なくなっちゃう時あるんだぁ。そんな時決まってトラブルがあるのぉ。でも、それ以上は、パパも巧も、教えてくれなくてさぁ。きっと病気なんだと思うんだぁ」
「未理は、その事、詳しく知りたい?」
「うーん、今はいいかなぁ。だって、本当に知らなくちゃいけないなら、巧が教えてくれてるはずだもン」
「ずいぶん、巧を信用してるのね」
そう言うと未理は立ち止まって、俺の目をジッと見つめると、しーくんには聞かせてあげる、と言って、話し始めた。
「わたしと巧はぁ、幼稚園からずーっと一緒で、中学も受験して、同じ私立の中学行ったんだよぉ。桜陽女学院」
「えっ、桜陽女学院って、めちゃ頭いい上、お嬢様学校じゃない!巧が桜陽女学院って、ちょっと信じられない」
「巧も、性格はあんなだけどぉ、頭は良いのはわかったでしょう?」
「うん、まあ」
「中学では、クラスは違うけどぉ、仲は良かったよぉ、通学は一緒だったしぃ。でも、巧がグレはじめて、学校サボリ始めた時期にぃ、わたしめ学校にだんだん馴染めなくなってきたんだぁ。うん、例の病気も関係してるんだと思う。巧も心配してくれてぇ、なるべく学校も一緒に来てくれてたんだけどぉ、ある日、イヤーな事件がおこっちゃってぇ」
「事件?」
「わたしに嫌がらせしてたリーダー格の子がぁ、わたしの事、監禁してぇ乱暴しようとしたのぉ」
「えっ!ひ、酷い!」
「クラブ棟に、遊び友達の男の子を2人連れ込んでぇ、女の子と合わせて5人に、わたし囲まれてぇ、本当に怖かったぁ!」
ヒドイ話だが、話している当の未理は、わりと冷静でいる。
「巧のいない時を見計らってたんだと思う。巧、学校では、グレてるのばれてたからぁ、ちょっと怖がられる存在だったんだぁ。わたしには、何かあったら絶対助けるって、巧はいつも言ってくれててさ。
それがさぁ、その子たちに、わたし押さえつけられてぇ、巧ぃ!助けてぇ!って叫んだ時、本当に巧が助けに来てくれたんだよぉ!すぐにぃ!」
「た、巧、格好いいね」
「うん!バイクの音が聞こえたかと思うとぉ、扉をバットで壊してぇ、巧がグラブ棟の中に入ってきたんだぁ!入るなり、男の子たちをバットで殴り倒して、女の子たちにも容赦なし。わたしをバイクに2ケツさせると、そのまま校舎に向かって走っていってさぁ、しっかりつかまってろっ!って叫んでぇ、階段もバイクで上ってぇ、校舎の窓、ぜーんぶ、叩き割ったんだぁ!」
「ひえーマジで!」
「止めに入った先生も数人打ち倒してぇ、巧は、みんなの返り血で真っ赤に染まってぇ、バットも真っ赤に染まってぇ、なんか、すっごく綺麗だったなぁー!」
「いやいやいやー、それはヤリ過ぎじゃないのー!?」
「桜陽女学院では、その後、その日を真っ赤な金曜日、って呼ぶようになったんだぁよぉ」
「ほ、本当の話なの?じゃあ、退学になったの、中学?」
「ううん、巧が、ずーっと前からぁ一部始終盗聴していてぇ、録音してたからぁ、事件を表ざたにできなかったみたい。男の子を校内に入れてたのもぉ、悪かったみたいよぉ」
「その後、学校通えたの?」
「さすがにぃ学校には行けなくてぇ、巧と2人でぇ別の場所で勉強してたんだぁ、卒業までぇ」
巧と未理にこんなすごい過去があったとは・・・。
「警察が来たからぁ、わたしたち、逃げたんだけどぉ、パトカーに追われながらぁ、猛スピードで車の脇をすり抜けながらぁ、このまま何処までもぉ、誰にも手の届かない場所まで行けちゃえる気がしたなぁ。ホント、気持ちよかったなぁー」
妙に遠い所を見るような、危ない目の未理・・・。
「わたしがさぁ、しーくん好きになったのってぇ、ホントは巧、盗られたくなかったからかもぉ」
「えっ、私が巧に盗られるって事?」
「違うよぉ。巧を、だよぉ」
月曜の朝の勉強会が終わった後、巧の姿が見えないので、おそらく屋上だと思い階段を登ると、案の定タバコをふかしている巧の姿があった。
いつも通り、息抜きに来たのか、何かに思案しているのか、その表情からは伺い知れなかった。
「土曜日はありがとう、助かったわ。未理も、すぐに戻ってよかったわね。あのね、昨日未理に会ったの。それで、色々話聞いたわよ」
俺は、昨日未理から聞いた話を、そのまま巧に聞かせた。聞くなり巧は、ケケッと笑うと、言った。
「アタシはバットでは人、殴ってないよ。全部、拳さ。窓ガラスも割ったのは本館と北館。南館までは割れなかった。あと、返り血で真っ赤になったんじゃなくて、窓ガラス割った時、その破片でアタシ頭切ってたんだよ。アレはアタシの血。アイツ、話し膨らませやがって」
そう言って、またタバコの煙を空に向かって吹く巧の後姿・・・。 粗野だけど優しくて、雑なようだけど気が利いたり、強情だけど謝る時はきちんと謝ったり、なんか古臭いけど、こういう男らしさも、あるんだなあと、少しキュンとした。ん?男らしい?キュンとした!?
俺は、男として女の巧にキュンとしたのか!?それとも、女として男っぽい巧にキュンとしたのか!?
俺のメンタルって、一体どうなってるんだ!?




