第48話 東大!?からの依頼
今、俺は、自ら招いた事とはいえ、朝7時前には学校に行かなければならないため、5時半には起きている。今までは8時の始業ギリギリに登校していたため、この朝の1時間がキツイ。
相変わらず女子としての高校生活が続いているため、身だしなみに時間がかかるのだ。最近では、同じマンションの住人も管理人も、前からそうだったがごとく、女子としての俺に接してくれているため、もう男子に戻る事は難しいかもしれない。
男子に戻れない、いや、戻りたくないという理由としては、単純に女子として暮らしてみて、メリットの方が多いという事もある。買い物に行っても、受けるサービスの質が違う。
しかし、男子から女子に劇的に切り替わったはずなのに、何の違和感もなく受け入れられたことには、むしろ納得できないものも感じる。
例えば、豆腐屋のおばちゃんの、こんな話がある。ある朝、学校へ向かう俺に、おばちゃんが俺に声をかけてきた。
「ねえ、あなた、スカ工でしょう?だったら、前に男の子いなかった?いえね、先日文化祭があるからって、ウチの旦那が見に行ったのよ、文化祭。そうしたら、スカ工、女子高になっていたっていうのよ。私は、男の子もいたよって言ったんだけど、男子生徒なんていなかったって。言われてみれば、最近あの子、姿を見ないなあと思ってさ」
「ああ、た、確か特例で入学していたんですよ、彼。今、海外に留学してて・・・」
俺は、何とか咄嗟の嘘でしのいだ。
「あなた、あの子の親戚か何か?ちょっと似ている気がするけど?」
「いーえ、違いますよ?」
「あら、なら、よかった!なにね、あなた、とても感じが良くて、素敵なお嬢さんだねって、ウチの旦那とも話しているんだけど、あの男の子、ちょっと頼りないっていうか、薄っぺらな感じの子だったじゃない?ちゃんと挨拶はしてくれるし、感じは悪く無かったんだけどねえー」
正直、ショックだった。自分では男子である時と女子である時に、人と接する時など、対応に差をつけていた意識は無いのだ。気をつけたのは言葉使い程度、それが、人に与える印象がこうも違うとは・・・。
実は顧客でも言われた事がある。
「君が来る前に前来てたお兄ちゃんはどうした?彼、ちょっと軽薄そうで、今一つ信頼できない面があったけど、君になら安心して仕事預けられるよ」
変わっちゃいないんだって!同一人物なんだって!
しかるに、これは、俺の男としての資質に欠けている、という事だろうか?俺は女にうまれるべきだったのでは?
俺は果たして、男として復活できるのだろうか・・・。
そんな苦悶を抱えながらの早朝勉強会ではあったが、そもそも、みんな机並べて勉強をするなんて無かった事なので(学校なのに!)、ああ、俺も高校生なんだな、と改めて実感できる新鮮な喜びもあった。機械の動く音のしない、静かな教室、教室の窓越しの見慣れた風景、同級生たちの机に向かい丸くなった背中。当たり前だけど、俺の得られなかった高校生活、それが、少ない時間だけどこうして得る事ができた・・・。
「ボーッとしてんじゃねーよっ!ほらっ!次っ!」
・・・。ただし、巧の数学の特訓は地獄で、何度か他のメンバーに助けを求めたのだが、誰も見向きもしてくれなかった。未理も実留も、どちらかというと数学が苦手らしい。
「違うよ!何度言ったらわかるんだよっ!小学生かよっ!」
「だからー!!そこは、さっきの公式使えばいいんだろう!?そんな事、猿でも考えるっつーの!」
「うわーー!!こんな問題間違えてやがるっ!ホント、コイツ馬鹿だよー!!」
今までの鬱憤を晴らすかのように、巧の罵詈暴言を浴びながら過ごす数学の時間は、その日、一日中引きずるくらいのダメージを受けて、本当ツライです・・・。
最も、そのツライ思いのお陰で、追試では無事に赤点を逃れることができたのだが。
仕事の面では大きな変化があった。
文化祭の売り上げは100万をゆうに超えた。そもそも、必要経費のほとんどを、未理と巧の親父たちからの寄付でまかなっているのだ、売り上げがすべて利益になっているとしたら、それくらいの金額にはなるだろう。
中は例のお客さんから、早速見積もりをもらい、試作を作り始めているし、セツ姉もかなり溶接箇所の多い部品の仕事が舞い込み、それに伴い実留の仕事も増え、みんなが忙しくなっていた。
当然、確実に彼女らがもらう報酬は増えていて、俺の借金も少し減った。
そして、電話とFAXでやり取りしていた新規のお客さんとの仕事が、どうやら具体化しそうだと、巧が嬉しそうに言った。
「いや、たいして儲かる仕事じゃないかもしれないんだ。でも、相手は東大の研究室だ。先端科学に関与できるっていうのは、アタシたちにとっても凄くプラスになるんじゃないかな?」
それには、みんな賛成だった。内容的には、かなり厳しい交差も記されているし、形状も複雑そうで、何かの研究に使用する部品のなのだろう、それでは数多く作る事も無さそうだ。確かに金になる仕事では無いかもしれない。それでもアカデミックな仕事に関われる喜び、みたいなモノを、やはり学生である俺たちは感じずにはいれなかった。
早速、その週のうちに、相手方の教授にアポイントを取り、打ち合わせに向かう事にした。巧と俺、そして設計の直も同行し、向かった先は千葉県北西部の研究室。
「へー、東大なのに千葉にあるんだ、研究室?」
「そうね、でも確か東大って柏にもキャンパスあった気がするわよ?」
「そうか、その関連の研究室なのか?でも、駅からやたら遠いなー」
俺たちは、江戸川にほど近い、東武野田線の駅を降り、そこから45分ほど歩いて、ようやくFAXの地図の場所の近くまで辿りついた。
「しかし、バスとかも無いのかよ?歩く距離じゃねーよ、フツー」
「地図アプリにも出てないって、どうゆうトコ?」
「最近出来たんじゃねーの、研究所?でも、どこにあるの、その建物?」
そこいら辺で探す事、30分。ついに、ソレらしい建物を見つけた。それは・・・元スーパー?を改造?したかのような怪しげな建物で、しかし、確かに入り口には、TOKIO UNIVERSITY の文字が。
「先端科学技術人体センター・・・ここだよ」
「先端科学技術を研究する機関としては、いささか前時代的かつ低予算で作られたかのような外観の建物ですね。学術分野にかかる膨大な経費に対する政治的な批判をかわすためのもの、という解釈も有り得ますが、これは単に経費削減を強く意識した結果に過ぎないとの解釈が正しいかと思いますが、いかがでしょうか?」
「しっ!直、声が大きいよ。研究を秘密裏に進めるため、あえてボロい建物でカモフラージュしているのかもしれない。競合する他の研究機関を欺くための、作戦だな」
俺たちが訝しく思うほど、金かけて無いオーラが出まくっているその建物のインターフォンで用件を告げると、扉が開き、髭を生やした貧相な学生?研究者?が姿を見せた。見ようによっては、賢く見えなくも無い。いや、なにせ東大の研究室だ、賢いに違いないのだが。
「どうぞ、お入りください。先生がお待ちです」
その貧相な髭男に案内されて中に入ると、そこは思っていたより綺麗に管理され、中は数箇所の部屋に分割されており、測定室、加工室とかかれた扉のガラス越しには、大きな機械も見える。
外から見るよりは、中は立派じゃないか!設備も金かけてるじゃん!
俺たちは、先ほどの非礼を心の中で詫びるとともに、教授室、と書かれた扉を開き、その教授と対面した。
その教授、見た目と言うと、しばらく手をかけてない風の髪は決して清潔とは言えない状況、眼鏡の奥の小さな目は、かなりイッチャッた風ではある。言っては悪いが、知性は、感じられない。いや、これは巧の感想であり、東大の先生に対し、誠に失礼極まりない言い分である。
しかしながら、俺たちの第一印象とは裏腹に、直はどうも、その教授にシンパシーを感じたらしく、積極的に打ち合わせに参加してくれ、俺たちとしても、大いに助かった。
この教授の話を聞いて、すぐに確信したのだ。直を連れて来て大正解だったと。
「このR形状部はこの部品において極めて重要な部分の一つであり、加工に際しては図面に記載されている寸法通り仕上げてもらいたのです。このRを私達はアッスコンフォータブル曲線と名づけています。このR形状部と測定端子との接合部に関しても、エルゴノミクス指数から割り出し、その振れ許容差を100分台に設定しています。私達の研究では、常にエルゴノミクス指数に留意し、その数値を以ってマインドアロワンス係数に寄り沿う事が最も結論に早急に到達する手段と捕らえています。そのためにも、申し上げたような寸法精度が要求されるのです。私は、あなた方がこの私達の要求に答える事が可能だと信じています。どうですか、引き受けていただけますか?」
「もちろんです。私たちも全力でご希望に答えたいと思います」
・・・な、何言ってるんだ、おっさん?直、お前も、わかってるのか?
その後も、直を中心に打ち合わせを進め、早いうちに試作品を届けるよう約束した。製品は3Dデータで提供されるので、加工はマシニングとNC旋盤になるらしい。仕上がった製品は三次元測定器という代物で測定するとの事らしく、その三次元測定器も見せてもらったが、1千万以上するらしい!さすが大学の研究室。
「あの先生は大変優秀な方のようですね。研究に対しての姿勢も、大変尊敬できますし、その研究の一端を担えるという事には誇りを憶えずにはいられません」
いつもポーカーフェイスの直も、少し興奮気味に見える。
ただ、俺は、この何となく中途半端に田舎な風景にポッカリと浮かぶ、スーパーを魔改造したようなこの施設が、変に心に引っかかっていたのだが。
打ち合わせが終わっての帰り、再び田舎の県道をトボトボと駅まで歩いたのだが、その後、クレームの嵐で、この道を何度も往復することになる。
この時の不安が的中した事になるわけだが、まだ何も知らない俺たちは、呑気に駅近くのコンビニで買ったアイスにかぶり付き、なかなか来ない電車を待っていた。




