第45話 文化祭2日目その3
ミスコン、巧はそもそも何でそんなものを開催しようなんて言い出したのだろう。
よく考えてみれば、最初から巧が優勝する可能性なんて相当低いのは明らかだし、誰かのために、恐らくは一番可能性が高そうな、未理か美留を勝たせるために巧が仕掛けた事なのだろう、と俺は思っていた。
しかし、目の前の巧を見ると、俺の考えすぎだったのか?と思わざるをえない。
「セツ姉、ちょっと、アタシのメイクなんとかしてくれよー」
「未理ちゃんにお願いしてみて」
「未理は直のメイクで手一杯なんだよ、どうしちゃたんだよー、セツ姉!」
「小白川くんが、小白川くんが来てるの!さっき会ったわ!巧ちゃんがちゃんと言っておいてくれたら、もっと入念に準備できてたのにぃ!」
「セツ姉、ユウコのファンだったんだ?」
「この前、偶然小白川くんの試合、見る機会があったの。試合の小白川くんも凄かったけど、試合後ジャージを脱いだ小白川くんの体!もう、サイコーだったの!!」
「体って・・・。でも、アタシ、メイク崩れちゃって、ホント、ピンチなんだけど・・・」
「私は今、女よ。しばらく忘れようとしていたけど、小白川くんにアピールできる、今この時を逃したくないの。ごめんなさい、巧ちゃん」
ほぼスッピンでうろたえる巧。うーん、やっぱりこいつなりに勝とうって気はあったのだろうか?よもや最下位にはなるまい、という自信はあったのかもしれないな。だとしたら、巧、このまま最下位に沈んでくれ。
中はというと、開始ギリギリになってようやく現われた。
「中、どうした?例のおっさんの課題は?」
「一応終わった。今、検査している所だろう」
「自信は?」
「僕は自信の無いモノなんて作ったりしない」
なんだよ、ちょっと格好いいじゃないか。
そして、校長が壇上に上がり、ミスコンの開催を告げた。校長が俺たちの役にたったのは、入学以来始めてだろう。当初はまったくやる気が無さそうだったが、今は割りとノリノリで進行を勤めてくれている。
「いつもは工房で油にまみれる彼女たちとは、また180度違う、いずれも劣らぬ美の競演をお楽しみください!
さて最初に登場するのは、美しきエロチックウェポン 溶接の日で溶かすのはあなたのハート、阿久根セツ!僕らの女神!愛してるよー!」
あれ、校長、私情挟んでないか?
「うひゃー、セツ姉、それで出るの!マズイって!」
なんとセツ姉は全裸にアイアンドレスを纏っただけで、壇上に向かおうとしていた。アイアンドレスといっても、胸は隠れているものの、背中はむき出し、スカートにあたる部分は、膝上くらいの高さだから、下から屈んで見たら、丸見えになっちゃう代物だ。
「いいの。これで小白川くんの視線を奪って見せるわ!」
セツ姉が登場すると、大きなどよめきと、歓声が聞こえた。セツちゃーん!と叫んでるのは、校長だろうか。いや、それだけじゃない、多くの叫び声が聞こえる。セツ姉、いいよ、最初にセツ姉は正解だ、会場が一気に暖まった感じだ。
「続いては円谷直!、マッドサイエンティス設計女子 飛びすぎた思考は時空すら超える!」
似合ってるぞ!メイクでインテリ秘書風に変貌した直は、その硬質な印象とアイアンドレスはマッチングする。俺の感想と、会場の感想は一致したのだろう、おおっ、というどよめきとともに、高まる会場の熱気。お色気全開の後の、本道的な美しさ。
「3番目は林未理!、マジカルミステリー令嬢 顔もハートもスィートフル!」
本道的な硬質な美の後は、可愛さでアピール。花をあしらったアイアンドレスの可愛さ、愛らしい満面の笑顔、今までの2人にはない、妹的愛おしさ、未理も大いに会場を沸かせた。
「4番!三条三日月!、血に飢えたクールクレッセント 今日は貴方の心を切り裂くのか!」
三日月は何か手に持っている。刀?その刀を引きずるように歩を進める。まったくの無表情で一点だけを睨みつけるその姿に見える、才気?狂気?緊張感から静まりかえった会場が、三条がクルリと背を向けた瞬間、弾けるように沸き立つ。うまい、作戦勝ちだよ。
「5番!木本中!、シンンメトリーに毒された ねじれたハンサム旋盤少女!」
中は、同じような無表情な三日月の後だけに心配したが、長身で坊主頭、素足に裸足の中は、なぜかリアルなファッションモデルのようで、会場もどよめく驚きのインパクトだった。素足だったのは、単に支度が間に合わなかっただけなのだが、それが功を奏したわけだ。
「6番目は穴井美留!、地上に降りた最後のリアル天使 寡黙な天才フライス少女!」
今回のミスコンの目玉だろう。アイアンドレスの天使姿の美留、まさに完璧。出番の終わった中が涙を流してる。会場も一気にヒートアップ!美留ちゃーん!の叫び声も多数。美留は短い時間に多くのファンを作ったようだ。
さて、次が問題。ここまで盛り上がった会場に、ノーメイクの元ヤンキー。見た目はズタボロだが、どうする?巧?
「7番!作田巧!、色気は無いが男気はある 人使いは荒いが金には細かい 我らがリーダー!」
・・・マズイ、最悪だ。三日月と中のような無表情路線。しかし、巧ときたら、ただ不機嫌そうに見えるだけだ。歩き方もヘン、なんだか、やたら柄が悪い。何が狙いなんだ?俺には、ケンカ相手を探すヤンキーにしか見えない・・・。
会場にも微妙な空気が流れる・・・。拍手すら起こらない・・・。さすがに俺も、巧が可哀相な気がしてきたよ。
そして、空気が淀んだまま。巧は出番を終えた・・・。
うわー、俺も出づらいじゃねーか・・・。
「8番!下井忍!、モットーは協調性と忍耐 花園に咲く一輪の黒いバラ!」
俺はあまりに重い空気に、壇上に上がるや否や、会場に向かって深くお辞儀をした。何か、せっかく集まってくれた人たちに、申し訳ない気持ちになってしまったのだ。しかし、その途端、うわー!という大きな歓声と拍手が生まれ、忍ー!忍ちゃーん!という多くの歓声をもらった。
俺は、その意外な会場の反応に、感極まってしまって、思わず涙をこぼしてしいた。
今まで、ゲイ人だ、ゲリピーゲイ人だと陰口をたたかれていた俺が、今、こんな歓声に包まれている。その事に純粋に感激しただけなのだが、その涙もさらにまた、大きな歓声を生んだようだった。
「これで、すべての候補者の紹介が終わりました。皆様、たくさんの声援、拍手ありがとうございました。投票は、舞台脇の投票箱にお願いします。グランプリの発表は午後3時、また、その発表をもって、第一回隅の川女子工業高校文化祭の閉幕とします。お時間のある方は、最後までお楽しみくださーい!」
校長のアナウンスが流れ、俺たちのミスコンは結果を残し、幕を閉じた。
「な、涙見せるとはっ!き、汚ねー、汚ねーよ、テメー!!」
巧の悔しそうな目は、やはり、純粋な敗者のそれだった。




