第35話 俺の女子力
俺は翌朝目を覚まし、いつものようにすぐに洗面に向かい、顔を洗おうと鏡を見てギョッとした。そこにはハッと目を見張るような綺麗な女子がいたからだ。
すぐに、昨晩のメイク、ちゃんと落とさなかったからだ、とわかったが、これ本当に俺の顔?と訝しく思うほど、綺麗な女子がそこにいた。
その後、セツ姉たちに教えられたとおりメイクを直し、ウィッグで髪型を整え、未理の用意してくれたブレザーの制服にタイを結び、紺色のソックスを履いて学校へ向かった。出掛けに、玄関脇の姿見の鏡に映った自分をみて、思わずポージングしてしまった。
「私って、キレイ・・・」
ち、違うっ!!危ない、危ない。気をつけないと、嵌りそうだ。
自分の容姿に自信を持っていたのは小学校の頃までで、中学時代は容姿に気を掛ける状態じゃなかった。そう、ゲイ疑惑でソレ以前の問題だったので、それ以降は自らの容姿に対してはむしろ無頓着でいたというのが、現実だ。
ただ、何度も鏡の中の自分を見入る、そんな自分を知ってしまうと、ああ、俺って割りと自分大好き人間だったのかも、と思ってしまう。
学校へ行く途中、例の豆腐屋のおばさんが店先にいたので、おはようございます、と声をかけたら、ちょっと首を傾げていた。
「おはよう。でも、ゴメン、あなた、ちょっと見かけない子ね?近所の子だっけ?」
「あら、私、何度もおばさんに挨拶してるのに」
「あれ、ごめんなさいね。こんな可愛い子忘れちゃうなんて、私も年とったのかもねえ」
俺は手ごたえを感じながら、教室の扉を開けた。おはよう、という俺の声に固まる教室内、巧はポカーンと馬鹿そうに口を開けている。どうだ、ざまあみろ!
「巧さん、おはよう。あら、どうしたの?そんなに驚いて?」
「オ、オマエ、し、忍・・・だよな?」
「そうよ、なによ、あなたたちが女装しろって言ったんじゃない?」
ねえ、凄いでしょう、というセツ姉と未理、彼女らが俺のメイクの出来栄えを朝一で吹聴したらしいのだが、みんな半信半疑だったらしい。
まあ、結果はその顔をみれば一目瞭然だろう。目を見張る三条、眉間にしわを寄せ不機嫌な中。動揺を隠せない円谷。
「ねえ、美留、どうかしら?」
「むっ!!!」
どうやら美留はお冠みたいだ。
何となく動揺が収まらないままのホームルーム、そこで巧は唐突にこう切り出した。
「あのさ、突然だけど、今月末くらいにスカ女の文化祭をやりたいと思うんだ。出し物は各々の製作実演と作ったモノの販売をメインに考えている。三日月は自分で販売サイト持ってて、実際にネット販売してるけど、文化祭での実演とかは問題無い?」
「特に問題は無い。実演、というのは、拙が自由に考えていいのか?」
「もちろん!三日月のナイフの製作は目玉の一つだよ」
「私は?溶接なんて、興味あるヒトいるかしら?」
「セツ姉、この間鉄製のバラ作ってたじゃん。アレなんて売り物になるよ」
「そうかしら?」
「今回は、文化祭とは言っても、実は営業活動の一環で、これでアタシたちの技術を区の広報とかで宣伝してもらったり、他のメディアも考えて、何とか仕事に繋げられればいいな、と思っているんだ」
「それは悪くないかもな」
「だから、各々自分のやりたい事、作りたいモノを一両日中に考えてほしい」
「わたしはどうするのぉ?フリマみたいにしてぇ、いらなくなったお洋服とか売るぅ?」
「それもいいが、未理はアタシと忍と三人で運営に回る。パンフとか模擬店とかも考えなければいけないしな」
「やったぁー、未理、スイーツのお店やりたぁーい!!」
「ああ、そうだな・・・」
そんな事で、スカ女の文化祭は9月の最終の土日に行われる事が決定された。
あの一件以来俺達の間に漂う、ちょっとイヤな雰囲気を一層するには、悪くないアイデアかもしれない。
俺たちが作らなければいけないモノは来場者に配るパンフレット、ポスター、校門のアーチ、各部屋の装飾(コレはその部屋の使用者のお手伝い)、模擬店の設営など、結構大変だ。それとは別に、模擬店の企画、運営、そして予算取り。
しかし、予算に関しては未理が林精機から、巧がFX長者の親父から潤沢な協賛金をせしめてきたので、この規模の文化祭としては十分過ぎる額となった。巧が未理を巻き込んだのは、こういう算段もあったに違いない。あいつ、金に汚いからな。
そうは言っても、アーチもパンフもほとんど未理がデザインし作ったし、装飾のアイデアやらそれに使う装飾を買いに行ったりと、むしろ未理が率先し溌剌として働くのを見て、未理にも参加させて良かった、とは俺も思った。そもそも、未理が買う食う寝る遊ぶ、以外の事をしているのを初めて見たし、意外と使えるヤツだというのにも驚いた。
俺と巧は早々に作った文化祭のポスターを貼ってもらえるよう、お得意さんやら近所の店を回ったりと、結構あちこち動き回った。飛び込みで工場なんかにも顔を出して、そこでは俺の女子力がモノを言った。
「すいませーん。アタシたち隅の川女子の者なんですが、文化祭のポスター貼って欲しいんですけど」
「え、なんでウチ?ここ、工場だよ?高校の文化祭、関係無いんじゃない?」
「ウチ、女子高っていっても工業高校で、機械の実演とかもあって・・・」
「ごめん、忙しいんだ」
巧じゃ埒が明かない。こいつ、どうも第一印象が悪いんだよな、愛想悪いし。まあ、馴染むと割りとおじさん受けしているんだが・・・。
「お忙しいのに、本当に申し訳ありません。ちょっとお話だけでもいいですか?私たちの学校というのが、モノつくりを志している女子が集まった、ちょっと変わった学校でして。今回の文化祭では、私たちなりに頑張って実演もしたり、作ったものを公開したり、そういった活動を是非プロの皆さんにも見てほしいと思っているんです」
「お、お姉ちゃんも、機械とか使ってるの?」
「ハイッ、私はまだ未熟ですから、ボール盤で穴をあけたりする程度なんですが、頑張っているんですよ」
「そうか。でもボール盤も巻き込まれたり危ないから、気をつけないとダメだよ」
「ありがとうございます!そういったアドバイス、当日もしていただけると、私もとっても嬉しいです!」
「よし、ポスターはってやるよ。当日は従業員も連れて行ってみるかな」
「よろしくお願いしますっ」
「ったく、オマエもよく言うよ。何が、私もとっても嬉しいです!だよ、アタシには言えないね、そんなセリフ」
「いいだろ、来てくれるってよ。文化祭、少しでも多くの人に見に来て欲しいだろ?」
「まあ、そうだけど・・・」
俺たちは巧の好きなコロッケをいつも買う肉屋にも足を運んだ。当日、模擬店で売るためのコロッケサンドとメンチサンドの製造依頼の交渉をしに来たんだが、思いのほか首を立てに振ってくれない。
「ごめんよ、実はその日は高齢者施設にも届けなきゃいかなくて、その個数揚げるのは難しいんだよ」
「すいません、ご無理言ってしまって。私、おじさんの揚げるコロッケ大好きで、もしみんなに食べてもらうならココしかないって決めているんです。ですから、おじさんが無理っておっしゃるんでしたら、私、残念だけど諦めます。でも、実を言うとおじさんのコロッケの味、みんなに知られちゃうの、ちょっと残念な気もしていたんですよ?だって、ココは私の特別だから」
「うーん、仕方ないなー。よし、おじさん頑張ってみるよ!」
「えっ、本当ですか!?作ってくださるんですか!?ヤッタ!ありがとう、おじさん!私、これから毎日来ちゃうかもっ」
折角上手く事が運んだというのに、巧は少し不機嫌だった。
「チキショー、あのエロ親父、アタシが頼んでもOKしなかったのに!そもそも常連はアタシなんだぜ!もう来ねーよ、こんな店!」
そんなこんなで、割と順調に文化祭の準備は進んでいった。よく考えると、ウチの学校、授業が無いので、こういう時間はふんだんにあるんだよね、良くも悪くも。




