第30話 暑い夏の日その1
夏の日差しが降り注ぐ中、普通の高校生が部活に、バイトに、恋愛にと情熱を傾ける夏休み、俺は相も変わらず普段どおり出勤していた。そう、登校じゃない、出勤と割り切っていくしかないだろう。今日も元気に仕事がんばるぞ!クソっ!
朝の打ち合わせで、そろそろ新しい顧客や仕事が欲しい、付加価値の高い仕事がしたい、との意見も出て、佐伯さんの一件から立ち直りつつある巧と俺で営業に出ようという話になった。
暑い中、外へ出るのは億劫だったが、正直ずっと実習室に篭りきりというのも辛かったので、早速顧客を数軒回ろうという事になり、巧と二人外へと繰り出した。
リアルドリーム社に伺った際、例の女社長さんから、数社お客となりそうな会社を紹介してもらえたのは大きな驚きだった。社長さんが俺達の仕事をとても評価してくれて、色々と宣伝してくれたらしく、俺達は早速そことアポイントを取ったりして、幸先の良いスタートとなった。大人のおもちゃとはいえ、作って良かった!と初めて思った瞬間であった。
しかし俺は、学生である俺達に、よく仕事出す気になるなあ、という素朴な疑問が浮かんだ。何年に渡って付き合いができるわけでない俺達に仕事を出すって事は、ある意味他所ではやらないワケ有りな仕事って事じゃないの?とも思ったが、何はともあれ、借金のある身としては、どんな汚い仕事だろうが構ってはいられない。ワケがあろうと無かろうと、機械が動かない事には金が入らないのが現実・・・。
暑い夏空の下お客周りを終え、俺たちが公園で、コンビニで買ったスイーツにコークで休憩を入れていた、そんなある日の事。
公園の入り口にスッとBMWが止まりスーツ姿の女性が降りると、真っ直ぐに俺たちの元へと近づいてきた。綺麗な人だなあ、知れあいだったっけ?と訝しげな俺に、巧は飲みかけのコークを押し付け、あわてて立ち上がってその女性にピョコンと頭を下げた。
「おっ、お久しぶりですっ!」
「巧、久しぶり、元気そうじゃない?」
「ありがとうございます!レイコさんこそ、ご活躍しているそうで、お話は美和さんたちから伺ってますっ!」
「うん、仕事のほうは、まあまあうまくいってるって所かな。で、そのコ、誰?」
「こ、こいつ、学校の同級生で・・・、エート今、学校の仕事探すのに、一緒に外回って・・」
「へー、私はすっかりデートしてるのかと思ったよ。ていうか、学校、女子高だって言ってなかった?」
「い、いや、女子高なんですけど、こいつだけはイレギュラーっていうか、なんて説明していいか・・・」
「巧さぁ、どうしても学校でやりたい事があるっていって紅蓮拿威抜けたんだよねえ?それがこんなヤサ男とデートって、どうゆう事かな?」
「いえっ、ホントにデートなんかじゃないですっ、やりたい事、今、一生懸命打ち込んでいるのは本当です!信じてくださいっ!」
「ふーん、何か腑に落ちないトコもあるけど、巧がそう言うなら信じるよ。私も今は紅蓮拿威離れて美和に任せてるから偉そうな事言えないしね。まあ、巧が嘘つくとは思ってないから、とにかく学校のほう、がんばんなよ。困った事があったら声かけな」
「ハイッ!ありがとうございます!」
「そっちの君も巧の事、よろしくな。邪魔して悪かったな」
「いっ、いえっ!ハ、ハイッ!」
その女性は、それだけ言うとまたBMWで去っていった。だ、誰だ?綺麗な人だけど、ちょっと怖い・・・。巧、レイコさんって呼んでたけど、確か・・・。
「はあ、ブルッたー!まさかレイコさんに会うとは思わなかったー!」
そう言うと巧は俺からコークを奪うと、ゴクゴクとあわてて飲み干した。俺も緊張したのか、急にノドが乾いてきた。
「レイコさん、会社立ち上げたっていってたけど、相変わらずオーラ半端ないなあ」
「レイコさんって、お前が憧れてたってヒト?」
「そう、カッコイイだろ!」
レイコさんは辰巳怜子という紅蓮拿威を立ち上げた女性で、美しい美貌を誇りながらその徹底した硬派ぶり、喧嘩の強さから、この界隈では有名なヒトだったらしい。もちろん俺も紅蓮拿威の怖さは知っていたが、リーダーがあんな綺麗なヒトだとは知らなかった。
レイコさんは、ぐれた巧が野放図に荒れないように、一から硬派を叩き込んでくれたらしく、巧の一番尊敬している先輩でもあり、一番恐れている先輩でもあるらしい。
「レイコさんがいなかったら、今のアタシは無かったよ」
俺は正直、今のお前になっちゃたのは、あのヒトのせいだったんだ、と思ったのだが、そうとはさすがに言えず、そうかそうかと頷くしかなかった。
巧は久しぶりの再会に、驚きはしたようだがテンションはあがったようで、明日もがんばるぞと浮かれていたが、俺はレイコさんの俺を見る視線がまるで値踏みをするかのように鋭く、それが気になって仕方がなかった。
まさかそれが、あの事件に繋がるとは思ってなかった。
それは、レイコさんに会った日から一週間ほどたった日の事だった。その日も暑い日で、俺と巧で新規の紹介されたお客さんに挨拶しに行った帰りの事だった。
道端に一台のバイクが止まっていて、巧はそれに気が付くとすぐに駆け寄っていって大げさに騒ぎだした。
「懐かしい!!ゼファーじゃん、それにこの色!これってアタシの乗ってたヤツと色一緒だよっ!特別にペイントした色なのに、どうして?」
巧は駆け寄ってハンドルに手をかけた、と、その瞬間。バイクは派手な音をたてて倒れてしまった。
「うわっ!!」
「わあっ!!」
するとすぐに数人の男が駆け寄ってくるのが見えた。あんまり素性のよろしくなさそうな人たちのようだ・・・、うわ、ヤバイよーーー!!
「てめーら!!何しやがるんだ!!」
「ってか、何か勝手に倒れちゃったみたいなんだけど?」
「ふざけんなよっ、てめー!!バイクが勝手に倒れっかよ!」
「このガキっ!ふつー謝るのが先じゃねーのかよっ!!」
「ご、ごめん、なさい」
渋々頭を下げる巧に、一番年嵩の男が近寄ると、バイクの様子を見て言った。
「あーあ、タンクは凹んでるし、エンジンフィンも傷ついちゃったよ。お嬢ちゃん、コレ結構高くつくよー、50万はかかるかなー」
「そんなにかかるわけねーよっ!」
「今、これ、プレミア価値がついてて、結構するんだよ、修復したんじゃ、価値下がっちゃうの、わかるでしょう?正直、50万だって安いくらいだよ?」
「・・・・」
「弁償、すぐにしてもらわないと。俺、金がいるんで、コレ処分する所だったんだよ?それともまったく同じ車体、いますぐ持ってこれる?」
俺は慌てて巧の耳元で囁いた。
「おい、金の問題なら、親父さんにお願いしよーぜ?親父さん金持ってるんだから、絶対50万くらいすぐに用意してくれるって」
「イヤだ。あいつには頼みたくないっ!」
「じゃあ、レイコさんに頼もーぜ?困ったら連絡しろっていってたろ?」
「ダメだ。レイコさんは一応足洗って堅気の会社たちあげたんだ。こんな事に巻き込ませたくないっ!」
「じゃあ、どうするんだよ??」
焦りまくる俺、黙りこむ巧、どうしたら良いんだ!?




