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159 握手


「なんだろうなぁ。気になるっていうか、なぁんか引っかかるんだよねぇ……」


 太陽の訪問後、部屋へと戻った三日月は朝食の準備をしながらぼーっと考えていた。


 セルクの深い事情というのが心配でそれが原因なのか、それとも太陽がいつもと違った格好に王子様な雰囲気、しかしその暗い様子が気に掛かっているのか。


 彼女自身、心の奥にあるこの違和感が何なのか、よく解らなかった。


「つっきぃ~あさごはんまだぁ?」

「つっきぃ~おなかすいたのらぁ」


「ん? あ、はーい! もう出来るよぉ」


 ジュ―……じゅわッ! くるんッ!! ぽふ♡


「はぁ~い出来ましたぁ♪ 月ちゃん特製ハムちゃんオムレツなのです!」

「「ぅきゃぁはぁぁ!!」」


 はふはふ……はむはむ……♪


「ふわふわわぁぁんだにゃ~!」

「ふわふわっふわぁだにゅ~!」


(いつも二人は喜んで、楽しそうに笑って、本当に美味しそうに食べてくれる。だから私も、すごく幸せな気持ちになっちゃう)


「「おぉーいひぃぃ~ン♡」」


「うっふふ! ありがとう」

(作り甲斐があるってものですねぇ~)


「あ……」

(いつか、星様にも冷めたお弁当じゃなくて……)

――温かいごはんを、作って差し上げたいのです。


「つっきー? お顔、まっかっか~のかぁ!」

「つきつきぃ~お熱? ダイジョブのかぁ?」


「ほぇっ……んにゃ!」


 彼の笑顔が見たい、彼の喜ぶことがしたい、彼が苦しまないように協力したい。そして、いつかは――『彼のモノクロの世界に色彩』を。


 毎日、セルクの幸せを想う時間は増えていった。

 そのたびに三日月の心臓はドキドキと高鳴り、きゅうっとなる。


 今もそうである。ちょっと彼の事を考えていただけで、自然と彼女の頬はほんのりピンク色に変化し、心がポカポカするのを感じるのだ。


(うーん、やっぱりなんだかここ最近の私、変だ!)


「「「ごちそうさまでしたぁ」」」


 朝食が終わり片付けている間に今日の過ごし方を考えながらふと、何気なく思ったこと。


「そうだ! お休みだけれど、ちょっぴり行ってみようかなぁ~」


 元々、出掛ける予定だった時間が、空白になった時間。

 三日月は一人、とある場所へ行くことにした。




 トタン、トン、トタン……タン。


「着いた……」


 三日月が訪れたのは、屋上へ向かう階段の六階、屋上扉前。


 そう、此処は“お気に入りの場所”であり、三日月が一人でいたいと思い探した、“居場所”。


「今ではすっかり、星様と過ごせる楽しい場所になったなぁ……」


 これからも一緒に、ランチが出来るように。心休まる場所であってほしいと思い、願う。


 この日は何も持たずに、ただ何となく来た彼女。楽しい気分になるはずの心には、なぜか物悲しい感情が溢れ出してくる。


「そうだ!」

(こんな時は大きく息を吸って、深呼吸! 両手いっぱいに光を、精霊の力を感じて!)


「歌おう~♪ 精霊さん」


()()()()()()()()


(喜んでるぅ。可愛いなぁ~)


 ♪♪♪


 精霊たちの音色はいつもと変わらず三日月の周りを包み、彼女の歌声に乗せて一緒に歌い始める。


 すると――!!


 ガタンッ!


「……ふふっ」


「エッ!? 誰かいるの?」


「驚かせてしまったかな? ゴメンね」


 あの日と同じ、あの日の光の中で。

 艶のある綺麗な黒髪は少しだけくせ毛があって可愛くて、落ち着いたトーンの声は高めで優しい。背は三日月よりも十センチ程高く、深海のような蒼色の瞳と、銀の細フレームの丸眼鏡は白い肌によく似合っている。


 そう、その端整な顔立ちは――。


「ほ、ほし……さま?」


 ゆっくりと階段を降りてくる姿が、潤んできた瞳で霞む。


「ごめんね、月。でも、今日此処で。僕らの思い出の場所で、一番大切な君に逢えて……良かった」


「星様、私もまさか今日会えるだなんて思ってなかったので。とても嬉しいです!」


(そう、嬉しいのになんで? なんでだろう。今この瞬間がとても淋しくて、すごく胸が苦しくて、悲しくなる)


 零れそうな涙を必死で堪え、ニコッと笑顔で答える三日月に、彼はいつものように優しく笑いかけ名を呼んだ。


「月……」

「はい……」


 此処でいつまでも、お菓子の雑談をしていたい。

 今日はお昼休みが終わる時間も気にせずに、一緒に笑って……。

 そう三日月は思いながら、次の言葉を待つ。


 しばらく沈黙した後にセルクは真っ直ぐと彼女の瞳を見つめ手を差し出すと、ある“願いごと”を口にする。その顔は少しだけ恥ずかしそうに、はにかんでいた。



「握手……してもらえないかな?」



 初めて出会った日のように、屋上扉からはキラキラとした光が射し込む。


「星様……」


 彼の初めて見る表情に、なんだかこちらまで恥ずかしくなって顔が赤く火照った三日月は、慌てて返事をしようとするが言葉が出てこない。


 その結果、黙ったまま手を前に出す。

 しかもなぜか両手を、掌でなく甲を上に。


 彼女は恥ずかしさとよく解らない彼の言葉に動揺を隠しきれなかったのだ。


 その姿に彼はクスッと笑いながら「ありがとう」とお礼を言い、優しく丁寧に右手、左手と取った。その手を見つめる瞳はゆっくりと閉じられ、そして少しずつセルクは話し始めた。



「此処で君と過ごす時間は、今まで辛く苦しく生きてきた時の中で、一番僕らしくいられた。本当に、夢のような日々だった……」


 柔らかく、とても温かい彼の手から伝わってくる心の言葉。


「君と出会えて……同じ時を共有できて、本当に良かったと思っている」


 静かに話し終えたセルクの声、その余韻が途切れるくらいの合間で、彼女の手をもう一度ギュッと握りしめる。


「――ッ!」


 胸の奥がキュンとして直視出来ずに俯いた三日月の顔は真っ赤だ。

 動揺する彼女は心の中で『そんな言葉、言われたことのない~きっとこれから先も誰にも言われることなんて無いよぉ。今の私には甘すぎて、素敵すぎる言葉がくすぐったくて……しかも! 手を取り合ったままだなんてぇ!!』と、叫んでいた。


 三日月があたふたしていると彼は瞑っていた瞼を開き、いつもの柔らかで落ち着いた笑顔を向ける。


(もぉー恥ずかしすぎる!!)


 彼女の頭の中は真っ白。しかしそれでも、目と目が合えば不思議と自分の想いが言葉となりすぐに溢れ、小さな声から始める。


「ぁ、ゎ、私……」


「――?」


「ほ、星様に会える日がいつも楽しみで……私は自分の事、ずっとひとりでいる方が好きなんだって思っていたけれど。星様とこの場所で出会って、お話して、笑って、一緒に過ごす時間が心地良くて……」


――あれ?


(そういえば、星様の話し方、『だった』って……)

 三日月は太陽と会った後に感じていたあの違和感を、思い出してしまう。


(そんな。まさか、ね?)

 まるで別れを前、最後に言葉を交わしているかのようだと、不安になる。


「三日月……」

 少しだけ悲し気に微笑んだ彼の表情に気付いた三日月は、今にも泣き出しそうな瞳はきっと眩しい光のせいだと思い込もうと、彼女は無意識にそう努める。


「星様と、隣で並んで座る時間は、本当に素敵で、幸せで……」



 そんな“絶対にあってほしくない考え”が三日月の頭を過ぎった瞬間、その空気を察したかのように握っていた彼の手の位置が変わる。


「三日月……」


――――ぽろぽろぽろ……。


(そっか。だから太陽君は『()()すぐに戻ってくる』って……そんな言い方をして。だから、何か引っかかってたんだ)



 全てを悟った三日月は顔を伏せ、涙を隠そうとする。

 泣くのを必死で我慢する彼女の震えに揺れる美しいホワイトブロンド色の髪を、躊躇なく包み込むように優しく撫でたセルクは、自身が贈った蒼い石のブレスレットにもふわりと触れる。


「いつも、着けていてくれて嬉しい。うん、とても似合っている……」


「ほ……星様」

(どうして? こんなにも近くに感じるのに)


「僕の心は、これからも。貴女の傍に生きています」


「……ゃ」

(嫌だ、嫌だよ。ねぇ、また……“離れちゃう”の?)



「三日月、これまで本当に――ありがとう」



 そう小さく呟き、セルクの手は三日月から糸が解けるように離れていく。


「”ほ、しさま……ど、して?“」


 聞こえない、彼女の音なき声。

 聞けなかった、彼の本当の心。



 これまで一度も、肩すら当たったこともなかった二人は、この日、初めて手を触れた。

 優しさと淋しさが合わさったセルクの温もりが今、三日月の中で蒼い光となって煌めく。


 堪えていた涙が一気に溢れ泣きじゃくる彼女はその場にうずくまり動けなくなった。


 声を懸命に抑える三日月の耳には、セルクが階段を丁寧に降りていく心地良い靴音だけが、響いていた。


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