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60・甘い予感と望まぬ縁談


 準聖女仲間が以前と変わらぬ態度で接してくれたので、ミアは「めずらしい聖女になってもこんなもんか」と、ほっとした気持ちで城に戻った。


 しかし、そこは儀礼を重くみる宮廷である。

 城門を入った途端、ミアはまわれ右して逃げたくなった。使用人がエントランスへ続く石畳の両脇にずらりと並び、一斉に頭を下げたのである。

 壮観と言えば壮観だが、こんな光景は求めてない。


「に、逃げたい……」

 思わず本心が口に出る。付き添いの父親はさすが公爵家現当主だけあり、ミアに余裕の微笑みを向けてきた。


(なんだかんだ言ってもこの人、生まれたときから大貴族やってた人だよね……)

 そつがない。

 しかし存在感もあまりない。こういう貴族社会に慣れたタイプのほうが、ある日突然自分探しの旅に出てしまったりするのだろうか。


(ディーの言ってた「とっておきの兵器」ってどういう意味だろう?)


 ディーは、「とっておきの『兵器』として大事に城に保管しておこうとでも? ローレンツ・カレンベルク公爵のように」と言っていた。父ローレンツの魔力は相当強いという話はあちこちで聞くが、火属性であること以外、父の魔力についてミアは何も知らない。

 もっとも、ここ数十年のハルツェンバイン国は平和で、貴族は魔力持ちであっても戦争にも魔物討伐にも滅多に行っていないのであるが。


「一斉にかしずかれたら怯えますよ。わたし、カレンベルク家へ着いたばかりのころ、ドロテアお姉様に『この子は人にかしずかれる者の顔をしていません』って言われたこと、まだ覚えてますもん」

「そんなこともあったなあ。今のミアなら大丈夫だよ。王子と並んだって見劣りしない」

「お、王子と、って」


 ディートハルトと並ぶ自分を想像してミアはかあっと赤くなった。

 しかし次の瞬間冷静になる。護衛や魔物討伐でディーの横に立つことはあっても、女性として彼に寄り添うことはないのだ。


(ああもう。割り切ったはずなのに)

 ディーの「配下」にはなるが、「伴侶」を望んではならないと。


(考えない。考えない。何も考えない!)


 ミアは自分に言い聞かせ、きりっと前を向いた。

 自分ははっきりモニカに告げたのだ。「ディーの役に立てる力なら欲しい」と。力から逃げていた自分が、力と共に生きる覚悟をしたのは、地方の民を守りたいというディーの志に感銘を受けたからだ。ディーの助けになることと、ディーの心を欲しがることは別だ。


(わたしがディーを好きになったら……きっとディーの邪魔になっちゃう)


 ディーはただでさえ政敵が多いのだ。カレンベルクの分家筋まで敵に回している暇はないはずだ。カレンベルクの縁者は、第一王子とアンネリーゼの婚姻を望んでいる。


(側室とか絶対嫌だし無理だし。ああもう、考えない考えない)


 ミアの歩む先に、王城の重厚なエントランスが迫る。

 できることなら、王城なんてものとは無縁で生きていきたかった。

 しかしもう選んでしまったのだ。



 国家の貴重な戦力たる、古代の聖女としての運命を。




 宰相やら大臣やらの祝賀の口上をつくり笑顔でやりすごしたのち、ミアはへろへろになって侍女部屋に帰り着いた。だいぶ馴染んできた部屋だが、いつまでここにいることになるのだろう。所属が変わって侍女を辞めたら、ユリアンのいる棟に住む意味はない。


 どうせならカレンベルク家へ帰りたい。

 ディーがうろうろしている城でなど、心穏やかに暮らせるわけがないではないか。


(でもカレンベルク家へ帰ったら帰ったで、アンネリーゼがいるんだよなあ……。つらい)

 うさことくまおを両手に抱いてぼんやりしていると、ノックの音とともに「ミアいるかー?」と子供の声がした。


「ユリアン殿下、今日はバルコニーからじゃないんですね。めずらし……」


 ドアを開きかけてミアは固まる。

 ユリアンの背後に第一王子いたのだ。


「ななななにか御用でしょうか、ディートハルト殿下」

「我が協力者たる封印・解除の聖女の就役祝いに」

 ミアの気も知らず、ディートハルトは人の好さげな笑顔を浮かべている。

「ありがとうございます。しかしお通しするわけには。いろいろ問題が……またあらぬ噂を立てられてしまいます」

「あれがうさことくまおか」

 ミアの言うことを無視して、ディートハルトが伸びあがって部屋にいるぬいぐるみたちを見る。


「なんで名前をご存知なんです。ユリアン殿下、余計なことしゃべりましたね?」

「あにうえが聞きたがるんだ。ミアのことなんでも教えろって――いででででで!」

 うしろから伸びた手が、ユリアンの頬をおもいきり引っ張った。


(わたしのことをなんでも教えろって……ディーが?)


 わたしのことを。なんでも。教えろって。

 ディーが。


(ぎゃああああああ!)


 ミアはその場にのたうち回りたくなった。


 なんだそれは!

 興味深々か!

 わたしに!


「ミア、真っ赤だぞ――いでででで!」

 今度はミアがユリアンの反対側の頬をおもいっきり引っ張った。


「なんなんだよ、あにうえもミアも。おれかわいそう! すごくかわいそう!」

 ユリアンが涙目で訴える。ミアははっと我に返って、ユリアンの頬を両手でさすった。

「申し訳ありません、殿下。痛かったですか?」

「ったく。顔も心も痛えよ」

「心も?」

「なんでもない。ミアの部屋には入らないよ。ミアがおれの部屋に来いよ。呼びに来たんだ、ミアはおれの侍女だろ?」

「名目上はまだそうですね」

「おれはおまえを手放す気ないからな。ミアはおれの侍女だからな?」

「えっ。でも王妃様が――」

 第一王子を助けてやってくれと言っていたのだが、どうなるのだろう。


「ははうえには、ミアをあにうえに貸してやってもいいと言った」

 両手を腰に当て、どうだ!とばかりにユリアンは言った。




 そんなこんなで、ミアはユリアンの部屋に来ている。

 お茶のテーブルの向かいにはディートハルトがいる。ユリアンもいるし乳母もジェッソもそばに控えているから、おかしな噂になることはないだろう。


 それよりミアの脳内は、ユリアンの『あにうえが聞きたがるんだ。ミアのことなんでも教えろって』というせりふが何度も繰り返されて大騒ぎである。


 ミアのことなんでも教えろって。

 ミアのことなんでも教えろって。


 お茶を飲む動作に紛れてそっとディーを見れば、ディーもミアを見ていたりする。そうなったらもう、カップを取り落とさないように、震える手をなだめるのに必死である。バジリスク討伐に行ったときは役目があったからまだ大丈夫だったが、今日は無理だ。


 ディーが自分を見るまなざしが、無駄に甘やかに思えて――。


「ミア、おまえってめちゃくちゃわかりやすいのな」

 あきれ顔でユリアンが言う。

「わかりやすいって何がですか、殿下」

「ここまでわかりやすかったら、あにうえはどうなの」

「お茶の席で答えることじゃないだろ」

「なんの話ですか二人して」

「べつにー。それよかミア、これからずっとその格好なのか?」

 ユリアンがミアの騎士服を眺めまわした。

「できれば、ずっとこの格好がいいです」


 ドレスだと、自分が女であることを意識してしまいそうだ。ミアはディートハルトへの想いを封じ込めるためにも、騎士服でいたかった。


「おれはドレスがいいな」

 ユリアンが口を尖らす。

「わたしが動きづらいドレスなら逃げられるとお思いで? 甘いですよ」

「わかってるよ……。そういうんじゃなくてさ。あにうえはどうよ?」


 ディーに振らないでくれとミアは思った。意識しないようにするのに苦労する。まじまじと見られたら視線で焼かれそうな気分になる。


「何を着ていても新鮮だな」

 ディートハルトは頬杖をつき、うるんだような目になって答えた。

「何を着ていても、十歳のミアと違い過ぎて……ちょっと困ってる」

「困ってるって……?」


 ディーは答えず、本当に困ったように眉尻を下げて優しく笑った。

 ほわほわと、甘ったるい空気が漂う。


 なんだこれは。

 なんなんだこれは。

 どうしたらいいのだ、この空気。


 落ち着かなくてミアはティーカップに口をつけたが、そわそわするたびに飲んでいたのでもうすっかり空っぽだった。


「ところでそのう……わたしになにかお話なのでは?」

 お茶に付き合わせるためにわざわざ呼び出されたとは思えない。ミアはおそるおそる尋ねた。

「うん……まあそうなんだけど」

 ディートハルトは言い淀み、助けを求めるように弟を見た。

「おれがミアにきくのか? 男なら自分できけ」

 九歳の弟が手厳しい。

「なんなんですか」



「ミア……フェリクスと結婚したいか?」



 ディートハルトの唐突な問いに、ミアは今度こそティーカップを落としそうになった。なんとか持ちこたえたが、中身が入っていたら確実にぶちまけていた。


「意味がわかりません……」

「フェリクスのことが好き?」


 意味がわからないと言ったら、もっとド直球な質問が来た。

 好きな人に濡れた子犬みたいな哀れっぽい顔でそんなことを訊かれたら、脳が沸騰するに決まってる。


「考えたこともありません! だってわたしが好きなのは……あわわわわ」


 あやうく目の前にいる人の名前を口走りそうになってあわてていたら、目の前にいる人がミアを見て、満足そうに目を細めた。


 ぞくっとしてしまった。

 そういう大人の色気を漂わせる表情はやめてほしい。


 十五歳のディーはそんな顔しなかった!


「じゃあさ、フェリクスとの結婚話が持ち上がったら、ぶっ壊していい?」

 ぶっ壊していい?という不穏な言葉が、無駄に甘い声音で発せられる。

「そんなの持ち上がりませんから」

「持ち上がるんだよ、それが。ハルツェンバイン国としては、君を逃すわけにいかないから。貴重な聖女を国に縛り付けるためには、王族と結婚させるのが一番だ。都合よく第二王子には婚約者がいない」

「第三王子にもいないぞ」

「黙っててくれユリアン……。大臣たちがミアをフェリクスと結婚させようと、父上に働きかけてる。父上が首を縦に振れば、すぐにカレンベルク公爵に申し入れがある。王の正式な申し入れなんて実質的に命令だぞ」


「ええええ!」


「ミアがフェリクスとの結婚を望むなら止めないけど。望まないなら」

「望みません!」

「わかった。邪魔する。邪魔していいね?」

「いいですけど……」

「けど何?」



「どうしてディーは邪魔しようと思うの?」



 ミアはひたとディートハルトを見つめた。

 ディートハルトもミアを見つめ返す。真摯な表情だった。


「邪魔する理由、すごく言いたいけど……少し待ってほしい」


「あにうえはなあ、ミアのことが――」

「ほんとに黙ってろよユリアン!」


 第三王子はその口を第一王子の手で塞がれた。



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