56・王立魔物討伐隊二番隊
王立魔物討伐隊二番隊隊長パウレは、今日も不機嫌だった。
危険な魔物が跋扈しているというのに、またしても森の入り口で待機命令だ。
総隊長は、討伐は調査隊の結果を待ってからだと理由をつけている。だが、本当の理由は別のところにあることくらい、ベテランのパウレには察しがつく。
王領の森の問題が片付いてしまったら、地方へ赴かなくてはならない。それを避けたいがために、総隊長は特級魔獣の討伐を先延ばしにしているらしい。
ハルツェンバイン国の北から西、ゲートルド国寄りの地域一帯で魔物被害が増加している。以前から被害が増えてきているとの報告は上がっていたが、政治的な理由で重きをおかれなかった。
王都の人々の目が地方に向かないようにとの理由で無視されてきた地方の魔物被害が、無視できない規模になってきた。そろそろ王立魔物討伐隊の出番のはずなのだが……。
(俺がこうやってくつろいでる間に、魔物にやられちまう村人がいるんだよな)
やることがないので切り株に座って葉巻をふかしている。
隊員も皆イライラしていて会話もない。もう何日も待機状態で嫌気が差す。今の総隊長は魔物討伐の経験などろくにない上流貴族の次男坊で、出世の足掛かりのためだけに総隊長の地位についたおぼっちゃまだ。そろそろ総隊長の椅子からどいてもらいたいものだ。
「あの……パウレ隊長」
部下の一人が近づいてきた。
「なんだ、青い顔して。魔物じゃなくて幽霊でも出たか?」
「はっ、幽霊! あれって……幽霊?」
「おいおい冗談……」
パキッと小枝を踏む音がした。パウレが音のほうへ顔を向けると、そこには特級魔獣の魔法にやられて生死の境を彷徨っているはずの、第一王子ディートハルトがいた。
「やあ、パウレ。ひさしぶりだな」
ディートハルトは軽い調子で片手をあげた。
パウレは驚いた後、苦虫を嚙み潰したような表情になった。
(復活したのかよ。この死にぞこないのバカ王子が)
「このバカ王子死んでなかったのかって顔してるなあ」
飄々とした様子でディートハルトが言う。背後には、死界の番人のような不吉な風貌の凄腕魔術師が控えている。
それはいつものことなのだが、今日はもう一人いた。若い女だ。
「めっそうもございません」
思うところはいろいろあるが、相手は王族だ。パウレは片膝をついて面を伏せた。
「顔をあげてくれ、パウレ。彼女はミアと言って、俺の昔なじみの狩人だ」
パウレが顔を上げると、ミアと呼ばれた女が礼をとった。上品な淑女の礼だ。
どこが狩人だ。貴族じゃないか。貴族の女に魔物狩りの格好をさせて何がやりたいんだとパウレは思った。女はご大層に剣まで下げている。
(愛人か? ずいぶん若いが)
いくら暇でも、王子と愛人の逢瀬に付き合わされる謂れはない。パウレはがっかりもしていた。ディートハルトは魔物狩りにうつつを抜かすバカ王子と言われているが、色恋にかまけるような男ではないと思っていた。
公務を放って魔物狩りに行くと方々から悪く言われているものの、ディートハルトの魔物狩りの腕は確かだった。指示がなければ動けない王立討伐隊の代わりに、魔物被害の酷い現場へ出向き、危険な魔物を狩る。パウレは内心、ディートハルトに感謝していなくもなかったのだ。第一王子は王都に縛り付けられている王立討伐隊の代わりに、魔物から人々を救ってくれる救世主でもあった。
五年前の恨みがあるため、尊敬の念など決して表に出さないが。
ディートハルト十五歳の魔物討伐教練のとき、補佐を仰せつかったのがパウレの率いる隊だった。王子にまんまと出し抜かれて逃亡されたため、責任を問われて降格となった。その恨みを今もパウレは引きずっている。
「討伐隊にどのようなご用件でしょうか」
「特級魔獣狩りに行かないか?」
キツネ狩りに行かないか?とでも言うような軽い調子で、ディートハルトは言った。この王子の人を食ったような態度も苦手だとパウレは思った。
「総隊長から待機命令が出ていますので」
「ぶっちぎろう」
「ぶっちぎりません」
「そうか。残念だな。じゃあ俺たちで狩ってくる」
「お待ちを! 陛下の許可は――取ってらっしゃるわけありませんね」
「うん」
「はいそうですかと見過ごせるわけないでしょう。殿下は、魔物の魔法で死線を彷徨われたのでしょう? 女性までお連れになって、どういうおつもりですか。大概になさってください」
「彼女は戦力だよ」
「また適当なことを」
「物心ついたときから『最果てのガウ』に鍛えられた冒険者だよ」
「『最果てのガウ』に?」
国家の所属といえど、魔物狩りを職業にしている者なら皆ガウの名は知っている。家出したディートハルトが流れ着いた先が『最果てのガウ』のパーティーだったと知って、パウレは羨望したものである。
そのガウに幼いころから鍛えられた冒険者? この品のいい美少女が?
そんなバカな。嘘も休み休み言ってほしい。
「しかもミアは特殊能力を持ってる」
「特殊能力ってなんです?」
「知りたいか? なら一緒に行こう」
「待機命令が出ていると申し上げたと思いますが」
「無鉄砲な第一王子が森に入るのを黙って見送っていいのか? そのほうがまずいだろ、王立魔物討伐隊としては」
「殿下……あなたって人は」
ミアと呼ばれた美少女がはらはらした顔でやり取りを見ている。
第一王子の出現に、隊員たちも集まってくる。
パウレは頭を抱えた。
どうしてこう、俺を振り回してくるんだ。この身勝手なバカ王子は。
「ひょえええミアさんすげー! 固い鱗も一刀両断」
「さすが『最果てのガウ』の愛弟子」
「いっそうちの隊に入りませんか?」
王立魔物討伐隊二番隊の隊員たちが、ミア・カレンベルクを取り囲む。
隊長パウレは立つ瀬がなかった。「こちらのお嬢さんが足を引っ張るようなら、すぐに引き返します」と言ってやったのに、ミア嬢は足を引っ張るどころか見事な剣捌きで出てくる魔物をバッサバッサ斬り伏せていくのだ。その手際の良さは討伐経験の厚みを感じさせた。魔物駆除が目的の王立討伐隊と、大量捕獲が目的の民間討伐隊では、倒す魔物の量が違うのをパウレはまざまざと思い知らされた。
そう、「彼女は戦力」は嘘ではなかったのだ。
パウレがディートハルトに感じた失望は撤回された。
ディートハルト当人の戦闘力はと言えば、こちらも大したものだった。地方へよく行くディートハルトは、危険度の高い上位魔獣の討伐経験が豊富だ。ジェッソやミアに的確に指示を出して協力して狩っていく。隊員たちにも協力させる。上位魔獣など、今まで王領の森には滅多に出なかったから、指示の出し方がパウレよりこなれている。
「殿下かっけぇ……」
「憧れるぅ……」
隊員たちがパウレに聞かれないよう、ぼそぼそ呟きあう。
……本当に立つ瀬がない。
「魔物の密度が高いですね。王領の森っていつもこんなですか」
慣れた手つきで剣を鞘にしまいながら、ミア嬢が森の奥を見据えてパウレに問う。
その美しくも凛々しい横顔に若い隊員たちがぽーっとなっている。一時間前まで全員腐っていたのが嘘のように、隊は湧き立っていた。
「いえ。異常ですよ」
「やはり、バシリスクのせい?」
「そうでしょうね。強い魔力を持つ魔物は森の生態を変えてしまう。中から上位種の魔物が増加し、危険な状態になっています。引き返すよう殿下を説得してください」
えー、引き返すんですかーと隊員たちから文句が出る。パウレは彼らを睨みつけた。何かあったとき責任取るのは俺なんだが?
「だそうですよ、ディートハルト殿下」
ミア嬢が前を行く第一王子に話を振るが、彼は「ミア、魔力の気配感じる?」と全然関係ないことを言った。引き返す気はさらさらないらしい。
「んー。さっきちょっと感じたんですけど、なくなりました」
「奥に逃げたかな」
「あっ、待って。いますね、北東の方向」
「よし。ジェッソは魔法防御を。バシリスクは動きが速い。わかってると思うけど、視線を合わせると毒か石化だ。皆、まず目を伏せて。地面を見てるんだぞ。攻撃していいタイミングはミアが指示する」
「なぜミア嬢が指示するんです」
指揮官は俺なんだがと抗議したくなるパウレである。
「特殊能力があるから」
「だから、何ですかそれ」
「ディー! くる!」
ミア嬢が短く声をあげた。そして手のひらを前へ突き出し、握り込むような動作をした。
(何なんだよそれ)
「下見てろって」
ミア嬢を観察していたら、ディートハルトに頭を押さえつけられ、パウレは下を向かされた。
「封じた! 前見て大丈夫です。攻撃~っ!」
ミア嬢の澄んだ声が森に響いた。
特級魔獣バシリスクが一体。
石化したペルーダが一体。
下半身が石化、上半身が半ば白骨化した人間が一体。
総隊長に探すことを止められていた獲物が、王立魔物討伐隊二番隊駐屯地の敷地に横たわっている。その他、上位種の魔物数体と、中位種の魔物が十数体。
その光景にパウレは眩暈がした。
森に入ってから二時間だ。
たった二時間で済むことを、自分たちは何日間上官に止められていたのだ!
同じ思いは隊員たちも持っていたようで、彼らはミア嬢を囲んで、やり遂げた顔をしてはしゃいでいる。
「やりましたね~」
ミア嬢が乾杯をするように水の入った杯を掲げた。
年頃の娘なのに、男所帯に慣れている。すっかり隊員たちになじんでくつろぐ様は、パウレが最初に抱いた印象とはだいぶ違った。たおやかな貴族の令嬢にしか見えなかったのに、今では凄腕の討伐隊員に見えてしまう。
「やりました。絶対総隊長に怒られるんですけどね」
「命令違反ですからね。処分かも」
「だから、全部俺のせいにしていいって。王子が強引に隊を出させたって」
第一王子まで一緒になってはしゃいでいる。パウレが呆れてそっちを見ると、「隊長~。俺のせいにしろよ~」とダメ押ししてきた。
「言われなくともそうします。というか、実際その通りじゃないですか」
「そうだった」
ディートハルトが愉快そうに笑い、隊員たちも一緒に笑う。無表情で控えている護衛の魔術師まで、なんとなく楽しそうに見えた。
「ところで、ミア嬢の特殊能力とは何なのです? バシリスクの魔力を封じたように見えましたが……」
「封じたんだよ」
ディートハルトの目がいたずらっぽく輝いた。
「そんな魔法があるのですか?」
「魔法というか……。明日には分かるんじゃないかな。俺たちそろそろ戻らないと」
説明を求めるパウレと隊員たちを残して、ディートハルトは護衛の魔術師とミア嬢を連れて、王領の森を去ってしまった。
五年前の恨みはあれど、パウレはそろそろディートハルトを認めなくてはならない気がしてきた。家出したディートハルトを見つけた騎士団の連中が、「第一王子は案外いい王様になるのではないか」と言っていた理由が、今さらながら分かってきたのだ。




